蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

韜晦 1. 契機

中編

※注※
この『韜晦』は、『レイアース』の世界観をベースにはしていますが、プチパラレルです。クレフは大人の姿をしていて、三人娘は異世界の住人であるという設定です。ほかにもいくつか原作と相違している点がありますが、読んでいくうちにわかると思います。

ご了承いただけた方は、「続きを読む」よりどうぞ。





「うーん」
 左右の手にひとつずつ持ったブイテックを真剣なまなざしで見比べながら、私は何度目か知れない唸り声を上げた。
 そうしている間にも、次から次へと街の人がやってくる。皆、店先に並べられたいくつもの籠の中から適当に目当ての果物を選び抜き、買い求めていく。籠の前で突っ立ったままの私のことを邪険そうに睨みつけていく人もいたが、ほとんどの人は、さっとやってきてさっといなくなった。

「どっちも捨てがたいわねえ。こっちは色がいいし、こっちは形がいいし」
 ちょうど客が途切れたところを狙ってそう言った私は、店主の顔をちらりと上目遣いに窺った。そうすれば大概のことは望んだとおりに運ぶということを、私は長年の経験から学習していた。案の定、降参です、と言うかのように店主が大きく息をつき、両手を上げて肩を竦めた。
「ウミちゃんには敵わねえな」と彼は言った。「ひとつまけてやるから、どっちも持っていきなよ」
「ほんと?」と私は意識的に目を輝かせた。
「ただし」と店主が両手を腰に当てた。「一個分のお代はきっちり貰うぞ」
「もちろんよ」と私は頷いた。「嬉しいわ。おじさま、いつもありがとう」
 私がとびきりの笑顔を浮かべると、店主が照れ臭そうに頭を掻いた。私は左腕に下げていたバスケットにブイテック二個をしまい、代わりに小銭入れを取り出すと、きっちり一個分の金額を店主に渡した。

「そうそう」
 小銭を受け取りながら、店主が思い出したように口を開いた。夕陽色のベレー帽が、彼の顔立ちにはよく似合っていた。
「最近、この市場から帰る途中の若い子を狙った事件が多いらしいんだ。ウミちゃんも、用心しろよ」
「事件?」
「ああ」と店主は頷いた。「俺も詳しくは知らねぇが、なんでも、男たちが寄ってたかって若い女の子を襲うって話だ。物騒だよな、まったく」
 そう言って、店主はちらりと私を見、やけに深刻そうな表情(かお)をした。
「ウミちゃんなんか、真っ先に餌食になっちまいそうじゃねぇか」
 一瞬呆気にとられたものの、私はすぐに破顔した。自分では結構大きな声で笑ったつもりだったが、その声はさほどうるさくは響かなかった。それもそのはずだった。市場はごった返すほどの人混みで、盆と正月が一緒に来たような賑わいを見せていた。

「だいじょうぶよ。いざとなったら返り討ちにしてみせるわ」
 私が言うと、店主が相好を崩した。がはは、と豪快に口を開け、体を仰け反らせて笑った。親しみやすい彼のことを、私は昔から慕っていた。そういえば、この市場で最初に仲良くなったのも彼だった気がする。
「そりゃそうだ」と彼が満面の笑みで言った。「なんてったってウミちゃんは、『伝説の魔法騎士』様だもんな」
 そのときちょうど、客の第二波がやってきた。私は店主に向かってひらひらと手を振ると、鼻歌を歌いながら彼の店を後にした。

