蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

聖日の戯れ

短編

そうやって目を細めてこちらを見るときのクレフは、女性でさえはっとするほど美しい。

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 穏やかな昼下がりのセフィーロ城に、けたたましい以外の何物でもない足音がこだましていた。道行く人皆が立ち止まり、その足音の方を何事かと凝視している。
 わかってるわよ! と、足音の主である海は心の中で叫んだ。自分自身の足音が、この、「穏やか」という言葉をそのまま形にしたようなな城にはおよそ不釣り合いだということは、十分すぎるほどわかっていた。でも、わかっていることとそれをやめることは違う。そして今、海は足を止めることはどうしてもできなかった。顔が噴火寸前の火山のように熱かった。そのまま走り続けて、海は迷うことなくとある部屋の扉の前で体の向きを変えた。

「ちょっと、クレフ!」
 ノックもせず、力任せに扉を開け、そしてこれまた力任せに叫んだ。だがその名を呼ばれた当の青年は、何食わぬ顔でケーキを口に運びながら、相変わらずのゆったりとした動作でこちらを振り向くだけだった。その余裕綽々の態度が、どうしようもなく癪に障った。海はその場で地団駄を踏んだ。

「どうした、ウミ。そんなに慌てて」
 そう言った彼の笑顔が黒く見えたのは、きっと気のせいではない。
「どうした、ウミ。――じゃないわよ! いったいどういうことなの?! なんでみんな、私たちがつ……つ……付き合ってること知ってるのよ!」
 後半はあまりにも早く捲し立てたので、上手く言えていなかった。
「決まっているだろう」と言って、クレフはもう一口ケーキを食べた。「私が皆に話したからだ」
「っ……!!」
 さも当然と言わんばかりのクレフに、海の心拍数は、そして体温は頂点に達した。体中の血液という血液が沸騰しているかのようだった。海は髪をふり乱した。
「あのねえ! どうしてそういうことを言っちゃうの?!」と海は大きな声で言った。「だいたい、言ったなら言ったって、私にも教えてくれないと、何がなんだかわからないじゃ――」
「そんなことより、ウミ」とクレフが海を遮った。「この『けーき』だが、なかなかいい味だぞ」
 そうやって遮るのはわざとだと知りながら、海はつい彼のペースに乗せられてしまう。残念ながらいつものことだった。今日も案の定、「えっ」と言って海はクレフのもとへ近づいた。彼は、宙に浮いた背もたれの高い椅子に腰掛け、海手製のショートケーキを食べていた。近くの丸テーブルの上には、ホールケーキ用の箱が二つ置いてある。一方の封はまだ切られていなかった。それはほかの皆と食べるための、そしてもう一方は、クレフのためだけに作ってきたケーキだった。
「ほんと? ほんとに、美味しい?」と海はクレフを覗き込んだ。
「ああ」と彼は笑顔で頷いた。「とてもいい味だ」
「よかった! ちょっと甘すぎたかなって、心配してたのよ」
「そんなことはない。よくできている」
 にっこりとクレフが笑う。その笑顔に、海は思わずどきりとした。誤魔化すようにふいと視線を逸らし、所在なげに髪をいじった。

「それにしても」と、クレフが徐に口を開いた。「私に毒見をさせるとはいい度胸ではないか、ウミ」
「どっ……?!」
 思いがけないクレフの言葉に、海はぱっと振り返った。不敵な笑みがこちらを見上げている。
「毒見なんかじゃないわよ! ただ……」
 一度言葉を区切り、海はクレフを遠慮がちに見やった。上目遣いになったのは無意識のうちだった。
「あなたなら、正直な感想を言ってくれると思ったの」
 ふ、とクレフの笑みが穏やかになる。そうやって目を細めてこちらを見るときのクレフは、女性でさえはっとするほど美しい。子どもの姿をしていたときは「可愛らしい」という言葉が相応しかったかもしれないが、青年の姿になったクレフには「美しい」という形容詞が最も似合うような気がする。本来ならば、その言葉を掛けられるべきは私の方なんだから、なんとも悔しいところだけれど。

「前から思っていたんだが」と、手にした皿をテーブルに置きながら、クレフが口を開いた。「どうしてお前は、自分で味見をしないのだ。自分で食べた方が、その味もわかるというものだろう。今後の参考にもなるだろうに」
 うーん、と海は言葉を濁した。それは、クレフに限らずいろいろな人に指摘されることだった。
「私、お菓子を作るのは好きだけど、食べるのは苦手なのよ」
 結局、特に言い訳をする必要も見つけられなくて、ほんとうのことをそのまま口にした。
「……そうなのか?」
 クレフが目を丸くしてこちらを見る。海は眉尻を下げて苦笑いし、こくりと頷いた。
「みんなにびっくりされるわ。でも、どうにも苦手なのよね」
「……まったく食べられないのか」
 やけに深刻な顔でクレフが聞いてきた。見透かすような瞳にどきりとして、海は思わず顔を逸らした。
「まったくってわけじゃないわ」と海は答えた。「多少は食べられるけど、でも、積極的に食べようとは思わな――っ、えっ?! きゃっ……」
 言葉途中に、海は叫び声を上げた。突然強い力にぐいと腕を引かれ、体が傾いだのだ。バランスを崩した体は、そのまま力の方へと引っ張られていく。えっ、と思ったときには、海はクレフの膝の上にいた。そして、頬を包む手があったかと思うと、その手はそのまま海の顔を引き寄せた。咄嗟に目の前の肩に手を乗せる。それと同時にクレフの唇が海のそれを塞いだ。海は反射的に目を閉じていた。

