蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

『WITH』 エメロード、ザガート

語り

クレフと『レイアース』の登場人物との関係を考察するシリーズ「WITH」。
順不同で、思いつくままに書いてみようと思っています。特に長編ではあまり取り扱わない組み合わせを中心に書いていけたらいいなと。
「シリーズ」と言っても、長く続くかもしれないし一、二回で終わってしまうかもしれません。不定期にゆる~くやっていくつもりです。

第一弾はエメロード姫とザガート。
この二人が思い浮かんだのは、中編『韜晦』を書いていて、セバスチャンさんから「第8話はエメロード姫とザガートのことを思い出した」というコメントをいただいたときでした。『韜晦』では、強すぎるが故に偽れない想いを抱いてしまった自分自身を嘆く海ちゃんを描きましたが、「想いを偽れない」と言えば、確かに真っ先に浮かぶのはエメロード姫とザガートですよね。

この二人は「愛し合っていた」というのがもう既成事実になっていて、愛し合うまでの過程や、あの哀しい結末を迎えるまでの二人の葛藤といったものは原作をはじめ、どこにも描かれていません。まぁ、十中八九一目惚れだったんでしょうが。ただはっきりとわかっているのは、「二人の関係にクレフとランティスは気づいていた」ということ。

原作第2部の2巻で、クレフがランティスとの会話を回想する場面があります(ちなみにこのシーン、二人の師弟としての絆を感じられてとても好きです)。ここでクレフは、はっきりとは口に出さないもののエメロード姫とザガートが愛し合っていることを暗に指摘します。
それに対して、ランティスは酷く驚いた顔をします。このときの台詞が印象的です。「導師……あなたは、エメロード姫とザガートのことを……」と、ランティスは言いますが、これって結構色々な情報が含まれている台詞だと思うんですよ。

クレフが二人の気持ちに気づいていたという事実に対してランティスが驚く、ということは、
① ランティスもまた、二人が想い合っていることを知っていた
② でもそれをクレフが気づいているとは思っていなかった
③ 実はクレフも気づいていたということを、今初めて知った
ということですよね。

きっと、エメロード姫とザガートはお互いの気持ちを周りに対してはひた隠していたんだと思います。それは②からもわかります。ランティスは、自分はザガートの弟という立場だから二人の恋に気づくことができたけれど、他の人間が見たとしたら二人の秘められた想いは明らかではなかったのでしょう。当然のことかもしれませんが。「愛し合っていた」とは言ってもそれはお互いの心の中でだけの話で、実際の二人は触れ合うことは愚か、二人きりで話すことさえほとんどなかったのではないでしょうか。

原作第2部1巻の終わりに、ランティスがザガートとのやりとりを回想する場面があります。ランティスは、ザガートが心の片鱗を打ち明けられる数少ない人物の一人だったのでしょう。そういう話をザガートから聞くうちに、そして必然的にザガートと一緒にいる時間が多いであろうランティスが、そこに向けられるエメロード姫の視線を感じるうちに、自然と「もしかして…」と思うようになった、と推測しています。

では、クレフは。
クレフは、第2部2巻の回想の中で、ランティスがいなくなったことを教えに来たザガートとエメロードが一瞬見つめ合った後、切ない表情を浮かべています。クレフは人の心の機敏に敏い人でしょうから、そういう二人の『心』のやりとりを初めて見た瞬間に気づいてしまったんだと思います。でも、気づいてしまったことをずっと隠していたんでしょう。だからこそ、ランティスはクレフが二人の想いに気づいていると知ってあれだけ驚いたんだと思います。②と③からもそれはわかります。

クレフとエメロード姫、二人だけのやり取りはあの回想シーンしかありませんが、きっと二人はいい関係だったんだろうなと思います。まず、絵的に美しい(笑) 美男子美少女カップルですよね。
あの二人が『柱』と『導師』として君臨していたと思うと、当時のセフィーロはどれだけファンタジックな国だったんだろうかと、妄想が膨らんで仕方がありません。二人はかつての『セフィーロ』という国そのものを象徴するような存在ですよね。誰にも汚されることなく、永遠に子どもの姿を留めたまま、純粋に生き続ける。クレフとエメロード姫は、お互いにお互いしかわからない部分できっと繋がっていたと思います。その絆は、実の親子以上のものだったんじゃないかなぁ。

