蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

韜晦 11. 薫風

中編

人の心は無常。けれどひとつくらい、ずっと変わらないものがあってもいい。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 重い音を響かせて、扉が左右に開かれていく。外へつながっているわけでもないのに、まばゆいばかりの光が溢れてきた。腕で光を避ける。やがて慣れてきた目にまず飛び込んできたのは、真正面の祭壇の後ろに掛かる、大きなステンドグラスだった。太陽の光を通したそれは、七色の模様を地に映し出していた。
「ウミ?」
 そのステンドグラスを背にして立っている人がいた。分厚い本を手にして祭壇にいたそのひとは、両目を大きく見開き、私の名を呼んだ。驚きに満ちた感情を、彼は隠そうともしていなかった。常にポーカーフェイスの彼にしては珍しいことだった。
「どうしたのだ、まだ式までは時間があるだろう」
 そう言うと、彼は手にしていた本を閉じ、慌てた様子でこちらへやってきた。彼の輪郭から、ステンドグラスを通して射し込んでくる日の光が零れる。逆光の中を歩いてくる彼は、普段以上に輝いて見えた。
 いつも身に着けている純白のそれではない、濃紺に金と銀の装飾を施した彼の法衣は、ただでさえ整った彼の顔立ちを、より一層際立たせた。その恰好は前にも目にしたことがあった。風とフェリオの結婚式にも、彼はその出で立ちで臨んだ。彼はこの国最高位の魔導師として、『司祭』を務めたのだった。そして今日も、彼は同じ立場で私たちの結婚式を見守ってくれることになっていた。

「おまえはまだ、控室にいなくてはならない時間だろう」と歩きながら彼は言った。「早く戻るんだ。ここにはじき、アスコットが――」
「アスコットは、来ないわ」
 私がはっきり言うと、ほとんど目の前までやってきていた彼は、はっと歩みを止めた。それほど色濃い困惑と驚きを表情に乗せた彼を見るのは、初めてのことだった。私は目を細めて微笑んだ。
「聞いて、クレフ。私ね、たった今、アスコットに振られてきたの」
 はっきりそれとわかるほど、クレフが息を呑んだ。
「なんだって?」
 なだらかな円錐を描いた天窓から、春らしい薫風が吹き込んでくる。十字架を通り、その風はやがてクレフのローブを揺らした。
 真紅のカーペットに浮かび上がる模様までも揺れているようだった。心地よい風を頬に感じながら、私は「いいえ」と軽くかぶりを振った。
「『振らせてほしい』と言われてきた、と言った方が、正しいわね」

 アスコットは、彼の真意をクレフには伝えないでほしいと思っていただろう。けれど私は、最初から、クレフにはほんとうのことを言うつもりだった。彼をごまかすことなど、たとえ一生をかけたとしても私にはできない。それにクレフならば、アスコットが何を意図してそんなことを言ったのか、わかってくれるだろうとも思っていた。
「……まさか」
 案の定、私の発したたった一言で、クレフはすべてを理解したようだった。蒼い双眸を揺らがせて、彼は「何と言ったらいいかわからない」というような表情を作った。私は微笑み、ひとつ頷いた。
「アスコットが、全部教えてくれたわ。あなたとどういう話をしたかということも、何を思って私と暮らしていたかということも。最後に彼、言ってくれたの。『末長くお幸せに』って」
 言葉を失ったまま、その場で硬直してしまっているクレフのもとへ、私は一歩歩み寄った。

 二人は、祭壇とチャペルの入り口の扉とを繋ぐカーペットの真ん中にいた。天窓から差し込む光が、ちょうど二人を照らすかのようにそこに集中する。クレフがその額に戴くサークレットが、儚げな光を宿す。同じ色の瞳が、ためらいに揺れた。
「クレフ」
 ああ、と私は思う。もうどんなに涙を流したっていい。もう自分の気持ちを偽らなくていい。もう、彼のことを好きな気持ちを留めなくていい。
 視界がぼやけ、頬をひんやりとしたものが伝った。それを拭う必要もなかった。流れるものはそのままに、私はクレフだけを見つめていた。
 人は、ほんとうに嬉しいときには涙が出るものなのかもしれない。口元は緩むのに目からは涙が溢れるというのは、一見すると滑稽なようにも感じられる。けれどその表情は、偽りのない私の『心』、そのものだった。
「ねえ、クレフ。私、アスコットの気持ちを無駄にしたくないわ。もう、自分の気持ちに嘘をつくのは、やめようと思うの」
 私は裾を持ち上げていた手を離し、右腕をそっと、クレフの方へと差し出した。それは、私ができる精いっぱいのことだった。
「幸せになるなら、私……あなたとがいいわ」

