蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

王子様は魔法使い 後篇

短編

その一言は、海の顔の温度を一気に二度ほど上昇させた。

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 ふいに聞こえたカタンという音で、海は目を覚ました。何か夢を見ていた気もしたが、忘れてしまった。
 目を覚ましたと言っても、まだ半分は眠っているのですぐに目を開けることはできない。目は閉じたまま、夢と現実の境目で浮遊しているかのような感覚に浸っていた。
 ――何だろう、今の音。光か風が戻ってきたのかしら。覚醒しきらない意識の中、海はぼんやりと考えていた。今この部屋で休んでいるのは、海一人だけだった。

 海たち三人は、セフィーロへやってきたときは大抵いつも一緒にいるが、夜だけは違っていた。夜は三人とも、それぞれ好きなところで別々に過ごしていた。
 好きなところと言っても、光と風が行くところはいつも決まっている。風はフェリオの、光はランティスのところにいるのだ。風に至っては、この部屋で夜を過ごすことは初めからほとんどなかった。そういえば、光までもがランティスのところへ行くようになったは、いつのころからだっただろう。もう思い出せないほど前のことのような気がした。とにかくそんな具合で、夜は海が専らこの部屋を独り占めしていた。
 もともと一人っ子で、地球にいるときも夜は一人で寝ている海にとって、光たちがいないということに特に不満はない。それに、二人がそれぞれ幸せに過ごしているのであれば、それは喜ぶべきことだった。

 くるりと寝返りを打った。再びまどろみ始めた意識が、だんだんと深い眠りの方へ引きずり込まれていく。

 しかし、再び耳に届いたカタンという音が、そうさせてはくれなかった。
 今度こそ、海は起きざるを得なかった。目を開けるとまずは部屋の壁が見えた。どうやら横向きに眠っていたらしい。反対側の窓から差し込む星明かりが、うっすらとその壁を照らしていた。
 ふと違和感を覚え、海はじっとその壁を凝視した。すぐにはその違和感の正体を掴めなかった。五回ほど瞬きをしてようやく、見慣れない、何か幾何学的な模様が壁に描かれているのを認めた。それが星明かりに照らされてできた影だと気づくまでには、更に四回、追加の瞬きが必要だった。
「えっ?」
 がばっと飛び起きた。その頃にはもう、目は完全に冴えていた。
 壁に映った影をまじまじと見る。そして見間違いではないかと、何度も目をごしごしと擦った。しかし何度目を擦っても、その幾何学的な模様は海が焦がれていた「あれ」にしか見えなかった。

 恐る恐る振り返る。すると、楕円形に大きくくりぬかれた窓の外には、影のとおり、本の中からそっくりそのまま飛び出してきたのではないかと思うほどよくできたカボチャの馬車が浮かんでいた。
「……うそ」
 青白い光を放つ二頭の美しいペガサスの手綱が、馬車へと繋がっている。手綱を手にしている人物の顔は、星明かりの逆光でよく見えない。ただ、ちらりと見えた彼の持つ杖の形には見覚えがあった。海は息を呑んだ。

 慌ててベッドを抜け、窓辺へ近づく。海が窓に張り付いたのを見ると、馬車に乗っていたその人が杖を振るった。刹那、窓ガラスが消え、夜の凛とした音と共に冷たい風が部屋の中へと吹き込んできた。
「なんで?」
 素っ頓狂な声になる。海は目を丸くした。未だに目の前の光景が現実だとは思えなかった。ひょっとして、自分はまだ夢の中にいるんじゃないだろうかとさえ思った。思わず頬をつねったが、とても痛かった。
 そんな海の心を知ってか知らずか、手綱を引く人がにっと笑った。その蒼い瞳が、ペガサスの全身が放つ銀色の光を反射して、妖しく光った。
「お前の話を聞いて、魔法で創ってみたのだ。どうだ、『異世界』にあるものと、似ているか」
 海は呆然と彼を見上げたまま、言葉を失っていた。似ているどころの話ではない。カボチャの形をした馬車に、二頭のペガサス。そして、杖を持った魔法使い――。すべては、小さいころに見た絵本そのままの光景だった。

