蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

『WITH』 ランティス

語り

クレフと『レイアース』の登場人物との関係を考察するシリーズ「WITH」。
第三弾にはランティスを選びました。よろしければ是非、最後までお付き合いください^^

クレフとランティスの間には、何かこう、「師弟関係」という言葉を越えた何かが存在するような感じがします。いえ、決してBL的意味ではなく。何度も言いますが私はあくまでもノーマルカップリング派です。
原作では第2部2巻のクレフの回想の中でしか絡みのない二人ですが、あそこに二人の関係の全てが凝縮されている感じがします。

ランティスは、クレフが言った「この世界は、ほんとうに美しいか?」という言葉をきっかけに、セフィーロを離れる決意をしたんだと思います。もちろん、兄ザガートとエメロード姫の叶わぬ恋を知ってしまったというのが根底にあるのは言わずもがなですが、やはり最大のきっかけになったのはクレフの言葉なんじゃないでしょうか。

それまでランティスは、クレフと同じ疑問をぼんやりと抱きつつもそれを口にはしなかったんだと思います。なぜならランティスにとってセフィーロは絶対的な世界で、その美しさを否定するような言葉を口にするのは憚られたから。でも、尊敬する師匠であり、誰よりもセフィーロを愛しているはずのクレフが、そのセフィーロの「美しさ」に疑問を投げかける。これは、ランティスにとってみればかなり衝撃的なことだったはずです。

クレフの言葉をきっかけに、ランティスはセフィーロの「美しさ」について考えました。でも答えは出なかった。なぜなら当時のランティスはセフィーロ以外の国を知らなかったからです。知らないものと比べることはできません。だから、セフィーロが「美しいか」と問われて、ランティスは答えられなかったんです。
では、他の国の摂理形態はどうなっているんだろう。セフィーロよりも美しい国があるんだろうか。それを知らなければならないと思って、ランティスはセフィーロを出たのだと、私は考えています。


原作でのランティスの『願い』は「『柱への道』を破壊すること」でしたが、その『願い』に辿り着くことができたのは旅の最中、恐らくオートザムにいるときだったのではないでしょうか。

その『願い』に辿り着くまでには多くの葛藤があったでしょう。『柱への道』を破壊するということは、自らの命にも危険が及ぶ行為です。そして何より、『柱への道』を破壊するということは、セフィーロにもう二度と『柱』が生まれないということと同義です。当時のセフィーロは『柱』に支えられていた国でしたから、『柱への道』を破壊するということは、即ちセフィーロそのものの崩壊を意味していました。それはひいては、セフィーロを心から愛し、セフィーロを守ることに人生を捧げているクレフを裏切ることになる。ランティスにとっては、何よりもそのことが辛かったんじゃないかと思います。


ところで、エメロード姫が消滅した後、セフィーロに戻ってきたランティスを、クレフはどのようにして出迎えたのでしょうか。これもまた妄想が膨らむところです。
第2部2巻の回想の後で、ランティスが戻ってきたことについてクレフが思いを馳せているシーンがありますよね。このときクレフは、ランティスが戻ってきた理由を知っているような話しぶりはしません。ということは、少なくともあの時点まで、クレフとランティスはそのことについて話し合っていないということになります。アニメではちょっと違いましたが。

セフィーロに戻ったランティスがクレフに会わないということは考えられないので、きっとほとんど話す間もないまま時間だけが過ぎていたのでしょうが、そうなると余計、どういう再会だったのか気になります。たぶん、数秒見つめ合っただけでお互い悟るところがあり、それっきり、みたいな感じなんでしょうが。クレフと『心』で通じ合うものは、もしかしたら海ちゃんよりランティスの方が奥深いのかも。


クレフにとっては、ランティスとザガートは息子も同然だったのでしょう。そしてランティスにとってのクレフも、師匠であると同時に父親のような存在であったに違いありません。
そんなことを考えた末の妄想が今日も小話になりましたので、よろしければお付き合いくださいな。ランティスが幼い頃の話を書いています。





『おとうと』

 セフィーロは『心』がすべてを決める世界である。それは物心つく前から当たり前のように理解していた理だ。『心』がすべてを決める。それは年齢にも当てはまることで、真に『心』強き者はほとんど不老長寿になることも可能なのだという。現に、ランティスはまだ会ったことがないが、このセフィーロで最高位の魔導師である導師クレフは、もう500歳を超える高齢だと聞いている。

