蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

Op.18 前篇

短編

海は、何か大切なことに気づくことができないでいるような気がしていた。

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 セフィーロ城には、いくつもの広間がある。ごくごく少人数が集まって会議をするために作られたという小広間、目的によってその内装ががらりと変わる中広間、そして、クレフが客人と会うときに使用している大広間、といった具合だ。特にクレフがほとんど私物化している大広間は、「大広間」という名前だけに群を抜いた広さを誇っている。だが、その大広間よりも更に広い広間が城内には存在した。そこは、あまりにも広すぎるという理由で普段は使用されることがほとんどなかった。

 ところが、今日は様子が違っていた。色とりどりの衣装に身を包んだ人々で、その広間の中は溢れかえっていたのだった。その衣装や肌の色から、セフィーロの人ばかりが集っているわけではないことは一目瞭然である。しかし、誰が誰だかはまったく見分けがつかなかった。何しろ、皆がそれぞれに多種多様な仮面を付けていたのだから。――そう、今日は、セフィーロを挙げての大仮面舞踏会が開かれていた。

 
「――ありがとうございました」
 そう言って片膝をつき、胸に手を当てすっとこうべを垂れた男性に対し、海はドレスの裾をつまんで軽く膝を折った。世界は違ってもマナーは一緒なのだろう。海の取った態度を、男性は何ら不自然だとは思わなかったようだ。海もまた、男性の態度をごく自然に受け止めていた。一瞬セフィーロのことを、同じ地球の中にある異なる国だと錯覚しそうになった。

 音楽が止み、広間がざわつきはじめる。それを合図に男性がすっと立ち上がり、口元に笑みを湛えた。鼻から上がいかつい仮面に覆われていて、どんな人なのかまったくわからない。肌の色が浅黒いので、おそらくチゼータから招かれた人なのだろう。一際すらりと背の高い人だった。
 男性はくるりと踵を返し、海から離れていった。ふうと息をつき、海はあたりを見回した。慣れない仮面などをつけた所為で視界が狭く、上手く周りとの距離感覚が測れない。一曲終わった今でこそだいぶ慣れたが、この広間に足を踏み入れたばかりのころは、危うく人とぶつかりそうになったことが一度や二度ではなかった。

 曲の合間ということで、人々が思い思いに談笑している。ふと近くに人の気配を感じて、海はそちらへ体を向けた。すると、盆の上に何種類かの飲み物を乗せたウェイターが、笑顔でそこに立っていた。驚いたことに、そのウェイターまでもが仮面を被っている。フェリオはずいぶんと徹底させたものだ。海は心の中で舌を巻いた。
「ありがとう」
 にっこり笑い、海はシャンパングラスを手に取った。中身はもちろん、シャンパン”風”ノンアルコールジュースだ。
 一口だけそれを飲み、海は今一度周囲に視線を向けた。この広間へやってきてから、知っている人を見つけられたのはたった一度、光だけだった。光をすぐ見つけることができたのには理由がある。彼女はすっかり興奮しきって、広間の中を忙しなく動き回っていたのだった。その背の高さと薄い桜色の髪を見れば、もう彼女が光ではないということはあり得なかった。後ろから近づいた海は、ぽんと彼女の肩を叩いた。そして振り返った彼女は案の定、仮面の向こう側でその燃えるような紅い瞳を見開き、「海ちゃん!」と言ったのだった。

 ――クレフだって、ここにいればすぐにわかるのに。海は心の中でひとりごちた。大人たちばかり集まったこの空間にあっては、クレフがいたらすぐにわかるだろう。いや、ひょっとして、逆に人々の中に埋もれてしまい、見つけられないだろうか。その可能性は十分にあるが、それでも海は、自分ならきっとクレフを見つけられると思った。もっとも、残念ながら当の本人はここにはいないので、それを証明することはできないのだが。

