蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

線香華火

短編

アニメエンディング後から数年後の設定です。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 あっけなく火は消えた。
「あ、もう終わっちゃった?」
 隣で私と同じようにしゃがんでいた同級生が言った。私は彼の方を向いて苦笑いをすると頷いた。彼の手元にある線香花火は、まだ元気いっぱいに華やいでいた。
「まだあるから、新しいのつけたらいいよ」
 そう言って、彼が脇にあった花火の束を探ろうとする。
「いいの」
 それを私は遮った。花火を片手に持ったまま、彼がきょとんとして私を見返した。大学で一番のイケメンと言われている理由がわかった気がした。彼はどんな表情をしてもさまになる。さまになるのに、そこに決して嫌味がない。そんな彼とこうして花火を楽しんでいる私は、きっと大学中の女の子から羨まれているのだろう。でもその羨みは、明日にはきっと陰口に変わっている。

「ごめんなさい」と私は言った。「私、あなたとは付き合えない」
 彼の瞳がぐらりと揺らいだ。
「どうして?」と彼が言った。「僕、何か君の気に障るようなこと――」
「そんなことないわ」と私は彼を遮った。「そうじゃないの。あなたは……とても、いい人だと思うわ」
 言おうと思えばどんなことでも言えた。でも、それ以上のことを言うと言い訳じみて聞こえる気がして、私はあまり多くを言わなかった。一瞬呆けていた彼が、次の瞬間、ふっと肩の力を抜いた。そして私から視線を外して、手元の線香花火を見た。
「『いい人』か」と彼は呟いた。「それって、一番傷つく振られ方だな」
「……ごめんなさい」と私は俯いた。そんなつもりで言ったわけではなかった。ほんとうに、彼はいい人だと思う。私に対してがっついてくるわけでもなければ、かといって草食系男子のようにすべて私任せというわけでもない。ほんとうの意味での「いい人」だ。でも、明らかに好意を寄せてくれている人に対して言う言葉としては、確かに酷かもしれない。
「謝らないで」と彼が言った。口調は爽やかだった。「君が嫌味でそういうことを言う人じゃないって、わかってるから」

 彼はとても優しかった。最後もその優しいままに終わろうとしてくれる。彼とならうまくいくかもしれないと、私自身、最初は少し期待していた。彼は一度も、私のことを「かわいい」とか「綺麗だ」とか言わなかった。今までの人はみんな、私がかわいいから、私が美人だから彼女にしたいと言ってきた。私は自分のことをそれほどかわいいとは思っていなかったから、そういう人のことを毛嫌いしていた。でも、彼は違った。彼が褒めるのは、いつも私の内面だった。それだって、私が自分では気づかないようなことばかりだったけれど、でも、外見を褒められるよりは何倍も嬉しかった。だから、彼とは付き合えるかもしれないと思った。でもやっぱり、そういう気持ちにはなれなかった。


「あ」
 彼の声がして、私は俯いていた顔を上げた。ちょうど、彼の線香花火の火が落ちるところだった。
 落ちた火は、名残を惜しむように地面についてもしばらくは明かりを放っていた。それもすぐに消えてしまい、あたりはほんのりと暗くなった。河原には、二人以外に人はいなかった。季節はまだ夏の走りで、こんな時間に遊ぼうとする人はそれほど多くないのかもしれない。
「ちょっとは期待してたんだ」と、彼が徐に口を開いた。「今日の君が、とても綺麗だったから」
 彼が初めて私のことを「綺麗」と言った。目が合って、私は頬が染まるのを感じた。私は今日、浴衣を着ていた。「花火をしよう」と言われたからだ。だけど、それ以上でも以下でもなかった。

「『好きな人がいる』って、ほんとうなんだね」
 ぽつりと彼が呟いた。私ははっとして顔を上げた。もう目は合わなかった。彼は目の前を流れる川をじっと見ていた。知られているなら隠す必要などなかった。私も彼と同じように川へ目を向け、小さく頷いた。
「どんな人なの?」
「……優しい人よ」と、少し迷ってから私は答えた。「優しくて、みんなに慕われていて、自分のことには無頓着で、すぐに無理しちゃう人」
 じっと横顔に視線を感じたけれど、それには気づかないふりをした。今夜は新月で、ほとんど明かりがなかった。

