蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ゆめものがたり 1. 無味

10万ヒット企画

つまるところ、退屈しているのだ。

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「ウミ王女! お戻りなさい! まだ歴史学の途中ですよ?!」
 これを人は金切声と呼ぶのよ。プレセアに怒鳴られるたびに、ウミはいつも内心でそう毒づいていた。彼女にはほぼ毎日のように怒鳴られているから、つまるところ、ほぼ毎日毒づいているということになる。
 大人しくしていればそう怒鳴られることもないだろうに、ウミは率先して、いつもプレセアが怒鳴るようなことばかりしていた。ともすればあまのじゃくなことに聞こえるかもしれない。だがウミの場合は少し違った。怒鳴られるのは確かに厭だ。でも、狭い部屋に閉じこもって難しい言葉ばかりが並んだ書物と睨めっこをするのはもっと厭だった。勉強をするか怒鳴られるか、どちらか一方を選べと言われれば、問答無用で怒鳴られることを選ぶ。その答えが変わったことは、まだ人生16年であるが、一度たりともない。

「王女!」
 今日のプレセアはいつもよりしつこかった。ウミは自分にしか聞こえない音量で舌打ちをして、走る速度を速めた。
 もしもこの世にドレスを着ることを条件とした徒競走があったとしたら、ウミは誰よりも速く走れる自信があった。いつもいつもそうして走っているので、もう体が、ドレスを着て走るという行為にすっかり慣れてしまったのだった。
「ほらフウ、早く! プレセアに追いつかれちゃうわ」
 ウミは速度を緩めることなく、振り返って言った。フウはすっかり息が上がっていた。そうは言っても、ここまでついてこられるようになったのはだいぶ成長したと言っていい。フウが最後までウミに引き離されなくなったのは、ほんのここ一、二年の話だ。それまでウミは、専ら一人でプレセアから逃げ回っていた。
「ウ、ウミ王女……」
 心底辛そうな声に思わず苦笑する。それでもウミは足を止めようとはしなかった。一定の速度で走り続け、あっという間に「ラメール城」を飛び出すと、その先に続く森の中へと潜り込んだ。


 いつも逃げ込むところよりもかなり奥まって走って、ウミはようやく足を止めた。今日のプレセアはいつもより食い下がってきたので、もしかしたら森の中まで追いかけてくるかもしれないと思ったのだ。さすがにここまで来ればいいだろうということころまできて後ろを振り返ると、もう城さえ見えなかった。ウミは満足げに息をついた。
「ここまで来れば、もうだいじょうぶね」
 腰に両手を当てて頷く。ほとんど足に力が入っていない様子のフウが、目の前でばったりと膝を折った。
「王女……速すぎますわ、とても」
「あら」とウミは言った。「これでも全速力からはほど遠いわよ? 森に入ってからは、ここではぐれたらあなたが困ると思って、減速したくらいだもの」
「……敵いませんわ」
 フウが肩をすとんと下ろして苦笑いした。ウミは片方の手を差し出して彼女が立ち上がるのを助けようとしたのだが、フウは「だいじょうぶです」と言ってそれを断り、一人で立ち上がった。
 こういうとき、ウミはフウとの間に壁を感じる。「王女と侍女」という、どちらにも越えられない壁だった。
 幼馴染も同然に過ごしてきた二人だ、幼いころは、フウがウミのことを名前で呼ぶこともあった。それが今では、「王女」呼ばわりされるばかりか、フウと一緒に遊ぶことさえできなくなった。心に穴があいたようで淋しかった。こんなに窮屈なら、「王女」などという肩書はいらないとさえ思うが、そんなこと、口が裂けても言えなかった。

「フウ」
 彼女が立ち上がるのを待って、ウミは口を開いた。フウが続きを促すように目を合わせてくる。私は微笑んで言った。
「あなた、先に帰って」
「え?」とフウが目を見開いた。
「プレセアには、いつものように『途中で見失った』って言えばいいわ。だから、先に帰って。そうしないと、あなたが咎めを受けることになってしまうでしょう」
「ですが……」
「いいのよ」とウミは笑顔で言った。「あとでちゃんと帰るから。それとも、なあに? 私の言うことは信用ならないとでも?」
 ウミが顔を近づけると、フウが慌ててかぶりを振った。
「いえ」と彼女ははっきり言った。「そのようなことは」
 その態度に満足して、ウミはにっこりと笑った。そして、
「じゃ、後でね」
 と言うと、ひらひらとフウに向かって手を振って見せた。フウはしばらく迷っていたが、やがて意を決したようで、ウミに向かって丁寧に頭を下げると、くるりと踵を返して城の方へ向かって歩き出した。

