蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

『あなたに抱かれたい』 2. 触れ合う肌

海の日まつり 2013

彼女はいつもそうだ。私が触れると、そこから体の温度を変えていく。

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 人は恒温動物だと信じていた。海に出逢うまでは。

 それは、ほんとうに偶然の出来事だった。いつもは肘掛けのある椅子に座っているので、つい、その調子で腕を下ろそうとした。ところがそこにあるはずの肘掛けがなく、うっかり腕を落としてしまった。その先で、隣の海の手に触れたのだった。
 すまない、という意味で私は彼女の方を向いた。その意図は伝わっていたはずだった。ところが何を血迷ったのか、海は私にしかわからない程度の微笑みを浮かべて、その手をそっと控えめに握り返してきたのだった。
 驚いて目を丸くした。常は人前で触れられることを嫌う彼女が、今日はいったいどういう風の吹き回しか。

「――だそうですが? 導師クレフ」
 フェリオに呼ばれて、私は顔を上げた。斜め右に座っていた彼だけではなしに、そのときテーブルを囲んでいたほとんどの人間の視線がこちらへ注がれていた。そしてそのうちの何人かが、つい先ほどの私と同じように、肘掛けに腕を乗せようとして躓いていた。やはり皆、特にセフィーロの者は、このファーレン独特の肘掛けのない椅子に慣れていないようだった。ついでにいえば、この「円卓」というものにも慣れていない。

「ああ」と、私は頭をフル回転させ、不自然過ぎないぎりぎりの間を空けて答えた。今は確か、次の会合の食事はどこの国の物を用意しようかという話題をしていたはずだった。「それでいいのではないか」
 その答えに、フェリオはこくりと頷いた。私は心の中でほっと息をついた。どうやら、私の答えはそれほど的外れなものというわけではなかったらしい。
 フェリオの視線が外れる。彼はそのまま、隣に座っていたジェオを見て、
「じゃあ、次の持ち回りはオートザムでいいか」
 と言った。ジェオが口を大きく開けて笑い、親指をぐっと突き出した。いつ見ても安心する笑い方をする男だと思った。

 いつもいつもこのような平和な話ばかりをしているわけではない。今日だって、初めはもっと真剣な話し合いをしていたはずだった。ところが、こうしてそれぞれの国の人間が集まって食事をすると、最後にはいつも世間話になってしまう。どのような結果になっても問題ないようなことについて皆が真剣に討論し合い、そしてそれを楽しんでいた。世界が平和な証拠なのだろうから願ったり叶ったりだが、常に緊迫した世界に身を置いていた私に言わせれば、少々物足りなかった。まったく、贅沢な悩みだ。

 そんな気持ちを汲んだのではないかとさえ思った。このタイミングで、海が手を握り返してきたという事実。そこには、どんなに大事な案件でも一瞬で吹っ飛んでしまうほどの威力があった。幸い、円卓に阻まれて誰も私たちが手を繋いでいるということには気づいていないようだった。だからこそ、余計に気持ちが昂った。なんだ、私もまだまだ若造だったのではないか。いまさら思い知らされて苦笑した。

 売られた喧嘩は買わない主義だが、寄り添ってきた者は全力で受け止める主義だった。相手が海ならばなおさらだ。
 試合開始だと言わんばかりに、私は口元に笑みを乗せ、手をゆっくりと動かし始めた。ピクリと海の肩が震え、そのまま手を引こうとしたが、そうはさせまいと強く握った。海がはっと息を呑む。その息遣いまでも聞こえてきそうなほどで、私は笑みを深めた。
 繊細な指の一本一本を、その存在を確かめるようになぞっていく。小指に辿り着くころには、海の手の温度はずいぶんと高くなっていた。

 彼女はいつもそうだ。私が触れると、そこから体の温度を変えていく。私と同程度か、多少温かい程度だったはずの彼女の肌は、どんどん私の体温からずれて高まっていく。その変化は驚きであると同時に、私にえもいわれぬ満足感を齎した。こと私の前では、決して素直に思ったことを口にできる性格だとは言い難い海が、その体の反応だけは隠しきれない。まさに「体は正直」とはこのことだ。口ではどんなに勝気なことを言っても、内心では私を求めてくれているのだと思うと、それは何にも勝る幸福だった。

 人前だということが、気づかれてはいけないということが、私のいたずら心を刺激した。五本の指のすべてを絡み合わせ、私はそのまま海の手をぎゅっと強く握った。途端、海が苦しそうな息を漏らした。望んだとおりの反応が返ってきたことが、私を更に加速させた。手の位置を下にずらし、海の手首から指先にかけてを、じっくりと時間をかけて滑っていく。今は私の手の方が小さいのに、それでも、私の手が彼女のそれに覆いかぶさるような錯覚を覚えた。そう、ちょうど、彼女が果てを迎える瞬間のように。

「もう、クレフ!」
 どうやらそこまでが限界だったようだ。海は私の手を振り払い、その場で大きな声を出して立ち上がった。
 皆の視線が一気に彼女へと注がれる。はっ、とそのときようやく我に返ったらしい海は、真っ赤に染まった頬を懸命に隠そうとして俯いた。「なんでもないわ」と言ったその声は、おそらく私にしか聞こえていなかっただろう。それではまったく意味がないのに、と思いながら、私はくすりと笑った。
「すまないな」と、私は円卓を見回して言った。「ウミが疲れているようだ。私たちはそろそろ失礼する」
「は、はあ」と、フェリオが間抜けな声を出し、それでも一応肯定する言葉を続けた。「それは、もちろん、ええ。肝心な部分の話し合いは終わりましたので」
 すまないな。そう言って立ち上がると、私は海の手を取って歩き出した。傍目からは幼子が姉の手を引いて歩いているようにも見えるのかもしれない、などとくだらないことを思いながら、円卓をぐるりと回る。
「皆も、あまり遅くならぬように」
 最後にそれだけを言って、私たちは大広間を出た。海は終始無言だった。繋いでいる手の温度がどんどん上昇していっていることを知っているのは、もちろん私だけだ。


 大広間の扉を背にした海が、私を睨みつける。赤らんだ頬でされるその表情が、怖いどころか私の情欲を誘っていることに、きっと彼女は気づいていない。
「何か不都合でも?」
 わざと明るい声で、私は言った。
「おまえが望んだことだと思ったのだが、違ったか?」
 私は海の手を握るそれに軽く力を籠めた。もう、私の体温まで変えてしまいそうに熱い。
「ばか」と海が消え入るような声で言った。私は緩む口元を押さえられなかった。彼女はいつも、簡単に肯定できないことに対して「ばか」と言う。その言葉が否定に繋がったことなど、これまで一度たりともない。
「行こう」と言って、私は海の手を引いて歩き出した。「夜はあっという間に終わってしまう」
 この娘、どうしてくれようか。
 もっと早くに大広間を出てくるべきだったかもしれないと、私は少しだけ後悔した。海と過ごす夜は、たとえ何時間あっても足りないのだから。




『あなたに抱かれたい』 2. 触れ合う肌 完




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都内某所にひっそりと生息。
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