蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

深夜0時

短々編

※クレフさんは大人バージョンでお楽しみください。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





「……なんだって?」
 クレフの強張った声が耳を掠めたとき、海は寄せてくる後悔の波を押し返すので必死だった。しかし一度口にしてしまったことをなかったことになどできるはずもなく、海はまっすぐ鏡台を向いたまま、乱れた髪にただひらすら櫛を滑らせ続けていた。その鏡台に、おざなりにガウン一枚を羽織ったクレフの驚愕した表情が映った。その頬が紅潮しているように見えるのは、果たしてほんのりと寝室を照らす白熱灯の明かりの所為なのか――それとも。

「どういうことだ、ウミ」
「言ったとおりよ。私、これからしばらくはセフィーロに来るの止めようと思うの」
 髪が長いと、梳かすだけでも時間が掛かる。それも無理矢理に梳かそうとするととかえってこんがらかってしまうので、少しずつ毛束を掬っては、毛先から丁寧に一本一本ほぐすようにして櫛を通さなければならなかった。唯一身に着けたシルクのキャミソールに落ちた一本の毛を拾い、傍にあったゴミ箱にそれを捨てた。

「……何か、『異世界』で問題でも起きたのか」
 クレフが問うた。
「違うわ」
「では、こちらでの滞在に不満があるのか?」
「べつに」
 つっけんどんな海の答えに、クレフが押し黙った。気まずい沈黙が流れる。やがて口を開いたクレフは、声を低くして言った。
「……『ケッコン』したいと思うものでも、現れたのか」
 はた、と櫛を持つ手が止まった。鏡越しにクレフがこちらをまっすぐ見つめてくるのがわかっても、海は決して彼と視線を合わせない。はあ、とわざとらしく肩で息をすると、再び手を動かしながらかぶりを振った。
「そんなわけないじゃない」
「では、なぜだ」
 クレフにぐっと腕を掴まれてその場に立たされる。声こそ押し殺されていたが、彼の力は乱暴だった。漏れ出た海の悲鳴は、手から滑った櫛が鏡台に落ちた音で掻き消えた。
「なぜなのだ、ウミ? 突然こちらへ来るのを止めるなどと――」
「もういやなのよ!」
 クレフの手を思い切り振りほどき、海は力任せに叫んだ。はっとクレフが息を呑むのが聞こえる。海は視線を上げることなくそのまま斜めに逸らした。
 すぐ傍にあるキングサイズのベッドは、シーツも枕カバーも全て純白で統一されていた。本来は穢れのないはずのその純白は、しかし今は酷く乱れている。淡い白熱灯に照らされ、濃淡様々な影をあちこちに創り出していた。

 クレフに掴まれた手首が燃えるように熱い。その熱を誤魔化すように、海はもう一方の手でそこを強く握った。ほんの少し触れられただけで体の奥がまた疼くのが、悔しかった。
「もういやなのよ、何もかも! 東京で問題? あるわけないじゃない! 私、もう二十歳よ?! 自分のことくらい、多少の問題があったって自分でなんとかできるわ! セフィーロの滞在に不満? そんなの、ありまくりよ! どんなに多くてもこっちに来られるのは週に一度、しかもたった一晩しかいられないわ。どんなに愛されてると思っても、どんなに愛してると思っても、そのたびに、『ああ、また朝が来たら帰らなきゃいけないんだ』って思わされるの。それがどれだけ不安なことか、あなたにわかる?! それを……それを、『結婚したい人ができたのか』ですって?! 冗談じゃないわよ! そんなこと、あるわけないじゃない! 私が結婚したいと思うのは、ずっとあなた一人なのよ! あなたを好きになったときから、ずーーーっと!」

 一息に言った所為で、言い終わると酸欠状態になった。肩を大きく上下させて酸素を取り込もうと試みる。視線は下へ向けたままだったので、クレフがどんな表情をしているのかはわからなかったが、わかりたいとも思わなかった。クレフの表情を知るということは、自分自身の表情を彼に見せるということでもある。こんな間違いなく醜いであろう顔を、とてもクレフには見せられなかった。


 抱きしめ合うたびに、唇が触れ合うたびに、体を重ね合うたびに、それは確かにほかでは決して味わうことのできない「幸福」を齎してくれる。だがその一瞬が過ぎてしまえば、海には終わりのない「切なさ」だけが残された。どれほど強く「愛」を感じても、その「愛」の傍にずっといられるわけではない。海にとっては東京こそが住む世界だから、時間がきたら、その東京へと帰らなければならない。まるで、永遠に王子様と結ばれないシンデレラだった。
 そのうち慣れるだろうと思っていた。最初の一、二年ほどは辛くても、ある程度の日々を過ごせばきっと「切なさ」を感じこともなくなるだろうと。だが、その安易な予測は見事に外れた。もう四年もこんな生活を続けているというのに、慣れるどころか「切なさ」は日を追うごとに増幅していくばかりであった。