「すまないが、今夜はどうしても外せない用事があるのだ」
 申し訳なさそうに目尻を下げてクレフがそう言ったのは、つい昼ごろのことだった。どこか悪戯な笑みを浮かべたように見えたのが気になったけれど、海はそれ以上問い詰めることはしなかった。しかし、クレフが今夜の舞踏会に来られないと知って思いがけず落胆した自分自身に、少しばかり困惑していた。当然来ると思っていた人が来ないと知って心に穴が空いたのか。それだけではない気がしたが、海にはよくわからなかった。靄がかかったようにはっきりとしない気持ちが、心の中で燻ぶっていた。

 ふと、行き交う人々をぼんやりと見ていた海の目は見慣れた人物の姿を捉えた。自然と口元が緩む。やはり、どれほど着飾りどんな仮面を被っていても、あの二人のことはわかってしまうのだろうか。海はドレスの裾をつまみ、片手にグラスを持ったままその人の方へ向かって歩き出した。もうずいぶんと器用に人々の間を縫って歩くことができるようになった。海と同じように、一人でシャンパン風の飲み物を飲んでいた彼女の肩をぽんと叩くと、振り返った反動でその栗色の髪がふわりと揺れた。
「ハッピーバースデー、風」と海は言った。
「海さん!」
 彼女の瞳がぱっと花を咲かせる。海もまた微笑んで、グラスを傾け、彼女の持ったそれにぶつけた。
「よく似合ってるわよ」
 目の前の親友の普段とはまったく異なる装いに、海はすっと目を細めた。

 その瞳の色と同じ、緑を基調としたドレスは、肩の部分がふわりと膨らんでいて腰はきゅっと絞られ、ウェストからつま先にかけては大きく広がっているという、まさに「ドレス」の王道をいく服だった。フェリオが自ら仕立てを依頼したものらしいと、昼間風が言っていた。同じ部屋で光を交えて三人で着替えていたときのことだった。風が、顔を赤らめながらそれはそれは嬉しそうな笑みを浮かべていたのが印象的だった。彼女が今日の影ながらの主役であることを意識して、フェリオはそれを仕立てさせたのだろう。見る人が見れば、彼女のドレスは一番目立っていた。

「海さんこそ、いつもに増してお美しいですわ」
 風が言った。彼女がつけている仮面は、目の部分は出ているが逆に鼻から下にレースが掛かっている。細められた瞳が、今の言葉が本心からのものであると告げていた。褒められたことが気恥かしくて、海は肩を竦めた。

「……それにしても、せっかくの誕生日なのに、良かったの? こんな大々的な仮面舞踏会なんかして」
 話題を変えるように海は言った。
「フェリオと二人きりで過ごせばよかったのに」
 照れ隠しなのか、風の目が潤む。彼女はいつだって、フェリオのことを指摘するとこういう顔をする。もう何年一緒にいるのだと呆れたくもなるのだが、そういう初心なところにフェリオも惚れたのかもしれない。そんな風の、今日は17回目の誕生日だった。
「私が望んだことですから」と風は言った。「セフィーロへ来られる機会はそう多くありませんし、せっかくですから、皆さんとともに過ごしたいと、私自らフェリオに申し上げたんです。それに対して彼が出してくれた答えが、この仮面舞踏会でしたわ。私は、とても気に入っています」
 言葉を区切り、風が海の方をちらりと見た。
「こうして、海さんの美しいお姿も拝見できたことですし」
「……もう、風ったら」
 海は思わず風の肩をぱしっと叩いた。「ほほほ」と風がいつものように笑った。

 風はいつだってそうだ。控え目で、しゃしゃり出ることがない。そうかと思えば、実は肝心なところで決断を下すのは風だったりする。フェリオとの関係を見ていてもそうだ。一見、自由奔放なフェリオに風が振り回されているように見えるが、フェリオがそんな風に自由奔放に振る舞えるのはほかでもない、影で風がしっかりとサポートしているからなのだ。
 良妻賢母を絵に描いたような人だ。海は穏やかに笑う風を見て目を細めた。彼女ならきっと、いい奥さんになるだろう。

