蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ゆめものがたり 13. 謝辞

10万ヒット企画

ほんとうは、セフィーロが滅びようが助かろうが、そんなことはどうでもよかった。

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 眼下に広がる森が、まるでそれ自体が大きな蟲であるかのようにうごめいていた。鳥は轟音のような声を上げながら群れを成して空を旋回し、遠くに見える海までも、まるで波に怒りを乗せたかのように荒ぶっている。自然界全体が、巨大な「怒り」を放出しているかのようだった。ウミは言葉もなく呆然とその場に立ち尽くした。ここはほんとうにセフィーロなのだろうか。思いっきり太ももをつねってみたけれど、悲鳴を上げそうなほどに痛かった。

「やられた」
 後ろから声がした。ウミははっとして振り返った。両親とラファーガ、そしてフウがいた。フウは今にもその場で倒れてしまいそうなほど弱々しく、生気を失っていた。ウミは彼女を自らの方へ引き寄せ、肩を抱いた。その体勢のままで父を見上げる。彼は外へ目を向けたまま、目を血走らせていた。彼が握りしめている拳が震えているのを見止めて初めて、ウミの背筋に悪寒が走った。
「自らの手を汚さずに、われわれを滅ぼそうとしているのだ」
 父は呟くように言った。
「どういうこと?」とウミは身を乗り出した。「何が起きてるの、お父様。今の揺れは、いったい何?」
 父と目は合わなかった。彼はただひたすらに外を見ていた。その表情には、明らかな悔しさが滲んでいた。
「自然界の怒りを利用したのだ」と父は言った。「何らかの方法で自然界を挑発し、それがラメール家の仕業であるように見せかけたのだろう。下を見てみなさい」
 言われて、ウミはフウの肩を抱いたまま、そっと手すりから身を乗り出した。眼下に目を向けて、絶句した。
「そういうことだ」と父は言った。
 ウミはしばらく体を起こすことができなかった。城の基盤に、蟲という蟲がたかっていた。その数は刻一刻と増え続け、どんどんこちらへ向かってきている。

 どうしたらこんなことができるのか、ウミには皆目見当がつかなかった。そもそもラメール家は自然界を怒らせるようなことはしていない。けれど今この状態でそんなことを言っても無駄だということは、さすがのウミでもわかった。蟲たちは我を失っている。人間の声になど、耳を傾けてくれるわけがない。
 蟲たちだけではない。もしもあの、空を旋回している鳥や波打つ森、荒ぶる海のすべてが、ラメール家を怒りの標的にしているとしたら。深く考えずとも、結論はすぐに出た。
 絶望――ウミの脳裏には、振り払おうとしても何度でも、その二つの文字が消えては浮かんだ。人間同士の争いならばまだしも、自然界を相手にして、人間に勝ち目があるはずはない。セフィーロにおいて、何よりも強い力を持っているのは自然界だった。普段温厚な彼らは人間にとっても友人だけれど、ひとたび怒りを爆発させれば、何をもってしても封じることなどできなかった。


 不意に父が身を屈めた。何気なく彼に目を向けて、ウミははっと息を呑んだ。父は手にしていた兜を床に置いたのだった。それは投降を意味する行動だった。
「ザガート王!」
 ラファーガが思わず、といったように父に迫った。しかしその父に一瞥され、ラファーガは身を引いた。母はやりきれない顔で父を見ていた。ウミもフウも、彼のことを食い入るように見つめた。けれど父は、誰の視線も受け付けず、ただ静かにかぶりを振った。
「終わりだ、何もかも」と父は言った。「セフィーロは滅びる」
「いやよ、そんなの!」
 ウミは思わず髪を振り乱して叫んだ。
「お父様だって、言っていたじゃない! ラメール家の民は絶対に護らなければならないって! あのときの言葉は、嘘だったの? こんなに簡単に諦めるの? フロイト家と、戦うことも話し合うこともしないで――」
「私とて」
 父が鋭くウミを遮った。ウミはびくっと肩を震わせた。父が憤ったように息をついた。
「私とて、戦うことも話し合うことも、できるものならばしたい。だがこれはもう、われらだけが滅びるに留まらない」
「え?」
「見てみろ」と言って、父が外を指差した。皆がその先を見た。
 最初は、父が何を意図しているのかわからなかった。彼が指差した方向には広大な森が広がっているだけだった。森は相変わらずうごめいている。けれど、それが何だと言うのだろう。