「……ばかみたいだって思うわ。でも私、東京へ帰ったその日は、本当に何も手につかなくなってしまうの。淋しくてどうしようもなくて、部屋に籠って……ただひたすら、泣くのよ」
 思わず自嘲気味な笑みが零れた。きっと、この夜が過ぎたならまたそうするのだろう。先週も然りだった。そして、眠れずにただ泣き濡れた闇の中で決意したのだ。もうこんな思いはしたくないと。
 結果には必ず原因がある。「泣く」という結果に辿り着かないためには、その「泣く」原因になっているものを取り除けばいい。では「原因」とはなにか。クレフと離れなければならないということだ。クレフに会いにセフィーロへ来てしまうということだ。――そうだ。セフィーロへ来なければ、クレフに会わなければ、こんな淋しい思いをしなくて済む。毎週毎週泣かなくて済む。
 次にクレフに会ったら、「もう来ない」と言おう。どうせ醒めてしまうと知っている夢を見るくらいなら、どうせ深夜0時になったら解けてしまうと知っている魔法に掛かるくらいなら、そんな夢は見ない方がいいし、そんな魔法には最初から掛からない方がいい。

 幸いその決意は揺らぐことなく、今夜、こうして思いを無事に伝えることができた。これでもう、毎週のように枕を濡らす必要はない。喜ぶべきことのはずなのに、なぜか海は今、顔を上げることができずにいる。
「もうこりごりなの! 哀しくて泣くのも、恋しくて泣くのも、淋しくて泣くのも!」
 ただひたすら叫んだ。
「ウミ――」
「いやっ、離して!」
 伸ばされた手を跳ね除けたのは条件反射だった。そうして海は、自分自身の『心』がコントロールできないほど高ぶっていることにようやく気づいた。しかし、「気づく」だけだった。気づいてもそれをどうにかしようとは思えず、どうにかする術さえも思いつくことができなかった。
「こんな気持ち、知らなければよかったのよ! クレフにも、出逢わなければよかった!」
「後生だ、少し落ち着け」
「もういいの! 私、セフィーロには二度と来ないわ! 東京で幸せになる! だいたい、週に一度でも時間作るの大変だったのよ? 大学の勉強だってあるし、友達との約束だって、何度すっぽかしたかわからないし! これからは向こうで楽しくやるわ! セフィーロのことなんか忘れて、哀しい思いもしなくて済んで、そうやって――」
 青春を満喫するわ。そう言いかけた言葉に、音が与えられることはなかった。音を発すべき唇が、クレフのそれによって塞がれてしまったからだった。

「やっ……」
 慌てて逃れようと、一瞬唇が離れた隙に彼の胸板を押そうとする。だが所詮、大の男に力で敵うはずもなく、強く腰を引き寄せられて後頭部を押さえつけられてしまえば、クレフの齎す深い口付けを避けることなどできるわけがなかった。

 クレフはずるい。そんなことをされたら、海は大人しくならざるを得ないのだ。きっと彼は本能でそのことを知っている。クレフの強い想いに抗うことなどできなかった。彼の存在は麻薬も同然だった。一度知ってしまえば、知らなかったころには戻れない。

 やがてクレフの唇がようやく離れたときには、海の息はすっかり上がっていた。熱い吐息が混ざり合う中で、クレフがじっと海を見つめてきた。
 もう四年も経っているというのに、クレフにそうして見つめられると、まるでたった今彼に恋に落ちたような気持ちになる。――ほんとうは、わかっている。これほど心乱れるのも、これほど恋しいくなるのも、クレフ以外の人の前ではあり得ないのだということを。淋しくて泣くのは、それだけクレフのことが好きだからなのだということを。

「……ウミ」
 クレフがそっと海の頭を引き寄せ、包み込むように抱きしめた。つい今しがた、あれほど荒々しく口付けを求めてきた人と同じ人がすることとは思えないほど、その抱き方は優しさで満ちていた。
 その優しさを忘れることなどできないことも、わかっている。海は強張っていた肩の力を抜き、クレフに素直に身を預けた。起毛したガウンが頬を撫でて、くすぐったかった。
「共に暮らそう」
 クレフがそう言っても、海は驚かなかった。それどころか、クレフがきっとそう言うだろうと内心わかっていたような気さえした。

 解けてしまうとわかっている魔法に掛かるのは酷だ。深夜0時には帰らなければならないと知っていて出かけるパーティーが楽しいはずはない。だが、永遠に解けない魔法ならばどうだろう。深夜0時を過ぎても帰らなくていいパーティーならばどうだろう。海は心の中で己に問うた。だが、問うまでもなかった。
「……うん」
 そっとクレフを抱き返し、海は小さく頷いた。瞼を閉じると、涙が頬を静かに伝った。

 隣の部屋にある振り子時計がボーンと響く。深夜0時の合図だった。




深夜0時 完





そなたは森で、私はタタラ場で。

……って違いますねw
クレフはこんなに簡単に「一緒に暮らそう」とは言わないでしょうが、まあ、妄想なので。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.01.31 up / 2013.07.12 revised




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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