ところで、エメロード姫ってクレフよりも大きかったですよね?そういう印象があって、ググっていたらエメロード姫の身長を「125cm」としているサイトさんをいくつか見つけました。クレフの公式身長設定は120cmですから、やっぱりエメロード姫の方が多少(本当に多少ですが)大きかったということになります。
クレフの見た目に関しては、海ちゃんが初登場時に「どう見ても10歳前後」と言っているので、エメロード姫は11, 12歳前後なのかな?と思いますが……初登場時、海ちゃんたちは14歳でしたから、そう考えるとエメロード姫は幼く見えますね^^;

気になって調べたんですが、男の子の身長120cmって、7歳の平均身長でしたw これってどうなんだろう…確かに海ちゃんは「10歳前後」と言っていますけど、現実的なクレフの見た目は10歳どころじゃないってことですよね。
これから、うちのサイトではクレフの外見表記は「7歳」にしようかなぁ……なんて(笑)
ちなみに女の子の125cmは8歳の平均身長でした。

話が逸れましたが。
エメロード姫とザガートが想い合っていることを知って、それでも見守り続けていたクレフの立場を思うと、胸が張り裂けそうに辛いです。片やその誕生時から見守ってきた少女、片や大切な教え子。できることなら二人の恋路を応援したいし二人ともに幸せになってほしいけれど、その願いが叶うことは、セフィーロの崩壊に繋がってしまう……。クレフは眠れない日々を過ごしたに違いありません。

第2部2巻の回想で、クレフはエメロード姫のもとを去っていくザガートに「私に告げることはないか?」と聞いています。少し考えてザガートは「いいえ、何もありません」と答えていますが、あのとき、クレフはザガートに何を期待していたのでしょう。本心を打ち明けることか、或いは助けを求めることか。どちらももっともらしいですが、何か違います。
クレフは「私に”告げること”」と表現しています。「私に求めること」でも、「私に言いたいこと」でもなく、「私に告げること」。これはあくまでも私の想像ですが、この表現はクレフの優しさだったんじゃないでしょうか。
クレフは、ザガートが自分に何か言うことがあるとは思っていなかったのかもしれません。ただ、何かあればそれが何であっても聞いてやりたい。その想いが、あの「告げること」という表現になったのではないかと思います。
「求めること」「言いたいこと」と言ってしまえば内容は限定されますが、「告げること」と言えば、それはどういったことを告げられても文句は言えません。

うーん、考えれば考えるほど切ないです。

エメロード姫は消滅する際、魔法騎士たちに「ありがとう」と「ごめんなさい」を言ったとあります。そして、その「声」はフェリオとクレフのところにも届いていました。きっとエメロード姫は、フェリオにはフェリオだけの、そしてクレフにはクレフだけのメッセージも届けたのではと思っています。その言葉はクレフだけのもので、恐らく彼は永遠に誰にも明かそうとはしないでしょうが、その言葉がある限り、クレフはセフィーロを守っていくんだと思います。

長くなりました。まだ書き足りない気もしますが、この辺で切り上げて、小話に向かいたいと思います。

小話は「続きを読む」からどうぞ。





『翡翠(かわせみ)』

 ふと回廊の外に顔を向けると、色とりどりの花が咲き乱れる庭の中にあって真っ青な花弁をつけた花が目を引いた。クレフは口元に穏やかな笑みを携えながら立ち止まり、足の向きを変えるとその庭に降り立った。
 豊かな自然に触れるたび、クレフはこの国をその心で支えている少女を思う。品のある鮮やかさで彩られた庭は、まるで少女の清らかな心そのものを現しているようにも見えた。

 真っ青な花弁をつけた花は、前の晩に降った雨によってできた水たまりの傍で、一輪だけ、ひっそりと咲いていた。クレフはそっと身を屈めると、その美しい花を摘んだ。
 普段のクレフは、咲いている花を摘むということをほとんどしない。花はあるべきところで咲いているのが最も美しいと思っているからだ。それゆえ、己の事ながら、何の躊躇いもなくその花を摘んだことに内心困惑し、驚いていた。だがその一方で、その花の存在を認めたときにはすでに、その花を摘むことを考えていたようにも思う。日の光が当たる角度によって、翡翠色にも青玉色にも見えるその花は、これから出向こうとしている先にいるであろう少女の瞳の色と同じであった。

