蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

恩寵 前篇

短編

――そう。そういうことなのね。海は心の中で呟き、クレフの部屋を飛び出した。

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「――なんだって? 導師クレフに隠し子?」
 見たこともないほど大きく目を見開いたフェリオが、海の言った言葉を鸚鵡返しにした。海は膝の上で揃えた両手をぎゅっと握りしめ、唇を噛みながら頷いた。

 一瞬の、刺すような沈黙。握りしめた掌の内側に汗が滲む。ところが次の瞬間、どっと沸き上がった大きな笑い声が海の耳を劈いた。
「何言ってるんだ、ウミ。あるわけないじゃないか、そんなこと」と、フェリオがため息混じりに言った。
「突然集まってほしいなんて言うから、何事か思たら……あんた、悪いもんでも食べたんちゃう?」
 カルディナが仰け反って笑うと、
「そういえば海さん、先日、見たことのないセフィーロの果物を食されたと仰っていませんでした?」
 風が悪乗りした。
「ちょ……ちょっと! 真面目に言ってるのよ、私!」
 思わず声を荒げ、海は腰掛けていた椅子から勢いよく立ち上がった。円を描いて座っている人々が誰一人としてまともに取り合ってくれないことにはもちろん腹が立ったが、何よりも海をカッとさせたのは、ちょうど海の向かい側に座っていたランティスが、俯き加減になって肩を小刻みに震わせていることだった。彼がそんな風に笑いを堪えているところを、海は一度も見たことがなかった。
「ほんとうなんだったら!」と海は叫んだ。「あなたたちが知らないだけよ! クレフには隠し子がいるわ! ぜーったいに!!」
 海の声の迫力に驚いたのは、残念ながら集った人々ではなく、同じ中庭で憩っていた数羽の鳥たちだった。大きな羽音を立てて彼らは大空へと逃げていった。肝心の人間の方はといえば、笑い声こそようやく収まりつつあったものの、気が抜けたような雰囲気は残念ながら変わらなかった。

「でもさ、ウミ」
 カルディナの隣にいたアスコットが口を開いた。
「仮にだよ? 仮に、ほんとうに導師に隠し子がいたとして、その存在を隠しきれると思う?」
「……どういう意味?」
 海は立ったまま顔を顰めた。
「だってさ」とアスコットは苦笑した。「あの導師クレフの子どもだよ? 同年代の子と比べたら、抜きん出た魔法力を持っている可能性が高いんだ。そんな子がいたら、今ごろ国中で噂になってるはずだよ」
 海はぐっと言葉に詰まった。アスコットの言うことは確かに一理ある。それに海だって、正直なところ、クレフに隠し子がいると100%信じているとは言い切れない。でも……。
「でも、どうしてそんなこと思ったんだ? 海ちゃん。クレフと、何かあったのか?」
 この取り巻きの中で、一番真面目に海の話を聞いてくれているのは光かもしれなかった。信じてくれているかどうかは別にして、少なくとも光は、そうして話を聞こうとする姿勢を見せてくれる。海は幾何か落ち着きを取り戻した。すると途端に重力が重くなったように感じて、押されるまま、力なく椅子に腰を下ろした。

「……見たのよ」
「見た? 何を」
 呟いた海の言葉にいち早く反応したのはカルディナだった。笑いが混じっていて、ほとんど信じていないようだった。むかっときたが、それでも海は顔を上げることはできなかった。
「写真」
「写真? どんな」
 どう好意的に捉えても楽しんでいる言い方だった。さすがの海もこのときばかりはカチンと来て、顔を上げるとカルディナを思いっきり睨みつけた。カルディナが、ゲッと言わんばかりに身を引く。海は大きく息を吸い込み、
「だから、クレフとその奥さんと子どもが映ってる写真よ!」
 と、一息に言った。「奥さん」という言葉が、結婚制度のないセフィーロの人たちにも理解してもらえるかどうか一瞬不安に思ったのだが、どうやら杞憂だったようだ。呆気に取られた顔ばかり並んでいて、笑い出す人はいなかった。海は一度、肩で大きく息をついた。なんだかひどく疲れていた。

