蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ほうき星の約束

短編

光ちゃんの誕生日なので、彼女を交えてクレ海を書こう、と思ったんですが、あまり光ちゃんの誕生日とは関係なくなってしまいました……

よろしければ、本文は「続きを読む」からどうぞ。





 ふと扉の向こう側に人の気配を感じた。すらすらと動かしていた手を止め、私は顔を上げた。今は閉じられている扉をまじまじと見る。この部屋へやってくる人物にしては、彼女は意外な部類に入った。それも、どうやらひとりのようだった。
 何かあったのだろうか。私は羽ペンをインク壺に浸すと、空いた手を扉へ向かって翳した。眠りの真っただ中を邪魔されて無理やり起こされたとでも言うかのような気だるい音を立てながら、扉が観音開きにゆっくりと開かれていく。それからほどなくして、ひとりの少女のシルエットが外に描かれた。茜色の夕日に、同系色の髪がよく映える。思ったとおり、そこにいたのは光だった。

 彼女たちが今日、異世界からやってきていることは知っていた。だがそのようなときに限って次から次へと政務に追われ、まだ誰とも顔を合わせていなかった。海に小言を言われるのはいつものことで、それは諦めようと思っていたが、まさか光がやってくるとは意外だった。もしや、海の言葉ではもはや何の効き目もないということで、彼女に頼まれて光までも、私に小言をまけに来たのだろうか。それは困る、と私はたじろいだ。残りの政務は明日に廻そう。心に決めて苦笑した、そのときだった。すっかり開かれた扉の向こうに立つ光が、こちらを向いた。目が合った瞬間、私は思わず大きな音を立てて椅子から立ち上がった。光の目を凝視する。まさか、という思いが先に立った。だが、心当たりがまるでないわけではなかった。

「ヒカル」
 私が名を呼ぶと、彼女の張り詰めていた気配がふっと緩んだ。固く結ばれた唇が震え、紅い大きな瞳が揺れる。そんな表情(かお)をすると、出逢ったころの幼い彼女のままに見えた。あれからもう、何年も経つというのに。
「クレフ……」
 頼りない声で光が言った。その瞬間、強張っていた私の心がほぐれた。何を驚くことがあるだろう。これほど喜ばしいことはない。すべては望まれたままに進めばいい。
 私は目を細めて微笑んだ。恐れることはない。そういう意味を込めてひとつ頷くと、杖を手に、机を離れた。立ち尽くしている光のところへ向かう。目の前まで行き、わずかに紅潮したその顔を見上げた。もともとそれほど背の高い娘ではなかったが、出逢ったころに比べればだいぶ伸びた。そういえば、彼女の愛する男はかなり背の高い男だった。
「何も心配はいらない」
 私は光の手をそっと取った。
「ランティスのところへ、行ってきなさい」
 きっとまだ顔を見ることもできていないのだろうと思った。図星だったようで、その名前を出した途端、光は震える唇を噛んだ。私は微笑み、頷いた。光の瞳から涙が零れる。拭ってやりたかったが、その役目は私のものではなかった。かけてやりたい言葉も山ほどあったが、それもまた、最初に口にするべきは私ではなかった。

「さあ」と私は光の手を離し、促した。そのときもまだ光は迷っていたが、それ以上に私が言うことは何もなかった。あとは光自身が一歩を踏み出さなければならないことだ。
 やがて光は、意を決したように袖で涙を拭った。そして私と目を合わせると、今日初めての笑顔を乗せ、頷いた。そこにはもう、少女のころの面影はなかった。彼女たちの成長は、嬉しくもあり、同時に淋しくもあることだった。

***

 かつての背が低かったセフィーロ城の回廊を、私は早足で歩いている。曇天の隙間からみるみるうちに太陽がその顔を覗かせはじめ、地表を照らす。空には綺麗な虹が掛かっている。先ほどまで丸一日続いていた雨が、嘘のようだった。
 その天気がすべてを教えてくれた。それでも私は、自分の目で確かめたかった。限られた者しか出入りすることを許されていない領域へと入り、一直線に最奥の部屋を目指した。私がノックをする必要もなく、扉は自然と、私を招き入れるように開かれた。一礼もせずに中へ入る。祭壇へと続くレッドカーペットに足を踏み入れた途端、われ知らず足が竦んだ。