「ウミ?」
 なかなか答えを返さない海を不審に思ったようで、魔法使いが小首を傾げてこちらを覗きこんできた。海ははっと我に返った。すると、自分の心臓がずいぶんと早く脈を打っていることに、そのとき初めて気づいた。
「おっ……驚かさないでよ、クレフ! びっくりしたじゃない、こんな突然……」
 髪をいじったり窓の前を行ったり来たり、海は自分でもわかるほど明らかに挙動不審になった。何かせずにはいられなかった。理由も分からず、心が落ち着かなかった。魔法使い――もとい、クレフのことを、とてもまっすぐには見られない。闇の中で微笑む彼は妖艶で、まさに文字どおり魔法使い然としていた。まあ、彼は正真正銘の魔法使いなのだけれど。

「つまり、成功したということだな」
 それは良かった、とクレフが満足そうに続けた。その直後、海はふと、何かこちらへ向かって伸びてきたのを横目に捉えた。立ち止まり、ちらりと上目遣いにそちらを見上げる。するとクレフが、器用に右手だけで杖と手綱の両方を持ったまま、左手をこちらへと伸ばしていた。
「生憎、舞踏会とはいかないが……」
「え?」
「夜の散歩に、出かけないか」
 どくん、と鼓動が大きくなった。今日はいつもと違うことが起こりすぎると海は思った。カボチャの馬車が目の前に現れたのも、クレフが夜に海のところを訪ねてきたのも、彼が散歩に誘ってくれることも、すべてが初めてのことだった。ハロウィンとはそういう特別なことが起こる日だったろうかと、海は心の片隅で考えた。だが、そんなことを、少なくとも学校では習った覚えはなかった。

 混乱していたが、しかしほとんど反射的に、海は差し出された手を取ろうとした。しかしそのとき、クレフが「ああ、その前に」と言って一旦手を引っ込めてしまったので、海の手は中途半端に宙に浮いた状態になってしまった。
 クレフが一旦手綱を左手に持ち替え、杖を右手で持つと海に向かって振るった。途端、淡い光が海の体をふわりと包む。その光が一瞬カッと眩しくなって、海はきゅっと目を瞑った。

 瞼の裏のまぶしさが消えたのを感じて、海は再びゆっくりと目を開けた。一見、あたりはどこも何も変わっていないように思えた。何をしたのかと、クレフを見上げる。「見てみろ」と言った彼が指差したのは、海自身だった。促されるまま自分自身を見下ろして、
「……!」
 海は声にならない叫び声を上げた。

 薄い絹の寝間着だったはずの服が、目にも鮮やかなドレスへと変貌を遂げていた。腰からふわりと広がるスカート部分は、純白とロイヤルブルーの、一目で上質と分かる生地が幾重にも重なっている。そこに無数の宝石があしらわれ、一つひとつが繊細に輝いた。ロンググローブと同じ、パールホワイトの靴のつま先が、ドレスの裾から覗く。胸元には花をあしらった装飾があり、そこで大きな蒼い宝玉のネックレスが輝いていた。首を傾けても髪が落ちてこないので、アップヘアに纏められているようだった。
「クレフ……!」
 顔を上げたが、それ以上言葉が続かなかった。胸がいっぱいで、何と言ったらいいかわからなかった。言わなければならないことはたくさんあるはずなのに、一つとして言葉にならなかった。
 クレフが、蒼い瞳を細めて微笑む。そして、言った。
「よく似合っている」

 その一言は、海の顔の温度を一気に二度ほど上昇させた。鏡を見ずとも自分の顔が紅いとわかる。どうかしていると、自分でも思った。どうしてクレフの何気ない一言一言が、こんなにも胸に響くのだろう。

