蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

聖前夜 1

中編

この世界に「変化のある明日」を齎したてくれた三人の少女たちが住まう世界には、「四季」という概念があるという。

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 少し風が冷たい。クレフは冷えた手に息を吐き、少しだけ歩みを速めた。コツコツと響く靴音もやや鋭い。凛とした空気を浴びると、自然と背筋が伸びた。
 かつてのセフィーロは常春の国だった。一年中変わらない、穏やかな気候。『柱』という一人の人間の心によってすべてが決められていた時代には、『柱』の心が変わらなければ気候が変わることもなかった。だがそれも、今となっては遠い昔のことだ。セフィーロはもはや常春ではなくなった。気候は毎日のように変わる。大別すると大きく四つに分けられる。そして今、そのうちで最も寒い季節に、セフィーロは片足を踏み入れていた。

 この世界に「変化のある明日」を齎したてくれた三人の少女たちが住まう世界には、「四季」という概念があるという。年に四度、季節が変わる。暑い季節と寒い季節、そしてその両の季節に挟まれている過ごしやすい季節。その過ごしやすい季節のうちの片方を「春」と呼び、そしてその「春」がこのセフィーロの気候に似ているのだと、三人は教えてくれた。
 セフィーロが常春でなくなったのは、彼女たちの存在によるところが大きいのだろう。それならばと、セフィーロでも、変わりゆく季節に「四季」を当てることにした。だから今は、彼女たちの概念からすれば「秋」なのだろう。しかし長く常春の世界で暮らしてきた体には、すでに今は「冬」だ。

 最初こそ、「四季」など鬱陶しいと思っていた。いちいち気候が変わったのでは、着るものを変える必要も出てきて大変だろう。なにより、この国に暮らす民は皆「春」しか知らない。突然の変化に戸惑うかもしれない。その戸惑いが不安となり、セフィーロの安定を乱しはしないかと懸念していた。
 だが、それは杞憂に終わった。最初は確かに大変だった。しかし、暑い季節だという「夏」も、寒い季節だという「冬」も、そこまで厳しいわけではなかった。風の温度が違うな、と感じられる程度だった。そして何より、動植物が季節ごとに姿を変えるということが、クレフにとっては大きく、また嬉しい発見だった。彼らの方が、人間よりもはるかに早く四季に適応している。そして彼らの姿から、セフィーロの民は四季それぞれの暮らし方を学んだ。

 少女たちの住まう世界の冬はもっと厳しいのだという。セフィーロの冬を十倍くらい寒くした感じだと言われたときは、さすがのクレフも驚いた。それほどの気候の変化によく耐えられるものだと目を剥いたが、「寒いときにはとことん寒い方が、暖かくなったときにその喜びがより大きくなるのよ」という説明を受けて、なるほどと納得したのだった。
 その少女たちが、今日はセフィーロへやってきている。一緒にお茶を、と青い髪の少女に誘われたのは昼の刻前のことであった。それなのに、ようやく足を向けることができるようになったときには、すでに日の差し込む角度がずいぶんと傾いてしまっていた。

「もう、クレフ! 遅いじゃない」
 それは、彼女たちがやってくるたびに聞かされているといっても過言ではない台詞だった。それが脳裏にはっきりと響いて、クレフは思わず苦笑した。言われるたびに、次こそはそうならないようにしようと強く自分自身に言い聞かせるのだが、それが叶った試しはない。今日もまた言われてしまいそうだ。クレフはますます足取りを速めた。大広間までの道のりが、やけに遠く感じられた。

***

「もう、クレフ! 遅いじゃない」
 扉を開けると、案の定言われた。その言葉がそっくりそのまま想像していたとおりの内容だったので、クレフは思わず苦笑した。
「すまない、すっかり手間取ってしまってな」
 杖を振って扉を閉じると、クレフは皆が囲んでいる大きな丸テーブルへと向かった。
「もうだいたい食べつくしちゃったわよ」と言って、海が肩を竦めた。「いっつも間に合った試しがないんだから」
「申し訳ない」
 言い訳のしようもなく、クレフは言った。海が、「仕方ないわね」とでも言うかのように眉尻を下げた。そんな表情をさせるたびに、ほんとうに申し訳ないと思う。次こそは間に合わせられるようにしよう。クレフはやはり、懲りずに今日も自らの心に誓いを立てた。今度ばかりは達成できるような気がした。特に根拠はなかったが。
「そんなことだろうと思って、ほら」と言って、海が丸テーブルに手を伸ばした。「クレフの分、取っておいてあげたわよ」
 海が差し出したのは一枚の皿だった。そこには、まるで芸術作品のような食べ物が乗っていた。海がいつも作ってくる地球のお菓子だ。「けーき」というのだと、前に彼女が説明してくれたことを思い出す。海が作ってくるお菓子を、クレフはいつも密かに楽しみにしていた。甘いものは果物以外ほとんど口にしないクレフにとっても、海手製のお菓子だけは美味しく食べられるのだった。
「ありがとう」と言って、その皿を受け取ろうとした。ところが、思いがけず海と目が合ってしまい、柄にもなく躊躇った。
「クレフ?」と海が首を傾げた。その態度を見て、クレフははっと我に返った。
「いや……」とかぶりを振りながら、クレフは今度こそ、差し出された皿を受け取った。

 円卓を見れば、空席が二つあった。ひとつは海の右隣、そしてもうひとつは円卓の向こう側、ちょうど海の反対側で、プレセアの隣だった。位置関係からして、このまま海の隣に座った方が早い。だがクレフは、海から皿を受け取るとそのまま歩き出し、わざわざ円卓の向こう側の席を選んで腰掛けた。不自然だろうかと思わないこともなかった。しかし一度起こしてしまった行動だ、今から違うことをしたら、それこそ不自然すぎる。置いてきぼりを喰らった子犬のような海の視線を感じたが、それには気づかないふりをして、背もたれに杖を預けた。

 目の前には海のくれた「けーき」があった。よく見ると、断面の一部が人の顔のように見えた。目を細めて、厭な感じで笑っていた。逃げてるんだな、お前は。現実に目を向けることができないんだろ。そう言われているような気がした。
 逃げている? この私が?
 その言葉は、クレフの心にぐさりと突き刺さった。しかしそんなことはあり得なかった。あり得ないし、あってはいけないことだった。クレフは一度目を閉じると、心の中でかぶりを振った。そして、もう二度とケーキの断面は見ないようにしようと心に決めた。

 気を取り直して、と顔を上げ、円卓を囲んだ人々を見回した。
「さて」とクレフは口を開いた。「ほんとうに、遅くなってすまなか……って、お前たち」
 揃いもそろってにこやかな笑顔が浮かべられた円卓に、クレフは一瞬目の錯覚を起こしたのかと疑った。意識的に瞬きをしたが、目に映る光景には一抹の変化も起こらなかった。
「何だその格好は」
 思わず素っ頓狂な声を上げた。そして改めて円卓を見回した。女も男も関係なく、誰もが同じ服を着ていた。鮮やかな赤が目を引いた。袖口や裾、襟元や帽子の縁などは白で統一されていた。見たことのない服だった。というより、どう見てもセフィーロの衣服だということは考えられなかった。楽しそうにこちらを見つめる皆の視線が、えもいわれぬ不気味さを放っていた。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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