 クレフは左手に花を持つと、右手に持った杖を軽く掲げた。杖の宝玉から溢れた淡い光が花を包む。やがて花は球体の光に包まれると、そのまま杖に吸い込まれていった。
 心優しき少女は、美しい自然を好む。クレフが摘んだ花を見たら、きっと喜びを隠さない笑顔を浮かべるだろう。そんな彼女を思うと、クレフの口元は自然と緩むのだった。彼女の幸せ以外に望むことなど、このときのクレフには何もなかった。
 杖を手にさっと立ち上がる。元来た道を、クレフは若干の早足で目的地を目指して歩き出した。

***

 予測していたよりも早く、クレフは少女のもとへ辿り着いた。少女が、本来いると思っていたところよりも近くにいたからだった。回廊を足早に進んでいたクレフは途中、思わず急ブレーキを掛けて立ち止まり、右手前方にある東屋へと視線を向けた。そこに、多くの鳥に囲まれて佇んでいる少女の姿があった。

 ふっと息が漏れたのは無意識のうちだった。今もそうだが、少女は昔から、突然その場に現れたかのように気配を自在に操ることができる。『柱』となれるほどの『心の強さ』の持ち主なのだから造作もないことなのかもしれないが、これまでクレフは、たとえ『柱』であってもその気配に振り回されるようなことはなかったので、未だに困惑することが多かった。少女のその才は、天性によるところが大きいのだろう。
 そんなところにいるとは想像だにしていなかったクレフにしてみれば、それまでは誰もいなかった東屋に少女が瞬間移動してきたようにも見えたが、きっと彼女は初めからそこにいて、ただ単に気配を消していただけだったに違いない。

「――こんなところにいたのですか」
 クレフは表情をすっかり緩めて東屋へ向かった。声に反応してこちらを振り向いた少女が、ぱっと笑顔を浮かべた。
「導師クレフ」
 いつ見ても花が咲くように笑う少女だと、クレフは思う。もっとも、彼女の本来の年齢はもう「少女」と呼ぶには憚られるほどのものだった。しかし彼女は、『柱』たりうる『心の強さ』を認められた11歳のときから、その姿を幼いままに留めていた。その誕生時より彼女を見守り続けているクレフにとっては、たとえ『柱』になろうとも、彼女はいつまで経っても外見どおりの幼い少女のままだった。

「最近は外におられることが多いようですが……城は居心地が悪いですか? エメロード姫」
 クレフは東屋の一歩手前で立ち止まり、中にいる少女を見上げた。その膝の上では、彼女が纏ったドレスと同じ純白の羽を持った鳩が、エメロードに体を撫でられながら、すっかり安らいだ顔で眠っていた。
「いいえ」と少女は緩くかぶりを振った。「ただ……外に出た方が楽しいのです。お友達も、たくさんいて」
 エメロードは辺りを見回した。つられてクレフも同じようにする。エメロードの肩、彼女が腰掛けたベンチの背もたれ、東屋の柱、そして屋根の上と、彼女を囲むようにして、そこには多くの精霊や精獣たちが集っていた。

 エメロードの言葉に、クレフはちくりと小さく心を痛めた。『柱』は、その存在の大きさゆえに軽々しく国内を歩きまわることが許されない。彼女が生活の場としている城の中に入ることが許されている者もまた、ほんの一握りしかいなかった。加えて、エメロードがいる城の中枢にはクレフの結界が張られていて、その結界の中にはたとえ城内の人間であっても出入りすることは許されていない。『導師』であるクレフのほかに、『柱』の祈りを支える『神官』、そして『柱』を守る親衛隊長だけはこの結界を自由に出入りすることを許されているが――いずれも、今のセフィーロには相応しいだけの『心の強さ』を備えた人間がいなかった。すなわち、クレフが訪れることがなければ、エメロードは城の中でほとんど孤立無援となってしまうのだった。彼女が退屈しないようにと、城の中庭には精霊や精獣たちが寄ってきやすい草花を多く取り入れていたが、それが功を奏して、エメロードは近頃ではこうして、集ってくる精霊や精獣たちと共に中庭で過ごしていることが多かった。

