蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

恩寵 中篇

短編

海にとって、クレフは「特別」だった。

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 急いでクレフの部屋へ戻ると、彼はもうそこにはいなかった。海は慌てた。クレフがどこにいるのかわからないことには、あとをつけることもできない。海にはまだ、いまいち人の「気配」を追うということができなかった。中でもクレフの気配は、魔法に精通しているランティスでさえ追うのが難しいと言うのだから、海ごときに追えるわけはなかった。

 どこへ行ったんだろう。まったく手がかりがない中で、海はとりあえずクレフの部屋を出た。出たはいいものの、右へ行くべきかそれとも左へ行くべきか、それさえわからなかった。
 いつものクレフは、部屋を出るとだいたい左へ曲がっていく。そちらに『精霊の森』があるし、何より、左の道を進んだ先には城門とはまた別の出口があるので、誰にも見つからずにこっそり城を抜け出すには左へ行くのが最適だった。海自身、クレフと一緒に何度もその出口を利用したことがあった。

 普通に考えたら、ここはやっぱり左へ行くべきなのだろう。だけど、もしかしたら右へ行ったかもしれない。何しろ今日は普段とは違うのだ。今日のクレフは、『精霊の森』へ出掛けたのでもなければ国中の視察に出向いたのでもない。彼が想いを寄せている人に会いにいったのだ。
 そう考えると、辛くてどうしようもなくなった。大きな声で叫びたかった。でも、できなかった。だいいち叫びたいことがありすぎて、まず何を叫ぶべきか分からなかった。もう考えるのはやめようと思った。どれほど思いを巡らせても、クレフがどこへ行ったかなんてわからない。こういうときは勘に頼るしかない。その勘は、とりあえず左へ行けと告げていた。吹っ切るように息をつき、海は左へと一歩踏み出した。足取りに迷いはなかった。


 城を出て暫く歩くと、『精霊の森』が見えてくる。クレフはほんとうにこの森が好きだ。『精霊の森』を歩いているときのクレフは、どんなときよりも一番生き生きとしている。精霊や精獣たちと言葉を交わすことができる彼にとっては、森そのものが友達みたいなものなのだろう。クレフがいるところにはいつも必ず、たくさんの精霊や精獣たちが嬉しそうに集まってくる。彼らと話をしているときのクレフは、『導師』の顔はしない。見た目どおり少年に戻ったような表情を見せるのだ。そんな彼を見るのが、海は何より好きだった。

 今日はその『精霊の森』の中を、海ひとりで歩いている。精霊や精獣たちが物珍しそうにこちらを見てくるので、歩きながら、海は思わず苦笑した。
「クレフを探してるの。あなたたち、どこかで見かけなかった?」
「何してるの?」と聞かれているような気がしたから、そう言ってみた。しかしそれはあくまでも「言ってみた」だけで、答えが返ってくることを期待していたわけではなかった。仮に答えがあったとしても、海には彼らの言葉はわからないから、こちらから話し掛ける一方通行のコミュニケーションにしかなり得ないはずだった。

 ところが、その予想は激しく裏切られた。プリメーラによく似た精霊と、それからセキレイのような鳥が一羽、突然海の前にすっと出てきて、こちらに向かって何やら目配せをした。海は反射的に立ち止まった。すると彼らは、まるで道案内をするかのように、先だって前へと進みだしたのだった。
「えっ……えっ?! もしかして、クレフの居場所を知ってるの?!」
 海は驚きのあまり蹴躓いた。精霊と鳥がこちらを振り向く。目が合うと、彼らはにっこりと笑った。

 海は感動した。彼らの言葉を理解できるようになったわけではないが、確かに今、海とその精霊たちとは心が通じ合っている。
 ほんとうは、言葉の問題ではないのかもしれない。海は思った。精霊たちとのコミュニケーションというのは、口ではなく心で交わされるものではないだろうか。
 これまで海は、クレフが生き物たちと言葉を交わすことができるのは彼が特別だからだと思っていた。でも、そうではない気がした。クレフが生き物たちと言葉を交わすことができるのは、彼がいつも、生き物たちに対して心を開いているからだろう。だからこそ、生き物たちもクレフに心を開くのだ。そうしてそこに、コミュニケーションが生まれる。

