蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

おとずれ 後篇

短編

いったい何が起きているのかと、海は恐る恐る目を開けた。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 まだ大勢の人が列をなしている神社の前で、三人は、また近いうちに集まることを約束して別れた。
 太陽は早くも傾き始めている。この時期は日が暮れるのがほんとうに早い。橙色に染まる空に目を細めながら、海は緩やかな足取りで家路に就いていた。両手であのみくじを大事に抱えていた。普段は、誰もがそうするように引いたみくじは神社に結んでくるのだが、今回のみくじは神社に括りつける気になれなかった。「いいことが書いてあった場合には持って帰っても構わない」という風のアドバイスを受け、海は考えるまでもなく、そのみくじを持って帰ることに決めたのだった。

 歩きながら、時折目を落として内容を読み返す。読み返すと言っても、目が向かうのはただ一箇所、「待ち人」の欄だけだった。「待ち人:おとづれなく来る」。その一言があるだけで、このみくじにはプライスレスの価値があると海は本気で思っていた。


 次の角を曲がれば家だ、というところまで来たときのことだった。突然体が煽られるほどの強風が吹いてきて、海は面食らった。
「きゃっ……!」
 思わず悲鳴を上げた。何が起きたのかわからなかった。台風が発生するその瞬間に立ち会っているのかと思った。進もうとしていた道の真ん中で風が悲鳴を上げている。やがてその風は、まるで竜巻のように巨大なつむじ風となって空へと上がりはじめた。海は無我夢中ですぐ傍の壁にしがみついた。目も開けていられず、ぎゅっと縮こまるようにして電信柱に背中をくっつけた。髪が靡いてグロスを塗った唇にひっついたが、当然、それを剥がすような余裕はまったくなかった。

 やがて、少しずつではあるが、突風が収まる気配を見せ始める。同時に「シャラシャラ」という、まるで風鈴が鳴り響くような音も聞こえた。およそこの場には不釣合いな軽やかさだった。いったい何が起きているのかと、海は恐る恐る目を開けた。そして――口をあんぐりと開け、呆然とその場に立ち尽くした。

 先ほどよりは随分と柔らかな、しかしそうは言っても結構強いつむじ風が、本物の竜巻のように地上から空へと一本の道を作っている。そしてその、風で出来た道の真ん中に人が宙に浮いていた。その人は長いローブをつむじ風に靡かせ、海と同じように大きく目を見開いてこちらを見ていた。彼の額の中央にある宝玉がきらりと光った。その宝玉の形は、海が覚えているものとは少し違っていた。
 夢を見ているのだと思った。けれど彼の口がゆっくりと笑顔を形成した。そして、
「……ウミ」
 と、彼は確かにそう言った。

 その声は確かに海の耳に届いた。そして、たった一言そうして名前を呼ばれただけだったのに、彼のその声は海を一気にあの14歳だった時代へと引き戻した。疑いようがない。その幼い少年のような姿も、低く柔らかい声も、澄んだまっすぐな青い瞳も、何もかもを覚えている。彼は彼以外ではあり得なかった。海は瞬きをすることを忘れていた。
「……クレ、フ……?」
 これは幻覚だろうかと、それでもまだ海は半信半疑だった。掠れ声で言った海の言葉に反応して、風の中の彼が微笑むまでは。
 彼が微笑むと、その手に持った杖が揺れ、シャラシャラというあの軽やかな音を奏でた。そこで、ああ、と海は思った。その杖がその音を立てるのを、私は前にも聞いたことがある。
 胸の奥がぎゅっと締め付けられた。海は何かを言おうと口を開いた。だがその前に、彼の方が言った。
「やっと逢えたな」

 海はその場に立ち尽くしたまま、ただ彼を見上げることしかできなかった。混乱して、頭が爆発してしまいそうだった。何がどうなっているのだろう。ここはセフィーロではなくて東京なのに、どうして、セフィーロにいるはずのクレフがここにいるのだろう。しかも、そんな風の中に浮かんだ姿で。
「どうして……」
 考えに考えても、結局そんな言葉しか言えなかった。クレフはそんなことはものともせず、風に吹かれたままより一層深く微笑んだ。
「この数年、異なる世界間を行き来する魔法を編み出すことはできないものかと、試行錯誤を重ねていたのだ」と彼は言った。「あるときは、まったく予期せぬ世界へと飛ばされたこともあってな。一時は、もう潮時かと諦めかけたこともあった。だが……」
 言葉を区切り、クレフはしっかりとひとつ頷いた。
「ようやっと、お前の世界へ辿り着くことができた」
 海は再び口を開いたが、何も言葉が出てこなかった。胸元でつっかえているものがありすぎて、どこから言ったらいいのかわからなかった。「会いたかった」と、「忘れたことなどなかった」と、「会いに来てくれてありがとう」と、そして、「ずっと好きだった」と。そのすべてをいっぺんに表わすことができる言葉があればいいのに。海は懸命に探したが、少ないボキャブラリーの中にそんな言葉はひとつも見当たらなかった。