「導師クレフ」
 いつものように祭壇にいたエメロードは、私を見て、美しく微笑んだ。その笑顔に、私は自然と目を細めた。彼女はいつもにこやかな笑みを携えている人だったが、そんな風に心底嬉しそうな顔をすることはあまりなかった。
 私はゆっくりとレッドカーペットを進んだ。エメロードは早くも腕の中に視線を落とし、上質な絹に包まれた自らの弟をあやしていた。
「おめでとうございます、姫」
 祭壇へと続く階段の手前で立ち止まり、私は胸に手を当てて頭を下げた。エメロードが私を見る。もうそのような年ではないのに、彼女はいつまで経っても『柱』となった11歳のときの外見のままだった。
「こちらへいらしてくださいな、導師クレフ」
 微笑んで、エメロードは言った。
「いえ、私は」
「遠慮なさらずに」
 ね、と念を押されては、断れるはずもなかった。頷き、私は階段を上った。

「抱いてやってください」
 傍まで行くと、エメロードは包みごと赤子を差し出した。
「よいのですか」
「当たり前です」とエメロードは笑った。「この子はきっと、あなたを親と慕うことになるでしょうから」
 思わずはっと息を呑んだ。エメロードから視線を外し、私は彼女の腕に抱かれている子を見た。純真無垢な、生まれたばかりの赤子。本来は母親の手の中にいるべきだろうに、それすらも叶わない。この子は親の温もりを知らずに育つのか――。何の罪もない子が背負うものを思うと、痛みを禁じ得なかった。
 私は杖を肩に預け、エメロードから赤子を受け取った。想像以上にずっしりと重い子だった。生え始めたばかりの髪の毛が、薄い緑色をしている。姉が瞳に受け継いだ色を、弟は髪に受け継いだようだ。
 赤子はずっとぐずっていた。不安げなその表情に、私の胸は締め付けられた。
「やはり、女王はもう」
 独り言のように、赤子を見たままで私は言った。エメロードが頷いたのが、視界の隅にしっかりと映り込んだ。
「もう長くはないでしょう」とエメロードは言った。「この子を産むのと引き換えにする命でした」
 自らの母であるはずの人のことを語っている口調だとは思えなかった。もっと感情を押し出していい、と言いたかったが、哀しいかな、そんなことは言えるはずもなかった。それは『柱』であることを捨てろと言っているのと同義になってしまう。導師である自分にそんなことは赦されない。そしてエメロード自身も、そのことをよくわかっていた。

「導師クレフ」
 声色を変えて、エメロードが私を呼んだ。私は顔を上げた。エメロードは微笑んでいた。
「お願いがあります」
「願い?」
 私が目を見開くと、エメロードは頷いた。
「いつか家族を持ち、『幸せ』になってください」
 それは想像だにしていない言葉だった。私は瞬きも忘れ、絶句した。腕の中の赤子が不意にぐずる声を大きくしたので、止まっていた腕を慌てて動かした。もう一度エメロードを見る。彼女の表情は変わっていなかった。
「私が、ですか」
 信じがたい気持ちで、私は言った。「そうです」とエメロードは答えた。
「しかし、私は」
「お願いです」とエメロードは私を遮った。「いつか、子の父となってください。この世のすべてを敵に回してもいいと思えるほど大切なものを、見つけてください」
 答えるべき言葉を見つけられなかった。エメロードが私から視線を外し、赤子を見た。目尻が下げられる。今度は哀しそうに、彼女は笑った。
「私は、そういうわけにはいかないから」とエメロードは言った。「だから、導師クレフ。あなたが代わりにそれを見つけて、その気持ちを、私に教えてください」

 ほかのどのような願いでも、叶えてやることができた。けれどそればかりは私には無理だった。無理だと、このときは思っていた。だがたとえ無理でも、首を横に振ることは赦されなかった。『柱』はこの世界の創造主、彼女の意はセフィーロの意だった。そして私は、そのセフィーロと生き死にを共にする運命にあった。
「わかりました」と私は言った。顔を上げ、嬉しそうに微笑んだそのときのエメロードの表情が、今でも忘れられない。


 いつの間にか、空の主役が太陽ではなく月になっていた。私はグラスを傾け、喉に酒を流し込んだ。水のような液体でありながら、それは喉を通るときに私の身体を焼いた。
 ソファにほぼ仰向けになり、天を仰いだ。バルコニーを風が吹く。心地よかった。星が私に向かって挨拶をした。

