蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ゆめものがたり 5. 思惑

10万ヒット企画

心からの叫びであったはずなのに、なぜかその言葉がむなしく響いた気がして、クレフはぞくりとした。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 特に何をしたというわけでもないのに、強い疲労感を覚えていた。水の中に長い時間いたせいかもしれない。もっとも、それだけが理由ではない。もちろんわかっている。わかっているが、わからないふりを貫き通したかった。すれ違う城の者に対してろくな挨拶もせず、クレフは気だるい足取りで自室へと向かった。
 すでに日は傾き始めていた。今日は朝に軽く果物を口にしただけだったが、まったく空腹を感じなかった。もうこのまま休んでしまおう。そう決めて、ようやく見えてきた部屋の扉へ向かって杖を傾きかけたクレフだったが、ふと、誰かが近づいてくる気配を捉えて手を止めた。

 今しがた自らが歩いてきた方へ目を向けると、城付の護衛が、曲がり角の先から姿を現した。クレフと目が合うと、彼はその場でさっと傅いた。二人の間には十メートルほどの距離があった。
「イーグル王がお呼びでございます」
 護衛は頭を下げたままそう言った。これほどの距離があってもはっきりと聞き取れる、よく通る声だった。
 クレフは中途半端に傾けていた杖を元に戻し、ため息をついた。なんとなく厭な予感はしていたがこれだったか。イーグルから呼び出しを喰らうときに、それがいい話であった試しは一度もない。今日はいったい何だというのだろう。考えるのも鬱だった。
「わかった」
 短く答えて、クレフはさっさと自室に背を向けた。早く動かなければ、出向くのが億劫になってしまいそうだった。


 大広間には、王と王子のほかにランティスの姿もあった。雰囲気から察するに、すでに話はだいぶ進んでいるようだった。三人は、それぞれの額を突き合わせるようにして、深刻な気配をこれでもかと醸し出していた。
 最初にクレフが入ってきたことに気づいたのは、こちらの姿が見えやすい玉座にいた王でも王子でもなく、二人の目の前で傅き、クレフには背を向けていたランティスだった。彼はふと顔を上げ、首だけでこちらを振り返った。その動きでようやく、玉座にいた二人もクレフと目を合わせた。向かって左手にいたイーグルが微笑んだので、それを合図と受け取り、クレフは彼らのもとへ向かって歩き出した。

「よかった、まだお休みではなかったんですね」
 目の前まで行くと、イーグルが微笑んで言った。相変わらず鼻につく笑い方をする男だとクレフは思った。ランティスが一歩左へ避け、クレフのためにスペースを空ける。遠慮なくそこまで行き、敬礼もしないまま、クレフは目の前のイーグルとフェリオを見上げた。イーグルは椅子に腰掛けていたが、フェリオはその斜め後ろで立ったままだった。
「今すぐにでも休もうとしていたところだった」
 クレフはイーグルを見て言った。
「それはそれは、申し訳ありません」
 まったく申し訳ない風ではなしにイーグルが言った。それ以上何の生産性もない会話を続ける気力は、このときのクレフにはなかった。ため息をつく代わりに一度目を閉じて、もう一度開いた。そのとき視界に飛び込んできたもので、クレフは、なぜイーグルが今日この場に自分を呼んだのかわかってしまった。

「つい先ほど、ラメール家からこの文が届きました」
 そう言ってイーグルが持ち上げたのは、今まさにクレフの目が捉えたものだった。
 大きな藁半紙だった。イーグルはその両端を持ち、クレフの方へ向けて掲げた。紙の大きさと中身があまりにも不釣合いだった。文字が書かれているのは中央のほんの二、三行で、ほか、左下に大きな朱印がある以外には、その紙のほとんどは空白だった。読むまでもなく、中央に書かれている文言は目に飛び込んできた。たった一言、
『お申し出は丁重にお断りさせていただく』
 とだけ書かれていた。クレフは思わずため息をついた。
「だから言ったのだ。ザガートがこんな話を受けるわけはないと」
「僕としては、受けていただけると思っていたんですけどね」
 藁半紙をくるくると巻きながらイーグルが言った。

 クレフは彼の横に立つフェリオに視線を向けた。彼はまだ年若いが、統率者としての資質を十分に備えた男だとクレフは見ていた。父であるイーグルとはまったく異なるタイプの君主になるだろう。将来このフロイト家を背負っていくことになるであろう彼が、今回の件についてどう考えているのか、その意見を聞きたかったが、フェリオはクレフとは目を合わせようともしかなかった。
 もともと父の施政について口出しをするような青年ではなかった。だがここ一、二年ほどは、その傾向にいやに拍車が掛かっているような気がした。何か理由があるのだろうか。探ろうとしたが、目も合わないことには到底無理だった。


「困りましたね」
 イーグルの声で、クレフはフェリオから視線を外した。
「受けていただけないというのなら、力ずくで奪うことになってしまうのですが」
 それでもいいのでしょうか。まるで世間話をするようにそう続けたイーグルに、クレフはわが耳を疑った。
 クレフはイーグルのことを、食い入るようにまじまじと見つめた。彼はどこでもないところに目を向けていた。その一言で、広間を取り巻く空気は一変したというのに、彼の口元に浮かぶ勝ち誇ったような笑みだけは、不気味なほど不変だった。
「何を言っている?」
 信じられない気持ちでクレフは問うた。
「よもや戦など、起こすつもりではあるまいな」