 ところが、ほんのわずかに視線を上げたとき、ウミは気づいた。気づき、そして目を疑った。
「そんな」と枯れた声で呟き、ウミは父を見上げた。「どうして」
 父は一瞬押し黙った。そして、見ることを拒むように瞼を下ろした。その眉間には、深く皺が刻まれていた。
「フロイト家は、欲に目がくらみすぎた。彼らは、自分たちも標的になることにまでは、考えを及ばせることができなかったのだろう」
 言って、父は顔を上げた。その目は真っすぐ、フロイト家の方へと向けられた。
「自然界にとっては、ラメール家やフロイト家といった区別はない。人間であるか、そうでないかだ。自然界の怒りは今、人間界全体に対して向けられている。フロイト家だけが助かるような道はない。故に彼らの城は今、われわれと同じく攻撃を受けているのだ」
 ああ、と大きな声を出して、フウがその場でくずおれた。ウミは驚いてしゃがみ込み、反射的に彼女の肩を抱いた。けれど、どれほど宥めてもフウの涙が止まることはなかった。これほどまでにフウが感情を露わにするのは初めてのことだった。懸命に彼女の背をさすりながら、ウミの中で、予感が確信へと変わりつつあった。どこでどのようにして出逢ったのかはわからないけれど、フウが恋をしている相手は十中八九、フロイト家の人間だ。

 急にウミは、自分自身の中から怒りが湧き上がってくるのを感じた。こんな形でセフィーロそのものが滅びてしまうなんて、あんまりだ。これまで築きあげてきたもののすべては、これほどまでに呆気ないものだったのだろうか。いや、こんなことが赦されていいはずはない。そもそも自然界の怒りだって、彼らは誤解しているのだ。ラメール家を滅ぼそうとしたフロイト家の策略に、まんまと乗せられているだけだ。そしてその策略は今、フロイト家をも滅ぼそうとしている。皆がそれぞれに憎しみを抱えたまま滅びていくなんて、何もいいことはない。

 ウミはフウの肩を抱いたまま、毅然と父を見上げた。
「このままでいいの? お父様」とウミは言った。「すべてがここで終わってしまってもいいの?」
「いいもなにも」と父が訝しげにウミを見返した。「どうしようもあるまい。ここでわれわれにできることなど、何もない」
「そんなの、やってみなくちゃわからないわ!」
「……ウミ」
「諦めたくないの! だって、みんなまだまだこれから――」
 未来があるじゃない。その言葉は悲鳴に取って代わられた。城全体が大きく揺らぎ、しゃがんでいるウミでさえバランスを崩すほどだった。父が咄嗟に母を支え、その二人をさらにラファーガが支える。広間の中央にシャンデリアが落ちた。揺れが小さくなったところで、ウミはフウを鉄柵に寄り掛からせ、自分はそこから身を乗り出した。城の最下部に集まっている蟲の数がさらに増えている。悪寒が走った。あの大群が押し寄せてきたら、ひとたまりもない。そしてそうなるのは、もはや時間の問題だった。

「ウミ」
 肩を叩かれて、ウミははっと後ろを振り返った。
「お前の気持ちはよくわかる」と、ウミの肩に手を置いたまま父は言った。「だが、何をするにもまずは助からなければ意味がない。とりあえず、中へ入ろう」
「……わかりました」
 答えて、ウミはフウを促した。彼女の肩を抱いて中へ戻ろうとした。ところがそのとき、急にあたりがしんと静まり返った。城も揺れなくなり、風さえも鳴らなくなった。ウミはフウと顔を見合わせた。まるで時間が止まったかのようだったけれど、ウミの鼓動は相変わらず早かったし、皆の表情は動いていた。

「そんな」
 突然、母が叫ぶように言った。驚いて目を向けると、母は口元を両手で覆い、大きく目を見開いていた。
「お母様?」
 どうしたの、と尋ねようとすると、母の腕が片方持ち上がった。震えるそれは外の方を指した。よろけた母の体を、父が慌てて支える。瞬きをした母の瞳から、大粒の滴が零れ落ちた。
 ウミは何気なく母が指差している方を見た。そしてその場で硬直した。
「まさか」と呟いたのは父だった。「なぜ彼が」
 それはまさしくウミの気持ちをそのまま代弁していた。言葉もなかった。これは何だろう。私は今、何を見ているのだろう。

