蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ゆめものがたり 2. 既視

10万ヒット企画

『導師クレフ』。セフィーロではまるで伝説のように語り継がれている人だ。

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 彼とはどこかで会ったことがあるような気がした。ウミはじっと少年を観察し、そこに重なる思い出がないか探った。しかし影さえも浮かばなかった。きっと気のせいだろう。そもそも、これほど個性的な少年に一度でも会っていたりしたら、もっと強烈な印象として記憶に残っているはずだ。

 突然、彼がはっと瞬きをして周囲に素早く視線を走らせた。傍目には落ち着いて見えたが、その瞳は明らかに焦っていた。やがて彼は、恐る恐るといったようにウミを見て、言った。
「こんなところにいていいのか」
「え?」
 問い返したのに、少年は同じ言葉を二度は言ってくれなかった。代わりに、ウミの方へ向かって少しずつ歩いてきて、
「この泉の向こう側は、フロイト家の領地だ。そなたは来てはいけないところだろう」
 と言った。
「え?」とウミはもう一度言った。「どうしてわかったの? 私がラメール家の人間だって」
 すると少年は、ウミから五メートルほど離れたところで立ち止まり、まるで奇妙なものでも見るような顔つきをした。その態度を、聞き返しているのだと捉え、ウミはもう一度同じ台詞を口にしようとした。ところがそれより先に、少年の方が、不機嫌そうに眉を顰めて再び口を開いた。
「何を言っている。そなたがやってきた方からフロイト家の人間がやってくるはずがあるまい」
「あ」とウミは、自分でもそれとわかるほど間抜けな声を出した。「それもそうね」
 二人は一瞬、お互いの顔を見つめ合った。身長差はだいぶあったけれど、距離が空いていたこともあり、こちらからはあまり見下ろす必要もなかった。次の瞬間、どちらともなく吹き出した。するとなんとなく、二人の間を流れていたぎこちない空気がやわらいだ気がした。

「ねえ」とウミは口を開いた。「あなた、魔法使いなの?」
 すると少年が大きく目を見開いた。「なぜ」と問われているような気がして、ウミは肩を竦めた。
「だって、さっき使っていたのって、『魔法』でしょう?」
 言って、ウミは湖を指差した。
「あそこに向かって、とても強い光を放っていたわ」
「ああ」と少年が困ったように笑った。「あれは、魔法というほどの魔法でもない」
「そうなの?」
 少年は黙ってこくりと頷いた。心なしか、それ以上は聞いてほしくなさそうに見えたので、この話題はここで終わりにしようとウミは勝手に心に決めた。
「ここに住んでるの?」
 代わりにそう聞いた。先ほどからこちらが質問してばかりだと思ったが、あまり気にしないようにした。
「まあ、そんなところだ」
 言って、少年はウミから視線を外した。周囲の景色を見渡すその視線がとても大人びて見えて、ウミはなぜだかどきりとした。

 とても色の白い子だった。頬のあたりはあまりにも儚げで、今にも空気に溶けていってしまいそうな気配さえ漂わせていた。こんなに幼いのに、もしかしたら大変な人生だったのかもしれない。少年は、まるで老成している人間のように、ウミの目には見えた。
 それに比べて、ウミはラメール家の一人娘として必要以上に大切に扱われている。周囲には可愛がられ、侍女や、専任の教育係までいる。幸せでないはずがなかった。そんな日常を「退屈だ」などと思っていたことを、ウミはこのとき初めて申し訳なく思った。