「なるほどね」
 しばらくして、彼がため息とともに言った。そしてその場で腰を下ろし、足を軽く投げ出すと後ろに両手をついて天を仰いだ。
「そりゃ敵わないわけだ」
「え?」と私は振り返った。目が合うと、彼は困ったように笑った。
「ほんとに好きなんだね、その人のこと」
 私は目を見開いた。何がそう感じさせたのかはわからないけれど、その言葉は否定できるようなものではなかった。あのひとのことがほんとうに好きだった。私は目を凝らさなければわからない程度に頷いた。
「けど、そんなに好きなら、どうして付き合わないの?」
 私は答えに窮した。
「……無理なのよ」
 けれど結局、心に浮かんだ言葉をそのまま言った。もしかしたら、隠し続けることに疲れてしまったのかもしれなかった。
「無理?」
「もう会えないの」
「あ……遠距離?」
「遠距離……」と、私は彼の言った言葉を繰り返した。「そう、いうことになるのかしら」
「だったらその人のとこに行ったらいいじゃん」と言って、彼は体を起こした。「好きなんだろ? その人のこと」
 私は彼を見返した。行けるものなら行ってる。だけどそうできないから今ここにいる。どうやったら彼のところへ行けるのか、その方法を知っているなら教えてほしい。好きすぎて辛かった。いっそのこと、記憶喪失にでもなりたかった。私はかぶりを振った。
「行けないの」と私は答えた。「行き方が、わからないのよ」
 よほど思い詰めて聞こえたのか、彼は私の言葉に声を失ったようだった。その話題はそれきりになった。それからは他愛もないことを話して、これからもゼミ仲間として仲良くやろうという結論を得て、二人はそれぞれ、別の道へと帰路に就いた。


「痛っ……」
 いくらも歩かないうちに、私は蹴躓いて足を止めた。ちくりと足の甲に痛みが走った。下駄を脱ぐと、皮膚がこすれて赤くなり、少し血が滲んでいた。慣れない下駄なんか履いたせいだ。
 家まではまだ15分ほど歩かなければならない。かといってタクシーを使うほどの距離でもなかった。少し悩んだけれど、このまま歩いて帰るしかないと覚悟を決めた。脱いだ下駄にもう一度足を通すと、鼻緒と傷口が擦れ合ってひりっとした。耐えられないほど痛いわけではないけれど、針でちくちくと刺されるように地味に痛い。こういう痛みが一番鬱陶しいのだけれど、文句を言っても仕方がない。絆創膏の一枚でも持って出ればよかったのに、そうしなかった私が悪い。

「だいじょうぶですか?」
 突然声がして、私は身を屈めた姿勢のままぴくりと肩を震わせた。
「……え?」
 顔を上げずにいると、目の前に絆創膏が差し出された。そのことにも驚いたけれど、それよりも、聞こえてきた声が脳裏にこびりついて離れなかった。「だいじょうぶですか?」――そう言ったその声は、どこかで聞いたことのある声だった。私は絆創膏を受け取ることも忘れて顔を上げた。そして言葉を失った。

 目の前には一人の男性が立っていた。私よりも頭一つ分背が高い。年は私と同じくらいに見えた。初めて会う人だった。それでも私は、その人の面影に重なるひとを認めた。同じだった。薄い紫色の髪も、真っ青な瞳も、そしてその声も。
 私は絆創膏を差し出していたその人の腕を掴んだ。
「クレフ!」と、思わず言った。
「え?」
 ところが、彼は目を丸くした。
「クレフでしょう? どうしてこんなところにいるの?」
 畳みかけるように言った。でも彼は答えなかった。困惑した顔で私を見返し、そしてそのままの顔で曖昧な笑みを作った。
「確かに、私は『クレフ』です」と彼は言った。「しかし、あなたとはこれが初対面のはずですが」
「え?」
「それとも……どこかでお会いしたことがありましたか?」
 私が覚えていないのだとしたら、申し訳ない。と彼は言った。そして彼の腕を掴んでいた私の手をそっと離し、代わりにそこに絆創膏を握らせた。中途半端に口を開けたまま、私はただ、彼のことを食い入るように見つめていた。違うなんて、そんなこと、あり得るの? 目の前の彼は、どこからどう見ても彼だとしか思えないのに。名前まで同じなのに、それなのに、彼は『クレフ』ではないなんて。

