蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに プロローグ. ゼファー

長編 『蒼穹の果てに』

けれどクレフには、そのひとがどこにいるのか、いつも手に取るようにわかった。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 絶えず風と水の音がしている国だった。その理由を尋ねると、当時かの地を治めていたものは、「この国は、私の理想そのものだ」と答えた。幼かった当時のクレフには、その答えは答えになっていないように思えたが、きっととてもいいことなのだろうと解釈した。

 いつもいつも、ひとところにはいないひとだった。けれどクレフには、そのひとがどこにいるのか、いつも手に取るようにわかった。無意識のうちに気配をたどっていくと、そのひとは、二本の木にハンモックを渡してそこでくつろぎ、じっと空を見つめていた。白銀の長く真っすぐな髪が風に遊び、暖簾のように揺らめいた。

「あるじさま」
 そのひとの顔を覗き込み、クレフは言った。
「何をなさってる?」
 『あるじ』は空を見上げたままほほ笑んだ。瞳が灰色だった。クレフはわれ知らず笑顔になった。この色のときの『あるじ』は機嫌がいいと、知っていた。
「空を眺めているのだ」と『あるじ』は言った。
「それは見ればわかります」とクレフは憮然として言った。「空を眺めて、何をなさってる?」
 『あるじ』は答えなかった。そっと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。すると、その『あるじ』の行動に合わせるかのように風が吹いてきて、二人を包んだ。クレフは踏ん張り、手で髪を押さえた。耳元にささやきを残して、風は去っていった。

「怒らせてないもん」
 風が去った方を睨みながら、クレフは口を尖らせた。そのとき、くすくすと『あるじ』が笑った。
「風の『声』が聞こえるのか」
 『あるじ』の言葉に、クレフはきょとんとした。
「ずっと前から聞こえます。あるじさまも、聞こえるのでしょう?」
「ああ、聞こえる」とうなずき、『あるじ』は目を開けた。「だが、わたしとおまえは違う。おまえは『特別』だ」
 クレフは首をぐぐっと傾けた。傾けすぎてバランスを崩し、よろけた。『あるじ』は助けてくれなかった。クレフがハンモックの端に引っ掛かったのを見て、愉快そうに笑った。

「クレフ」
 『あるじ』が優しく言った。
「わたしの寵愛を、おまえにやろう。一身に受け、この『ゼファー』を護りなさい」
 このときのクレフは、「寵愛」という言葉の意味を知らなかった。だから一度は首を傾げたが、『あるじ』がほほ笑みを絶やさないので、とても素敵な言葉に違いないと思った。『あるじ』が笑顔でいると、クレフも嬉しかった。にっこりとほほ笑み、うなずいた。
「はい、あるじさま」
 クレフが答えると、『あるじ』もゆっくりと首を縦に振った。『あるじ』はクレフにとっての父であり、母だった。『あるじ』の言うことは絶対だった。かの人の言葉に逆らうことなど、このときのクレフには考えもつかなかった。


 ところが、それからたった16年後、クレフは『主』との契に背くことになった。
「『ゼファー』は失われた」
 荒れ果てた大地を見つめ、『主』は呟いた。決して大きくはないが、一本の芯がしっかりと通った声だった。
 その日『ゼファー』では、一度も絶えることのなかった風と水が失われた。後にも先にも、それが最初で最後のことだった。
「この地はもう、『ゼファー』ではない」
 『主』の言葉は、クレフの心にずしりと重くのしかかった。その場でくずおれ、地面の土に爪を食い込ませた。何の痛みも感じなかったが、じきに指の間から紅いものが滲んできた。

「クレフ」
 呼ばれて、クレフは顔を上げた。『主』が冷たい、金色の瞳で見下ろしていた。目が合うと、覚えず背筋が凍った。そのような目を、『主』はクレフに対しては一度として向けたことがなかった。その目を見て初めて、クレフは自らの犯した罪の重さを知った。
「おまえは禁忌を犯した」
 まるでクレフの心を読んだかのように、『主』が言った。
「あがなう道はただひとつしかない。この地を導きなさい」
「しかし、それは……!」
「死ぬことは赦さぬ」
 クレフを遮り、『主』はぴしゃりと言い放った。クレフははっと息を呑んだ。そしてその瞬間、心の奥に最後まで残されていた燈火がぱったりと消えた。
「おまえはわたしの理想を壊した」と、『主』はクレフの頭上に手を翳しながら言った。「この地を導きなさい。新しい『柱』とともに」
 クレフの全身を、一瞬ではありながら、焼けるような痛みが走った。痛みはすぐに引いたが、体の節々が奇妙に歪んでいる感覚があった。『主』の手が離れる。先ほどまでよりも、『主』の顔を遠く感じた。

「この地を『セフィーロ』と名づける」
 言って、『主』は迷いなくクレフに背を向けた。
「お待ちください!」
 クレフは慌てて呼び止めたが、体が思うように動かなかった。立ち上がろうとすると、その場でけつまずいた。すでに傷ができていた膝をさらにすりむいて、クレフは思わず呻いた。
「『セフィーロ』は、『ゼファー』とは異なる道を歩むことになろう」
 数歩先から声がした。顔を上げると、『主』の背が辛うじて見えた。視界がかすんでいる。唐突に睡魔がクレフを襲ってきた。

「では、また会う日まで」
 あるじ、と自分では叫んだつもりだった。しかし『主』は無情にも去っていった。クレフをたったひとり、この地に残して。
 あらがえないほどの睡魔がクレフを包み込む。完全に眠りに落ちる前に、クレフは『主』の気配が『ゼファー』から消えたことを感じた。
「いや……」
 辛うじて呟いた。次の瞬間、クレフはばったりと、枯れ果てた地面に倒れ込んだ。

 ここはもはや、『ゼファー』ではない。あの楽園はもう、ない。




web拍手 by FC2

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
What's new?
ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
カテゴリー
最新記事
月別アーカイブ
全記事表示
Counter
プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

このブログは作品展示専用です。
いただいたコメントへのお返事は別ブログにて行っております。
どうぞお気軽にコメントお寄せくださいませ^^

 

Copyright ©蒼穹楼. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.