蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

恋の鈍行列車

短編

恋愛に年は関係ないのよ、海ちゃん。あの万年新婚夫婦である両親の口癖が、何の前触れもなく脳裏を掠めた。

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 ゴールデンウィーク。海たち三人は、晴天の東京に何の未練も抱かずセフィーロへ来ていた。今年は曜日配列が良くて、中一日を休めば九連休になる。さすがに連休最終日には東京へ戻らなくてはいけないので、その一日前の今日が、セフィーロで過ごす最後の日だった。今日しかないのだ。そう思うと寝ているのがもったいなくて、完全に日が昇らないうちにそっとベッドを抜け出すと、まだ夢の中の親友二人を残して海は部屋を出た。


 朝焼けに包まれたセフィーロ城の回廊を、ゆっくりと進む。目覚めたばかりのセフィーロは静寂の中にあって、まるで生まれたての赤ちゃんのようなみずみずしさで溢れている。東京では考えられないことだった。歩いていると、自然と笑顔になった。やっぱり人間も、もとは自然の中で暮らしていた生き物なのだろう。

 東京での海は、歩くのが結構速い。友人たちにもしょっちゅう「待って」と言われる。だがことセフィーロへ来たときは、まるで別人のように歩みが非常に緩慢になるのだった。それには理由がある。セフィーロの動植物は皆、東京のそれに比べて生き生きとしていて、思わず目を奪われるのだ。わき目も振らずに歩いていられるような国ではなかった。海は今日も同じように、一歩進むごとに立ち止まっては目に映る自然を愛でていた。そんなとき不意に、自然とは別の気配を近くで感じた気がしてはたと顔を上げた。

 セフィーロ城の回廊は、外へと直接続いている。海が今いるところからは『精霊の森』が見えた。そして、その『精霊の森』の手前に一人の男の子が立っていた。彼は太い木の幹に手を添え、じっと上の様子を窺っていた。

 男の子は、薄いラベンダー色のワンピースのような服を着ていた。首元はタートルネックで、ワンピースそのものは半袖だが、その下に、同じ色合いで長袖長ズボンの下着を着ている。そんな服装でも男の子だとわかったのは、女の子にしては醸し出す気配が凛としすぎていたからだ。年のころは十歳に満たないほどだろうか。まるで、セフィーロの朝のみずみずしさがそのまま人になったような感じがした。

 じっと木を見上げていた男の子が、ふと、木に沿えていない方の腕を高く伸ばした。すると、その動きに応えるかのように木から何かが落ちた。素晴らしい反射神経で、男の子はその落ちてきたものをしっかりと両手でキャッチした。そっと手元を覗いたその子の横顔には、とても柔らかい笑みが浮かんだ。そのとき、海は思わず鼓動が速くなったのを感じた。
「……やだ、私ったら」
 急に恥ずかしくなって、顔を赤らめ、呟いた。
 恋愛に年は関係ないのよ、海ちゃん。あの万年新婚夫婦である両親の口癖が、何の前触れもなく脳裏を掠めた。それはそうかもしれないけど、いくらなんだって、あんな小さい子ども相手なんてあり得ないじゃない。海は小さくため息をついた。

 男の子が受け止めたのは、どうやら鳥の雛のようだった。何事か話しかけながら、男の子が雛の背を撫でている。
 驚いたのは、撫でるごとに彼の掌が淡い光を放つことだ。セフィーロでは、あんなに小さい子でも魔法が使えるのだろうか。感心して見ていると、やがて光が放たれなくなった。男の子が雛を両手でそっと抱え、静かに腕を空へと伸ばした。すると雛が、一度男の子に向かってチチチッと鳴いた後、元気いっぱいに朝焼けの空へと羽ばたいていった。

 飛び方がまだぎこちない。どこか怪我でもしていたのかもしれない。だとすれば、先ほど男の子が使っていた魔法はその怪我を治すためのものだったのだろう。セフィーロの人は、大人も子どももほんとうに生き物に優しい。心が豊かな証拠だった。心が貧しくなると、人は弱い者に対して冷酷になる。文明が進めば、人はだんだん心の豊かさを失っていく。けれど、セフィーロはそうではない。暮らしは豊かなのに、心を失っている人がほとんどいない。それはとても素敵なことだ。
 見えなくなるまで鳥を見送ってから、海は何気なく男の子の方を見やった。すると思いがけずその子と目が合った。