 呆然と立ち尽くす私を見かねたのか、彼がひとつ息をついた。
「少し、座りましょうか」と彼は言った。「私も、急いでいるわけではありませんし。……と言っても、話を聞くことくらいしかできませんが」
 彼は促すように傍にあったベンチを指差した。私はこくりと頷いた。二人は並んでベンチに腰を下ろした。まず私は足に絆創膏を貼った。そうすると、二人とも口を噤んだ。
「あなたの『クレフ』は」
 沈黙を破ったのは彼の方だった。
「どんな人なのですか?」
 私は視線を落とした。先ほども同じことを聞かれたなと思った。
「あなたみたいな人よ」
 しかし今度の答えは、先ほどとはまるで違った。隣に座った彼がこちらを向いた。私は顔を上げて苦笑した。
「ほんとに、そっくり。姿も、声も……雰囲気も」
 そのとおりだった。こうして隣に座ると、感じ取る雰囲気まで彼は『クレフ』と同じだった。
「すみません」と彼が言った。私は一瞬驚いた後、そっと首を振った。
「謝ることなんかないわ」
 それでも彼は申し訳なさそうに視線を落とした。そのときの影までそっくりだった。いたたまれなくなって、私は顔を逸らした。

 彼と話をしたことを後悔した。違う人だとわかっているのに、どうしても彼の後ろにクレフの面影を見てしまう。これほど辛いことはなかった。あのとき黙って絆創膏を受け取って、そのまま帰るべきだった。
「ごめんなさい、私……」と言いながら、私は立ち上がった。「もう、帰るわ」
 これ以上彼と話していたら、どうにかなってしまいそうだった。拒絶するように背を向け、天を仰いだ。いつもより星の数が多い気がした。
「絆創膏、ありがとう」
 一度も振り返らずに私は歩き出した。絆創膏があるとずいぶん歩きやすかった。そのことがえもいわれず哀しくて、涙が出そうになった。堪えるように空を見上げた。「上を向いて歩こう」の歌詞が思い浮かんだ。涙がこぼれないように。星が綺麗すぎて、むしゃくしゃした。「ばーか」と言おうとした。ところがそのとき、突然強く腕を引かれて、私は「ばーか」と言う代わりに、悲鳴を上げることになった。
「きゃ……」
 誰かが私を抱きしめていた。それが彼意外にあり得ないとわかっていても、私はその事実をなかなか認められなかった。まず、どうしてそんなことをされるのかわからなかった。しかしそれよりも、抱きしめられていることに対して居心地の良さを覚えてしまっている自分自身について困惑していた。
「え……あ、あの――」
「ウミ」
 耳元で呼ばれた瞬間、私の呼吸は止まった。声も出なくなった。
「すまない、ウミ」と彼は言った。「私だ。クレフだ」

 彼の並べた言葉の意味を咀嚼するのに、長い長い時間が必要だった。私は一度瞬きをした。涙が零れたのは、瞳が乾いたせいだと思った。
「打ち明けるつもりなどなかった」
 私を抱きしめたまま、彼が静かに口を開いた。
「一目、おまえの姿を見ることができたらそれでよかった。おまえがこちらの世界で幸せに暮らしているところを、見届けるつもりだった」
 一度言葉を区切り、彼がすうっと息を吸い込んだ。
「だが……」と言いよどみ、彼が私を強く抱いた。「なぜそんな顔をする? おまえは悔いなく戦いを終え、笑って暮らしているのではなかったのか? 初めて会ったときのあの笑顔は、どこへいったのだ」
 苦しかった。涙が次から次へと溢れ出て、彼の着ている服を濡らした。彼の質問に答えるよりも、こちらが彼に聞きたいことの方が多かった。でもひとつとして言葉にならなかった。私は無言で涙を流し続けた。