 イーグルがクレフを見返した。どんな感情も読み取れない顔だった。そうして果てしなく長い時間が流れたような気がしたが、実際に流れたのは、ほんの小指の先ほどでしかなかったのだろう。そういう時間を経て、イーグルが目を細めた。
「僕が提案したのは、その『戦をせずに済む方法』だったんです」と彼は言った。「ですが、それをあちらが拒絶してきたということは――」
「悪ふざけが過ぎるぞ、イーグル」
 クレフは堪らずイーグルを遮った。杖を持つ手が小刻みに震えていることに、クレフ自身だけが気づいていた。
「そなたの姉は、ラメール家の女王なのだぞ? 姉弟で戦火を交えるというのか?」
 心からの叫びであったはずなのに、なぜかその言葉がむなしく響いた気がして、クレフはぞくりとした。イーグルは冷めた目のままでクレフを見ていた。まるで憐れんでいるような色があり、クレフは覚えず口を閉ざした。イーグルがゆるくかぶりを振った。
「血のつながりなんて脆いものですよ」と彼は言った。「今のエメロードは、僕の姉である以前に、ザガート王の妻なのです。何よりも、彼女自身がそうあることを望んでいる。そして僕自身も、彼女の弟であるということよりも、フロイト家の王であり、フェリオの父であることを望んでいる」
「おまえがどう感じようと、私の知ったことではない」とクレフは言った。「だが、おまえたちの間に血のつながりがあるということは、紛れもない事実だ。姉弟が争うところなど、私は見たくない」
「あなたがどう思おうが、それこそ僕の知ったところではありませんよ」
 イーグルがぴしゃりと言い放った。
「僕は、あなたのためにフロイト家の当主を務めているわけではない。まして、姉のためでもない。僕自身のためです。そして僕は、フロイト家こそがセフィーロでただ一つの王家となるべきだと信じている。一つの国に、王家は一つあればじゅうぶんです。生き残るのはフロイト家でなければならない。そのためなら、僕は手段を選びません」

 誰もが沈黙した。クレフはともかく、この城の中でイーグルに逆らえる者はひとりもいなかった。クレフが黙り込んでしまえば、この場はイーグルの独壇場と化すだけだった。

 こういう男だった。クレフは思った。イーグルという男は、卑劣なまでに自らの目的を追い求める人間だった。その強烈なリーダーシップは、時に自国の人々をも震え上がらせてきたが、その独裁こそがフロイト家を今日まで永らえさせてきたと言っても過言ではなかった。16年前の戦でも、イーグルがいなければ、フロイト家は間違いなく滅びていただろう。ほかの二つの王家と同じように。


「16年前」
 まるでクレフの思考を読んだかのように、イーグルが口を開いた。
「あのときの戦で、やはり王家は一つに絞るべきだったのです。二つも残したのが間違いだった。まったく異なる国同士ならばいざ知らず、同じ言葉を話し、同じ水を飲み、同じ顔をした人たちの中に統率者が二人もいては、戦になるのは当然でしょう」
 そこでイーグルは椅子から立ち上がった。玉座から下り、迷いのない足取りで窓際へと向かっていく。後ろで手を組み、窓の前で立ち止まると、イーグルは外を見やった。彼の視線の先、そのはるか遠くには、ラメール城が聳えているはずだった。
「終わっていないのですよ、あの戦は」とイーグルは言った。「ラメール家か、フロイト家か……どちらか一方に王家が絞られるまで、あの戦は終わらないのです」

 クレフはイーグルから視線を外し、未だ玉座に佇んだままのフェリオに目を向けた。父の背中を見つめる彼の横顔は、どこか辛そうに見えた。
 おまえはどう思っているのだ。ラメール家と戦火を交えることが、おまえたちがたどるべき正しい道だと、ほんとうに思うのか? そう尋ねようとして口を開いたが、それを遮るかのように、イーグルがくるりとこちらを振り向いた。
「仮に戦になったとしても、われわれの勝利は決まったようなものでしょう」と言って、イーグルは笑った。「何しろ、私たちにはあなたがいるんですからね。『導師クレフ』」
 われ知らず体が強張った。その名で呼ばれることを、今のクレフは何よりも嫌っていた。

 そこでイーグルと言い争うこともできた。だがクレフはそうはしなかった。そんなことをしても無意味だということが、痛いほどよくわかっていた。
 クレフがどんなに声を張り上げたところで、イーグルは自らの考えを変えはしないだろう。彼はそういう男だった。
 クレフはイーグルから視線を外し、その場でくるりと踵を返した。
「私は戦わない」
 吐き捨てるように言って、クレフは歩き出した。
「逃げるのですか?」
 背後から容赦ない声が浴びせられた。クレフは扉の手前で立ち止まり、振り返った。
「逃げる場所などない」とクレフは言った。「私はただ、争いたくないだけだ。ラメール家だけではなく、誰ともな」
 言い終わってからもクレフはしばらくイーグルと視線を交わらせていたが、彼がそれ以上は何も言おうとしていないと判断すると、背を向けた。杖を傾けて大きな扉を開け、そこから広間を後にした。背中に痛いほどの視線を複数感じていたが、一度も振り返らなかった。

 閉まり切った扉に背を預け、クレフは大きなため息をついた。とても疲れているのに、今夜は眠れそうになかった。




web拍手 by FC2

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
What's new?
ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
カテゴリー
最新記事
月別アーカイブ
全記事表示
Counter
プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

このブログは作品展示専用です。
いただいたコメントへのお返事は別ブログにて行っております。
どうぞお気軽にコメントお寄せくださいませ^^

 

Copyright ©蒼穹楼. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.