蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ゆめものがたり プロローグ

10万ヒット企画

クレフは、左腕に大きな荷物を抱え、右手で杖を持ち、血塗られた大地をただひたすらに走り続けていた。

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 そのころ、『セフィーロ』は大変な混乱に陥っていた。
 四つの王家が二手に別れ、一方は覇権を主張し、一方は融和を望んだ。
 互いの意見は交わりを見ることなく、ついには血で血を洗う戦を繰り広げるまでになった。
 長引く戦は、どの王家をも疲弊させた。多くの命が失われ、資源も底を尽きかけていた。


 クレフは、左腕に大きな荷物を抱え、右手で杖を持ち、血塗られた大地をただひたすらに走り続けていた。
 自らの王家はとうに滅んだ。もともと争いを嫌う王と女王だった。追い詰められる前に自ら死を選んだ。
 そして、ともに戦っていたもうひとつの王家も、滅びるのは時間の問題だった。
 向かう先はひとつしかない。この手の中のものを預けられるところはひとつしかない。
 走るたびに、全身に受けた無数の傷が悲鳴を上げる。それでもクレフは、一時たりとも速度を緩めることなく走り続けていた。

 やがて、大きな城が見えてくる。どす黒い空からは、いつ雷が落ちてきてもおかしくない。クレフはますます走る速度を速めた。雨でぬかるんだ大地に何度も足を取られそうになりながら、その都度、腕に抱いたものをぎゅっときつく抱いた。
 長い階段を、一段飛ばしで駆け上がる。終わりには大きな扉があった。足を止めることなく、クレフは杖を傾けた。扉が観音開きに開かれていく。間隙を縫うようにして中へと入る。それから更に数歩大股に進んだところで、クレフはようやく足を止めた。少しでも力を抜いたら、その瞬間に意識を失いそうだった。これ以上はとても走れなかった。

 杖を支えに、クレフはなんとか立ち続けた。濡れて重くなった髪の毛先から雫がぽたぽたと落ちる。静かな広間だった。クレフはまっすぐ前を向き、玉座に座った男と目を合わせた。濃紫の瞳が、クレフを射るように見つめていた。
「ザガート」
 クレフは男の名を呼んだ。自分でもうんざりするほど掠れた声だった。男の目が細められ、続きを促した。クレフは一歩歩み出た。
「私はどうなっても構わない」とクレフは言った。「だが、この子だけは」
 男の表情が揺らぐ。そして何かを言おうと口を開いた。だがそれよりも先に、彼の一歩後ろに立っていた女性の方が素早く駆け出してきて、クレフが抱いていたものを素早く取り上げた。
「エメロード!」
 窘めるようにザガートが叫んだが、彼女は振り返らなかった。絹織物から泥交じりの水が滴り落ち、純白のドレスのところどころに染みを作っても、彼女はまったく気にも留めなかった。思いつめたような表情でおそるおそる絹織物をはがしたエメロードは、はっと目を見開いた。
「この子は……」
 エメロードが視線だけでクレフに問う。クレフはこくりと頷いた。それだけで彼女にはじゅうぶん伝わるはずだった。実際に、彼女はそれ以上は何も言わず、腕に抱いたものを愛おしそうに見つめた。それは、ほんの小さな赤子だった。

 ところが、クレフの腕の中にいたときはまったく大人しかったその子が、エメロードのもとへ行った途端、落ち着きなさそうにぐずり始めた。慌てたようにエメロードが赤子をあやす。その様子に違和感はどこもなかった。それはもう、「母と子」の絵だった。


「どういうつもりだ」
 鋭い男の声がした。クレフははっとしてそちらへ顔を向けた。ザガートは椅子から立ち上がっていた。その表情には、隠しきれない狼狽が滲み出ていた。
「その子がなぜ、われわれのところへ来なければならない? われわれにそのような義理は――」
「私はどうなっても構わないと言ったはずだ」
 クレフは大きな声でザガートを遮った。ザガートが一瞬たじろぐ。赤子の泣き声が大きくなった。クレフはぐっと杖を握りしめた。
「その子に罪はないだろう。生まれたばかりで両親を亡くし、このままではのたれ死ぬしかないのだ。そんな運命がその子に適当だと言うのか。おまえにそんなことが言えるのか?」
 昂り始めた心を鎮めるように、クレフは一度深呼吸をした。エメロードが赤子を懸命にあやしている。その横顔には、すでに母親としての色が見えていた。
 血の繋がりなど、何の意味もないのかもしれない。クレフはふとそんなことを考えた。やはり、ここへ連れてきてよかった。ほんのわずかな希望が、クレフの胸の内に芽生えていた。

 クレフはローブの胸元に手を差し入れた。そして一本の短剣を取り出すと、それをザガートの足元へ向かって放り投げた。
「それで私を切り刻んでもいい」
 ザガートをまっすぐ見つめたまま、クレフは言った。その言葉に嘘はなかった。

 沈黙が流れる。ザガートの目が一度剣に落ち、それからまたクレフを捉えた。じっと探るように見ていたザガートの視線が、やがてクレフのそれと交わって止まった。このときの二人は背丈がほぼ等しかったが、玉座に立っている分、ザガートの方が見下ろす形になっていた。
「いや」と言って、ザガートは口角を引き上げた。「あなたを殺すつもりはない」
 ザガートは玉座から下り、そこにあった剣を蹴った。床をまっすぐに滑ったそれは、クレフの足に当たって止まった。
「あなたには――」
 続いたザガートの言葉に、クレフはわが耳を疑った。赤子の泣き声が、切実に胸に訴えかけてきていた。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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