***

「にんじん、じゃがいも、たまねぎにお肉……と。買い忘れはないわね」
 市場の賑わいを背に歩きながら、私はバスケットの中身を指差し確認した。今夜のメニューはカレーだった。アスコットが魔物退治に出かけた日の夕食はいつも決まっている。カレーは彼の一番の好物だった。どんなに疲れていても、彼はいつも、私の作るカレーをおかわりして食べてくれる。おいしい、おいしいと言って頬張るアスコットの笑顔を思い浮かべ、私はふふふ、と笑みを溢した。
「きっと喜ぶわね、アスコット」
 ほとんどスキップするように歩いていけば、あっという間に市場の賑やかさは遠ざかり、目の前には小さな森が姿を現す。その森を抜ければ、二人で暮らす家があるセフィーロ城は目と鼻の先だ。
「早く帰って、うんとよく煮込まなくちゃ」
 私は足早に森の中へ入った。木漏れ日が、地面に幾何学的な模様を描いている。時折風に揺れる木の葉が模様の形を変えて、美しかった。
 こうして自然に囲まれていると、いつだって心が洗われていく。その感覚を味わいたくて、私は好んでこの森を近道に選んでいた。歩きながら、うーん、と伸びをする。そうして空気をお腹いっぱいに吸い込めば、それだけで満たされていくような感じがした。


 ところが、楽しい気分は長くは続かなかった。道半ばほど進んだころから、私は妙な胸騒ぎを覚え始めた。
 なんだろう、と心の中で呟いた。無視できない違和感があった。その正体に気づいたのは、そこからさらにしばらく歩いてからだった。
 静かすぎるのだ。精獣や精霊たちの声が、今日はまったく聞こえなかった。
 雨天の日ならばいざ知らず、今日は雲ひとつない晴天で、しかも今は、精獣たちが昼寝をする昼下がりもとうに過ぎた時間帯だ。その条件下の森で、精霊や精獣たちの声がまったく聞こえないというのは、どう考えても異常だった。

 精獣や精霊の声が聞こえないとき、理由となる事象はそう多くはない。たとえば、彼らが唯一忌み嫌う『悪意』が迫っているとき。たとえば、彼らのことを邪険に扱う不届き者が傍にいるとき。
 いずれにしても、吉兆ではない。用心するに越したことはないと、訝しげに眉根を寄せた、そのときだった。静まり返った森の中に、私の歩く足音以外の音が、華麗なほどに響き渡った。
 覚えずびくっと肩を震わせ、その場で立ち止まった。聞き間違いであってほしい。無意識のうちにそう願っていた。今のはどう好意的に捉えても、誰か、あるいは何かが木の枝を踏みつける音にしか聞こえなかった。

「若い子を狙った事件が多いらしいんだ――」
 不意に果物屋の店主の言葉が脳裏を掠めた。その途端、全身から血の気が引いた。あのときは、「いざとなったら返り討ちにしてやる」などと豪語したが、私は今、自分の足が震えているのを厭でも感じていた。とても返り討ちになどできそうになかった。足音が聞こえるだけで、こんなにも心が強張るというのに。
 もはや認めるしかなかった。「何か」などとごまかしていられる場合ではない。明らかに「誰か」に、私は後をつけられている。

 一度深呼吸をした。それからおぼつかない足取りながらも、私は努めて平静を装いながら歩き出した。自然と歩みが速くなる。森に入る前の笑顔はとっくに消え失せていた。
「きゃっ!」
 もう少しで森を抜けるというところだった。あと一歩だったのに、私は小石に躓いてしまった。そしてそのままバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。足が震えていたせいで、体を支えることができなかった。
 呻きながら体を起こす。咄嗟に庇い、顔面を傷つけることだけは防いだものの、見れば膝や掌など、あちこちから血が滲んでいた。おまけにバスケットを手放してしまったせいで、中身の半分以上が周囲に散乱していた。せっかく選んだ美味しそうなブイテックは、二つとも、無惨にも地面を数メートル先まで転がっていた。
 私は素早く体勢を整え、手近にあるものから急いで拾い始めた。口がカタカタと小刻みな音を立てた。もう、お願いだから震えないで。

