蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

聖前夜 2

中編

こうして、波風の立たない日々が続いていけばいい。刺激などいらない。ただ、周囲の誰もが笑顔であれば、それだけでよかった。

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 クレフは中途半端に口を開けたまま、呆然と周囲を見回した。ちょうど真向かいにいた海と目が合った。彼女はクレフにケーキを渡したときの名残でまだその場に立っていた。得意気に両手を腰に当て、彼女は胸を張った。
「どう? クレフ」と彼女は言った。「みんな、結構似合ってると思わない?」
「似合うも何も……」とクレフは口ごもった。「いったいどうなっているのだ。また『いべんと』なのか?」
 咄嗟に浮かんだ言葉を言っただけだったのだが、どうやら正解だったようだ。海の目が満足そうに光った。
「すごーい、クレフ!」と、彼女の隣に座っていた光が手を叩いた。「やっぱり、クレフにはわかっちゃうんだ。さすがだね」
 できることならわかりたくなかった。そんなことを、しかし光の純朴な瞳に向かって言い放つことはいくらなんでもできず、代わりにクレフはどんよりとしたため息をついた。
「何度も付き合わされているからな、お前たちの『いべんと』には」
 皮肉で言ったつもりだった。少女たちに――特に、海に――その意図が伝わっているとは思わないが。

 彼女たちの暮らす『異世界』には、年がら年中よくわからない「いべんと」がある。この間は確か、「はろうぃん」というものがあった。顔の形にくりぬいた「カボチャ」という食べ物を持ってきて、少女たちはそれを並べていた。その目的は、わかるようでやはりよくわからない。『異世界』の人間は、とにかくお祭り騒ぎが好きらしい。残念ながら異世界では暮らせそうにない。クレフは自信を持って言うことができた。クレフは何よりも「騒がしい」ことが嫌いだった。それだけは我慢ならなかった。

 少女たちは、律儀と言うべきかなんと言うべきか、そういう「いべんと」を逐一こちらの世界の者たちと共有したがった。最初に持ち込まれたのは「ばれんたいんでー」だった。まったく、舌を噛みそうな言葉だ。ほかにも「ほわいとでー」や「ショウガツ」など、耳慣れない言葉であったはずのそれらの中には、何度も耳にしているうちにすっかり頭に刷り込まれたものもあった。今度はいったいなんだろう。ほとんどの「いべんと」は年に一度しか行われないはずだ。どのイベントも、前回開催したときからまだ一年と経っていない。

 できれば聞きたくなかったが、円卓の気配はクレフが口を開くことを望んでいた。仕方なしにクレフは問うた。
「今度はどんな『イベント』なのだ」
 待ってましたとばかりに海が身を乗り出した。
「クリスマスよ。来週の土曜日なの」と彼女は言った。クレフは一瞬きょとんとした。二、三度瞬きをして、海の言った言葉を思い返した。そして思わず眉間に皺を寄せた。
「……薬祭り?」
 確かにそう聞こえたのだ。ところがクレフが聞き返すと、円卓全体が見事に同じタイミングでずっこけた。違ったようだ。
「違うわよ!」と海が怒ったように言った。「クリスマスよ、ク・リ・ス・マ・ス!」
 今にも掴みかかってきそうな勢いだった。クレフは思わず苦笑いを溢し、「わかった、わかった」と彼女を宥めるように言った。
「で、その、くり……何とかとやらは」
「クリスマスだってば!」と、海がクレフを遮った。
「それだ」とクレフは頷いた。「それは、こんな恰好をする『いべんと』なのか?」
 クレフはもう一度円卓を見回した。そこに集っていたのはセフィーロの人間だけではなかった。チゼータやファーレンの姫君に、オートザムの者もいる。その誰もが同じ恰好をしていた。チャンアンまでもが先の尖った赤い帽子を被っていて、クレフは叫び出しそうになった。

 似合っていないわけではない。そもそも似合っているのかどうかさえよくわからない。ただ、とんでもなく違和感があった。少なくとも、こちらの世界の人間とは不釣り合いだった。チゼータの衣装のような奇抜さともまた違う。たとえて言うならば、こちらの世界の装束が水彩画なら、今この円卓の者が身に着けている装束は迷彩画だ。顔立ちの問題もあるかもしれない。やはり一番似合っているのは、異世界の少女たちだった。

