蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

カーネーション

短編

いったいどんなところだったのよ。わたしは突っ込みたくなるのをぐっと堪えて、「あらまぁ」と言うのに留めたわ。

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 わたしの名前は龍咲麗子(れいこ)。日本屈指の大財閥、龍咲コーポレーションの跡取り息子、司(つかさ)さんのもとに嫁いで早24年。可愛い可愛い一人娘の海ちゃんにも恵まれて、親子三人、仲睦まじく暮らしているわ。

 五月も中ごろの日曜日の今日、わたしは朝5時に起きてからもうすぐ12時になろうとしている今まで、家事に追われっぱなし。年末の大掃除でも手をつけないようなところまで念入りに掃除をして、ホームベーカリーでフランスパンを焼き、今は、昨夜から仕込んでいたスペアリブの最後の仕上げをしているところ。え? どうしてそんなに気合いを入れてるのかって? だって、今日は我が龍咲家にとって特別な日なんですもの。ただ……

「何をしているんだ、もう5分前だぞ……よもや途中で道に迷っているなどということは……いや、海のことだからそんなことはないだろう……いやいやしかし、あの子が約束の時間に遅れるなどということは……はっ! もしや、相手の男というのは時間にルーズな男なのか?! そんな男に海はやれんぞ……」
「もう、パパったら。少しは落ち着いてくださいな」
 キッチンから顔を上げると、思わずため息をついちゃった。司さん――そんな呼び方をすることは、最近ではめっきり減ってしまったけれど――ったら、リビングを端から端まで行ったり来たりして、ちらちらと腕時計に目を落としては、窓の外を穴が開くほど見てるんだもの。
「何を言ってるんだ、ママ。私は十分落ち着いているよ」
「落ち着いている人は、そんな風にリビングを行ったり来たりなんてしませんよ」
「私は行ったり来たりなどしていない」
 そう言いながら、司さん、やっぱり行ったり来たりしてる。

 仕方ないわ、あきらめましょう。無理もないことかもしれないし。わたしはくすくすと微笑みながら、またスペアリブの仕上げに戻る。仕上げといっても、それをやってくれるのは優秀なオーブンだから、わたしはスペアリブに関しては特にすることもないのだけれど。せいぜい、焦げつかないように見守るくらいね。
 いよいよキッチンにおいしそうな香りが立ち込めてきて、わたしはうっとりと目を閉じたわ。
「うーん、美味しそう」
 普段なら、そんなことを言えば司さん、絶対キッチンに駆け寄ってくるのに、今日はまったく上の空。それほどしどろもどろな司さんを見るなんて、わたしの両親のところへ結婚の挨拶に来てくれたとき以来のことじゃないかしら。


 普段の司さんは、理想の旦那様であり理想のパパそのもの。それに、会社でも「理想の上司」として部下の皆さんから愛されてるみたい。ごくごく、ほんとうにたま~に、司さんの会社へ行くことがあるのだけれど、誰とすれ違ってもみんな、「龍咲専務にはいつも大変お世話になっております」なんて頭を下げてくれるものだから、わたしの方が緊張しちゃうの。同じくらい鼻高々でもあるのだけれどね。
 一度だけちらりと、会議中の司さんの様子を外から盗み見たことがあるのだけれど、彼、それはもう凛々しさに溢れていたの。こんな人がわたしの旦那様なんだわと思うと、嬉しくて思わずはにかんじゃったものよ。

 でも、ほんとうの司さんは、実はとってもシャイで甘えん坊なの。まだ会社の人には気づかれていないみたい。今みたいに慌てている司さんを見られるのは、きっとわたしだけね。それに、今日はなんと言っても特別ゲストがいるんだもの。