「ねえ」とウミは、少年を覗き込むようにして言った。「あなた、名前はなんていうの?」
 こちらを見上げてきた彼と視線が交わる。二人ともいつの間にか、少しずつ、互いの距離を縮めていた。もちろん、不自然にならない程度ではあったのだけれど。
 少年が目を細めて笑った。そして、
「クレフだ」
 と言った。
「……え?」
 ウミは目を丸くした。そして、「え?」ともう一度繰り返した。
「えええ?!」と、ウミは思いっきり少年を指差して叫んだ。「クレフって……クレフって、あのクレフ?!」
 少年が、ウミの声に思わずといったように顔をすぼめた。そしてあからさまに不機嫌な顔をして、「ばかを言え」と吐き捨てた。なんだか彼が手にしている杖で叩かれそうな気がして、ウミは身構えた。だがそんなことは起こらなかった。
「私が導師クレフなわけがあるまい。ただ同じ名前というだけだ」
「でも、でもでも、だって、あなたも魔導師なんでしょう?」
「そうだ。それも偶然だ」
 少年は極めて真面目な表情で言った。
「そんな偶然、あるわけないじゃない!」とウミは地団駄を踏んだ。「そもそも『魔導師』自体がそれほどいないのに、導師クレフと同じ魔導師で、しかも同じ名前だなんて! 同一人物じゃないっていう方に無理があるわよ!」
「いや」と少年がかぶりを振った。「同一人物だという方にこそ無理がある」
「は?」
「私をよく見ろ」と彼は言った。「『導師クレフ』がこのような少年の姿をしていると、聞いたことがあるか?」
 あ、とウミは気の抜けたような声を漏らした。言われて改めて、目の前の少年をまじまじと見つめた。彼は確かに「少年」だった。少なくとも「大人」ではなかった。そして彼の言うとおり、『導師クレフ』が少年の姿をしているなどということは聞いたことがなかった。
 答える代わりに、ウミは黙り込んだ。それを、『導師クレフ』と同じ名を持つ目の前の少年は肯定と受け止めたようだった。端整な顔立ちに浮かんだ満足そうな笑みが、癪に障った。


 『導師クレフ』。セフィーロではまるで伝説のように語り継がれている人だ。抜きんでた魔法力を持ち、思慮深く、常に人々の幸せを願う懐深い人。彼は最初で最後の大魔導師であった。誰もがその力を認め、彼こそがこの国を率いていくに相応しいと信じていた者も多かった。人格者だったのだ。――そんな風にして導師クレフのことを最初にウミに教えたのは、プレセアだった。彼女はずっと昔に、導師クレフを実際にその目で見たことがあるらしかった。彼の話をするときのプレセアは、まるで、おとぎ話に出てくる王子様の話をしているかのような顔をした。専ら「怒り」しか顔に乗せない彼女が、導師クレフの話をするときだけはプラスの感情をストレートに表したので、ウミの中でも特に印象に残っていた。

 導師クレフは、16年前の戦の直後にその消息をぱったりと絶ってしまったらしい。戦火の下敷きになって命を落としたとか、彼が裏で尽力したためにあの戦は終結して、すべてをやり終えた達成感から自決したのだとか、まことしやかにいろいろな噂が囁かれているが、どれが真実なのかは未だに明らかになっていない。ただ、少なくとももうセフィーロにはいないのだろうという見方が、ここのところでは優勢だった。16年という月日が、人々の記憶を色褪せさせつつあるようだった。ここ最近では、『導師クレフ』の名前を耳にする機会ですらほとんどなかった。

 そう考えれば、人の記憶というのは残酷なものだ。失った直後はどれほど「あれがなければ生きてもいかれない」と思っても、失ったままに長い月日を過ごしていくと、やがて失われたことが当たり前になる。そして、失ったことすら忘れてしまう。


「こういうことは、なにも初めてではないのだ」
 不意にクレフが――ああ、『導師クレフ』ではないクレフが――口を開いた。
「だからこそ、この森にいる。導師と間違えられるなど、まったく嬉しいことではないからな」
 そう言って、彼は首を竦めた。確かにな、とウミは思った。誰もが知っている偉人である『導師クレフ』と間違われるということは、あまり喜ばしいことではないだろう。ウミが当人だとしたら、とてもじゃないが耐えられない。一度は人々から期待のこもった視線を集めるのに、その直後、今度は一転して落胆の色を見せつけられるのだ。ウミは、目の前の少年に向かって遠慮なく詰め寄ったことを、いまさらながら申し訳なく思った。