***

 前回の訪問から一か月も時間が空いてしまったので、今回セフィーロへやってくることを、海はいつもに増して心待ちにしていた。普段であれば、東京タワーで光たちと待ち合わせをするのはだいたい10時か11時だが、今日は待ちきれずに9時の待ち合わせにした。もっともそれは、海の独断で決まったことではない。光や風も同じ気持ちだったからこそ、三人は9時に待ち合わせることで了解し合った。

 だから、少しいつもと違う再会になったのは確かだ。それでも海は、セフィーロに着いて真っ先に向かった部屋の中にその主の姿がなかったことに、ひどく落胆した。

 色々な可能性を考えた。弟子たちに魔法を教えているのかもしれないとか、また「視察だ」と称してセフィーロ中をフューラと共に飛び回っているのかもしれないとか、『精霊の森』で、昼寝ならぬ朝寝をしているのかもしれないとか。だけど、どれもいまいちピンとこなかった。
 探しに出てもよかったのだけれど、海はそうはしなかった。彼がどれほど近いところにいたとしても、見つけられるとは思わなかったからだ。クレフの気配は、未だによく掴めない。気配を掴めない人を探すことは、きっと落ちたコンタクトレンズを見つけることよりも難しいことだった。それならば、黙ってここで待っていた方がいい。彼の部屋はここなのだから、たとえどこへ行っているのだとしても、いつか必ず戻ってくるだろう。気長に待つことに決めて、部屋の中をうろうろしていた海だったが、突然バルコニーの向こうに見知った杖の影を認めて、はたと足を止めた。

 間違いなくそれは彼の持ち物だった。見失わないようじっとそちらに目を凝らしたまま、海はバルコニーの方へ向かった。大きな窓に手を掛ける。小さな力でも簡単に開いた。外に出ると、爽やかな風が海の頬を撫でていく。驚いたのはその直後だった。大きな半円のバルコニーの柵が一か所消え、そこから短い階段が、下へ向かって伸びていたのだった。

 少し身を乗り出してその階段の先を見た海は、更に驚いた。普段、その部屋の外には森が見えているだけなのに、今、階段の先には見たことのない花畑が広がっていた。そして、色とりどりの花が咲くその中に、あの杖を持ったひとがひとり佇んでいた。
 彼の傍には如雨露が浮かんでいた。注ぎ口の部分がとても長く、全体に装飾が施されている。それは「如雨露」と呼ぶのが申し訳ないほど、まるで調度品か何かのように洗練されていた。その如雨露の口から花畑に向かって、霧雨が降るように水が注がれていた。まるで天から恩寵が降り注いでいるかのようだった。

 海がその様子に言葉もなく立ち尽くしていると、彼がふとこちらを見上げた。
「ウミ。もう来ていたのか」
 目を見開いた彼が言うと、如雨露の本体もまたひとりでに持ち上がる。霧の音が止んだ。


 海はすぐには言葉を返すことができず、たじろいだ。どうしてか、見てはいけないものを見てしまったような気がして、気後れしていた。そこで「また来るわ」とでも言って離れていってもよかったのだけれど、そうしなかったのは、階段の先にいるひとから柔らかい気配が醸し出されているのを感じ取ったからだった。海は一歩ずつ階段を下りた。
「何してるの? クレフ」
 その階段は、歩いても音がしなかった。明らかに魔法で創られたそれは、歩いている感覚さえ、あるようでないようだった。海が階段を下りきると、如雨露が再び傾いた。水音が、クレフと海の間を静かに流れた。
「……っていうか、ここどこ?」
 「何をしているのか」という問いに対するクレフの答えが返ってくる前に、海はあたりをまじまじと見回して尋ねた。
 そこは四方四メートルほどの広さの小さな花畑だった。不思議なのは、そこは確かにセフィーロの一部であるはずなのに、そうではないように感じられることだった。顔を上げれば森が見えるのに、その庭は、森の中にあるというわけではなかった。降り注ぐ日差しも吹き込んでくる風も、確かにセフィーロのものだが、それでも、そこは何かが違っていた。

