異世界の物は総じて奇抜で、想像を超えたものが多い。おそらく海たちにとってもこちらの世界のものは同じように感じられるのだろうが、ずっとセフィーロで暮らしてきた私に言わせれば、海たちの世界にあるものはやはり異質だ。中でも、彼女たちの着ている服はどれもこれも不可思議だった。時には分厚い毛皮のついたものを、時にはまるでチゼータのそれのように惜しげもなく肌を露出したものを、彼女たちは身に纏っていた。しかし今日はまた、一度も見たことのない服を着てやってきた。
私は目を丸くして、部屋を訪れた海の全身を上から下までくまなく眺めた。
「な……なによ」と海がたじろいだ。「どこか変? 私」
我に返って、私は瞬きをした。
「ああ、いや」
この心にある感情をどう表現すべきかと悩む。口元に手を当て、思案した。
「どう、クレフ? 似合ってる?」
そう言って照れ臭そうに頬を染めた海が私の部屋へやってきたのは、つい今しがたのことだった。机に向かって仕事に没頭していた私は、何気なく顔を上げてそのまま硬直した。一週間ぶりにやってきた彼女は、こちらの世界には存在しえない服を着ていた。
浴衣というものだと、ペンを置き、近づいていった私に海は説明した。熱い季節、彼女の住まう国では男も女もだいたいその服を着るのだという。胸元で合わせた長いワンピースのような「浴衣」に、腰には「帯」というものを巻いて。いつもは下ろされている髪も、今日は高いところでまとまっていた。
いつもシンプルな服しか着ていない印象があった海だったが、今日着ているその「浴衣」は、空色の地に大きな花の模様がいくつも描かれている派手なものだった。よく似合っていた。まるでモデルのマネキンが人間になったかのようだった。
そこまで考えて、ああ、と私は思った。口元から手を離し、微笑んだ。
「よく似合っている」
そう言うと、海がほっとしたように息をついて肩を撫で下ろした。
「よかった」と彼女は言った。「大変だったのよ、これ着るの」
私は杖を振い、彼女のために背もたれのない丸椅子を出してやった。「帯」というものは背中にボリュームがあったので、普通の椅子では座りにくいだろうと考えたのだ。
「ありがとう」と微笑んで、海がその椅子に座った。
「お茶にしようか」
私は言って、彼女に背を向けると厨(くりや)へ向かった。
湯が沸くのを待ちながら、私は小さくため息をついた。隣の部屋で待っているであろう海の姿が、いとも簡単に脳裏に浮かぶ。なぜか、今日の彼女の姿はやけに心を乱した。なんだろう、これは。
小さな音で我に返った。湯が沸いたようだ。気を取り直して熱い湯をポットに注ぐ。たちまち甘い香りが立ち上ってきて鼻をくすぐった。数ある中でも、海が一番気に入っている種類の茶葉だった。
こんな風に手間暇かけて自ら茶を淹れるようになったのは、海と出逢ってからのことだ。それまでは専ら、淹れるとすれば薬湯くらいのもので、自分が口にする茶は熱ければそれでいいと、こだわりなどというものは露ほどにもなかった。
いろいろなことが変わっているのだと気づかされる。それはとても心地いい変化だった。
二人分のカップを小さな盆に乗せ、厨を出る。海の鼻歌が聞こえた。彼女はこちらに背を向けて、私が出した丸椅子にまだ座っていた。
その後姿を何気なく目に留めたときのことだった。思わずその場で立ち止まっていた。そしてようやく、今日とりわけ海の姿に目を奪われる理由を悟った。
口元だけで笑って、私は歩き出した。足音を立てないように注意しながら近づき、先に傍のテーブルに盆を置いた。そのときに立った小さな音で海がこちらを振り向く前に、私は彼女の肩を後ろからそっと抱き、露わになっているうなじに唇を寄せた。
「ク……クレフ?!」
戸惑う海の声が聞こえる。身を捩るようにした彼女の動きに名残惜しくも唇を離すと、しかし私はそのまま彼女を後ろからしっかりと抱いた。椅子に座っているせいで、なんともちょうどいい高さに彼女の体があったのだった。
「今日はこの部屋から出るな」
耳元近くで私は囁いた。海が体を震わせたのが、腕を通して伝わってきた。
「ど……どうして?」と、無理して平静を装うような口調で海が言った。私を騙せるとでも思っているのか。おかしくて、私はくすりと笑みを零した。
「わかったのだ」と私は言った。「どうしておまえの姿が私の心を乱すのか」
「え?」
私は海の横顔にかかっていた髪を掬い、耳にかけた。
「扇情的なのだ。この『浴衣』が」
「せっ……!」
赤くなった海の頬に、私はすかさず唇を寄せた。そしてわざと耳の前で軽く息を吐き出すようにして通り過ぎ、その裏に再び口付けた。
「だから、出るな」
海が苦しげな息を漏らした。すっかり体から力が抜けて私に寄り掛かっているのは、きっと無意識のうちの行動だろう。否定するように私の腕に絡みついてくるその細い手にも、まるで説得力がない。
この奇抜な衣服、どういう仕組みになっているのか、しっかり分析させてもらおう。私は「帯」の結び目に手をかけた。
その後、果たして私が元どおりに海の「浴衣」を着付けてやることができたのか。
その必要はなかった、ということにしておこう。
『あなたに抱かれたい』 4. 身にまとひし衣 完
コメントを投稿