 空に人が浮かんでいた。ちょうど、うごめく森の中間地点の真上あたりだった。彼の手にした杖から帯状の光が流れ出、その光が、森や海などの自然界をまるごと包み込もうとしていた。その光が届いたところは、まるで凪のように落ち着きを取り戻した。もう自然界のほとんどが、その光に覆われていた。
 ウミは彼の姿に釘付けになった。よく知った彼とは姿が違っていた。額に輝いていた厳ついサークレットはなく、何よりも、体の大きさがまったく異なっていた。
 そのときウミは、突然、夕闇の中で父が語った言葉を思い出した。
「『一定以上の魔法力は使えないように術を掛けた、術を解くときは私が死ぬときだと、彼は言った』――」

 耳元で風が笑った。ウミは弾かれたように飛び出し、バルコニーの手すりから身を乗り出した。
「クレフ!」
 え、と背後から声が聞こえた気がしたが、振り返らなかった。視線の先にいる彼から目を逸らすことができなかった。声が聞こえるような距離ではなかったけれど、彼はウミの存在に気づいたようだった。険しい表情で下を見ていた彼は、ふと気配を緩めてこちらを見た。そして、笑った。

 膨大な力が発せられているということは、魔法が使えないウミでもわかった。そしてウミは、彼が浮かんでいるその地点の真下が、あの、クレフといつも会っていた湖のあるところだということにも気づいた。そういえば、とウミは記憶を手繰り寄せた。彼はいつも、あの湖を見て硬い表情(かお)をしていたのではなかっただろうか。
「あそこは」
 父がふとウミの隣にやってきて、クレフの方を指差した。
「自然界の中心ではないか? 大きな泉の……」
 そこまで言って、彼ははっと目を見開いた。
「まさか」と怯えたように父は言った。「自然界の怒りを止める気なのか?」
 その瞬間、ウミはわかってしまった。クレフが何をしようとしているのか、何のためにあのようなところにいるのか。できることならわかりたくなかった。それは、彼を手放すよりも残酷なことだった。

「クレフ!」
 ウミはより一層身を乗り出し、叫んだ。
「クレフ、やめて! そんなことしないで!」
「ウミ!」
 父の腕が腰に廻ってきた。その腕がなければ落ちていたかもしれないけれど、たとえ落ちても構いはしなかった。クレフを止められるならば、この命など惜しくはない。私の命でいいのなら、喜んでくれてやる。このときのウミは、確かにそう思っていた。
 ほんとうは、セフィーロが滅びようが助かろうが、そんなことはどうでもよかった。ただクレフだけは、彼にだけは生きて、そして幸せになってほしかった。ほかに望むものなど何もなかった。たとえここで皆が助かり、私一人が生き延びたって、彼がいなければ意味がない。彼のいない世界なんて、無色透明な世界にしかなり得ない。そんな世界には、生き続ける価値もない。
「クレフ!」
 ウミは声が枯れるほどに叫んだ。するとクレフが再びこちらを見た。彼はまた笑った。すがすがしく、爽やかに。まるでセフィーロを吹き抜ける風のように。

 ある瞬間、彼の杖が光の放出をやめた。帯状だった光が、一枚の大きな膜になる。まるで太陽の光のように、それは明るく柔らかかった。そしてそのとき、クレフの口がゆっくりと言葉を紡いだ。声は届かなかったけれど、口の動きははっきりと見えた。

 あ り が と う

 雲間から、本物の太陽の光が差し込んでくる。その光が地上へ届く前に、クレフが真下へ向かって頭から急降下した。自然界を包んでいた光の膜も、彼とともに吸い込まれていく。あっと言う間もなく、クレフの姿は見えなくなった。ちゃぷん、と、まるでおたまじゃくしが水に飛び込んだような小さな音が響いたのを最後に、世界から音が消えた一瞬があった。
 その一瞬がすべてを変えた。風がウミの頬を撫で、涙を後ろに流した。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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