 そんなセフィーロでは、見た目以上に年の離れた兄弟も少なくない。双子のような外見をしていても実際は50歳近く歳が離れているような兄弟も、この世界では珍しくなかった。だから逆に、ランティスとザガートのように、たった一歳しか違わない兄弟の方が珍しいかもしれなかった。


 今日は兄の晴れ舞台だというのに、ランティスは浮かない顔をしてとぼとぼと街の中央にある広場までの道を歩いていた。
「おい、ランティス! どうしたんだよ、そんな顔して」
 ぽんと肩を叩かれて顔を上げると、同じ剣闘師のもとで修業を積んでいる五歳年上の男が、ランティスを見下げて笑っていた。
「……いや、別に」
「そんなしけた顔すんなよ」と男が眉尻を下げて言った。「今日は、ザガートが『剣闘師』の称号を正式に与えられる日だぞ? 16歳で『剣闘師』の称号を得るなんて、この街じゃ最年少だぜ」
 まったく、俺まで追い越していくんだもんなぁ。そう言って、男が苦笑いをする。
 男に悪気がないことはわかっていても、ランティスは強張ってしまう表情を取り繕うことができなかった。黙り込んだランティスに、男もさすがに肩から手を離してため息をついた。
「……まあ、お前の気持ちはわからないでもないさ」と男は言った。「けど、ザガートは『特別』だから。気にすんなよ」
 じゃあ広場でな、と言い残して、男は駆け足で去っていった。

「ザガートは『特別』だから――」
 男の声が、不快にも脳裏に木霊していた。


 剣を習い始めたのはランティスの方が先だった。勉学では到底敵わない兄・ザガートに何か一つでも勝てるものをと必死で考えて選んだのが、幼少期から好んで接していた剣術だった。
 頼み込んで弟子入りした剣闘師のもとで、ランティスはめきめきと頭角を現した。半年は掛かると言われた居合の型の習得は、三日で成し遂げた。剣を振るうのが楽しくて仕方がなかった。師匠の一番弟子をついに負かしたのは、弟子入りしてから二年を少し過ぎた頃のことだった。

 街で『剣闘師』の称号を得ることができるのは、年に一人と決められている。その年に街で最も強い者が、称号を手にすることができる。このままいけば、ひょっとしたら来年にはお前がその一人に選ばれるかもしれないな。一年ほど前、師匠にそう言われたときは本当に嬉しかった。ますます剣の腕に磨きを掛けようと、昼夜を問わず剣を振り続けた。『剣闘師』の称号を手に入れたなら、ようやっと、ザガートより優位に立てるものができる。そう思うと、剣を振るう腕が武者震いするのだった。

 ところがその直後、事態は一変した。ザガートが、ランティスと同じ剣闘師のもとに弟子入りしてきたのである。
 勉学だけに精を出していたのでは、人間として偏ってしまう。剣術も学び、バランスの取れた人間になりたい。そう熱く語る兄を、ランティスの師匠は快く受け入れた。

 正直、高を括っていたところは否定できない。いくらザガートといえどもそんなに早く剣術を習得できるはずはないと、高みの見物をしていたところはあった。「素質がある」と言われたランティスでさえ、今ほどの実力をつけるのに三年掛かったのだ。当然、兄が自分に追いつくには少なくともその半分の時間は必要だろうと思っていた。それなのに――ザガートはあれよあれよという間に力をつけ、ついにはランティスに追いつき、やがてあっという間に追い越した。そして今日、街で年にたった一人『剣闘師』の称号を得る者には、ランティスではなくザガートが選ばれた。

 先に行った男の言うとおり、喜ぶべきことだった。自らの兄が街で史上最年少の『剣闘師』に認められるということは、誇らしいことこの上ない。頭ではわかっているのに、どうしても心から祝福できない自分が、ランティスは堪らなく悔しかった。自分がこれほどまでに心の狭い人間だとは思わなかった。

「ザガートは『特別』だから――」
 その言葉を、この15年間で一体何度聞かされてきただろう。確かに誰もが言うとおり、ザガートは「特別」だった。何をやっても、常に誰よりも秀でていた。勉学は勿論のこと、今日『剣闘師』の称号を手にすれば、剣術でもまた、ザガートは「特別」だと言われるだろう。そんな優秀な兄と、ランティスはいつも比べられてきた。