 ――甘い。それがまず初めに心に浮かんだ言葉だった。
 クレフの唇は、まるでそれ自体がお菓子のように甘かった。苺の甘酸っぱさも相まって、それは文字どおり、「ショートケーキ」の味だった。バターと砂糖の混じった匂いが鼻を抜ける。呼吸をするのもくすぐったかった。
「……っん……」
 クレフの舌が、海のそれを器用に絡め取る。残されていたのかわざと残していたのか、クレフから渡された生クリームが口の中ですうっと溶けた。そのまま素直にこくりと飲み込むと、喉に甘みが広がった。

 やがてクレフの唇がゆっくりと離れていく。うっすらと目を開けると、したり顔をした彼と目が合った。
「食べられるではないか」
「……ばか」
 思わず目の前の肩をパシッと叩いた。とても直視できなくて、クレフから顔を逸らす。まったく、どうしてこのひとはこういうことをさらりとやってのけるのだろう。おかげさまできっと今、私の顔は茹でダコのように紅いに違いない。
 口の中に、確かにケーキの味が残っている。唇を舐め、海はもう一度、残されたその生クリームを味わいながら飲み込んだ。
「……やっぱり、少し甘みが強いわ」
 もちろんわかっている。その甘みが、ケーキだけによるものではないことを。

「メリークリスマス」
「えっ?」
 突然目の前の人が紡いだ言葉に、海は目を見開いて顔を上げた。そこにはいつもと変わらないクレフの笑顔があった。
「どうして知ってるの? 今日がクリスマスだって。それに、その言葉……」
 海が困惑しながら言うと、クレフがにやりと口角を引き上げた。
「フウに聞いたのだ。お前を驚かせたくてな」と彼は言った。「教える代わりに、お前との関係がどうなっているのか、正直に話してもらうと言われたのだ。交換条件というやつだな、あれは」
 なるほど、と海は思った。やっと納得がいった。クレフは、何の理由もなく簡単に自分たちの関係を周囲にひけらかすような人ではないと思っていたのだ。だからこそ、彼が自ら二人の関係を打ち明けたと聞いて、納得がいかなかった。しかしそういうことなら説明がつく。
「……それで、みんなに話したのね。私たちのこと」
 ほほほほ、と笑う風の姿が脳裏に浮かんだ。黒幕は彼女だったのか。相変わらずの策士っぷりが、腹立たしいやら小憎たらしいやら。

 それにしても、と海は思った。クレフは、そんな交換条件を出されてまでも私を驚かせたかったのか。そう思うと照れ臭かったけれど、それよりも、嬉しさの方が強かった。このひとは、いつも私を楽しませることを考えてくれる。惚気かもしれないけれど、こういうとき、私はほんとうに愛されてるんだなぁと感じる。自然と顔がほころんだ。
「……嬉しい」と、海は小さな声で呟いた。
「え?」
 小首を傾げたクレフには聞こえなかったようだ。それでよかった。海はふるふると首を振った。
「『あなたには敵わないわ』って言ったのよ」
 クレフが微かに目を見開く。その頬に唇を寄せ、海は一瞬、触れるか触れぬかの口付けをした。
「メリークリスマス、クレフ」
 クレフの首の後ろに両手を回し、海は微笑んだ。クレフがやはり不敵に笑い、海の体を引き寄せる。海はそっと目を閉じた。

「……あ」
 再び唇が重ねられる直前になって、しかし海は思わず声を漏らした。クレフが引き寄せる腕を止め、至近距離で目を瞠る。その距離のまま、海はわずかに眉間に皺を寄せた。
「まさかクレフ、今日のど……味見させたことまで、言うつもりじゃないでしょうね?」
 思わず「毒見」という言葉が出てきそうになって、海は慌てて言い直した。するとクレフの大きな蒼い瞳が不可思議に揺らいだ。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間、クレフは大袈裟とも思えるほどの身ぶりで吹き出し、逆に海を驚かせた。
「なっ……なによ! そんなに笑わなくてもいいじゃない」
 目尻に浮かぶ涙を指で掬いながら、クレフが小さくかぶりを振る。
「何を言い出すのかと思えば」
「……だって」
 海は口を尖らせた。だって、こんなこと、ほんとうは誰にも言ってほしくない。
 ようやく笑いが収まったらしいクレフが、目を細めてひっそりと微笑む。頬に触れる手が温かい。その手はいつだって、海の身も心も熱くしていく。
「言うわけがないだろう」
 クレフの親指が、海の唇をそっとなぞった。
「私が味わったのは、『けーき』だけではないのだから」
 そう言って、クレフが今一度海を引き寄せる。反射的に目を閉じれば、とろけるような口付けが齎された。
「これは、私だけのものだ」
 一度唇を離し、クレフが低い声で言った。海だけに聞こえる音量だった。そしてすぐにまた唇が重ねられる。深い口付けはどこまでも甘く、海の体を侵食していく。

 やっぱり、甘いものは苦手だわ。海はぼんやりとした頭の片隅でそんなことを考えていた。
 ほんとうは、毒見をさせられたのは私の方。だって、この甘さこそが「毒」なんだもの。こんなにも深くまで、あなたに溺れていくんだから。




聖日の戯れ 完





クレフには、海ちゃんに対しては基本的にドSでいてほしいです。親指で海ちゃんの唇をなぞる仕草が堪らなく色っぽいですね!!(バカですみません)
ここまで読んでくださってありがとうございました^^
Merry Christmas to you all...

2012.12.24 up / 2013.07.12 revised




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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