 男の子は、まるで座敷童を見ましたとでも言うかのように大きく目を見開いて海のことを見ていた。サファイアのように綺麗な瞳だった。何か言わなくちゃと海は思った。とりあえず、私が座敷童じゃないということはわかってもらわないと。そんなことを考えていると、先に男の子の方が目を細めて微笑んだ。そして、
「珍しいな、ウミがこんなに早起きをしているとは」
 と言った。

「……」
 海は思わず何度か瞬きをした。今の声に、海は確かに聞き覚えがあった。だけど、どうしてその声が今目の前にいる男の子から聞こえてくるのだろう。だって、海がよく知るそのひとは、こんな子どもじゃなくて、もう750歳近くて――
 そのとき、はたと気づいた。確かに彼は「子どもではない」。でも同時に、確かに彼は「子どもだ」。
「え?」
 頭の中に、とある人の名前が浮かんだ。男の子がきょとんと首を傾げると、その動きに合わせて薄紫色の髪がさらりと揺れる。そしてその瞬間、彼と脳裏に浮かんだ名前とが一致してしまった。
「えぇぇぇ~~~っ!!!」
 男の子を思いっきり指差して、海は文字どおり奇声を発した。すると男の子が、梅干を食べたときのように顔をしわくちゃにして両手で耳を塞いだ。髪がすっかり逆立っている。彼のその反応を見て初めて、海は自分の声が相当の大きさでもって発せられたのだということを知った。
「なんという声を出すのだ、ウミ!」
 怒鳴られても、海は謝る気にはなれなかった。
「だって……だって……」
 男の子を指す指が、わなわなと震える。
「クレフなの?!」
「他に誰に見える!」
 コンマ三秒ほどの速さで、男の子は――もとい、クレフは即答した。

 確かに、今となっては彼はクレフにしか見えない。そのサファイアのような瞳も、薄紫色の髪も、耳たぶにぶら下がるイヤリングも、よく知ったクレフのものだ。それでも、それでも海は、今目の前にいる子がクレフだということに度肝を抜かれていた。
 普段の威厳に満ちたオーラはどこへやら、今のクレフは、見た目どおり十歳前後の男の子にしか見えなかった。着ているものはもちろん普段と全然違うし、いつも持っているはずの杖も手にしておらず、額に輝くサークレットもない。サークレットがないせいで、前髪が全部ストンと下りている。一方で、垣間見えた後ろ髪はいつもどおりはねていた。あれはサークレットにより持ち上げられているのではなく、彼の癖毛なのだろう。このときまで、海はクレフの額がそれほど広いとは思っていなかった。そしてその額の広さが、彼を余計に幼く見せているのだった。

「びっくりしちゃった」
 ようやく少し落ち着いてきて、海はクレフの方へ近寄った。
「着てるもので、こんなに違って見えるのね」
「そんなに違うか?」
 クレフが眉間に皺を寄せる。そういう表情は、着ているものには左右されない。でも、
「違うわよ」
「……まあ、お前たちの前に出るときは、いつも正装をしているからな」
 見慣れないのかもしれん。そう言ってクレフは、首をもたげると目を細めて天を仰いだ。朝日に照らされて、薄紫色の髪が限りなく銀色に近づく。
「今日もいい天気になりそうだ」
 嬉しそうにクレフが言った。

 このひとはほんとうにセフィーロのことを大切に思っているんだなぁと、こういうときに感じる。彼は、天気がいいというだけでこんな風に嬉しそうな顔をするし、道端で踏みつけられた雑草を見ただけで傷ついたような顔をする。そんな人だから誰からも好かれているのだけれど、自分のことに関しては呆れるほど無頓着だから、周囲がどれほど彼のことを気にかけているか、全然気づかない。おかげでいつも無茶をして、そのたびに周りははらはらさせられている。

 そんなことを考えながらクレフの横顔を見ていると、不意に海は、そういえばクレフは、実際の年齢はともかく見た目は子どもなのだということに改めて思い当たった。

 初めてこの世界に招喚されたとき、「あなただってどう見ても子どもじゃない!」と言った海の頭を、クレフはあの厳つい杖で容赦なく叩いた。あれからもう二年が経って、この間、確かにクレフは700歳を超えているのだと思い知らされる場面は多かった。彼は誰よりも冷静沈着だし、誰よりも先のことまで考えた行動ができる。誰からも敬われているし、彼を目の前にすると自然と腰を下りたくなる気持ちはわからないでもない。しかしそうは言っても、見た目が子どもっぽい(というか、子ども)のは間違いない。