 クレフが再び手綱を右手で持ち、左手を差し出してきた。
「では、参りましょうか。お姫様」
 そのときのクレフは、魔法使いというより王子様に見えた。
 今度こそ、海はグローブの嵌まった手を伸ばし、差し出されたクレフの左手に自らのそれをそっと重ねた。くいと引かれたかと思うと、体がふわりと浮きあがった。そのまま、吸い込まれるように馬車の中へと誘われていく。柔らかいクッションの敷かれた席に腰を下ろすと、斜め前にいたクレフが、満足そうに微笑んだ。
「最初は揺れる。何かに掴まっておけ」
 言って、クレフが正面を向く。彼が軽く手綱を引くと、ペガサスが宙へと駈け出した。後ろに体を持っていかれる感じがあって、海はクレフに言われたとおり馬車の枠を掴んだ。だが、ペガサスの飛行はとても滑らかで、すぐに体を支える必要はなくなった。

 夜風が肌に心地よかった。セフィーロの空気は東京のそれとは比べ物にならないほど澄んでいて、深く吸い込むと、草木の香りが全身を満たし、潤してくれる。夜のセフィーロは昼とはまた違い、物静かで艶めかしい。まるで今のクレフそのものだと、海は思った。
「……ねぇ、クレフ」
 その横顔に、海はそっと声を掛けた。「ん」と、こちらを振り返らずにクレフが続きを促す。
「どうして、こんなことしてくれたの?」
 心臓がどきどきしていた。どんな答えが返ってくるのか、気が気ではなかった。ところが、こちらを振り返ったクレフは、きょとんとした顔をして小首を傾げた。
「お前が言っていたのではないか」と彼は言った。「『はろうぃん』とは、こういうことをする日なのだろう?」
 今度は海が、「えっ」と言う番だった。

 なるほど、そういうことか。少し考えて、海はようやく合点がいった。クレフの中では、どうやら「ハロウィン」と「シンデレラ」の話がごちゃ混ぜになってしまっているらしい。無理もないかと、思わず苦笑する。昼間、カボチャ繋がりでハロウィンからシンデレラへと話を持っていったのはほかでもない、海だった。事情を知らないクレフが聞けば、二つの話の間に繋がりがあると理解するのも無理はない。

「違うのか?」
 眉間に皺を寄せ、クレフが言った。一瞬迷って、しかし海はふるふるとかぶりを振った。
「違わないわ」
 ふっと微笑んで、クレフがまた前を向く。その横顔が星明かりに照らされて、儚くも美しい。

「王子様は、ガラスの靴を頼りにシンデレラを探しに来てくれるのよ。そして見事見つけるの。これこそまさに『運命』だと思うわ」
 自分が言った言葉を、海は思い返していた。あのときは、「運命」なんて気障な台詞で厭だと思った。でも、運命は確かにあるのかもしれない。海は今そう感じていた。どうしてかはわからない。ただ、クレフなら、どんなに些細なことであってもそれを運命的に演出してくれるだろうと思ったのだった。
 こんなハロウィンも、悪くない。

「ねぇ、クレフ」
「なんだ」
「……ありがと」
 クレフの横顔が優しく微笑む。どうしてか、その笑顔をずっと見ていたくて、海はクレフから目を離せなかった。鼓動はずっと早いままだ。風に吹かれる頬もまだ、熱いくらいに火照っていた。

 そういう気持ちを、人は『恋』と呼ぶのだが、そのことに海が気づくのは、もう少し後のこと。このときはまだ、初めて味わう甘酸っぱい気持ちに、ただただ酔いしれていた。




王子様は魔法使い 完





ほとんどこじつけでハロウィンっぽくありませんが、そこはご愛嬌ということでw
イメージ的には、原作のラストから一年後、当サイトの長編『蒼穹の果てに 第一部』の一年前というつもりで書きました。
クレフさんのサプライズは、ちゃんと計算尽くしてあるから完璧なサプライズになるイメージです。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^
Happy Halloween!

2012.10.31 up / 2013.07.12 revised




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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