蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

王子様は魔法使い 前篇

短編

振り返らずともそれが誰の声なのかわかるのは、そんな口調で話す人が一人しかいないからだ。

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 ずっと暑い日が続いていて、このまま夏からいきなり冬になってしまうんじゃないかと思っていたけれど、10月最後の今日になって、東京はいきなり涼しくなった。ようやく秋服を下ろした海だったが、すぐにそんな恰好をしたことを後悔した。やってきたセフィーロは相変わらずの常春っぷりを存分に発揮していて、秋服なんてとても季節外れだった。おまけに今日はたいそう重たい袋を抱えていたので、余計に辛かった。セフィーロに着いた途端、海は悲鳴にも近い声を上げた。
「やっとついたわ!」
 額に手を当てると、うっすらと汗が滲んでいた。
「重かったですわね」
 風が言ったが、言葉ほど大変そうにな見えなかった。それが彼女のすごいところだ。風はいつもそうして、一定レベルの穏やかさを絶対に崩さない。
「私は全然平気だったよ」と笑顔で言ったのは光だった。「海ちゃん、そんなに大変だったなら、私が半分持ってあげればよかったね」
 しかし一番すごいのは彼女だった。海に言わせれば今夜にでも筋肉痛になりそうな重さの袋だったのに、光はほんとうに涼しい顔をしている。三人の中では一番華奢なのに、いったいその体のどこからそれほどの力が出るのか、海は不思議でならなかった。
「光って、見た目によらずほんとうに力持ちよね」
 自然と目尻が下がった。えへへ、と光がはにかむ。彼女は同い年だけれど、妹がいたらこんな感じなんだろうと海はいつも思っていた。海は光に抱きついて、綺麗な桜色をした髪をくしゃくしゃっと撫でた。

「……一体何事だ」
 ふと、後ろから低い声がした。その声には、どんな感情よりも「呆れ」が一番色濃く滲み出ていた。振り返らずともそれが誰の声なのかわかるのは、そんな口調で話す人が一人しかいないからだ。そのひとがどんな顔をしているかまで想像することができて、海は振り返る前から含み笑いをした。きっと彼は、眉間に皺を寄せているに違いない。
「見てわからないの、クレフ? カボチャよ、カボチャ!」
 くるりと踵を返し、海は一際明るい声で言った。案の定、気難しそうに顔を顰めたクレフが、一歩離れたところからいかがわしいものでも見るような目つきでこちらを見ていた。
「かぼちゃとは、何だ」
「何って……緑黄色野菜の一種よ」
「りょくお……何だって?」
 クレフが一層眉間の皺を深くしたので、海はずっこけそうになった。セフィーロには緑黄色野菜もないのか。他にどう説明したらいいのかわからず、海は唸った。
「えっと……つまり、食べ物」
 我ながらなんと大雑把な説明だろうと思うが、仕方ない。間違ってはいないのだから、まあいいだろう。

「だが、これは穴が空いているではないか。しかも、顔の形にくりぬいてある」
 海が放った袋から飛び出ているかぼちゃを指差して、クレフが言った。
「そうよ。これは、ジャック・オ・ランタンと言うの。ここに蝋燭を立てて、明かりにするのよ」
 海はその袋から飛び出していたカボチャを手に取り、中の空洞がよく見えるようにクレフの方へ向けた。もちろん、それだけでこのカボチャの意味を完全にわかってもらえるとは思っていなかったけれど、それにしても、次のクレフの言葉にはさすがの海もお手上げだった。
「……お前たち、明かりに不自由しているのか?」
 そう言ったときのクレフは、今日一番の気難しい顔を作っていた。
 海は一瞬ぽかんとした。そして、目の前の人の真面目くさった表情を見てようやく気づいた。クレフは、海たちがこのジャック・オ・ランタンを自分たちの部屋での明かり取りに使おうとしていると思っているのだ。
「そんなわけないじゃない! セフィーロは十分明るいわよ!」

 まったく、どうしてこの人はこんなにまでも生真面目なのだろう。「冗談」なんて言葉さえクレフは知らないんじゃないだろうかと思えてくる。でも、彼はときどき、結構自ら冗談めいたことを言ったりするのだった。たぶん、彼に通じる冗談は、相当レベルが高くないとだめなんだろう。
 ……そもそも、ジャック・オ・ランタンの話は冗談でもなんでもないんだけれど。

「では、いったい何のためにそんなことを。それは食べるものなのだろう?」
「確かに普段は食べるものだけど、今日は特別なの。ハロウィンだから」
「はろうぃん?」
「そうよ」と海は答えた。「ハロウィンのときは、カボチャをこういう形にくりぬいて飾るの。それがこの、ジャック・オ・ランタン。悪霊を遠ざけて、善霊を引き寄せてくれる効果があると言われているのよ」
「じゃ、……?」
 いよいよもって、クレフの頭上に無数のクエスチョンマークが浮き始める。それはそうだろう、「カボチャ」に始まり「緑黄色野菜」、「ハロウィン」に「ジャック・オ・ランタン」と、この数分足らずの会話の中で、彼にとっては耳馴染みないであろう単語が四つも出てきたのだ。もしかしたら、「悪霊」と「善霊」もそうかもしれない。
「そう、ハロウィン。地球では、毎年10月31日にこのイベントをやるのよ」
「……また『いべんと』か」
 「イベント」という単語が海の口から出た途端、明らかにクレフの表情が変わった。疲れ切ったような顔をして、大袈裟とも思えるほどのため息をついた。
「まったく……お前たちの世界には、いったいどれだけの『いべんと』があるのだ。『ネショウガツ』だの、『ばれんてぃぬ』だの、『オボン』だの……聞いているだけで目が回る」
 クレフの言葉に、海は思わずゲホッと勢いよく噎せ返った。
「違うわよ! 『ネショウガツ』じゃなくて『お正月』。『ばれんてぃぬ』じゃなくて『バレンタイン』。『お盆』の発音は『ぼ』にアクセントがくるのよ。クレフの言い方じゃ、料理を出す『おぼん』になっちゃうじゃない」
「あら、でも海さん」と、風がそこで口を挟んできた。「バレンタインはもともと、殉教した聖バレンティヌスの死を悼んで始められたものと言われていますから、クレフさんの仰ったことも、あながち間違いとは言い切れませんわよ」
「……そういう問題じゃないと思うんだけど? 風」
 そうは言いつつも、なんとなくこれ以上説明する気力はなくなってしまって、海は肩を竦めた。