 慢心するわけではないが、ランティスだって決して劣等生ではない。勉学も人並みにはできた。剣術は、師匠に「素質がある」と言われるほどのものを持っていた。しかしどれをとっても、ザガートには勝てない。兄弟だというだけで、ザガートとは常に比べられる。そしてそうなれば必然的に、ランティスは劣等生扱いをされてしまう。もしも自分がザガートの弟でなければ、きっと人々は「よくできた子だ」と褒めてくれただろう。
 人々に悪気がないことはわかっている。それでもランティスはいつも悔しかった。「ああ、あのザガートの弟か」と言われることが。
 果たして「ランティス」という名前が認識されているのか、疑わしいことすらある。「ザガートの弟」というのがいつか自分の名前になってしまうのではないかと危惧したことも、二度や三度の話ではない。

 だからせめて、何か一つだけでいい、何でもいいから「これならば兄に勝る」という確たるものが欲しかった。なんだかんだ言っても、肩書きは強い。『剣闘師』という称号さえ手に入れれば、それだけで兄とは別に見てもらえる。「ザガートの弟」ではなく、「剣闘師ランティス」として見てもらえる。その日のために頑張ってきたと言っても過言ではなかった。しかし、そのランティスの努力は今、あっけなく打ち砕かれようとしていた。

 結局俺は、兄の背中を追いかけるしかないのだ。ランティスはほとほと投げやりな気分だった。しかも、今日の式でランティスは、あろうことかザガートの「付き人」として隣に立つことになっていた。
 『剣闘師』のみならず、あらゆる称号を正式に受諾する式では、称号を受ける者は「付き人」を選ぶことになっている。「立会人」のようなものだ。その「付き人」の役目を、ザガートは一瞬の迷いもなく「ランティスに」と求めてきた。
「俺がここまで頑張ってこれたのは、お前がいつも剣の相手になってくれたからだ。だから、お前に付き人をやってほしい。お前以外には頼みたくないんだ」
 ザガートにそう言われて、ランティスは断る術を持たなかった。彼の言葉には、皮肉も嫌味もなかった。しかしそれでも、やはり兄が『剣闘師』の称号を受けるその隣に立たなければならないというのは屈辱だった。

 いっそのこと、ザガートを嫌いになれたら楽なのにと思う。憎しみでもって接することができれば、その気持ちを力に変えることも、周囲の戯言を聞き流すこともできるだろう。わかっていて、それでもそうすることもできない自分がもどかしかった。詰まるところ、自分はあの兄が好きなのだ。いつも自分の先をいってしまう、あの兄のことが好きで好きで堪らないのだ。
 ランティスは思わずため息をついた。年齢は一つしか違わないのに、兄と自分との間には永遠に越えられない壁が聳えているように思えてならなかった。

***

 ずいぶんゆっくりと歩いているつもりだったのに、気づけば広場へ辿り着いていた。そこには想像した以上にたくさんの人が集まっていた。街で最年少の剣闘師が誕生するということで、一目見ようと見物に来た者も多いのかもしれない。もっとも、この街でザガートを知らない者はいなかったが。

「ランティス」
 自分とまったく同じ声がした。そちらに目を向けると、広場の中央で街の長と話をしていたザガートが、ランティスに向かって穏やかな笑みを浮かべていた。
 よく似た兄弟だといつも言われるが、二人は瞳の色だけは違っていた。ランティスは空を映したような青だが、ザガートは夕焼けの濃いところを混じり合わせたような濃紫だ。そのザガートのところへ、ランティスは歩み寄った。一歩離れたところで立ち止まると、無言のまま長に向かって頭を下げた。
「付き人は、弟のランティスにお願いしています」
 ザガートが言う。
「そうか」と長が頷いた。「じき、導師クレフが参られる。二人とも、粗相のないように」
 恰幅の良い長が、満足気に微笑んで自身のちょび髭を撫でつけた。誰よりもこの男の粗相が心配だとランティスは思った。長は、落ち着かないとき大抵そうして自分のちょび髭を撫でつける癖がある。そしてそういうときは、決まって何かしらのトラブルを起こすのだ。

「いらっしゃったようですよ、長」
 不意にザガートが首を伸ばして言った。「なにっ!」と素っ頓狂な声を上げて、長が背後を振り返る。
 真っ先に聞こえてきたのは蹄の音だった。規則正しいその音には、まるで音楽を奏でているような品の良さがあった。それだけで、乗り手が穢れのない『心』の持ち主だとわかった。意図せずして背筋がしゃんと伸びた。
 やがて、ザガートたちがいるところを囲むように円を描いていた人々が、道を空けるようにして左右に分かれていく。そうして開けた視界の向こう側からやってくるものを見て、ランティスは思わず息を呑んだ。