「そういうわけじゃないけど」と、そのうちの一人である海が口を開いた。「でも、クリスマスといえば、こういう恰好かなって」
 ね。と、髪を揺らしながら、海が隣の二人に同意を求めた。光と風は、ほぼ同じタイミングでこくりと頷いた。
「わらわも、最初は不可思議な纏い物じゃと思うたわ」と、自分の身に纏っている服を見て、アスカが口を開いた。「じゃが、今ではなかなか気に入っておるぞ」
「私もですわ、アスカ皇女」とタトラが笑った。「チゼータでは、こんな恰好は決してできませんもの、とても興味深いですわ。特にこの、ふわふわとした飾りが、なんとも可愛らしいですわね」
 そう行って、彼女は胸元に結ばれたリボンの先についているボンボンを手に取った。確かに、そんな暑苦しい恰好をチゼータですることはできないだろう。あそこは常夏の国だ。クレフは妙に納得した。
「よくお似合いですよ、お姫様がた」とイーグルが言った。「こういう恰好は、やはり女性が着た方が映えますね。オートザムでも参考にさせていただきます」
「お前だって十分似合ってるぞ、イーグル」と、彼の発言を受けてフェリオが言った。
「……って言いながら、視線が風の方を向いてるけど? フェリオ」
 海がフェリオに鋭い突っ込みを入れると、途端に円卓は大きな笑い声で湧いた。誰の顔にも笑みが浮かんでいた。平和だな、と思う。こうして、波風の立たない日々が続いていけばいい。刺激などいらない。ただ、周囲の誰もが笑顔であれば、それだけでよかった。

 クレフは椅子に深く腰を沈め、自身も笑みを携えた。異世界から三人の少女たちが来ると、それだけでその場の雰囲気がぐっと明るくなるのだった。普段のセフィーロも、確かに『柱』を失った直後に比べればもうずいぶんと明るくなった。しかし、この三人が来たときの明るさとは比べ物にならない。誰もが彼女たちの来訪を心待ちにしていた。そう、誰もが。


「導師クレフ」
 ふと声を掛けられ、我に返った。素直に声がした方を向いた。普段の威厳はどこへやら、すっかり眉尻を下げたフェリオと目が合った。クレフは目だけで続きを促した。フェリオは上目がちになった。何かを遠慮しているようだった。そういうとき、彼は大抵今のような顔をする。幼いころからの彼の癖だ。
「実は、その『くりすます』には、重要な意味があるらしいんです」と彼が言った。
「重要な意味?」
 クレフは目を丸くした。フェリオが「ええ」と頷いた。
「その……ですね」と、フェリオが言葉を選ぶように言った。「惹かれ合う二人が、お互いの愛を確かめ合う日なんだそうです」
 鼓動が速くなる代わりに、背筋が悪寒で凍りついた。残念ながらクレフは、フェリオが何を言わんとしているのかわかってしまった。できることならわかりたくなかった。こういうとき、自分の勘の鋭さが厭になる。視界の隅に映った少女がほんのりその頬を染めているのも、できることなら見たくなかった。だが、見えてしまった。

 そのどれもに気づかないふりをするのは難しかった。難しかったが、やらざるを得なかった。認めるわけにはいかなかった。何も変わらなくていい。刺激などなくていい。
 クレフはわざと大袈裟に肩を上下させ、呆れたように息をついた。
「なるほど」とクレフは言った。「その日はフウと過ごしたいから、来客の謁見を代わりに受けてほしいというわけだな」
「えっ?」
 虚を衝かれたようにフェリオが目を丸くした。彼が口を開く前にと、クレフは更に捲し立てた。
「そのような日ならば仕方ない。ただし、後で借りはきっちり返してもらうぞ」
「いや、あの……」とフェリオが身を乗り出したが、クレフは彼から視線を外した。
「ほかの者も、同様の頼みがあるならば早めに申し出よ」
 代わりに、円卓を見回してそう言った。たった一人を除いて、全員と目を合わせたつもりだった。
「導師――」
 隣のプレセアが何かを言おうとしたが、彼女の言葉が続く前に、クレフは椅子から立ち上がった。あえて皆の視線を受け付けぬよう、視線をテーブルへと下げた。ところがそこに、あの海がくれたケーキがあって、クレフは思わず顔を逸らした。