「……なんだ、ウミ」
 くすくすと笑っていると、空を見上げていたクレフがつとこちらを見て、眉間に皺を寄せた。その大人びた表情が見た目と釣り合っていないことがまたさらにおかしくて、海は声に出して笑った。するとクレフの頬が不機嫌そうに歪んだので、海は「ごめんなさい」と眉尻を下げた。それでも笑いは止まらなかった。
「クレフって、やっぱり子どもなんだわと思っただけよ」と海は言った。
「……は?」
 歪んだクレフの頬が、中途半端なところで凍り付いた。
「だからね、クレフって、実際の年齢はともかく、見た目は子どもなんだなぁって……」
「誰が子どもだ!」とクレフが声を荒げた。「私は747歳だ!」
「だから、実際の年齢じゃなくて見た目の話をしてるの」
「見た目で人を判断するなと、お前たちの世界では教えられなかったのか?!」
「判断なんてしてないわ。でも、あなたの見た目が子どもなのは事実でしょ」
「何度も言わせるな! 私は子どもではない!」
「わかってるわよ。だけど、見た目が――」
 永遠に押し問答が続くかに思われたが、海の言葉の方が途中で止まってしまった。突然足元がぐらついて、視界が反転したたためだった。
「ウミ!」
 そう叫んだクレフの声は、しかしそれまでの叫び声とはまったく色が異なっていた。

 よく、溺れている人を助けようとすると自分まで巻き込まれて一緒に溺れてしまうという話を耳にする。それは、溺れている人が、助けが来ると何が何でも助かりたいと必要以上にしがみつくためだと言うが、まさに今、海はそんな状態だった。クレフの声がして伸ばされてきた手が目に入ると、考えるより先に海はその手を掴んでいた。そのまましがみつくつもりだった。ところがその必要はなかった。海の体はびっくりするような強さでクレフの方にぐいと引かれた。

 気が付いたらその場にしゃがみ込んで、すっぽりとクレフの腕の中に納まっていた。まだ地面は揺らいでいる。てっきり地震かと思ったけれど、なんだか違うような気がしてきた。地震にしては、揺れ方が緩慢なのだ。ようやく落ち着きを取り戻してきた海は、何気なく足元を見やった。そして、
「え?」
 目を丸くした。
「え……え?!」
 海たちがいるのは、地面ではなかった。地面から、明らかにいびつな楕円形が浮かび上がっている。六角形の模様には見覚えがあった。そんなまさか、と信じられずにいると、一度揺れが収まった。それからすぐに、また歩き出した。そう、海たちが立っているものが、歩き出したのだ。

「起こしてしまったようだな」
 クレフの声がして顔を上げた。「どういうこと」と言おうとしたのだが、その言葉が口から出てくることはなかった。代わりに、海は大きく目を見開くことになった。何気なく上を見たら、クレフの顔がびっくりするほど近くにあったからだ。
 不幸中の幸いと言うべきか、そのときクレフは海の方を見ていなかった。だから目が合うことこそなかったが、そんなに間近でクレフを見たことなどなかったので、海は内心すっかり動転してしまっていた。しかもあろうことか、海はクレフの背中に腕を廻して、彼にぴったり密着していた。離れようにも離れられなかった。

 みるみるうちに心拍数が上がっていく。口をぱくぱくさせていると、クレフがふとこちらを見下ろした。そして目が合った瞬間、海の心臓は爆発した。いや、もちろん、ほんとうに爆発したわけではなかったのだけれど、少なくとも感覚としては「爆発した」ように感じたのだった。
「あっ、ご、ごごごごめんなさい!」
 海は弾かれたようにクレフから離れた。とても彼を直視できなくて、さっと顔を逸らすと、髪を梳かすふりをしながらさりげなく腕で顔を隠した。
「……まったく、忙しない娘だ」
 呆れたようにクレフが言った。海がちらりと彼を見上げようとすると、クレフがすっと一歩前へ歩み出た。その背中を目で追いかける。クレフは海の斜め前で片膝をつくと、歩く地面を優しく撫でた。すると、その少し先からぬっと動物の顔のようなものが出てきて、こちらをちらりと見た。