 耳の天辺から尾の先まで、見事な純白の毛で覆われた天馬が、こちらへ向かって掛けてくる。その上に跨った人の姿は見えないが、彼が手にしている、獣の顔を模ったような厳つい杖が圧倒的な存在感を放っていた。そこに後光が差し、大きな蒼い宝玉が光る。あまりの眩しさに、ランティスは思わず呻いて片目を瞑った。
 やがて、天馬がこちらへやってくる。そして人垣の中央までやってきて横向きになると、その背から一人の少年が降り立った。
「遅くなったな、長」
 少年は、その姿には似つかわしくないような低い声で、長に向かって言った。
「とんでもありません、導師クレフ! もう、待ちくたびれておりました!」
 背筋を伸ばしすぎて反り返ったエビのようになった長の声は完全に裏返っていた。そしてその瞬間、その場に集っていた誰もが凍りついた。

 ――終わった。ランティスは思わず天を仰いだ。どんな言葉と言い間違ったのかは知らないが、「待ちくたびれておりました」はないだろう。しかも、本人は自分がそんなことを言ったとはまるで気づいていないようだった。
 どんな処罰が下るのかと、ランティスは恐る恐る、やってきた少年を盗み見た。しかしそのとき、ランティスは自分自身の目が狂ったのかと思わず何度も瞬きをした。クレフは、怒るどころか不満そうなオーラのひとつさえも発していなかった。それよりも、ははは、と声に出して、笑っていた。
「すまない、ちょっと手間取っていてな」と言い、クレフは長から視線を外した。「それで、今日新しく『剣闘師』の称号を得るというのは?」
 その一言で、すべてはあっけなく終了した。

 ランティスは俄かには信じられなかった。『導師クレフ』といえば、セフィーロでは知らぬ者はいないほどの実力者である。滅多に街に下りてくることがないので、ランティスもクレフを実際にこの目で見るのは今日が初めてだったが、それでも彼の名前を聞かない日などなかった。『心の強さ』は随一で、弟子に対しては容赦なく厳しいと聞いたこともある。そんな人が、今の長の発言を咎めもしないなど、考えられなかった。
 器の大きいひとなのだ。ランティスは、自分よりもずっと小さいその少年の放つオーラに、このときすでに魅せられていた。

「ザガート、と申します、導師クレフ」
 ランティスの斜め前に立ったザガートが、一歩踏み出して膝をつき、こうべを垂れた。
「面を上げよ」
 クレフがそのザガートをまっすぐに見つめて言う。素直に顔を上げたザガートとしばし視線を交わらせ、クレフは黙した。
 あの瞳に射抜かれたら、きっと嘘はつけないだろう。ランティスはそう直感した。

「なるほど」
 暫くして、クレフが凛と通る声で言い、頷いた。
「『真に強き者』の目をしている。そなたはいい剣士になろう」
「ありがとうございます、導師クレフ」
 クレフの言葉には不思議な説得力があると、ランティスは思った。クレフが言うと、誰が言うよりもその言葉の内容が「本物」であるように聞こえる。クレフは今、ザガートのことを「いい剣士になるだろう」と言ったが、その言葉はランティスの中にすんなりと入ってきた。ザガートがそういった類の言葉を掛けられるのを耳にすることはこれが初めてではなかったが、これまでのどんなときよりも自然と、ランティスはその言葉を受け止めることができていた。そうだ、きっとザガートはいい剣士になる。何の邪念もなく、素直にそう思えた。

 そのクレフの視線がふと動き、躊躇いもなくまっすぐにランティスを捉えた。
 予期せぬ出来事にランティスはひどく狼狽した。何か言わなければ、と思うのだが、何も言葉が浮かばない。文字どおり射抜くようなクレフの視線に、ランティスは全身を硬直させたまま動けなくなった。汗腺という汗腺から冷や汗がどっと吹き出してくるのが、厭でもわかった。
「そなたは?」
 クレフがそう言って沈黙を破った瞬間、ランティスは強張っていた全身の筋肉が一気にほぐれるのを感じた。そして同時に、そうだ、と慌ててその場で膝をつき、ザガートがそうしたようにこうべを垂れた。
「ザガートの弟、ランティスと申します」
 言ってから「しまった」と思ったが、もう遅かった。何も、自ら進んで「ザガートの弟」という接頭語をつける必要はなかったのに。