 後姿が見えなくなるまでウミは手を振り続けていたが、やがて木々の奥に彼女の姿が溶けていくと、小さなため息とともに手を下ろした。
 すぐに帰る気など毛頭なかった。かといって、どこか行くところとして当てがあったわけでもない。とりあえず城の方には背を向け、ウミはゆっくりと歩き出した。


 ウミの教育係としてプレセアがラメール王家へやってきたのは、ウミが六歳のときだった。第一印象はさほど悪くなかった。むしろ、とてもよかった。「こんな綺麗なお姉さんに勉強を教えてもらえるんだ」と、嬉しくなったほどだった。
 しかし、それから彼女に対する印象が悪くなるまでには二日とかからなかった。プレセアはとんでもないスパルタで、それまで、両親の「ほめて伸ばす」教育方針のもと過ごしていたウミにとっては、相当のカルチャーショックだった。ウミはあっという間にプレセアを苦手とするようになった。二人の戦いは今も続いている。
 毎日毎日、よく飽きずに対抗しつづけるものだと我ながら思う。それでも、机に向かっての勉強には二時間と耐えられなくて、いつもこの森に逃げ込んでくるのだった。

 両親は、ウミに対してとても優しい。ときに優しすぎるほど優しい。だからこそ、その反動で余計プレセアのことを毛嫌いしてしまうのだろう。人として、プレセアは悪い人ではないと思う。ただその頭ごなしの喋り方が、ウミにとっては我慢ならなかった。
 両親がプレセアのような教育係をつけることにしたのは、ラメール家のたった一人の跡継ぎであるウミの将来を考えてのことだ。それはわかりすぎるほどわかっている。ウミはいずれ両親の後を継ぎ、『セフィーロ』を、もうひとつの王家であるフロイト家とともに率いていくことになる身だ。それでも、
「いやなものはいやなのよ」
 吐き捨てるようにウミは言った。


 歩きながら周囲を見回す。この森にはほぼ毎日のように来ているが、これほど奥までやってきたことはなかった。空気がいっそう美味しく感じられて、自然と頬が緩んだ。
 城の中で綺麗な恰好をして過ごすよりも、ドレスを汚してでも森の中を歩き回っている方がウミは好きだった。ところがそんなことを言った日には、プレセアは、
「ラメール家の跡継ぎともあろうお方が、そのようなことを言っている暇はありません」
 とにべもなかった。

 確かに、王家を継ぐ身としては勉学は大切だと思う。だが、そのために城に籠ってばかりいるというのはいかがなものか。じきに国を率いていく身分の者であればなおさら、城の外の様子を知るべきだ。国のことを何も知らずに王家の長などにはなれない。現にウミは、ラメール家と当分に『セフィーロ』を統治しているフロイト家のことを、国王の名前が「イーグル」であるということ以外には何も知らなかった。

 この広大な森を抜ければ、フロイト家の領地に辿り着ける。だが当然そちら側へ行ったことはない。ラメール家とフロイト家は、簡単な言葉で言えば、あまり仲が良くなかった。目立った諍いこそ起きていないが、冷戦状態に等しく、いつなんどきどんなきっかけでこのセフィーロが戦場と化してもおかしくないと、まことしやかに囁かれている。
 これらの情報はすべてフウから聞いたことだ。彼女は、侍女にしておくにはもったいない才女だった。ほんとうはフウの方が、国を率いていくには相応しいのではないかとさえウミは思う。もっとも、そんなことは両親の前はもとより、プレセアの前などではとても言えたものではなかった。きっと問答無用で、両の頬にビンタの洗礼が下るだろう。


 つまるところ、退屈しているのだ。
 毎日毎日、同じ時間に起きては似たような朝食を食べ、日に日に眉間の皺が濃くなっていくプレセアの顔に嫌気が差しては逃げ出し、それでも結局最後には城へ戻り、日に予定されていた半分も勉強を消化できずにプレセアにこっぴどく怒られ、両親に慰められながら夕食を取り、フウに愚痴を吐いて眠る。そんな、すべてがルーティン化されてしまったいる日常に飽き飽きしていた。数年であればいいかもしれないが、ウミももう16歳だ。いい加減、外への刺激を求めていた。確かに昼間、この森へ逃げ出してくることはあるが、すでにラメール家側についてはそのほとんどを知り尽くしてしまっていた。これ以上進めば、フロイト家の領地に近づきすぎてしまう。それだけは何があってもいけないと両親から禁じられていたし、ウミ自身、そこまでしようとは思っていなかった。

