蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

おとずれ 前篇

短編

※アニメエンディング後という設定です。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 まず二度拝礼して、それから二度手を叩き、そして最後にもう一度拝礼する。いわゆる「二拝、二拍手、一拝」が正しい参拝の仕方だと知ったのは、つい最近のことだ。海たちはそのとおりに参拝し、今年も無事に、新年最初の行事である初詣を終えた。

「海ちゃん、風ちゃんは、何をお願いしたんだ?」
 白い息を吐きながら、光が首を傾げた。そんな仕草をすると、ともすれば光は中学生くらいに見えなくもなかった。可愛らしい白の耳当てが余計に幼さを助長しているのかもしれないが、彼女は17歳になった今でも小柄で、小動物のような雰囲気を醸し出している。
「私は、来年の大学受験が成功するようにとお願いしましたわ」
 そう答えた風の鼻は、もうすっかり紅くなっていた。彼女は光とは対照的で、会うたびにどんどん大人っぽくなる。今日の彼女は、襟にファーがついたアンゴラのロングコートを着て、手には小ぶりなバッグを抱えていた。そんな恰好をしていると、彼女はさながら女子大生のようだった。実際に、彼女が読んでいるというファッション雑誌は大学生かそれ以上の年齢層をターゲットにしたもので、高校生が読むには少し早かった。かといって、決して嫌味になるほど早いわけでもない。そういうほんの少しの差が、風と彼女の周りとの間には常に存在していた。

「風ちゃんは、医学部受験するんだもんね!」と光が言った。「すごいなぁ。私なんか、学校の勉強についていくので精いっぱいだよ」
 くしゃっと顔を崩した光の、まっすぐな褒め言葉が照れ臭かったのか、風は首を竦めると、「そんな……」と頬を染めて曖昧に笑った。

「ところで」と、風はくるりと海の方を向いた。「海さんは、何をお願いされたんですの?」
 海は言葉を濁して軽く天を仰いだ。空はすっきりと晴れ渡っている。太陽が、惜しげもなく燦燦とその光を降り注ぎ、懸命に地表を温めようとしてくれているのに、漂う空気は温もりからはほど遠い。今年の冬は、いつもの年よりも寒い気がする。吹き付けてくる風が頬を刺すようで、海はぶるっと肩を縮み込ませると、ダッフルコートのポケットに片手を突っ込んだ。そして、
「これからも三人仲良くいられますようにでしょ、両親が健康で長生きしますようにでしょ、友達の片思いが実りますようにでしょ、それから……」
 外に出していた方の手で、指を一本ずつ折りながら言った。
「う……海ちゃん」
 光が裏返った声を出した。
「すごくたくさんお願いしたんだね」
「そうなのよ」と海は首を竦めた。「あれこれ考えてたら、ひとつに絞れなくなっちゃって」
 確かに、挙げ始めたらきりがないほどたくさんのことをお願いしていた。改めて声に出してみて、さすがに欲張りすぎただろうかと少し反省した。

「ですが……」と、風が冴えない表情で首を傾げた。「海さんご自身のためのお願いごとが、ひとつもありませんわ」
 思わぬことを指摘されて、海はどきりとした。ぱちくりと瞬きをして、そのまま言葉に詰まってしまった。
「――光は? 光は、何をお願いしたの?」
 努めて平静を装いながら、海は風の言葉には答えを返さずに話題を変えた。風の視線を横顔に感じたが、気づかないふりをした。片や光はといえば、不自然な会話の流れに何の疑問を持つこともなく、「えっ」と、子犬が耳を立てるような顔をしてはにかんだ。その純朴さに、海は心の中でほっと息をついた。
「私は、海ちゃんや風ちゃん、兄様たちみーんなが幸せな一年を送れますようにって!」
「それじゃあ、光だって私と同じだわ」と海は言った。「みんなの幸せを願っているんだもの。下手したら、私よりも壮大なお願いごとよ」
「……そうですわね」
 風は一瞬何か言いたそうな顔をしたが、ぐっと堪えたように硬い表情でそう答えた。海はにっこりと微笑んで、風から視線を外した。