 なぜエメロードが私にあのようなことを頼んだのか、彼女が存命だったときにはついぞわからずじまいだった。家族を持ち幸せになり、その気持ちを彼女に教えることなど、私などに頼まずとも、ほとんどのセフィーロの民ならば自然とできることだろうに。解せなかった。ところがようやくその理由がわかったとき、それは私にとって大きな枷になった。
 ほかの人では意味がなかったのだ。私だから、彼女はあのようなことを頼んだ。「自然に」そのことをできない私だからこそ。
 『柱』であったエメロードは、家族を持つことを赦されなかった。その彼女を生まれる前から知り、見守っていた私には、『柱』をおいて自分だけが自らの幸せを追い求めるということは、考えられることではなかった。そのことを、彼女は見抜いていたのだろう。だからこそ、私が枷を解き放ち自らの家族を持とうとするとき、彼女はその気持ちがどのようなものなのか知りたがった。自分が成し遂げられなかったことを、私に代わりに成し遂げよと言ったのだ。

 エメロードは、死してなおも多くのことを教えてくれる。おそらく私は、彼女がこうして教えてくれることに対して、その半分も返すことができていない。彼女と交わしたあの約束も果たせていない。彼女が私に願った、おそらく唯一のことだったというのに。
 彼女が今のセフィーロを見たら、いったいなんと言うだろう。両親の顔さえも覚えていない彼女の弟は、妃を迎え、早くも二児の父になった。そして今、エメロードの後を継いだこの世界最後の『柱』も、愛する男との間にできた新しい命を宿している。
 この世界は変わったのだと、いまさらながら私は思った。自らの幸せを犠牲にして世界を護らなければならないような運命はもう、誰の上にもない。
 常にセフィーロとともにあった命だった。セフィーロが変わるならば、私自身も変わらなければならないだろう。セフィーロを愛し、残された者にこの世界の明日を託して散っていった、エメロードのためにも。


 手にしていたグラスの中で、氷が溶けて音を立てた。そのとき私は、部屋の中へ入ってくる人の気配を感じた。
「クレフ?」
 ほどなくして、控えめに私の名を呼ぶ声がした。振り返らなかったのは、そこにいるのが誰だかわかっていたからだ。私は黙ったままグラスの中身をもう一口飲んだ。
「もう、いるんじゃない」と言って、遅い時間の来訪者は、バルコニーへと足を踏み入れた。「全然出てこないから、どこかでお仕事してるのかと思ってたわよ」
 彼女が最後まで言い終わらないうちに、私はグラスを持たない方の指で印を描いた。私のソファの隣に、背もたれのない小さな椅子が姿を現す。一瞬ためらったものの、彼女は大人しくそこに腰を下ろした。さらりと揺れた彼女の青い髪は、夜の闇の中でも美しく輝いた。

「何飲んでるの?」
 私を覗き込むようにして、彼女は訊いてきた。私は手にしたグラスを軽く掲げ、「飲んでみるか」と言った。興味津々に目を丸くしてグラスを受け取った彼女は、不可思議そうにグラスを眺め、空を見上げて素直に傾けた。
 その白い喉が動くのを、私は黙って見守った。グラスを離した彼女は、「強っ!」とむせ返った。
「何なの、これ!」と彼女は叫び、私にグラスを突き返してきた。「いつもこんなに強いお酒飲んでるの?」
「いつもではない」
 グラスを受け取り、私は答えた。
「慣れればうまいものだぞ」
「あり得ないわ」と即答し、彼女はかぶりを振った。「一生かかっても無理」
 ほんとうに厭そうな顔をしたので、私は声に出して笑った。

 ふう、と彼女がひとつ息をついた。
「聞いたのね、光に」
 答える前に、私は残っていたアルコールを飲み干した。私の名誉のために言わせてもらえば、彼女が言うほど強い酒ではない。
「ああ」
 喉をアルコールが通過していくのを待って、私は答えた。
「変わっていくんだな、おまえたちも」
「そりゃそうよ」と彼女は笑った。「いつまでも子どもじゃないんだから」
 こんな台詞を私に向かって平然と言うのは、彼女くらいのものだった。その無遠慮さが、最初こそ不愉快だと感じたものの、今はもう、それがなければ落ち着かないと思えるほどになっていた。