 歩きながら、ウミはため息をついた。こんな風にして、年ばかりとっていくのかしら。そう思うと気が滅入った。ウミの日常は、はっきり言って無味無臭だった。
 かといって、ラメール家を飛び出したところで、一人で生きていくことなどとても不可能だった。一人では、食事の支度さえろくにできない。あの家以外のところで生きることはあり得ないのだから、そうなるともう、黙って後を継ぐしかない。

 ウミにとっての唯一絶対的な存在は、両親だった。彼らがウミに対して多大な期待を抱いていることはよくわかっている。両親を裏切ることだけはしたくなかった。彼らに恩返しをすることが、ウミの生きる意味でもあった。だから、彼らが教育係に決めたプレセアの言うことを聞くということは、必要なことだ。明日からは大人しく彼女の言うことを聞いて勉強しよう。――とまあ、いつも同じ結論に辿り着くから、結局は城へ戻るのだった。翌日になればふりだしなのだけれど。


 今日も、そろそろ帰ろう。そう思って顔を上げたときだった。ウミは、視線の先に湖があることに気づいた。
 こんなところに湖があるなんて、今日まで知らなかった。そもそもこれほど奥まで来たのが初めてなのだから、知らなかったのは当然かもしれない。
 差し込む木漏れ日に照らされて湖面が輝いていた。なぜか惹きつけられるものがあって、ウミはそのまま、木々の間を縫うようにしてゆっくりとその湖の方へ進んでいった。そして、すっかり目の前が開けたとき、思わずそこで足を止めた。ウミ以外の人の姿がそこにあったからだ。

 まず目を引いたのは、その身長の倍以上はありそうな杖だった。厳つい獣の顔のような形をした、見たことのない杖だった。そしてその杖を手にしていたのは、まだほんの子どもだった。十歳前後だろうか、純白の長いローブが、年齢にはおよそ不釣合いな威厳を醸し出していた。
 不思議な子だ、とウミはまず思った。彼は湖の縁に立ち、ただじっと湖面を見つめていた。呆けているのではなかった。何かにじっと集中しているようだった。声を掛けようとした刹那、彼が手にしていた杖をさっと振るった。すると杖の宝玉から強い光が発せられ、湖の中央へと向かっていった。光が湖に吸い込まれていく。しばらく経つと、あたりはしんと静まり返った。

 それは、ウミが初めて見た「魔法」だった。『セフィーロ』はもともと魔法の国だったが、ちょうどウミが生まれたころに起きた戦いで、魔導師のほとんどはこの世を去ってしまったと聞いていた。
 ずっと魔法に憧れていたウミは、しかし初めて見たそれの前に足が竦んだ。魔法というと、花を咲かせたり明かりを燈したりといった可愛らしいものばかりを想像していたが、今目の前で発せられたそれは、ただただ力強かった。胸がすくほどの圧倒的な強さがあった。


 その場で立ち尽くして見ていると、不意にどこからか一羽のカナリヤが飛んできて、ウミの目の前に現れた。かと思えば次の瞬間、そのカナリヤはウミの傍を離れ、まっすぐに少年の方へ向かっていった。鳥が少年の肩に止まる。少年はふっと空気を緩めて微笑んだが、その直後、突然ウミの方へと体の向きを変え、その瞳を大きく見開いた。
 少年と目が合う。思わず肩が震えた。遠目にもわかるほど、それは真っ青で大きな瞳だった。しかし、彼は何かに怯えているように見えた。
「あ、あの……」
 とりあえず何か言わなければと口を開いた。いつの間にか、鼓動がずいぶんと速くなっていた。こちらの存在に気づかれてしまった以上、このままというわけにもいかない。ウミはとりあえず一歩、少年の方へ近づいた。
「ごめんなさい。黙って見てるつもりはなかったんだけど、その……つい、出ていくタイミングを逃してしまって」
 少年は、一度も瞬きをせずにウミのことを見ていた。立ったまま気を失ってしまったのではないかと心配になるほど、彼の表情はこれっぽっちも動かなかった。

 ひとつだけ確かなことがあった。その少年の出現は、ウミの変化のない日常から著しくはみ出した出来事だということだ。無味無臭だった日々に、ひょっとしたら今、味と香りがつこうとしているのかもしれない。少年と見つめ合ったまま、頭の片隅で、ウミはそんなことを考えていた。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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