「大変そうだねえ。手伝おうか」
 妙に鼻につく、男にしては高い声が頭上から降ってきたのは、私がにんじんに手を伸ばしかけたときのことだった。
 びくっと手を止め、恐る恐る顔を上げた。いつの間に、どこからやってきたのか、見知らぬ三人の男が横一列に並び、にやにやしながらこちらを見下ろしていた。
 胸が竦んだ。それでも私は、ここで隙を見せたら終わりだと自らを奮い立たせ、力を振り絞って彼らをキッと睨みつけた。
「結構よ」
 幸いなことに、声に震えは出なかった。私はぎゅっと拳を握り締めた。そうしなければ、手のひらに滲んだ汗が滴り落ちてしまいそうだった。ほう、と、三人のうち真ん中に立った男が目を細めた。その視線が全身を嘗め回すのを感じて、私はぞくりと震えた。
「お気づかいありがとう」
 ギリギリのところで気を確かに持つよう、自分自身に言い聞かせながら、私は答えた。視線を地面へ落とすと、手を伸ばしかけていたにんじんを改めて拾い、バスケットにさっと戻した。続いてその傍にあったじゃがいもにも手を掛けた。
「きゃっ!」
 だが、じゃがいもを掴んだはずの手は空を切った。代わりに手首を引っ張り上げられ、無理やりその場で立たされた。手にしていたバスケットがまた倒れる。おかげで、せっかく拾った野菜たちも、再び地面に転がることになってしまった。

 先ほどとは違う意味で、唇が震えた。疲れて帰ってくるであろうアスコットのために、今夜は腕によりをかけて美味しいカレーを作ろうと思っていたのに。果物屋の店主におまけしてもらったブイテックまで、全部台無しなんて、ひどすぎる。心の奥底から怒りがふつふつと湧いてきた。その怒りをぶつけるように、私は手首を掴んだ男を睨み上げた。
「何するのよ!」
 だが、強気を保っていられたのはそこまでだった。

 両腕をそれぞれ二人の男に押さえられ、あの、真ん中に立っていた男と対峙する形になる。すっと伸びてきたその男の手が顎に触れた瞬間、私はびくっと体を震わせた。
「強気な女も、悪くないな」
 ニヤリと男に笑まれた途端、恐怖に体が震えた。どんなにもがいたところで、大の男二人に押し付けられては敵うはずもない。体をひねろうがよじろうが、男たちはびくともしなかった。
 そもそも三対一なんて分が悪すぎる。しかも、あいにくここは市場からも城からも離れた森の中で、通りかかる人もいなければ、叫んだところで誰に聞こえることもなさそうだった。第一、どんなに叫びたくともとても声を出せそうにはなかった。ほんとうの恐怖を目の前にしたとき、人は為す術を失うのだ。そのことを、私は今、身をもって思い知っていた。

 指先から鳥肌が立っていく。男の手がいやらしく首筋をたどり、鎖骨に達した瞬間、私は自分の頬を冷たいものが伝うのを感じた。咄嗟にぎゅっと目を瞑り、男から顔を逸らした。泣き顔を、弱みを見せたくないというプライドだけは、まだわずかでも残っていたようだ。
 ――助けて、アスコット!
 心ではどんなに叫んでも、その言葉に音が与えられることはなかった。無意識のうちに、声を上げたりしたら余計に辛い目に遭うのではないかと畏怖していた。

 ククッ、と男の笑う声がした。
「もっと泣けよ」と男は言った。「命乞いをしろ。そうすれば、少しは優しくしてやってもい――」
 しかし男の言葉は、中途半端なところで途切れ、鈍い呻き声に取って代わられた。はっと目を開けた刹那、拘束されていた私の腕は突如解放され、自由になった。その反動で、私は覚えずよろめいた。足にまったく力が入らなかった。悲鳴を飲み込む。床に打ち付けられるのを覚悟した。ところがその私の肩を、強い力がぐっと引き寄せた。てっきり男がまた戻ってきたのだと思い、私は息を呑んだが、触れた手の感触は、先ほどの男たちのものとは明らかに違っていた。肩を引き、私を守るように抱いたその腕は、優しさで満ちていた。
 アスコットだ、と私は思った。胸が熱くなった。きっと、心の叫びが届いて、助けに来てくれたんだわ。
「弱い者いじめとは、感心しないな」
 しかし、すぐ上から聞こえた声は、心の中に思い描いていた人のそれとは似ても似つかなかった。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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