 そういえば、先ほどクレフは、「起こしてしまったようだな」と言っていた。海は改めて自分がしゃがんでいるところを見た。大きな楕円形のそれは、まさに巨大な亀の甲羅だった。
「これは悪戯好きな精獣でな」と、亀の甲羅を撫でながらクレフが言った。「先ほども、わざと体の色を変えて森と同化していたのだろう。寝ていたところを起こしてしまったから、歩き出したようだ」
 そのとおりだ、と言わんばかりに亀が一声鳴いた。
「……セフィーロにも、亀がいるのね」
 海はぽつりと言った。
「ん?」
 クレフがこちらを振り向く。海はどぎまぎして、不自然にかぶりを振った。
「と、東京にも、似たような動物がいるのよ。まぁ、こんなに大きな亀はいないんだけど」
「そうか」
 微笑んで、クレフはまた前を向いた。

 この亀は、どこへ連れていくつもりなのだろう。そんなことを頭の片隅で考えながら、海はじっとクレフの横顔を見つめていた。
 よろけてしまったときに腕を引いてくれた感触が、まだしっかりと残っている。正直言って、びっくりした。体格的にはどう見ても海の方が大きいし、力もあるはずなのに、そうではなかった。クレフはいとも簡単に海の手を引き、体を支えてくれていた。

 クレフは、溺れている人を助けに行って一緒に溺れてしまうようなことはしないひとなんだ。海はほとんど確信のように思った。クレフなら、溺れた人を助けて一緒に岸に上がってくるか、自分の命を擲(なげう)ってでも溺れた人を救おうとするだろう。クレフとは、そういうひとだ。だから皆に慕われ、皆に愛される。だから、私も――。
 クレフの耳にぶら下がったイヤリングが、朝日を受けてきらりと輝いた。先ほどから姿は変わらないのに、海の目にはもう、クレフは子どもには見えなかった。

 セフィーロでは、見た目さえも『意志の力』で変えることができるという。それならば、クレフだって大人の姿になることもできるのだろう。海はクレフが大きくなったところを想像した。よくよく見ると、彼は顔立ちがいい。このまま大人になったとしたら、意外とかっこいいかもしれない。
「……やっぱり、男は年上でなくちゃね」
「なに?」
 クレフが振りかぶった。ただ、海が言った言葉は聞こえなかったようだ。海は小さく首を振ると、風に吹かれて乱れた髪を押さえながら、辺りの景色に目を細めた。
「前言撤回、って言ったのよ」と言って、海は横目にクレフを見た。「やっぱり、クレフはおじいちゃんだわ」
 ゲッ、とクレフが豆鉄砲を喰らったような顔をする。顎に手を当て、しばし考えるような仕草をしてから顔を上げた彼は、それでも面白くなさそうな顔をして、ため息をついた。
「……まあ、子ども扱いされるよりはいいな」
 その答えがクレフらしくて、海は思わず吹き出した。

 気が付くと、二人は亀の背に揺られながら海辺が見えるところに出ていた。この子は海亀なのかもしれないと思った。
 波が太陽の光を反射する。眩しいとき、人は笑顔になる。自然と目を細めるからだ。海もそのとおりになった。
 海はそっと、亀の甲羅に置かれたクレフの手に自らの手を重ねた。クレフが驚いてこちらを振り返る。海は黙って微笑んだ。するとクレフも微笑んで、一度手を離すと、海の手を改めて握りなおしてくれた。それから二人は何も言わず、手を握ったまま、亀が海辺に辿り着くのを待っていた。

 ほんとうは、そのまま時が止まってしまえばいいのだけれど、そんなことは願えない。だからせめて、海辺に着くまではこのままで。繋がれた手の温もりを、東京に帰っても覚えていられるように。
 気のせいかもしれないが、亀の歩みが遅くなった気がした。海の気持ちを理解してそうしてくれているのかもしれない。亀の甲羅は、鈍行列車のようにゆったりと揺れ続けた。
 波音が大きくなる。海は少しだけ、クレフの手を強く握り返した。



恋の鈍行列車 完





子どもの日ネタです。タイトルを変えてみました。
海ちゃんがクレフへの恋心を自覚したときのことを書きたかったのです。
この二人には、なんとなく手を繋いでほしくなります。原作の薬湯のシーンのせいですかね。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.05.05 up / 2013.07.12 revised




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