「ここは、私の秘密の庭だ」
 クレフが静かに言った。
「えっ?」
 海は驚いてクレフを見た。彼は、如雨露が花に水をやる様子を静かに見つめていた。そうしているクレフはなんだか遠くにいる人のように見えて、海はどきりとした。
「秘密の庭って、どういうこと? ここ、セフィーロじゃないの?」
 心に浮かんだ疑問をそのまま言葉に乗せると、クレフは目を見開いて海を見返してきた。ぶつかった視線に鼓動が高鳴る。しかし今日のその高鳴りは、いつもの「ドキドキ感」だけではなく、どこか落ち着かない焦燥感も孕んでいた。

 クレフはやがて、視線を緩めてふっと笑った。
「秘密だ」
 妖艶な笑みだった。心臓が大きく揺らいで、海はクレフから視線を外した。行き場を失い、広がる花畑に目を向けた。よく見ると、そこに咲き誇っている花々はすべて同じ種類の花だということに気づいた。ただ、色だけが異なっている。赤や橙、黄色に白と、色が違うだけでこれほど雰囲気が変わって見えるものなのかと驚くほど、その花にはそれぞれ個性があった。形は、地球で言うところのバラに似ていた。
「綺麗な花ね」
 海はその場でしゃがみ、顔を近づけた。いい匂いが鼻を抜ける。なんだか懐かしい匂いだった。
「こんなにたくさんの色があるなんて、素敵だわ」
 水を与えられた直後の花たちは、一輪一輪が輝いて見える。まるで今にも喋り出しそうな雰囲気さえあった。そんなことを考えていると、ふと水の音が止んだ。海はしゃがんだまま顔を上げた。するとクレフがちょうど杖を振っているところで、その動きに合わせるようにしてあの如雨露が消えていった。

 クレフは海を一瞥すると、徐に杖を傾けた。
「この花は、色ごとに違う意味を持っている」
「意味?」
「ああ」とクレフは頷いた。「橙は『信頼の絆』、黄は『誠意の友情』、白は『心からの尊敬』、そして……」
 ひとつひとつ、杖を向けながらクレフが説明していく。最後に、真っ赤な花弁をつけた花を向いたところで杖の先が止まった。
「赤は、『真実の愛』」
 その瞬間、胸がぎゅっと掴まれるように痛くなった。

 ばかばか、私のばか! 海は心の中で自分の頭を何度も叩いた。今のは、べつに私に向けて言った言葉じゃないのよ。クレフはただ、花の意味を教えてくれただけなの――。海はクレフに気づかれないよう、小さく頭を振った。ちらりと顔を上げると、彼は海のことを見てはいなかった。咲き誇る花のことを、愛おしそうに見つめていた。
 頬が赤らんでいるのを感じながら、海もまた、足元に広がる花畑に視線を落とした。意味を知ると、余計に花のみずみずしさが増したように見えた。そして、赤い花弁の花は、「真実の愛」そのものであるかのようだった。むしろ、そうとしか思えなかった。


 海はすっくと立ち上がった。
「……ウミ?」
 傾けていた杖を元に戻しながら、クレフがきょとんとしてこちらを窺う。
「……あのね」
 暫く考えてから、海は徐に口を開いた。暫く考えたはずなのに、何を言うかはまだ決まっていなかった。口を開いてしまったからには何か言わなければならない。だが、何を言おうかと考えれば考えるほどパニックになってきて、海の背中はあっという間に汗で濡れた。そして結局、
「ク……クレフが好きそうなお菓子を作ってきたの! 水やりが終わったのなら、早く戻って、一緒に食べましょ!」
 と言った。今日作ってきたお菓子は甘いチーズケーキだった。とてもクレフの口には合いそうになかった。

 海はクレフの答えも聞かず、さっときびすを返すと魔法でできた階段を駆け上がった。バルコニーに戻る頃にはすっかり息が上がっていたが、それは階段を駆け上がった所為ではなく、もともと早くなっていた心拍数に起因していた。

 海ははあっと息をつき、ちらりと後ろを振り返った。のろのろとではあるが、確かにクレフがこちらへ向かって歩いてきているのが見える。ほっとして、一足先に部屋の中へ入った。外から入ると、中はずいぶん暗く感じた。目が慣れるのを待ってから、海は再び歩き出した。ところが、そこから何歩も行かないうちに、微かな違和感を覚えて立ち止まった。