 人混みを掻き分けながら、三人は祭壇を後にした。人の流れはゆったりとしていてあまり進まない。元旦の今日、大きな寺社は酔うほどの人で溢れているだろうと、海たちは比較的規模の小さい神社を選んで初詣に来ていた。ちょうどそれぞれの家の中間地点にあるこの神社の方が集まりやすかったということもある。小規模とはいえ、それでも神社は大勢の人でごった返していた。

 ――ほんとうは。
 歩いてくる人にぶつからないよう気をつけながら、海はぼんやりと、前を歩く人の背中を眺めていた。
 ほんとうは、願いたいのに願えずにいることがあった。二度手を叩いた後、いつもしばらく「今年はどうしようか」と考える。それでも結局はそのことを願わないまま祭壇を後にするようになって、もうこれが四度目の初詣だった。それを願うことができずにいるのは、願っても叶わないと知っているからだった。どうせ叶わないことを願ってもしょうがない。そこまでわかっていてそれでもなお、毎年同じことを願おうとしてしまうのだった。そんな私はどうしようもないばかだと思う。

 その一方で、海は、隣を歩く二人の親友もきっと自分と同じ思いを抱えているに違いないと密かに確信していた。最近では話題に上ることもめっきり少なくなったけれど、三人が出逢うきっかけになったあの『異世界』での出来事は、今でもそれぞれの心の中で大切な思い出として生き続けている。今日の「私」を創っているのは間違いなくあの日々だった。少なくとも海にとってはそうだったし、光と風にとってもそうであればいいと思う。

 ――「思い出」、という言葉が相応しいのかどうかはわからない。仮に、「思い出」という言葉を「毎日ではないけれどたまに思い出して懐かしむこと」と定義するのなら、まだ「思い出」にすらなっていなかった。あのときのことを思い出さない日などなかった。海にとって、あの地での出来事はまだ「終わった」という感じがしないことだった。それがほかでもない、別れ際に言いそびれた言葉に起因しているということは、疑いようがなかった。


「……なんでもない」
 あのとき、海はそう言った。喉元まで出かかっていた言葉があったのに、それを飲み込んだのだった。

 今でも、どうしてあのとき想いを告げなかったのだろうと後悔することがある。考え出すと夜も眠れなかった。でも、辿り着く結論はいつも同じだった。あのときは、あれが精いっぱいの言葉だった。あれが最善の言葉だったのだ。それが海の答えだった。

 どこにいたのか今となっては聞く術もないが、別れ際のとき、彼は――クレフは、顔が見えるところにはいなかった。フェリオもランティスも、プレセアもアスコットもいたのに、どれほど目を凝らしても、海が一番会いたかったひとの姿はなかった。もう会えないんだ。そう思った刹那のことだった。頭の中に直接響いてきた彼の声が、海の心を一気に昂らせた。
 勢いに任せて言いかけた告白の言葉は、しかし日の目を見ることはなかった。クレフがいかにセフィーロを大切に思っているか、海はわかっていた。きっと彼は、特別な「誰か」を持とうとはしないだろう。彼は『導師』クレフ、皆を導く人なのだ。そして、そのことを他でもないクレフ自身が一番よくわかっている。彼にとっての幸せは、セフィーロに住まうすべての人が幸せになることだ。クレフは、誰か一人の幸せだけを願い、それが叶えられたことで満足するような人ではない。それに、万に一つも彼の中に特別な「誰か」を想う気持ちがあったとしても、その矛先が自分に向くということは考えられなかった。彼にとって海は、大勢いる教え子のうちの一人にすぎないだろう。そんな考えが一瞬にして脳裏を駆け抜け、結果、想いを告げることを踏みとどまる主因となったのだった。

 にも拘らず、海はあれから毎年、初詣のたびに願いそうになってしまう。今年こそ、もう一度逢いたい。もう一度、あの世界へ行きたいと。

「そうだ!」
 明るい声を上げて、光が立ち止まった。つられて風が、そして海も、我に返り立ち止まる。光がくるりと振り返り、向かう先にできている人混みの方を指差して言った。
「おみくじ、引いて行かないか?」