「ウミ」と彼が言った。「おまえは……幸せではないのか?」
 この人も苦しかったのだ。彼の掠れた声を聞いて、私は思った。そうすると、すっと気持ちが楽になった。涙は流れ続けたけれど、ようやく体の奥底から言葉を発することくらいはできそうだった。私は彼の肩口に顔を埋めたまま、かぶりを振った。
「幸せなんかじゃないわ」と私は言った。「あなたがいないと、幸せになんかなれない」
 彼の腕が少しだけ躊躇った。その変化は些細なものだったけれど、しっかりと体が密着していたので、私には手に取るようにわかった。
「しかし、私は――」
「わかってる」と私は彼を遮った。「わかってるわ。あなたは異世界の人間で、東京では暮らせない。私だって、そう簡単に東京を離れることはできない。あの日、七年前のあの日の別れが最後だったって、わかってるわ。だけど」
 ぶらりと垂れ下がっていた腕を、私は彼の背中に廻した。その存在を確かめるためだった。私の知らない広い背中だった。
「それならどうして、今ここにいるの?」
 彼は答えなかった。
「どうして私の前に現れたの?」
 やはり彼は答えなかった。
「どうして正体を打ち明けたの?」
 そもそも私が、答える暇を与えなかっただけかもしれない。
「どうして、私……こんなに好きなの?」

 ドオンと遠くで鈍い音がした。誰かが打ち上げ花火でもやっているのかもしれない。走りであっても、夏は夏だ。
「あなたじゃなきゃだめなの」と私は言った。「ほかの人なんて、好きになれない」
 彼が私を抱いていた腕をそっと緩めた。ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと私は顔を上げた。彼と目が合うと、そこにはもう二人しかいなかった。
「次はいつ会えるか、わからない」
「うん」
「明日かもしれぬし、一年後かもしれぬ」
「うん」
「長い時間ではないかもしれない」
「うん」
「……それでも、いいのか?」
「……うん」
 頷いて、私はもう一度彼の胸元に顔を寄せた。
「知ってる?」と私は言った。「そういうのって、『通い婚』っていうのよ」
「カヨイコン?」
「だから……いいの」
 形なんてはじめから違っていた。ほかの誰とも違う出逢い方をしたし、彼はその存在からして唯一無二だった。ほかの人と同じ形の恋愛なんて、きっと私たちには似合わない。だったらもう、形なんて無視するしかない。
「何だっていいわ、あなたなら」と私は言った。「10年だって20年だって待てるわ」
 くすりと彼が笑った。初めて聞いた彼の笑い声だった。
「ありがとう」と彼は言った。「ありがとう、ウミ」
「やだ、やめてよ」と私は彼の背中を叩いた。「その言葉、できれば聞きたくないわ」
「どうして……」と聞きかけたクレフが、途中で口を噤んだ。私は顔を上げて苦笑した。
「あのときの別れ方、結構トラウマなの」
 そう言うと、クレフが破顔した。その後ろで流れ星が空を横切った。
「では、なんと言えばいい?」
「そんなの、自分で考えて」
「相変わらず手厳しいな、おまえは」
「そうよ、だって――」と言いかけた私の言葉ごと、彼の唇が私のそれを塞いだ。驚いて、目を閉じる暇さえなかった。一瞬の口付けの後、彼と至近距離で見つめ合った。今度はそっと目を閉じた。先ほどとは違う角度で彼の唇が求めてくる。涙が唇に届いて、塩辛かった。

 離れても、お互いの唇の間には一ミリの距離しかなかった。
「愛してる」
 その距離で、彼は言った。そして次の瞬間、彼はそこから消え去った。
 私の腕は、まだ彼を抱いたときのままの形を作っていた。その腕をそっと解いたとき、河原の方がほんのりと明るくなった。線香花火をやっている人がいるようで、パチパチと小さな音も聞こえてきた。もうとっくに夏なのよと、懸命に訴えているようだった。
 私は天を仰いだ。
「返事くらいさせなさいよね、ばか」
 涙を拭いて、私は歩き出した。哀しみを堪えるためではなしに、上を向いて歩くことができた。
 カランコロンと、夜の街に下駄の音が響いた。響いては消え、消えては響いた。新月の空には、天の川が綺麗に掛かっていた。




線香華火 完





七夕ネタです。
『華火』は誤植ではありません。
あえて細かいところは端折りました。後日談についても、いろいろ想像してくださると嬉しいです。
今年の七夕はほぼ新月で、天の川を見るには絶好らしいですよん。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.07.07 up




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都内某所にひっそりと生息。
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