「すまない」と言って、クレフは席を離れた。「実はまだ野暮用の途中だったのだ」
 わざと仕方がなさそうに言った。円卓をぐるりと廻り、つい今しがた入ってきたばかりの扉の方へと向かう。自分一人の足音が、やけにうるさく響いた。
「お前たち、ゆっくりしていけ」
 最後に一言、ろくにそちらを振り向きもせず、三人の少女たちに向かってそう言った。
 一刻も早くここから立ち去りたかった。すべてが苦痛だった。この場に漂う空気も、咎めるような視線も、傷ついた表情(かお)も、凛とした空気も。
「導師!」
 咎めるような声が聞こえた。それが誰のものかわからなかった。しかし、誰であったとしても結論は変わらなかった。もう立ち止まれなかった。立ち止まるつもりもなかった。杖を傾け、扉を開けた。
「何かあったら、呼べばいい」
 背中に突き刺さる視線を強制的に遮断するように、クレフは部屋を出た。鈍い音を立てて扉は閉まった。クレフは重いため息をつき、その扉に凭れ掛かった。


「ため息ばっかりついてると、そこから幸せが逃げていっちゃうのよ」
 いつか教えられたことを思い出した。そんなもの、逃げていけばいい。幸せなどいらない。己の幸せなど、必要ない。クレフは天を仰いだ。どっと疲れが押し寄せてきた。思わず片手で顔を覆った。
「まったく……」
 掠れた声が漏れた。
 あまりにも不自然な去り際に、我ながら呆れていた。あれでは誰もが不審に感じただろう。だがあの瞬間のクレフには、周りを気にする余裕などとてもじゃないがなかった。あえてそちらを見ないようにしていながら、たった一人の少女の表情ばかりが気になっていた。
 見ないようにすることは難しいことだ。「見ないようにしよう」と思えば、それがどこにあるか、必然的に知っていなければならない。知るということは存在を認めるということだ。存在を認めていながら見ないようにするということは、長い時を生きてきたクレフにとっても、たいへん難しいことだった。
「惹かれ合う二人が、お互いの愛を確かめ合う日なんだそうです」
 フェリオがそう言ったとき、彼女はさっと顔を赤らめていた。その表情をはっきりと思い出すことができる自分に嫌気が差した。彼女がそんな顔をする場面を、もう呆れるほど何度も見てきた。それはクレフにとって、喜びである前に苦痛だった。

 海から向けられる好意は、強すぎて気づかないふりすらできなかった。彼女の『心』はあまりにもまっすぐで、とても避けきれない。視線が交わっただけでクレフはその心を感じ取った。そして感じ取るたびに捨ててきた。気の迷いだと自分自身に言い聞かせていた。そうではないとわかっていても、なお。
 想いに気づかないふりをしていることを、彼女はわかっているだろう。そして周囲も知っている。それでも、海の想いを受け止めることはできなかった。彼女の心は純粋すぎて、眩しすぎた。そんな心を、私ごときに向けてはいけない。向けるはずがない。きっと、尊敬と愛情を履き違えているだけだ。そのうち、たとえばもっと年ごろも近く、彼女に釣り合うような男が現れでもしたら、心も移ろっていくだろう。なんとかそう自分に言い聞かせ、理性を保っていた。そしてそれは、やはりたいへん難しいことだった。

 ふうと長めに息を吐き出し、クレフは扉から体を起こした。
 途中になっていた野暮用などなかった。それでもあのように答えてしまった手前、自室へ戻らないわけにはいかない。クレフはそちらへ向けて歩き出した。来たときよりも数倍足が重かった。
 大広間が遠ざかるにつれ、そういえば、海がくれた「けーき」を置いてきてしまったことを思い出した。せっかく取っておいてくれたのに、申し訳ないことをした。そうは思ったがしかし、今更戻れるわけもなかった。あの「けーき」は、捨てられることなく誰かの胃袋に入ってくれたら、それでいい。

 風が鳴いた。笑っているように聞こえた。あなたはそうして逃げているばっかりね。臆病になってしまったのね。そう言われた気がした。
 逃げている? この私が?
 思わず足が竦んだ。ひんやりとした風が、容赦なく頬を叩く。
「……愚かな」
 吐き捨てるように言って、クレフは再びゆっくりと歩き出した。一段と足が重くなった。
 セフィーロには「冬」などいらない。クレフは思った。ただでさえ寒い心が、冷たい風のせいでますます冷え切ってしまう。
 早く春にならないだろうか。低い位置から差し込む日差しを眺めながら、クレフは目を細めた。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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