「ところで」と、風は声のトーンを変えて言った。「本日はやはり、クレフさんはいらっしゃらないんですの?」
「えっ」
 海は思わずぴくりと肩を震わせた。そのせいで、シャンパングラスの中身が揺れる。零れ落ちそうになるのを見て、海は慌てて揺らいだ手を止めた。ついでに、と一口含む。喉を流れていく飲み物が先ほどよりも冷たく感じられたが、気のせいだと自分自身に言い聞かせた。
「ど……どうして? どうして私に聞くのよ」
 声が不自然に裏返って、しまったな、と思った。案の定、風が「やっぱり」とでも言うかのように苦笑いをした。
「海さんが、どこか浮かない顔をなさっておいでですから」
「そっ、そんなことないわよ! なんでクレフがいないからって、私が落ち込まなきゃいけないの?!」と言って、海は辺りを見回した。「……大体、あの体じゃ、一緒に踊れるわけでもないし」
 今掛かっているのは陽気なチゼータの音楽だ。その音楽に合わせ、皆が思い思いに踊っている。中には確かに子どもの姿をした人もいた。ファーレンからの客人だろう。だが、彼らは彼らの中で踊る相手を見つけていた。背丈の違う人とは、会話こそすれ、踊ってはいない。

 舞踏会は、男性が女性をリードするものだ。セフィーロの舞踏会も、それは地球のそれと同じことだった。それなのに、リードされるべき女性の方がリードするべき男性よりも背が高すぎると、どちらも上手く踊れない。まして、クレフと海の身長差は40センチ以上ある。二人で踊っているところなど、想像してみるも滑稽で、あり得なかった。

 ふふふ、と含み笑いが聞こえて、海は我に返った。見れば風が、こちらを眺めて楽しそうに笑っていた。どうにも恥かしくて、海は横目で風を睨みつけた。
「……なによ? 風」
「いいえ」と風はかぶりを振った。「ただ、海さんが可愛らしいなぁ、と」
「かっ……!」
「こんなところにいたのか、フウ」
 身を乗り出した海の言葉を、タイミングよく誰かが遮った。風と二人、なにげなくそちらを見た海だったが、ゆったりとした足取りでこちらへ寄ってくるその人の姿を見て、ぎょっと目を見開いた。
「フェッ……フェリオ?!」
「ウミもいたのか」と彼は言った。「どうだ、似合うだろ」
 フェリオは「吸血鬼」の恰好をしていた。それは見事としか言いようがなかった。黒く長いマントに、白塗りした顔。いつもは無造作に束ねられているだけの髪も、今日はオールバックで撫でつけてある。二本の長い歯まで口の両脇から生えていて、その姿には、思わずたじろいでしまうほどの迫力があった。なるほど、こういう仮面のしかたもある。声を発することさえしなければ、それがフェリオだとは到底わからないだろう。
「似合うっていうか……すごいわね」
 海は呆然としたまま言った。
「時間かかったんだぜ、これ。意外といけてると思うんだけど。なあ、フウ」
「そ……そうですわね」
 さすがの風も圧倒されているらしく、語尾が若干上がっていた。

 掛かっていた陽気な音楽がファンファーレでもって終わりを告げ、曲間となった。
「では、お姫様」
 吸血鬼姿のフェリオが、すっと風の目の前で跪き、左手を胸に当て右手を差し出した。その手には白いグローブが嵌められていた。黒いマントとのコントラストが、妖しさをさらに増幅させているようだった。
「一曲お付き合い願います」
 顔を上げて、吸血鬼が微笑む。その笑顔だけは誤魔化せなかった。どんな姿をしていても、彼は確かにフェリオだった。風に向かってそんな笑顔を見せる男は、彼以外にはいなかった。
「……はい」
 風が、差し出されたフェリオの手に自らのそれをそっと重ねる。仮面に隠れて見えないが、その頬はきっと紅く染まっているに違いないと海は思った。
「フウのこと借りるぞ、ウミ」
 フェリオが言った。海は「どうぞ、どうぞ」と言い、ひらひらと手を振った。風と目配せをする。彼女は照れくさそうに顔を逸らした。
 フェリオが立ちあがり、風をエスコートして人々の輪の中へ向かっていく。慣れた様子で、こういうとき、やっぱりフェリオは王子なんだなぁと思う。二人の後ろ姿を、海はまるで仲人のような気持ちで見つめていた。まったくあの二人も、さっさと結婚でもなんでもしてしまえばいいのに。ああでも、セフィーロには「結婚」という仕組みはないんだっけ。でもきっと、風はフェリオと暮らすことを選ぶだろう。彼女にとって、フェリオは欠かすことのできない存在だろうから。