「ママ、どうしよう! 来たみたいだ!」
 サラダの用意をしようとわたしが冷蔵庫の扉に手を掛けたとき、司さんが、思わず飛び上がってしまいそうなほどの勢いでキッチンに入ってきたの。わたしは小さな悲鳴を上げてしまったわ。手にしたサラダボウルを落としそうになっちゃって、咄嗟に受け止めて冷蔵庫の扉を閉めながら振り返ると、ぷっと吹き出しちゃった。だって、司さん、慌てすぎなんですもの。
「もう、パパ。そんなに慌てると、せっかく海が編んでくれたセーターが型崩れしてしまいますよ」
 サラダボウルをキッチンに置くと、司さんの方へ歩み寄って、皺になりかけた彼のセーターを整えてあげる。素敵なアラン模様のそのセーターは、海ちゃんからの去年のクリスマスプレゼントなの。もう桜も散ってしまったっていうのに、司さん、よっぽどそのセーターが気に入ったみたいで、未だにお休みの日には必ずそれを着るのよ。まあ、海ちゃんたら間違ってウールじゃない糸で編んだみたいだから、今の時期に着ても暑くないようだけど。

「そ、そうだな……。なあ、ママ。海が連れてくる人って、どんな人だろう」
「パパ、今歩いてくるところを見たんじゃなかったの?」
「いや……それどころじゃなかったものだから」
 いったいどんなところだったのよ。わたしは突っ込みたくなるのをぐっと堪えて、「あらまぁ」と言うのに留めたわ。まったく、わたしが司さんに突っ込みたくなることなんて、ほんとうに珍しいのよ。

 そうこうしているうちに、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。時計を見ると、約束の時間ぴったり。律儀な人なのね。
「着いたみたいよ、パパ」
「あ、ああ……そのようだな……」
 司さんが、ぎこちない動きで玄関の方を振り返る。といっても、キッチンから玄関の様子は見えないのだけれど。
 当然司さんが出迎えるものと思って、わたしは彼が動き出すのを待っていたんだけど、司さんったら、その場で硬直しちゃって一歩も踏み出さないの。わたしもう、たまりかねて、
「もう、パパ! ほら、早く出ないと!」
 司さんの背中を押しながら、彼と一緒に玄関に向かったわ。

 わたしたちが玄関に着くと、既に二人は中に入っていて、海ちゃんがちょうど靴を脱いでいるところだったの。
「あ、パパ。ただいま」
 靴を脱いで玄関に上がった海ちゃんが、にっこりとパパに向かって笑う。ほんとうに、我が娘ながら海ちゃんは世界で一番の美人さんだと思うわ。昔から笑顔がとっても可愛いの。特にここ最近は、その笑顔がますます輝くようになった気がするわ。その理由は、きっと――
「あ……パパ、ママ、紹介するわね。こちら、クレフよ」
 ちらっと後ろを振り返った言った海ちゃんの頬が紅く染まっているように見えたのは、きっと気のせいじゃないわね。
「初めまして」
 玄関で、靴も脱がずにきっちりと背筋を伸ばして立っている人がいた。彼は、海ちゃんが紹介すると胸に片方の手を当てて頭を下げたわ。「まあ」と思わず声が出てしまって、わたしは自分のことなのにびっくりしちゃった。でも、そう言ってしまう気持ちも理解してほしいの。だって、顔を上げたその人ったら、
「とってもハンサムなのね。お仕事は、モデルさんか何かをなさってるの?」

 思ったとおりのことを言っただけだったのに、わたしはまたびっくりすることになっちゃった。海ちゃんと、海ちゃんと一緒にやってきた人――クレフ、と言ったかしら、外国人の名前ね――が、一度ぽかんと顔を見合わせて、突然笑い出すんだもの。わたし、そんなに変なことを言ったかしら。

「いえ、モデルなど、私とは縁がありません。仕事は……そうですね、王子のお側め役とでも申しましょうか」
「王子様? ということは、ご出身の国は王国なの?」
「はい」
「素敵! 王国ということは、お城もあるのよね? それじゃあ、あなたと結婚したら、海ちゃんもお城で暮らすことになるのかしら」
「ちょ……ちょっと、ママ!」
 海ちゃんが頬を真っ赤にして、わたしの前までやってくる。そんな海ちゃんが可愛くてかわいくて、わたしはふふふ、と笑いながら海ちゃんの頭を撫でたわ。それで会話は終わるんだと思っていたんだけど、思いがけず、
「そうですね、彼女は城の最上階で暮らすことになるでしょう」
 なんてクレフさん――なんとなく、さんづけしたくなっちゃうの。不思議よね、年下なはずなのに――が言うものだから、わたし、すっかり彼を気に入っちゃったわ。身のこなしといい笑顔といい会話のユーモアセンスといい、申し分ないんですもの。これじゃあ、さすがのパパでもきっとぐうの音も出ないわね。
「海ちゃん、とっても素敵な人を見つけてきたわね」
 耳元でささやくと、海ちゃんが目を潤ませて肩を竦める。もう、完全に恋する乙女ね!