 哀しいことだ。こんなこと、口が裂けても言葉にすることはできないが、『柱』とはとても哀しい存在だと、クレフは思うようになっていた。
 エメロードが『柱』になるまでは、そんなことは考えたこともなかった。これまでの『柱』は、クレフにとっては絶対的な存在で、『柱』になるということは誉であると信じて疑わなかった。しかし、我が子同然にも接してきたエメロードがその位を戴くことになったとき、クレフは複雑な心境だった。そして、複雑だと感じた自分自身に、クレフは大きな衝撃を覚えていた。
 誰からも尊敬され、誰一人としてその存在を知らぬ者はいないのに、ひょっとしたら『柱』は、この国でもっとも孤独な存在なのかもしれない。そのことに思いが至ったとき、クレフは自らに誓ったのだった。エメロードのことは、決してひとりにはさせないようにしようと。

 クレフは振り切るように微笑み、一度瞬きをした。これ以上は、今は考えるべきことではなかった。
「……ここへ来る途中で、美しい花を見つけました」
 徐に言い、クレフはすっと杖を傾けた。杖の宝玉から発せられた光がエメロードの顔の前に球体を描き、やがてそこに一輪の花が姿を現した。エメロードは驚いたように目を丸くし、ゆっくりと降りてくる花をほとんど反射的に手で受けた。
「綺麗……」
「昨夜の雨が、このセフィーロにまた新たな命を芽生えさせたようです」
 言って、クレフは笑った。思ったとおり、その花はエメロードが手にするとより一層輝きを増した。彼女の真っ青な瞳とその額に戴くサークレット、そして花。三つの色の取り合わせが、えもいわれず美しかった。
「ありがとう、導師クレフ」
 微笑んだエメロードは、その外見ゆえに「可愛らしい」という言葉が似合う。彼女の笑顔は、いつもクレフの心にほっこりとした温もりを与えてくれた。少しでもエメロードが笑顔でいる時間が多くあるように――それが、クレフの願いだった。

「……不自由はありませんか、エメロード姫」
 クレフが静かに尋ねると、エメロードな意外なことを聞かれたとでも言いたげに目を見開いてこちらを見た。花を手に思案顔を浮かべ、少し沈黙が流れる。やがてエメロードはひっそりと微笑むと、穏やかにかぶりを振った。
「いいえ、導師クレフ。不自由などしていません」とエメロードは言った。「ただ……不満なことは、ひとつあります」
「不満なこと? なんです、姫」
「それです」
「え?」
「あなたが、私のことを『姫』と呼ぶことです」
 クレフは思わず目を瞠った。ただでさえ、普段悲観的なことはほとんど言わないエメロードの「不満がある」という言葉は意外なものだったのに、そのあとに彼女が続けたことは、さらにクレフの意表を衝くものだった。その驚きは、しばしの間返す言葉を見つけられなくなるほど大きなものだった。
「もう、以前のように『エメロード』とは呼んでくださらないんですもの。なんだか……淋しいわ」
 伏せられた睫毛が、彼女の白磁の頬に濃すぎるほどの影を作った。

 エメロードがいずれ『柱』になるであろうことを、クレフは彼女が生まれ、その瞳を見たときに知ってしまっていた。それでも、幼いころの彼女はその他大勢の教え子に混じってクレフの魔法に目を輝かせるような子で、確かにクレフは彼女を「エメロード」と呼んでいた。だが彼女が『柱』となった今では、たとえクレフであっても彼女をその名で呼ぶことは許されない。
 ――許されない、というのは違うかもしれない。エメロードはきっと許すだろう。むしろ、そうされることを自ら望みさえするだろう。だがそれは、ほかでもないクレフ自身が、そうする自分自身を許せなかった。エメロードを「姫」と呼ぶこと。それは、自分で自分に定めたけじめだった。

 クレフは少し大袈裟に肩を上下させ、眉尻を下げた。
「……それは、あなたも同じではありませんか」
「え?」
「あなたも、私のことを『導師クレフ』と呼ぶでしょう。それと同じことです」
「それは、同じではないわ」とエメロードはかぶりを振った。「私にとってあなたは、生まれたときから『導師クレフ』だもの。けれど、私は――」
「姫」
 不愉快そうに眉間に皺を寄せたエメロードを、クレフはやや鋭く遮った。はっとしてエメロードが息を呑む。クレフが気配を張り詰めたのはほんの一瞬のことだった。しかしエメロードはその些細な変化を敏感に感じ取ったようだった。それ以上言い募ることを、彼女はしなかった。
 クレフが気配を張り詰めたのは、エメロードの言葉を遮るという目的のためだけのことだった。その目的が達せられた以上、エメロードの『祈り』に護られた空間においては緊張している必要などまったくない。クレフは緊張を解くと同時に口元も緩めた。
「幼き頃のあなたも、『柱』となったあなたも、私にとっては同じ『エメロード』という人ですよ。――”エメロード姫”」
 エメロードが、この世界の空をそのまま映したような色の瞳を大きく見開いた。