 意識したことこそなかったが、私に言わせれば、彼女だけではなくランティスやフェリオ、プレセアやラファーガも皆子どもだった。だが、自分は子どもではないなどということを面と向かって言ってくる者は、これまではひとりもいなかった。私がこのような姿をしているのだ、周囲の人間がそのような気持ちを抱いても、何もおかしいことはないというのに。
 簡単なことだった。皆にとっては、私との関係性を捉えるときに、「子ども」であるか「大人」であるかということは大きな問題ではなかった。私は皆が生まれたときから『導師』であり、皆は私のかわいい教え子だった。だが、今隣にいる彼女は違う。彼女は私のことを、『導師』ではなくひとりの人間として見ている。そんな彼女にとっては、私と比べて彼女自身が子どもであるか大人であるかということは、大きな問題なのだろう。

 彼女が私に向ける気持ちについて、はるか昔から気づいていた。彼女は隠しているつもりだったのかもしれないが、まったく隠れていなかった。そしてそんな彼女に対して、いつの間にか、ほかでもない私自身が特別な気持ちを抱くようになったことにも、ほんとうは、かねてより気づいていた。

「ウミ」
 空を見上げたまま、私は彼女を呼んだ。
「おまえ、いくつになった?」
「え?」と彼女が言った。視界の隅で、青い髪がさらりと揺れた。「いくつって、二十二だけど」
「二十二か」と私は笑った。「まだまだ子どもではないか」
 海がぐっと押し黙った。ふう、とため息をついて、彼女は耳に髪を掛けた。
「じゅうぶん大人よ。もうお酒も飲めるんだもの」
 先ほど私の飲んでいた酒を一口で突き戻したではないか、と思ったが、それは言わずにおいた。

 会話が途切れた、その瞬間を狙うかのように、風が遠くから吹いてきた。常春の国とはいえ、夜の空気は冷たい。薄着の海には堪えたようだった。ぶるっと震えて、自分の腕を抱いた。
「冷えるわね」と彼女は言った。「ちょっと上着取ってくるわ」
 私がグラスを置いたのと時を同じくして、海が立ち上がった。顔を上げると、青い髪が目の前を通り過ぎた。私は手を伸ばし、その髪に手を差し入れた。だが完全に後ろを向いていた海は私の手に気づかず、髪は私の手を撫でてすぐに離れた。私はそのまま手を伸ばし、今度は髪ではなく、海の腕をつかんだ。さすがの海も気づいたようで、はっと目を見開いて私を見た。彼女が抵抗する前に、私はつかんだ腕を引いた。バランスを崩した海が小さな悲鳴を上げる。足を踏み外した海は、私が手を加える必要もなく、きちんと私の上になだれ込んできた。なんだ、よくわかっているではないか。心の中で言って、私は海を抱きしめた。

「え……ちょっ、ちょっと、クレフ」
 海が口を開くと、言葉が直接肩口から伝わってきた。彼女は明らかに狼狽していた。声がすっかり緊張している。私は海の髪を撫でた。手を滑るその感触は、とても心地よかった。
 今二十二歳だという彼女の世界では、人は普通、八十年も生きればいい方だという。実に私のほぼ十分の一だ。海に残された時間が六十年だと仮定しても、私に言わせれば、それは「つかの間」という言葉で片付けられてしまうほどの時間でしかない。
 今はただ、この手の中の温もりが愛おしい。
「少し、酔った」と私は言った。
「よ……酔った、って」
「ウミ」
 戸惑う彼女に構わず、私は言った。もちろん酔ってなどいなかった。
「つかの間でいい。私の傍にいろ」
 海がはっと肩を強張らせた。沈黙が落ちる。腕の中で落ち着かずにいた海は、やがて大人しくなり、私に完全に身を預けた。そして、気をつけていなければわからないほど小さく、小さく頷いた。

 見上げた空で、星が尾を引いて流れていった。ひときわ大きな流れ星だった。エメロード姫。ようやく、約束を果たせそうです。流れた星の名残に向かって、私はひっそりと言った。




ほうき星の約束 完





最後のクレフの台詞、ほんとはプロポーズなんです。
後になって、
「あんなのがプロポーズだなんて、わかるわけないじゃない!」
と海ちゃんに怒られたらいいと思いますw
光ちゃん、Happy Birthday!

2013.08.08 up




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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