「ウミ――」
 クレフがこちらへすっと手を伸ばそうとする。しかしそのとき、ずっと穏やかだった風が突然強さを増した。予期せぬ出来事に海は思わずよろめいた。なんとか電信柱を支えにして顔を上げると、クレフを取り囲むようにして吹いているつむじ風が、再び竜巻のように荒々しく吹き始めていた。ふと見ると、クレフの表情が先ほどまでとは比べ物にならないほど険しいものへと変わっていた。
「もう、限界なのか……」
 クレフがやるせない表情で呟いた。そして、眉間に皺を寄せてこちらを見た。
「すまない、ウミ。この魔法はまだ完全ではないのだ。どうやら、私はもうセフィーロへと戻らなければならないらしい」
「そんな……!」
 海はクレフのもとへ歩み寄ろうとした。しかし風があまりにも強すぎて、その場で飛ばされないよう立ち続けることだけで精いっぱいだった。一歩も前へ進めなかった。こんなに近くにいるのに、クレフが遠くにいる人のようだった。あのとき、姿は見えなくても声は聞こえていたときの方がよほど近くに感じていた気がする。
 ――もう、お別れなの? せっかく会えたのに。せっかくまた、こうして顔を突き合わせて話をすることができたのに。胸が痛んだ。海は片手でぎゅっと胸元を握りしめた。

 そのとき、クレフがふっと微笑んで頷いた。
「だいじょうぶだ」とクレフは言った。「これで、お前の世界がどこにあるのかわかった。きっとまた逢える」
 海は大きく目を見開いた。
「……ほんとう?」
「ああ、ほんとうだ」
 視界が滲んで、クレフの顔がぼやけた。それは堪え切れなくなった涙のせいだとわかっていたが、その涙は頬を流れることはなく、風に煽られて髪とともに後ろへと流れていった。
 海はぎゅっと拳を握り締めた。クレフの姿が少しずつ光に包まれ、そして薄くなっていく。
「ウミ、またすぐに逢おう。きっとだ」
 そう言った彼の笑顔を見たときだった。海の中で、何かが弾けた。

「クレフ!」
 海は叫んだ。
「待って! あのときの……あのときの続きを言わせて!」
 今度こそ一歩を踏み出した。風のせいでほんとうにたった一歩しか踏み出せなかったけれど、その一歩の持つ意味が計り知れないほど大きいことを、海は痛いほどよくわかっていた。
「あのときの……?」
 クレフが一度瞬きをして小首を傾げた。海は滲む視界の中、懸命にクレフの瞳を見つめようとした。真っ青な彼の瞳は、セフィーロのあの雄大に広がる海原を思い起こさせた。
「私、私……」
 そこまでは確かに、あのときも言えたことだ。
「あなたが好き……!」
 だがそれは、今日初めて言えた言葉だった。
 その瞬間、クレフの目が見たこともないほど大きく見開かれた。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には穏やかに細められた。クレフは刻一刻と光と同化していく。そして完全に消える前に、彼は言った。
「私もだ、ウミ」
 クレフもそんな風に笑うことがあるのだと、海は思った。一度も見たことのない笑顔だった。その笑顔を最後に、クレフの姿は風に吹かれて完全に消え去った。それと同時に、あれほど強く吹き荒れていた風も嘘のように止み、あたりは何事もなかったかのように静まり返った。


 それからしばらく、海は呆然と空を見上げたまま動くことができなかった。通行人が、訝しげに海を振り返っていくことには気づいていたけれど、そんなことはどうでもよかった。見たければ見ればいい。あるいはこの場でバレエを踊ってあげてもいいとさえ思った。
 未だに信じられなかった。今目の前で起きたことは、ほんとうに現実の出来事だったのだろうか。ほんとうに、今一瞬この目に見えた人はクレフだったのだろうか。そして――彼はほんとうに、「私もだ」と言っただろうか。

 ぎゅっと握っていた手の力を緩めたとき、手のひらの中で何かがくしゃっと音を立てた。なんだろう、と海はその手を持ち上げた。そしてはっとした。手に握られていたのはあのみくじだった。強く握りしめていたせいで、もうすっかり皺くちゃになってしまっている。両手でその細長い紙を、破かないよう丁寧に広げると、海は今一度そこに目を落とした。

『待ち人:おとづれなく来る』

 その文字を見た途端、海は納得した。あれは夢などではなかった。現実に、クレフが逢いに来てくれたのだ。セフィーロからこの東京へ、魔法を使って。嘘ではないのだ。今しがたの、まさに風の如くあっという間に過ぎ去った出来事は、確かに現実のものだった。
 皺くちゃになったみくじを見ると、そのことが事実としてストンと心に落ちてくる。自然と顔がほころんだ。
「……ほんとに、何の知らせもなく突然やってくるんだから」
 わざと呆れたように言い、海はもう一度天を仰いだ。
「またね、クレフ」
 今年一年は、きっと17年の人生の中で最高の一年になるだろう。海はそう確信していた。新たな年の訪れに心から感謝しながら、海はゆっくりと歩き出し、改めて家路に就いた。夕陽に照らされて長く伸びた海の影は、スキップするように踊っていた。




おとずれ 完





お題は「新年」ということで。
「おとずれ」という言葉の持つ意味は、ほんとうの話です。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^
Happy New Year!

2013.01.01 up / 2013.07.12 revised




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都内某所にひっそりと生息。
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