 一言で十分だった。二人の間では必要以上の言葉は邪魔になるだけだと、互いによくわかっていた。クレフは東屋にいるエメロードを見上げ、黙って静かに微笑んだ。
 やがてエメロードもまた、すっと目を細めて表情を穏やかにした。微かに潤んだ瞳が揺れると一転、それは今度は空ではなく海のように見えた。
「……ありがとう、”導師クレフ”」
 彼女が額に戴いたサークレットが、差し込む夕陽を反射して翡翠のように輝いていた。

*****

 一目見ただけで逸材だと悟った。長い間どれほど乞われても教え子を持とうとしなかったクレフが、自ら「魔法を習う気はないか」と声を掛けたほどだった。そしてその期待どおり、兄弟は、長らく空席が続いていた『柱』を支える要職を均等に二分するまでに成長した。兄は『神官』に、そして弟は親衛隊長に。弟は、もう現れないのではないかとさえ思っていた『魔法剣士』の称号を手にするほど強くなった。
 喜ばしいことのはずだった。しかし――二人が十二分に成長し、満を持してエメロードの住まう城へと通したとき、クレフは生まれて初めて、自らが導いてきた道は間違っていたのかもしれないという不安を抱いたのだった。

*****

 その日は、薄っすらと靄が掛かりながらもよく晴れた日であった。
 例年になく良い出来になったと、民が差し入れてくれたブイテックがぎっしり詰まった籠を片手に、クレフは昼下がりのセフィーロ城をエメロードのもとへと向かって歩いていた。彼女は幼少時からセフィーロの果物が好きだった。だから、果物を差し入れると特に喜んだ。籠の中のブイテックは本当に美味しそうで、それを手にしたエメロードの笑顔を思い浮かべ、クレフは頬を緩めた。

「お待ちください、神官!」
 セフィーロ城の静寂には相応しくないほどの鋭い声が轟いたのは、クレフがちょうど、その『神官』と呼ばれた男がいるであろう『祈りの間』が見えてこようかというところにいたときだった。
 バタン、と乱暴にその『祈りの間』の扉が開かれる。クレフはその場で立ち止まった。すると、一本道の回廊を大股でこちらへ向かって歩いてくる男の黒髪が揺れるのが見えた。
「神官!」
 遅れて『祈りの間』から別の魔導師が出てきたが、そのころにはすでに『神官』は『祈りの間』を遠く離れていた。追っても無駄と悟ったのか、魔導師はその場で茫然と立ち尽くし、去っていく『神官』の後ろ姿をただ見つめていた。

 『神官』は、無言のままひたすらにこちらへ向かって歩いてくる。彼らしくないな、というのが、クレフの受けた第一印象だった。『神官』の称号を受けたその男は、クレフよりも遥かに年下でありながらそのクレフでさえ一目置くほどの冷静さを持った男だった。しかし、今その男から放たれる『気配』は、いつになく乱れていた。
 そもそも、これほどじっとクレフが見つめているというのに、足音が聞こえるほどまで近くにやってきてもこちらの存在にまったく気づかないということ自体、その男の行動としては「異常」だった。斜め前を向き、一心不乱に歩いてくる男からは「憤り」しか感じ取れない。そのままでは男が自分を追い越して去っていってしまいそうで、クレフはわざと大きめの音でトン、と杖を床についた。
「ザガート」
 はっ、と男が立ち止まった。大きく見開かれた目は血走り、余裕を失っていた。男はやはり、クレフの存在には気づいていなかったようだ。男が――ザガートがそれほど驚いたところを見たのは、後にも先にもこのとき限りのことだった。

「……導師クレフ」
 ばつが悪そうにさっと視線を外したザガートは、クレフの姿を見てようやく我を取り戻したようで、その場で膝を折ると礼儀正しくこうべを垂れた。だがやはり、完全には興奮を隠し切れておらず、下げられた睫毛は僅かに震えていた。
「いったい何があったのだ。取り乱すなど、お前らしくもない」
「……申し訳ありません」
 そう言ったきり、ザガートは口を噤んでしまった。