「……ん?」
 ところが、そこまで考えてウミははたと瞬きをした。
「っていうか」とウミは言った。「ちょっと。ちょっと待って」
「なんだ」とクレフが眉間に皺を寄せた。
「なんだ、じゃないわよ」
 腰に手を当て、ウミはフン、と鼻息を荒くした。
「『導師クレフ』じゃないなら、あなた、失礼じゃないの?」
 クレフがきょとんと首を傾げた。ウミは片方の手を腰から離し、自分自身を指差した。
「私が誰だか知ってる? ラメール家の王女、ウミよ。その私に対して敬語を使わないなんて、失礼じゃなくて?」
「ああ」とクレフが相好を崩した。「そういうことか」
「そういうことよ」とウミは頷いた。「まあ、ずっとこの森で暮らしているのなら、私が王女だとは知らなかったでしょうから、これまでの会話は『クレフ』の名に免じて赦してあげるけど。でも、これからは――」
「知っている」とクレフがウミを遮った。
「え?」とウミは目を見開いた。
 クレフがまっすぐにこちらを見上げてくる。その目が細められて、まるで愛おしいものでも見るかのように、彼はとても柔らかい表情(かお)をした。ウミはどきりとした。それからどんどん、心拍数が速くなっていった。
「そなたがウミ王女だということは、もちろん知っている」とクレフは言った。「そなたは有名だから」
「有名? 私が?」
 少し声が裏返った。クレフがこくりと頷いた。
「『セフィーロ』の歴史の中で、もっとも美しい姫だと」
 どくん、と鼓動が高鳴った。そんなウミの心持ちなどまったく知らないであろうクレフが、にっこりと笑った。
「噂は、まことであったようだな」
 胸がとても苦しかった。息ができないほどだった。

 ウミは誰からも「美しい」と言われてきた。年齢を重ねるごとにその言葉を聞く機会は増えて、今ではそう言われない日はないほどだった。だが、毎日毎日言われているとさすがにうんざりしてくる。そのうち、それこそ「今日もお美しいですわ」と言うことが皆のルーティンとなってしまうのではないかとさえ思えてきて、「美しい」という言葉を毛嫌いさえしていた。それが今、クレフに言われたときはまったく厭ではなかった。むしろどんなときよりも嬉しかった。嬉しくて、くすぐったかった。

「ほ……褒めても何も出ないわよ」
 ふいと顔を逸らし、ウミはわざと強い口調で言った。
「それに、知っていたならますます、私に対して軽々しい口をきいた罪は重いわ」
「それはどうかな」
「え?」
 ウミは目を見開いてクレフを見た。彼は、まるでいたずらを思いついた子どものような顔をしていた。そしてその顔で、
「私は齢100を優に超えている」
 と言った。

「……は」
 ウミは、ため息とも声ともつかないものを発した。
「うそよ。どう見ても十歳前後じゃない」
「うそではない。私の幼少期にセフィーロを治めていたのは、『レイアース』という名の国王だった」
 どんなに歴史が嫌いなウミでも、その名前だけは知っていた。『レイアース』。セフィーロがひとつの王家によって統治されていた時代の、最後の国王。彼が統治を終えたのは確か、今から120年以上前だ。

 クレフの言うことがほんとうなら、確かに彼は「100歳を優に超えている」だろう。だが、それは俄かには信じがたいことだった。そもそも彼はどう見てもまだ十歳前後にしか見えない。それに、セフィーロの人はそれほど長生きはしなかった。王家の人間のようにどれほどいい生活をしたとしても、せいぜい70年がいいところだ。それなのに、十歳前後にしか見えないクレフが、100歳を超えているだなんて。
 そこまで考えたときだった。ウミの脳裏にひとつの可能性が浮かび上がった。それこそ簡単には信じられないことだったが、そうだとすれば説明できそうだった。
「もしかして……」と、ウミは恐る恐る言った。「あなた、本家の血を引いているの?」
 クレフは首を竦めた。そして、「遠縁だがな」と言った。その仕草が、彼を余計に大人びて見せていた。