 海は、何か大切なことに気づくことができないでいるような気がしていた。それが何なのか、心の中でもはっきりしない。ただ、靄の掛かった気持ちがずっと、小さいながらもそこで燻ぶっていることは確かだった。
「海さんが、どこか浮かない顔をなさっておいでですから」
 風に言われた言葉が脳裏を掠めた。そして次に浮かんだのはクレフの顔だった。思わず赤面する。海は慌ててかぶりを振り、脳裏に浮かんだクレフの顔を消そうと努めた。

 何気なく窓ガラスを見やると、そこに映った自分自身と目が合った。目元を覆った仮面は、そのままつばの広い帽子に繋がっている。ベレー帽を大きくしたようなその帽子の一側面には、紫と青の混じった大きな羽根が施されていた。いつもはまっすぐに下ろしていることが多い髪も、今日は一つに束ねられその帽子の中に収められている。顔の横の髪だけが僅かに残り、胸元まで垂れていた。
 身に纏ったドレスは、今日セフィーロに着いたときにすでに用意されていたものだった。青と銀を基調としていて、風の「ドレス」然としたそれとは異なり、どちらかといえばイブニングドレスに近いものだった。大胆に肩を露出するそのドレスに最初は抵抗があったが、着てみると想像以上に肌に馴染んだので、驚いた。

 こんな風に着飾ったことなど一度もなかった。ましてやこんな恰好で踊りなどできるのかと最初は不安に思ったが、それは取り越し苦労に終わった。舞踏会では様々な音楽が流れる。各国の人々が持ち寄った音楽を厳選しているらしい。チゼータの、激しいラテン系の音楽はさすがに上手く踊れないが、セフィーロやオートザム、それにファーレンの音楽ならば、難なく踊ることができた。小さいころからバレエを習ってきた成果がこんなところで発揮されるとは、思ってもみなかった。
 海たちも、東京から選りすぐった音楽を持ってきていたが、これまでのところそれらの音楽は掛かっていなかった。

 見つめていた窓ガラスに、ふと自分以外の人間が映り込んできた。その人と目が合った気がして、海ははっと息を飲んだ。
 海よりも頭一つ分背の高いその人は、目元を覆う仮面を付け、ガラス越しにじっと海のことを見ていた。理由もなく胸が高鳴った。あるいいはその人は私ではなく他の誰かを見ているのではとも考えたのだが、海とその人を除いてほかにそのガラスを見ている人などいなかった。海はゆっくりと振り返った。
 そこに立っていたのは、黒いタキシードに身を包んだ、一人の男性だった。
「よろしければ」
 男性が、フェリオが風に対してそうしたように、その場ですっと跪いた。伸ばされた手はグローブを嵌めていたが、そのグローブ越しでもわかるほど、指の一本一本が繊細だった。
「一曲、お相手を」
 その声に、海は確かに聞き覚えがあるような気がした。だが、それがいつどこで聞いた声だったのか、どうしても思い出せなかった。

 そのとき、曲間が終わり、次の曲のイントロが掛かった。繰り返される「シ」フラットの音に、海の鼓動がどくんとひとつ大きく波打った。そのイントロだけでわかる。それはようやく掛かった、東京から海が持ち寄ったお気に入りの曲だった。

「……はい」
 差し出された手に自らのそれを重ねたのは、ほとんど無意識のうちの行動だった。この曲を、この人と踊りたい。そう直感した。海の手を軽く握り、男性が立ちあがる。エスコートされる間も、海の胸は高鳴ったままだった。

 人々の輪の中へ二人が入ったちょうどそのとき、曲が始まった。ショパンの『華麗なる大円舞曲』だった。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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