 自然と笑顔になった。これからはクレフのように、生き物に対して心で接しようと思った。そうすれば、いつか彼らの声を聞くことができるようになるかもしれない。体勢を整えると、海は精霊たちのガイドを受けて歩き出した。


 時折海がちゃんとついてきているか確かめるように振り返りながら、精霊と鳥は、どんどん『精霊の森』を奥へと進んでいく。奥、と言っても、海は『精霊の森』を知り尽くしているわけではないので、ほんとうに奥へと進んでいるのか定かではなかった。ただ森を突っ切っているだけなのかもしれない。とにかくがむしゃらだった。今は、前を行く精霊たちのことを信じるしかなかった。クレフの居場所を知る手立ては他にはない。藁にも縋る思いだった。やがて、ずっと進み続けていた彼女らがようやく立ち止まった。

 そのころにはすっかり息が上がっていた。精霊たちに追いつくと、そこには大きな岩があった。彼らの様子から察するに、どうやらそこに隠れろと言っているらしい。海は促されるまま岩陰に身を顰め、そっと外の様子を窺った。
「あっ……」
 思わず声が出てしまい、慌てて口元を両手で押さえた。ずっと先の方に、確かにクレフの後姿が見えた。

 どうやら今の声はクレフには聞こえていなかったようで、彼は一定のペースで歩き続けていた。ほっとしたのもつかの間だった。次の瞬間、海は、クレフがその腕に花束を抱えているのを認めた。どくんと鼓動が高鳴った。もっとよく見ようと目を凝らす。しかしそこで、海は予想外の事態に直面した。てっきりクレフはあの赤い花を持っているのだと思っていたのに、彼が手にしていたのは、身に纏っているローブと同じ真白のそれだった。

「その花畑の中に、白い花は咲いてなかったか?」
 そのとき海は、先ほどフェリオが言っていた言葉を思い出した。そういえば、あのときのフェリオは、心底安堵した表情で何かを言おうとしていた。「やっぱり」とか、「そういうことか」とか、そんな台詞を口にしていた気がする。フェリオは何かを知っていたのだろうか。しかしそのフェリオを、言葉途中でプレセアが遮ったのだ。今思えば、プレセアの遮り方はどこかわざとらしかったような気もする。

 しかし、あの会話の真意がどこにあったのか、今そんなことを考えても仕方がない。海は一旦考えるのをやめ、どんどん遠ざかっていくクレフの後姿が完全に見えなくなる前に岩陰から出た。
「ほんとうにありがとう。今度、あなたたちにもケーキをおすそ分けするわ」
 ここまで道案内をしてくれた精霊たちにお礼を言うと、海は抜き足差し足で歩き出した。「頑張って」と、背後から言われているような気がした。とても心強かった。


 見失わない程度の距離を保って、海はクレフのあとをつけることにした。クレフのことだ、少しでも間隔を詰めればすぐに気づかれてしまうだろうと、ことさら慎重になっていた。ところが意外なことに、クレフは海の存在にはまったく気づかなかった。歩く速度は一定だし、一度も後ろを振り返ったりしない。肩透かしを喰らった気分で、海は少しだけ緊張を解いた。

 そのときだった。
 ずっとまっすぐに歩いていたクレフが突然、茂る木々の左側へと折れていったのだった。海は驚いて、思わず駆け出した。せっかく精霊たちに案内してもらったのに、ここでクレフを見失うわけにはいかない。海は全力で走ると、クレフが曲がっていったのと同じ角を勢いよく曲がった。まさかそこに当人が立っているなどとは、露ほどにも思わずに。
「私に何か用事か? ウミ」
「きゃっ!」
 こちらを向いて仁王立ちをしていた彼と正面衝突しそうになり、海は悲鳴を上げた。クレフは眉間に皺を寄せ、気難しい顔をしていた。