 何が、とはすぐには言い当てられなかった。この部屋には何度となく訪れている。新しいセフィーロ城ができてからもう三年が経つというのに、この部屋の中はほとんど変化しない。ずっと慣れたつくりで過ごしているとそれ以外では落ち着かなくなるのだと、前にクレフが言っていた。そのクレフの部屋の中で違和感を感じることなど、ほとんどなかった。
 先ほどもこの部屋の中を歩いたのに、そのときには気づかなかった「違和感」。気になって、海はあたりをきょろきょろと見回した。

「――あ」
 唐突にその正体に気づいた。海の視線は、クレフがいつも使っている大きな机の方を向いて止まった。うず高く積まれた書類の脇に、見たことのない写真立てが置いてあった。
 海はゆっくりと机の方へ近づいた。写真立てはこちらに背を向けていて、中に何が入っているのかまでは見えない。ずいぶんと年季の入った写真立てだった。机の傍に立ち、海はその写真立てを何気なく持ち上げた。表に返して、声を失った。

 向かって右側には、薄紫色の長い髪をした男の人が写っていた。腰から上しかわからないが、純白のローブには華美な宝石が惜しげもなくあしらわれていて、その人の位の高さを示している。背格好もローブも、海が見知ったそれとは異なっているが、彼は「彼」でしかあり得なかった。その腕は、彼に寄り添う綺麗な女の人の肩を抱いていた。海の知らない人だった。真っ青な瞳に、流れるような金色の髪。どこかエメロード姫に似ていた。そのカップルはこちらを見て、とても幸せそうに笑っていた。女の人は、腕に赤ちゃんを抱いていた。白い布に包まれたその赤ちゃんは、母親の腕の中で無防備な顔をして眠っていた。

 ふと海は、その赤ちゃんを包んだ布の胸元に赤い宝玉が輝いているのを認めた。しかもよく見ると、女の人の髪にも同じように赤い飾りがあった。ただしそれは宝玉ではなかった。花だった。つい今しがた海が見た、クレフの「秘密の庭」に咲いていた花だ。
 鮮やかな深紅が目を引く。刹那、聞かされたばかりの言葉が耳の奥に蘇った。
「赤は、『真実の愛』」
 ――そう。そういうことなのね。海は心の中で呟き、クレフの部屋を飛び出した。背後からクレフに呼ばれたような気がしたが、一度も振り返らなかった。

***

 捲し立てるように喋り終えると、海は重苦しいため息をついた。
「知らなかったわ。クレフにも、あんな風に大人の姿をしていて、髪も伸ばしていた時代があったなんて」
 円を囲んだ人々に対して、海はクレフの部屋で見た写真について事細かく説明した。ただ、クレフの部屋から繋がっていた花畑のことは、「近くにある花畑」としか言及しなかった。クレフが「秘密だ」と言っていたからだ。彼が隠したがっていることを、あまりべらべらと喋りたくはなかった。
 この期に及んで、私はクレフに対して非情になれない。
「……ばっかみたい」
 ぽつりと呟いたつもりだったのに、それは意外と大きな声になってしまった。この場にいる全員に聞こえていてもおかしくなかった。ただ、聞こえはしても、海がその言葉に込めた真意までわかる人はそうそういないだろうと思った。

 写真立ての古さからして、あの写真はもうずいぶん前に撮られたもののはずだ。それをクレフが今も大事に持っているということは、彼がその写真に、いや、写真に写った人に、とても深い想いを抱いているということの証明である。

 これまで海は、今クレフの周りにいる人の中では誰よりも彼の『心』に近いところにいると、密かに自負していた。それなのに、今日の今日まで、知り合って三年になるというのにも拘らず、クレフにあんな時代があったということも、あれほど大切にしている人がいることも知らなかった。いつも彼に会うことばかりを楽しみにしていて、彼に恋い焦がれることを楽しんでいた。ほんの少しだけ、小指の先ほどではあるが、彼も同じ気持ちを抱いてくれる日が来るかもしれないという期待さえ持っていた。そんな私は、ばか「みたい」じゃなくて、「ばか」だ。
「……きっとクレフ、あの赤い花を持って、写真に写っていた人のところへ行くつもりなのよ」
 またため息が出た。どうせ叶う可能性の方が低い恋だった。それでも、ここまで玉砕するとはさすがに思っていなかった。