 まったく、クレフに地球で行われるイベントの概要を説明するのはいちいち骨が折れる。バレンタインのときは、チョコレートがどういうものであるかということに始まり、お菓子作りのときに使う材料からはたまた地球での愛の告白の仕方に至るまで、とことん解説しなければならなかった。ようやくすべて終えた頃には、そのときセフィーロで過ごす予定だった時間が過ぎ去ってしまっていた。
 もちろんそれは、クレフに限ったことではない。こちらの世界の人に地球のことを説明するのは、総じて難しい。だが、その中でもクレフは別格と言ってよかった。異なる世界のことだというのに、彼ほど細かいところまで突っ込んでくる人は他にいない。時には自分たちでさえ知らないようなことを聞いてくるから、海はときどきたじろいでしまうのだった。


 不意にくすくすと笑う声が聞こえてきて、危うく自分の世界に入りかけていた海ははたと思い留まった。クレフが、なんだか楽しそうに笑っていた。
「……何よ」
「いや、別に」
 そう言いながら、やっぱりクレフは笑っている。海は光と風を見やったが、彼女たちも「わからない」と言わんばかりに首を竦めるだけだった。
 なんだか癪に障ると思いながらも、しかし海は、そんな風に笑っているクレフを見ると自分も自然と笑顔になってしまうのを認めざるを得なかった。クレフが笑っていると、海も嬉しい。逆にクレフの表情が冴えないと、海の気分も沈んでしまう。それはまるで自然の摂理であるかのように、いつしか当たり前になっていた。
 今日も平和だな、と思う。平和であることの尊さを知っているから、余計に嬉しくなる。

 海は改めて、手に持ったカボチャをまじまじと見た。
「ハロウィンも、確かにいいんだけど」と海は言った。「カボチャっていうと、私はやっぱり、『カボチャの馬車』を思い出すのよね」
「あ、シンデレラだね!」
 すぐに乗ってきたのは光だった。彼女は意外と(という言葉が相応しいのかどうかはわからないが)、童話やファンタジーの世界の話が好きだ。思えば最初にセフィーロに招喚されたときも、三人の中で光だけがクレフの話を真面目に聞いていた。『異世界』だの『魔法』だのという言葉のオンパレードに、当時の海と風は内心ドン引きしていたのだった。懐かしいことを思い返しながら、海は「そうよ」と力強く頷いた。
「夜中に、カボチャの馬車で魔法使いが迎えに来てくれるの。彼がさっと杖をひと振りすれば、私の姿はお姫様に早変わり。向かった先の舞踏会で、王子様と運命の出会いをするけれど、12時の鐘と共に私は帰らなければならなくて……。ああ、いつ考えてもロマンチック!」
「この食べ物が、馬車になるのか?」
 クレフの突っ込みが、飛翔しかけた海の意識をそうはさせまいと引き戻す。
「そうよ。魔法使いが、カボチャに魔法を掛けて馬車にするの。こうやって、二頭の馬で引いて……」
 言いながら、海は指で空に絵を描いた。それを、口元に片手を当てたクレフが真剣に聞いている。少し驚いた。こんな子どもっぽい話にこれほどクレフが乗ってくるなんて、意外だった。
「王子様は、ガラスの靴を頼りにシンデレラを探しに来てくれるのよ。そして見事見つけるの。これこそまさに『運命』だと思うわ」
 調子に乗ってそんなことまで口にした海は、言ってから急に恥ずかしくなった。「運命」だなんて、そんな気障な台詞。クレフが相変わらず真剣な表情で聞いていることが、恥ずかしさを助長する。海はクレフの視線が外れるのを待って、彼に横顔を向けた。

「魔法使いがやってきて、お姫様にしてくれる。そして王子様に出逢う。『シンデレラ』は、女の子ならば誰でも心ときめくお話ですものね」
 にっこりと微笑んで、風が言った。彼女が会話に入ってきてくれたことで、海はどこかほっとしていた。
「そうよね」
 答えてから、海ははたと小首を傾げた。そういえば、カボチャの馬車で魔法使いが迎えに来てくれるのではなくて、魔法使いが迎えにきてくれてから、目の前でカボチャを馬車にしてくれるんだったような気がする。まあでも、細かいところは言葉のあやということで、いいだろう。おとぎ話は、話す人によって違ってくることがよくあるのだ。

「さ、早く並べちゃいましょ! 今夜はハロウィンパーティーよ!」
 腕まくりをしながら、海は張り切って言った。ちらりと横目に見たクレフがやけに真剣な表情をしていたのが少し引っかかったけれど、どうせ、「異世界には『魔法』はないと聞いていたのにどうして『魔法使い』などというものがいるのだろう」なんていうような難しいことを考えているんだろうと、大して気にも留めなかった。




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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