 『セフィーロ』をフロイト家と分け合っている現在のラメール家は、もとは分家の血筋だった。本家は、16年前の戦いで滅んだ二つの王家のうちのひとつだった。そしてその本家の人間には、ほかのどの王家にもない特徴があった。長寿である、ということだ。
「それも理由のひとつだ」
 クレフが徐に言った。
「私は王位を継承する資格を持つ者ではない。ぎりぎり縁があると言えるかどうかという程度の遠縁だからな。しかし、本家の血を引いているというだけでも、命を狙われる可能性はゼロではない。だからこの森で暮らしている。ここでは、誰と関わらずとも暮らしていけるからな」

 クレフが本家の血を引いているのならば、100を超えて生きているということも、未だ若いままだということも説明できる。そしてそうだとしたら、むしろウミの方がクレフに対して失礼な態度を取っていたということになる。いくつも年上のクレフのことを、ウミの方が敬うべきだ。『セフィーロ』においての年長者は、国王に次いで敬われるべき存在だった。

 ウミは衣服の裾をつまみ、腰を落とした。さんざんその仕方を習わされてきた敬礼を、城以外のところでするのは、これが初めてのことだった。
「申し訳ありません。年長の方とはつゆ知らず、とんだご無礼をいたしました」
 すると、クレフが驚いたように目を丸くした。ばつが悪くて、ウミは彼から視線を外した。するとその直後、彼の方から突然笑い声が聞こえてきた。
「何をいまさら」と彼は言った。「私は、そなたに敬語を使われるような立場ではない。今までどおりの口調で構わない」
 そう言われて、ウミは内心ほっとしていた。いまさらクレフに対して敬語を使うというのはなんだか居心地が悪かったし、それに、こうしてお互い気を遣わずにいられる人がひとりは欲しいと、ずっと思っていたのだ。
 誰もかれも、王女だというだけでウミに対して必要以上に気を遣う。かつては幼馴染のようだったフウもその一人だ。そんな現状に辟易していたところだった。けれど、クレフにはそういうところがないから、彼といるととてもリラックスできた。ウミはドレスの裾から手を離し、微笑んだ。

 ふとクレフが、何かに気づいたような顔をした。その視線の先を追いかけるように背後を振り返ると、ウミの耳に、聞き慣れた声が届いた。
「ウミ王女ー!」
 フウの声だった。きっと「迎えに行け」と頼まれたのだろう。もう少しここにいたかったけれど、これ以上のわがままはさすがの両親も赦してはくれまい。ウミはひとつため息をつき、クレフの方を振り返った。
「ごめんなさい、もう行かなくちゃ」
 クレフはこくりと頷いて微笑んだ。その態度に、ウミは少しだけがっかりした。どうやら引き留めてくれることを期待していたようだった。
「あの」とウミは口を開いた。「また、会える?」
 クレフは目を瞠った。恥ずかしくてウミが俯こうとすると、それより早く、クレフがにやりと笑った。
「どうかな」と彼は言った。一瞬きょとんとして、ウミは肩の力を抜いた。
「意地悪ね」
 そう言うと、クレフが破顔した。
「さあ」と彼がウミを促す。ウミは後ろ髪を引かれる思いで彼に背を向け、歩き出した。

「ウミ王女!」
 しばらく歩くと、前から駆け寄ってくるフウの姿がはっきりと見えた。そのとき、あれ、と思ったことがあった。ウミはその場で立ち止まり、振り返った。しかしそこにはもう、クレフの姿はなかった。




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プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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