 わかっていたのだ、彼は。海は今更知った。クレフは、海があとをつけていたことを当たり前のようにわかっていた。気づかないふりをしていただけだったのだ。
 よく考えればそれは驚くようなことでもなく、むしろ当然のことだった。どんなに遠くにいる人の気配でも感じ取れる人が、これほど近くにいた海のことに気づかないわけがない。冷静にそう考えることができている自分がいる一方で、もう一方の海は、突然目の前にクレフが現れたことですっかり動転していた。
「え、えっと……あの……」
 咄嗟には答えられず、海はどもった。クレフが大事そうに抱えている花束に目が向いた。純白の花は、海の思考までも真っ白にさせた。そのまま黙り込んでしまうと、クレフがため息をついた。
「まったく……突然部屋からいなくなったかと思えば、今度は私のあとをつけて歩くなど。今日のおまえは、どこか変だぞ」
 クレフにそう言われて、海はすっかり意気消沈してしまった。確かに、今日の私のクレフに対する態度は失礼がすぎるかもしれない。その理由を知らないであろうクレフにとっては、きっと不愉快なことだろう。
「……ごめんなさい。でも……どうしても、気になって」
「何がだ」
「あなたの……その、好きなひと、のこと」
 囁くような声で、海は言った。
「……は?」
 クレフが、聞いたこともないような素っ頓狂な声を上げた。そんな声を上げたいのはこっちの方だと海は思った。だからつい、怒るような口調になってしまった。
「だから、その花を持ってあなたが会いにいこうとしてる人のことが、気になってしょうがないの! あの、金髪の女の人よ! あなたにあんなに大切にしてる人がいるなんて、私、全然知らなかったし!」

 今になってわかったことがある。私が厭だったのは、クレフに隠し子がいるかもしれないということではなく、クレフに好きな人がいるということの方だった。クレフに「特別な女性(ひと)がいる」ということが、何よりも厭だったのだ。

 海にとって、クレフは「特別」だった。そして、クレフにとっても自分が「特別」でありたいと密かに思っていた。その気持ちに気づいたのは最近のことだが、気づいてしまうともうその気持ちを知らなかったころには戻れなかった。その気持ちは次第に、コントロールが効かないまま、ひとりでに大きくなっていった。傍にいるだけでいいと思っていたのに、いつの間にかそれだけでは満足できなくなってしまった。「その他大勢の一人」ではなく、彼にとって「たったひとりのひと」になりたかった。彼の笑顔を独り占めしたかった。それなのに、クレフが極上の笑顔を向ける相手はすでに別のところにいる。そのことがどうしようもなく哀しくて、悔しかった。


「――なるほど。『あれ』をそういう風に捉えたのだな」
 クレフの声がして、海はいつの間にか沈んでいた顔を上げた。クレフは呆れたように眉尻を下げて、苦笑していた。
「おまえが、私の部屋であの写真を見てなぜそんな態度を取るのか、皆目見当がつかなかった。だが……そういうことなら、納得はできずとも理解することはできるな」
 彼の言うことを聞いているうちに、海は自分の中でどんどんクエスチョンマークが増えていくのを感じた。点在しているキーワードすべてが絶妙に錯覚の関係を作っていくようで、なんだか舌の上がざらざらした。
「……どういうこと?」と海は問うた。クレフはすぐには答えず、黙って斜め後ろを振りかぶり、何かを考えていた。暫くそうしていたクレフは、ちょうど海がもう一度口を開こうとしたそのタイミングでこちらを見て、言った。
「おまえも来い」
「えっ? ど……どこに?」
「この花を捧げるところへ、だ」
 そう言って、クレフはさっさと歩き出した。その一言によって海の心拍数が急激に上昇したことなど、彼はこれっぽっちも気に留めていないようだった。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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