***

 100円を払い、筒を振って中から棒を出す。そして出てきた棒に書かれている番号のくじを巫女さんから受け取る。それがこの神社のおみくじの仕組みだった。光、風、海の順番でみくじを引く。海の出した棒は九番だった。それを受け取り列から外れると、三人は、たくさんのおみくじが括られている脇道へと逸れた。そこで各々、自分の貰ったみくじを開いた。

「――あ」
 目に飛び込んできた文字を見た瞬間、海は思わず声を漏らしてしまった。「なになに?」と光が、自分のみくじはそっちのけで海の手元を覗き込んでくる。そして、
「すごい、海ちゃん!」と興奮気味に言った。「大吉じゃないか!」
「まあ」と風が目を丸くする。「新年早々縁起がいいですわね」
 なんだか照れくさくて、海は曖昧に微笑んだ。大吉のおみくじを引くなんて何年ぶりだろう。少なくとも、ここ三、四年は引いていないような気がした。海は改めて手の中の薄い紙を見て、目を細めた。たかがおみくじと言えど、やはり「大吉」の文字を見ると嬉しい。今年は何かいいことが起こるかもしれない。
「二人は、どうだったの?」
 海は顔を上げて、光と風を交互に見やった。
「私は末吉!」と光がみくじを掲げて言った。
「私は、中吉ですわ」と風が微笑む。
「じゃあ、三人とも『吉』ってことね」と海は言った。「全員が『吉』なんて、縁起がいいわ。今年は何か、いいことがあるかもしれないわね」
 三人で微笑み合うと、海は再びおみくじを見た。細かい項目がいくつも並んでいる。「病気:心配なし」「勉学:努力すれば吉」などといった具合だ。そうして読み進めていくうち、ふと、海の目がとある箇所で止まった。目を幾度も往復させ、そこに書かれていることを読み返す。だが何度見てもその意味を理解することはできなかった。

「ねえ、風……これ、どういう意味かしら」
 言いながら、彼女の方へ自分のみくじを差し出し、海はその箇所を指差した。風がみくじを覗き込む。光もまた、自分のみくじから顔を上げて海のを見やった。
「”待ち人……おとづれなく、来る”」
 ぎこちない言い方で、光が海の指差した箇所を読み上げた。きょとんとして顔を上げた光と目が合う。そうして二人は、ほぼ同時に首を傾げた。
「『訪れなく来る』って、矛盾してると思わない?」
 言って、海は風を見た。風は考え込むように口元に手を当てた体勢のまま、しばらく何も言わなかった。

「おそらく、ですが」
 ややあって、風が静かに口を開いた。
「『訪れ』という言葉には、『知らせ』や『便り』という意味もあります。つまり、この文言は、『待ち人は便りもなく突然やってくる』ということを意味しているのではないでしょうか」
「へぇ……! 『訪れ』には、そんな意味もあったんだね」と、光が感嘆のため息を漏らしながら言った。「よかったね、海ちゃん。待ってる人に逢えるかもしれないよ」
 にっこりと笑った光の言葉を受けて、海の脳裏には一人の少年の姿が浮かんだ。それはあまりに無意識のうちの、しかも突然のことだったので、海は思わずぐっと言葉に詰まってしまった。
「待っている人」と言われて、真っ先にほかの誰でもないクレフを思い浮かべてしまう。そんな自分は、やっぱりばかだと思う。どんなに待っていても、彼が来てくれるわけはないのに。

「お会いできるといいですわね。海さんがお待ちになっている人に」
 優しい声でそう言われて、海ははっと顔を上げた。穏やかに微笑んでいる風を見て、海は悟った。彼女は、海が今何を考えているのか、誰のことを心に思い描いているのか知っているのだと。では、どうして風にはそれほど簡単に海の心がわかってしまうのかといえば、それは、彼女自身にもまた、待っている人がいるからなのだった。海の「待ち人」がいる世界の王子様。風はずっと、その人との再会を待ち続けている。
「……そうね」
 微笑んで、そう答えるのが精いっぱいだった。途端に目の奥が熱くなった。新年早々涙なんて、それこそ縁起が悪い。なんとか耐え、不自然にならないように気を付けながら、海は二人の親友から視線を外した。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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