 海ちゃんの後ろにいる司さんをちらりと盗み見る。思ったとおり、司さん、いつの間にかすっかり「営業用」の顔になってるわ。
 さっきの慌てっぷり、ビデオに撮っておけばよかった。わたしがくすっと笑うと、海ちゃんがきょとんと首を傾げてわたしの視線の先を追いかける。わたしはくすくす笑いを止められない。司さんったら、まるで値決めをする漁師さんみたいに、クレフさんのことを上から下までじろじろ見ているんだもの。
「立ち話というわけにもいかないだろう。中へ入ってはどうだね」
 話し振りも、やっぱり営業用。司さんは、こう見えて人見知りなところがあるの。可愛い一人娘を奪い取るかもしれない男の前では、口調が固くなってしまうのもしょうがないかもしれないわね。でも、わたしとしては、クレフさんみたいな素敵な息子ができるんだと思うと、嬉しいことこの上ないんだけど。

 クレフさん、司さんの迫力にびっくりしていないかしら。わたしはちょっと不安だったの。でも、そんな不安はすぐに吹っ飛んじゃったわ。だって、クレフさんたら、笑ってるんだもの。
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
 余裕綽々って、きっと彼のためにある言葉なんじゃないかしら。そう思ってしまうほど、その表情は落ち着いていたわ。でも、かといって全然嫌味っぽさもないの。見た目は海ちゃんよりも少し年上なくらい、たぶん、23, 4歳くらいだと思うんだけど、随分と大人びた人だと思ったわ。

 これじゃあ、ほんとうにパパに勝ち目はなさそうね。そんな意味を込めて、わたしは司さんに目配せする。きっと気づいているはずなのに、司さんはポーカーフェイスのまま。
「堅苦しい挨拶も、そのくらいにしてくれ。さあ」
 そう言って、パパがさっさとリビングに入っていこうとしたんだけど、
「お言葉に甘えて。……ですが、その前に」
 クレフさんが、そう言ってすっと右手をこちらに向けて伸ばしてきたの。「えっ?」ってわたしが言った、そのときだったわ。クレフさんの右手の中に小さな明かりが燈って、その次の瞬間に、それが真っ赤な花束になったの。
「これを、お母上に」
「え、わたし……?」
 わたしは自分のことを指差して、聞き返しちゃった。海ちゃんじゃなくて、わたし? どうして? でも、クレフさんはにこやかに微笑んだまま。わたしは海ちゃんの方を見て首を傾げたけど、海ちゃんも、どういう意味なのかわかっていないみたい。
「ありがとう……」
 司さんの視線を感じながら、その花束を受け取ったんだけど。
「――あ」
 その花を見て、ピンときちゃった。
「クレフ、それ……!」
 海ちゃんも同じだったみたい。興奮した声で、わたしが受け取った花束を指差しながら、クレフさんの方に身を乗り出して。当のクレフさんはといえば、満足そうに微笑んでる。
「今日は年に一度、母親に感謝を伝える日。感謝のしるしとしてその『かーねーしょん』を贈るものだと、ウミから聞いていましたので」
 そう、クレフさんがわたしにくれたのは、カーネーションの花束だったの。

 まさか、初対面の、それも娘の彼氏にこんな素敵なプレゼントをいただけるなんて。わたし、目頭が熱くなってくるのを感じちゃった。
「ありがとう、クレフさん。とても素敵な贈り物だわ」
 さすが海ちゃんの選んだ人。わたしは娘が誇らしくて、海ちゃんのことを抱き寄せてこめかみにキスをしたわ。