 しかし冷静になって考えてみれば、海がクレフの心に一番近いところにいるというのはあり得ないことだった。海は、クレフの過去をほとんど知らない。彼は748年も生きているのだから、そのうち海が共有することのできる三年というのは、クレフにとってはきっと、長編小説の中のわずか半ページほどでしかないだろう。たとえばランティスや、或あるはプレセアの方が、海よりもずっとクレフのことをよく知っている。そういう人たちを差し置いて自分がクレフのことを一番よく理解していると言うのは、間違っている。

 そもそもあの女の人や赤ちゃんのことだって、綺麗な人と可愛い赤ちゃんだということ以外には、海は何も知らないのだ。問い詰める前にクレフの部屋を出てきてしまったのだから当然だが、彼女らが今も生きているのかどうかすらわからない。 写真がとても古かったから、故人である可能性が高いのではないかと個人的には思っている。ただ、そうだとしたらますます、海がクレフの心に入り込める余地はなかった。死んだ人は、永遠に清らかなまま人の心の中で生き続ける。それは、生きている人間には絶対に代わりができないことだ。

「赤は、『真実の愛』」
 クレフの口からそんな言葉を聞いたのは初めてだった。傷ついているのだと、ようやくわかった。どうやら、自覚していた以上にクレフのことを好きになっていたらしい。こんなに哀しくなるなんて、思わなかった。海は強く唇を噛んだ。瞬きをしたら涙が溢れ出てきそうで、それを堪えることだけで、今は精いっぱいだった。


「なあ、ウミ」
 声を掛けられて、海はなんとか顔を上げた。海を呼んだのはフェリオだった。なぁに、という意味を込めて、海は小首を傾げた。
「その花畑の中に、白い花は咲いてなかったか? こういう形をしてるヤツ」
 そう言って、フェリオは空中に指で絵を描く仕草をした。それを見て、海は思わず「そう、それよ!」と声を上げていた。フェリオが描いたのは、まさに海がクレフの「秘密の庭」で見た花の形そのものだった。そして彼の言うとおり、あそこには確かに白い花も咲いていた。

「やっぱりそうか」
 海の答えを聞いたフェリオは、息を吐き出すようにそう言うと、腕を組んで背もたれに身を沈めた。
「えっ、なに?」
 海は思わず身を乗り出した。フェリオが見返してくる。彼の表情はどこかほっとしているようにも見えた。
「あのな、ウミ。それはきっと――」
「そうなのよ、ウミ」と、そこでプレセアが突然割って入ってきた。「導師クレフ、ちょうど今ごろの時期になると、毎年大きな花束を抱えてどこかへ行かれるの」
 おかげで、フェリオが言おうとした「きっと」の続きを聞くことはできなかった。フェリオがぎょっとしてプレセアを見やる。彼女の方はフェリオを見なかった。代わりに、ずいぶんときらきらした顔で海の方へ迫ってきた。その迫力たるや、気圧されんばかりだった。
「そ、そうなの……?」
 複雑な心境で、海は問い返した。
「そうなのよ」とプレセアが力強く頷いた。「今年はちょうど、今日あたりじゃないかしら? 私たちも、あのひとがどこへ行っているのかまでは知らないのよね。……だから、ウミ。ひょっとしたら、クレフの行き先を確かめるチャンスかもしれないわよ。行き先がわかれば、あなたの疑問もすべて解けるんじゃないかしら」
 そう言われて、海の心は動いた。もしも今日、クレフがあの女の人のところへ行くのなら、確かにこれは、クレフの過去を知るまたとないチャンスだ。知ってどうするというわけでもないけれど、ただ知りたかった。クレフがどういう人を好きになって、どんな風にその人と接していたのか知りたかった。好奇心は、一度その存在に気づくとあとは大きくなっていくばかりだった。

 海は背筋を伸ばしてプレセアを見た。
「私、行ってみるわ」
 答えると、プレセアが満足げに笑った。
「それがいいわ。必ず、答えを見つけてきてね」
 ええ、と頷いて、海は立ち上がった。クレフのところへ戻らなければ。海はその場を駆け出した。




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プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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