 ――見ないふりをしていることがある。クレフは漆黒の艶やかな髪を見ながら、日を追うごとに膨らんでいく自分自身の懸念に眉を潜めた。しかしそれは、決して開けてはならないパンドラの箱だった。開けたら最後、この世界のすべてが変わってしまうことを、クレフはわかっていた。
 そのことを口に出す代わりに、クレフはため息をついた。
「『神官』であるお前がその心を乱せば、エメロード姫も『祈り』に集中できまい」
 そう言っても、ザガートは顔を上げない。クレフは見兼ねて、一方の手に持った籠を「ほら」と掲げて見せた。
「ちょうど、姫のところへ行こうと思っていたのだ。お前も、たまには姫のもとに――」
「――です……」
「……ザガート?」
「私の力など、所詮何の支えにもならないのです」
 低く沈んだ声に、クレフは言葉を失い息を呑んだ。俯いたままのザガートが、握った拳に強く力を込めているのがわかる。小刻みに震えた手の甲に、白い筋が浮かんでいた。
「私がどんなに祈ろうとも、この国を支えているのは『柱』の『心』です。私の力など、ほんの気休め程度にしかならない。『柱』の祈りの前では、私の力など無力です」
「そのようなことはない。お前はエメロード姫に次ぐ『心の強さ』の持ち主だ。相応の力がなければ、『柱』の祈りを支える『神官』などという役目は到底――」
「なぜです?!」
 ザガートが弾かれたように顔を上げた。それほど張り詰めた表情をしたザガートを、クレフはこのときまで見たことがなかった。
「なぜ『柱』だけが、このような城に閉じ込められていなければならないのです?! なぜ『柱』だけが、この世界の安定を祈り続けなければならないのです?! なぜ、エメロードだけが――」
 そこまで言って、ザガートは突然言葉を失って黙り込んだ。血走った目を見開いたまま、まるで彼の中でだけ時が廻らなくなってしまったかのように静止している。そして、彼がそのように黙り込んだ理由を、クレフはわかってしまっていた。一瞬大きくなった己の鼓動が、それを伝えていた。

「……申し訳ありません、導師クレフ」
 やがてザガートは、燃え盛っていた炎が消えるがごとく声を落とし、同時に視線も落とした。そして今一度深く頭を下げると音もなく立ち上がり、そのまま、クレフと目を合わせることもなく歩き出そうとした。
「待て、ザガート――」
 「待て」と言いながら、クレフは自分が本気でザガートを止めようとはしていないことを知っていた。伸ばしかけた手はザガートをかすりもせず、そのまま彼はあっという間に去っていった。その気になれば、教え子であるザガートを制止することなど造作もないはずだったのに。

 振り返りざまの反動で、籠の中からブイテックが一個飛び出し、回廊を転々と転がった。先を歩いていたザガートがその音を聞きつけて一瞬立ち止まったが、しかしそこからこちらを振り返ることはなく、再び彼は歩きだした。
「なぜ、エメロードだけが――」
 ザガートの言葉が、木霊となってクレフの中で幾重にも響いていた。

 ――もはや、見ないふりをすることなどできないのだ。遠ざかっていく漆黒の髪を見ながら、クレフは絶望の淵に立たされたような心持でいた。決して開けてはならないパンドラの箱だと思っていたそれは、もうすでに開けられてしまっていた。「開けられた」という事実に、目を背けていただけだった。
 ほんとうは、最初に引き合わせたときから、二人が互いに惹かれ合い始めていることに気づいていた。それでも気づかぬふりを決め込んでいたのは、それが信じたくないことであったし、信じてはいけないことだったからだ。あるいは、己の勘も時には外れることもあるのではないかと浅はかな期待さえ持っていた。だが、思わずザガートの口から零れた言葉によって、クレフはそれがあまりにも軽はずみな期待であったと思い知らされた。
 ザガートは、エメロードのことを『エメロード』という一人の女性として見ている。『柱』でもなく『姫』でもなく。

 転がったブイテックに、一羽の鳥が匂いを嗅ぎつけて寄ってきた。美しい碧色の羽をした、かわせみであった。




翡翠 完





前半は、まだザガートとランティスに出逢う前のクレフとエメロード、そして後半は、ザガートが『神官』となってからの出来事を描いています。
クレフにとって、エメロードは我が子同然だったんだろうと思います。クレフ、エメロード、そしてザガート…この3人の取り合わせは、書いていて切ないです。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.01.20 up / 2013.07.12 revised




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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