 司さんの、クレフさんを見る目が一気に変わったことに気づいたのは、ちょうどそのときのこと。嬉しくなっちゃった。余所行きの冷たさが表情から消えて、わたしや海ちゃんといるときのように、司さん、とても優しい笑顔を浮かべていたの。
「君は、手品もできるのか」
「……テジナ?」
 でも、クレフさんがきょとんと首を傾げたのはちょっと意外。わかってやっていたんじゃなかったのかしら。
「あ、パパ! そうなの、言い忘れててたんだけど、クレフ、マジシャンなのよ」
 海ちゃんが慌ててわたしから離れて、司さんに説明する。「そうなのか」なんて目を丸くして、司さんがクレフさんを見る。ほら、やっぱり。とても優しい顔をしてる。
「素敵なカーネーションをありがとう。麗子さんによく似合う花だ」
「とんでもない」と、クレフさんがかぶりを振る。そんな仕草も様になっていて、やっぱりモデルみたいだと思ってしまう。
「さあ、上がって」
 司さんがクレフさんに手を伸ばす。そうして言葉を交わす二人を見ていると、なんだかまるでほんとうの親子のように見えて、微笑ましい。

「行きましょ、クレフ。ママのお料理、とっても美味しいのよ」
 海ちゃんがクレフさんの腕を取って、リビングへと案内する。
「あら、ハードル上げられちゃったわね」
 二人の様子を眺めて、わたしは司さんのことを振り返る。司さんは、目を細めて海ちゃんたちのことを見ていたわ。
「……どうやら、海は素敵な人をえらんだようだな」
「ほんとうにね、司さん」
 すごく、ほんとうにすごく久しぶりに、司さんのことを名前で呼んでみた。さっき、司さんがわたしのことを「ママ」じゃなく「麗子さん」て呼んだから。でも、どうやら無意識のうちだったみたい。わたしが「司さん」って呼んだら、彼、とてもびっくりした顔をしてわたしのことを見たから。たぶん、海ちゃんとクレフさんのことを見て、若い頃のわたしたちのことを思い出したんじゃないかしら。
「わたしたちも行きましょう、司さん」
「……そうだね、麗子さん」

 カーネーションの花束を手に、リビングへと向かう。まったく、司さんたらほんとうに現金な人だわ。あんなに頑なだったクレフさんへの態度が、この花束ひとつでころっと変わってしまうなんて。
 もちろん、その理由を、わたしは知っているんだけど。
 クレフさんなら、司さんがわたしを大切にしてくれるのと同じくらい、きっと海ちゃんのことを大切にしてくれると思う。ほんとうのことを言うと、わたしだって、今日実際彼に会うまでは心配だったのよ。海ちゃんってとても純朴だし、それにちょっと不器用なところがあるから、変な人に騙されてないかしらって。でも、取り越し苦労だったみたいね。
「それにしても、まさか同じ手でくるとはね」
 司さんが言ったので、わたしも微笑んだわ。
「ほんとうにね」

 初めて両親に会う日に、カーネーションの花束。それは実は、司さんがわたしの実家に挨拶に来てくれた日にやってくれたことと、まるっきり同じなの。でも、わたしたちはまだそのことを海ちゃんに教えてはいなかったから、クレフさんがそのことを知っているはずはない。だから、これは偶然。でもこんな偶然があるなんて、ほんとうに素敵だわ。
「最高の母の日よ」
 今度は花束じゃなく、孫を抱きたいわね。そんな意味を込めた目線を、リビングにいる若い二人に送る。その願いが現実になる日も、そう遠くないかも。




カーネーション 完




母の日ネタでした。まさかの海ちゃんママ視点w
海ちゃんのお父さんが若干キャラ違いですが、こういうことがあってもいいかなって。二人の名前は捏造です。
それにしてもクレフ、王国にお勤めとか、職業はお側め役とか、実はマジシャンとか……
これからの弁明が大変そうですねw
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.05.13 up / 2013.07.12 revised




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Author:篁かすみ
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