 クレフの口元が、私の名を紡いだ気がした。けれど、それが音となって彼の口から発せられることはなかった。それでも私の心は満たされた。クレフが、差し出した私の手を取り、強くその腕の中へと引き寄せてくれたからだ。
 止め処なく流れる涙が、クレフの濃紺のローブを濡らしていく。抱きしめられた腕の強さは、息が苦しくなるほどだった。それでも私は、その腕から解放されたいとは思わなかった。その苦しささえ愛おしかった。
 やがてゆっくりと緩められたクレフの手が、私の頬を包む。間近に見たクレフの瞳は、見惚れるほど綺麗だった。
「いいのか」
 呟くようにクレフが言った。
「え?」
 私が目を見開くと、クレフは戸惑い、視線を外した。そしてもう一度、遠慮がちに私を見て、言った。
「もっとも近くにいるのが私で、おまえは、いいのか」
 私は大きく目を見開いた。それはあまりにも思いがけない言葉だった。思いがけないと同時に、とてもクレフらしい言葉でもあった。そんなことを言うのは彼しかいない。私は涙と一緒に笑みも零した。嬉しいのかおかしいのか、自分でも、その涙の理由はよくわからなかった。

 突然吹き出した私に、クレフは面食らった様子できょとんとしていた。それからやがて、彼自身もその口元にうっすらと笑みを浮かべた。細められた目が、サファイアのような輝きを宿した。
「ようやく見られた」と彼は言った。
「え?」
「おまえの笑顔を」
 言われて、私は記憶をたどった。確かに、クレフへの気持ちに気づいてからというもの、今日このときまでは、誰の前でも「心からの笑み」を見せたことはなかったかもしれない。常に気持ちを押し殺し、本心が表に出ないように努めていると、自然と笑顔を作ることができなくなっていた。
 けれどもう、そんなことをする必要はないのだ。目の前で穏やかに微笑んでいるクレフを見て、どうしたら笑顔にならずにいられるだろうか。それにきっと、私が彼の笑顔を見るのだって「ようやく」のことだった。
「それは、お互いさまじゃないかしら」と私は言った。クレフが虚を衝かれたように目を丸くし、やがて破顔した。
「違いない」
 欲しかったのは、その笑顔。焦がれていたのは、この温もり。満たされた想いに、私はまた胸の奥が熱くなるのを感じた。

 私はクレフの首の後ろに両腕を回し、彼の瞳を真っすぐに見た。その澄んだ蒼の中には、私だけが映っている。そしてきっと、私の瞳に映っているのも彼だけだった。
「やっと言えるわ」と私は言った。「あなたが好き」
 その言葉を、どれだけ言いたくて、けれど言えなくて苦しんでいただろう。
「ウミ」とクレフは言った。「愛してる」
 美しい笑みに乗せられたその言葉、耳にするのは二度目だったけれど、前回聞いたそれとはまったく異なって私の心に響いた。私はそっと目を閉じ、クレフの口づけを受けた。降り注ぐ日の光を感じ、身も心も温かかった。私は今、世界中で一番の幸せ者です。スピーカーを通してすべての人に告げたかった。そして、この幸せへの道を案内してくれたアスコットにも同じくらいの幸せが訪れるようにと、祈りたかった。


 その日、二人は永遠の愛を誓い合った。クレフが「司祭」以外の立場でチャペルに立ったのは、それが最初で最後のことだった。
「ねえ」
 二人きりになったチャペルで、私はクレフに寄り添っていた。輝くステンドグラスに目を細めながら、静かに口を開いた。
「私、ある人との約束を破ったの」
「え?」とクレフが意外そうな声を上げた。視線を感じたけれど、私は彼の腕に頭を預けたままでいた。
「赦してくれるかしら」
 クレフはすぐには答えなかった。

 しばらくすると、クレフが手にしていた杖を振るった。私ははっとした。杖の動きに合わせて、ステンドグラスが、まるでそれ自体が生きているかのように輝き出したのだった。
「おまえなら、どうする」
「え?」
 今度は私が聞き返す番だった。丸くした目でクレフを見上げた。彼はステンドグラスを見つめながら、満足そうに微笑んでいた。そして徐に私を見下ろして、もっと柔らかく笑った。
「交わしていた約束を破られたとして、おまえなら、その者を赦せるか?」
 思いもよらない言葉だった。私はクレフから視線を外し、自分自身に問いかけようとした。けれどそんなことはするまでもなかった。赦すも赦さないも、私は私と離れられない。私が私と交わした約束を反故にしたところで、私は私を受け止めるしかない。
「忘れて、今の」
 微笑んで、私は言った。
「赦す、赦さないの問題じゃなかったわ」
 クレフを見上げた。そうか、とだけ、彼は言った。微笑んだ私たちは、どちらともなく顔を寄せ合い、口づけを交わした。ステンドグラスが揺れる。きらめく模様は、光の当たる角度によって色を変える。そのさまは、人の心の様子を表しているようでもあった。
「大好きよ、クレフ」
 彼を見上げて、私は言った。
 人の心は無常。けれどひとつくらい、ずっと変わらないものがあってもいい。私たちの想いがそうであったなら、きっと未来は美しく、果てしなく続いていく。

 ささやかな祈りを乗せて、風が薫る。「導師」を継ぐ者の誕生に世界中が沸くのは、もう少し後のこと。




韜晦 完





もともと、2012年の春ごろに書いていた作品で、いつかアップしたいと思っていたものでした。
アスコットの扱いがかわいそうという声が聞こえてきそうですが、これはこれでいいと思っていますw
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.01.14 up / 2013.08.11 revised




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