「ランティス……か」
 だが、クレフがはっきりとランティスの名前を呼んだので、ランティスは反射的にぱっと顔を上げた。まるで父親のような穏やかな瞳が、こちらに向けられていた。
「良い名だな」
 ランティスは礼を言うのも忘れ、クレフの澄んだ蒼い瞳をただ見つめていた。そんなことを言われたのは、生まれて初めてのことだった。

***

 式は滞りなく行われた。ザガートが『剣闘師』に認められたのを確かめて、取り巻きは一人、また一人と去り、それぞれ帰路へと就いていく。長い影がいくつも広間に形を作っていた。
「――お前たち」
 その、散らばっていく人垣を見つめていると、不意にクレフの声がした。振り返ると、天馬に乗り込んだ彼が夕陽を背にこちらを見下ろしていた。天馬の瞳は、クレフと同じ蒼だった。
「私のもとで、修行をする気はないか」
 最初にザガートを、そして次にランティスを見てクレフは言った。
 クレフと目が合ったとき、ランティスはほとんど反射的に顔を逸らしていた。それはザガートに向けられた言葉だろうと思ったのだ。自分が聞くべき言葉ではないと。「優秀なザガート」を、クレフは求めているに違いないと。

 しかし、はたと思い返した。なぜクレフは自分を見たのだろう。そして、気づいた。クレフは最初、確かに「お前たち」と呼び掛けたのではなかったか。「ザガート」ではなく、「お前たち」と――。
 思わず息を呑み、顔を上げた。するとクレフが、やはりあの穏やかな笑みを携えていた。

「ランティス……」
 困惑した声がして、ランティスは一度クレフから視線を外した。声の主は、隣に立ったザガートだった。彼の表情を見て、ランティスは今自分の耳に届いたクレフ言葉が幻聴ではなかったのだと知った。
 すぐには返事をすることができなかった。導師クレフは、あまり弟子を取らないと言われている。誰よりも強い『力』を持ちながらそれを継承しようとしないのはいかがなものかと批判する声も裏ではあったが、クレフはきっと、むやみやたらに自分の『力』をひけらかし、それを次代へ伝えようなどと考える人ではないのだろう。それは、今日ほんの小一時間ほどの接触の中だけでもランティスは知ることができた。だからこそ、驚くべきことだった。そのクレフが、自分たちに「弟子にならないか」と言っている――?

「強くなりたいとは思わないか」
 クレフが静かに問うてきた。ランティスははっとして彼を見上げた。誤魔化せない真っ青な瞳が、心の奥までをも見据えてくる。
 このひとは知っているのだと直感した。このひとは、ランティスが心に抱えている劣等感を知っている。そして、それをどうしたら克服できるのかも知っている。

 ランティスは唇を噛み締め、強く拳を握った。
「なりたいです」とランティスは言った。「強くなりたいです。誰よりも、強く」
 それほどまでに心が燃え滾ったことは、今までに一度もなかった。
「……ランティス」
 驚いた声を出したのはザガートだった。しかしランティスはそちらをちらりとも見ず、ただクレフを見上げていた。じっとランティスを探るように見ていたクレフは、やがてふわりと表情を緩め、ひとつ頷いた。
「私はセフィーロ城にいる。空けていることも多いが、お前たちならば中へ通しておくよう、城付きの魔導師たちには話をしておこう。準備ができたら、いつでも来るといい」
 クレフの言葉は簡潔だった。最後に「待っている」とだけ言って、彼は夕陽の方へ向かって軽やかに天馬の手綱を引いた。
 遠ざかっていく、小さくも大きいその後ろ姿を、ランティスは見えなくなるまで見送っていた。


 最初から、クレフはすべてが他の人とは違っていた。彼にとって、ランティスは「ザガートの弟」ではなかった。ランティスは「ランティス」であり、ザガートは「ザガート」だった。初めて会った日だというのに、すでにランティスの中ではクレフに対する忠誠心が完成されていた。
 きっと、何があってもあのひとについていこう。夕暮れの中、ランティスは心密かに誓ったのだった。




おとうと 完





ランティスとクレフの出逢い(捏造)でした。
ランティスのあの、よく言えば寡黙、悪く言えば言葉足らずな性格は、幼い頃のこういうトラウマが少なからず影響していると信じて疑っていません。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.03.09 up / 2013.07.12 revised




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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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