蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ゆめものがたり 15. 邂逅

10万ヒット企画

ふたつの気持ちの間で、ウミは揺れていた。両方を天秤にかけ、それでも迷った。

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 悪いいたずらだと思った。平気なふりをして実は毎晩枕を濡らしているウミを元気づけようと、たとえばフウあたりが言いだしっぺになってこんなことをしているのだと思った。おあいにくさま、こんなのには引っ掛からないのよ、と笑い飛ばそうとした。けれど、できなかった。
 でも、こんなのはあり得ない。絶対にあり得ない。ウミは必死だった。どうにかして自分の心をコントロールしようとしていた。今はこちらに背を向けている彼をあのひとだと思ってしまうなんて、私ったら、どうかしてるわ。――けれど、そんなことを考えて自分の心をごまかしていられたのは、ついに彼がこちらを振り向くまでのことだった。

 目が合った瞬間、ウミはどうしようもなく込み上げてくるものを感じた。それでも、ここでみっともない顔を見せるわけにはいかないと踏ん張った。涙を流せば、今目に映っているものをそれと認めることになってしまう。そんなことはできなかった。できなかったし、これが事実であるはずはなかった。万が一事実だったとしても、一度は手放したものだ。一度は手放し、そして失ったものだ。それを想って人前で泣くことは二度としないと、三年前、さんざん誓ったはずだった。

「うそよ」とウミは自らに言い聞かせるように言った。「こんなの、うそよ」
 笑い声が響くことを期待していた。「ばれちゃった?」と、たとえばプレセアあたりが言ってくれるようにと。けれど誰も何も言わなかった。ただ、こちらを振り向いたひとが失笑した。
「これはまた、ずいぶんな言われようだな」と彼は言った。落ち着いた、耳に残る優しい声で。
 刹那、ウミの脳裏をありとあらゆる記憶が駆け巡った。たった一言だ。たった一言だったのに、その声は、三年もかけて押し込めたものすべてを溢れ出させるほどの威力を持っていた。ウミは思わずぱっと口元を押さえた。そうしなければ、とんでもない叫び声を上げてしまいそうだった。
 その手を、やがて冷たいものが静かに伝った。ああ、どうして。

「うそよ」
 それでも信じられなかった。なんとか絞り出した声は、ひどく掠れていた。
「だって、クレフは……」
 三年前に死んだはずなのに。その言葉はあまりに残酷で言えなかった。言ってしまったら、それがほんとうのことで、今目の前にいる彼は幻なのだと告げられてしまいそうだった。
 けれどこの際、夢でもよかった。夢でいいから、どうかこの夢から私を覚まさないで。――ウミは心の中で祈った。するとその祈りが届いたのか、彼は「これは夢です」とは言わなかった。代わりに、
「人を勝手に殺すな」と言って、しかしすぐに「いや」とかぶりを振り、苦笑した。自分の言葉に笑っているようだった。
「そう解釈されても仕方ないな。私自身、あのときはそういう心づもりだったのだから」
 そう言って、彼は懐かしむように目を細めた。
「『精霊の泉』にて、そこに棲む精霊の長に会った私は、訴えた。すべては人間の驕りが招いたこと。人間は自然界を欺こうとこそしたが、傷つけてはいない、だから、私の命と引き換えにセフィーロを護ってほしいと。泉に身を投げるときにはすでに覚悟を決めたからな、迷いはなかった。幸いにして、今の長は話のわかる者だった。誤解は解け、精霊たちは怒りを鎮めた。ところが――そこで終わらせようとしないのが、長たるゆえんなのだろうな。長は私に、人間界へ戻れと言った。それが、人間の所業に目を瞑る条件だと」
 死ぬことは赦さないとまで言われてしまったよ。そう言って、彼は笑った。
 見上げなければ目を合わせることができなかった。彼が玉座に立っているから、という理由だけではない。当時はずいぶんとその体には不釣合いだと感じた杖も、今はすっかりちょうどよく見えた。
「三年かかった」と彼はかみしめるように言った。「まさかそれほど長い時間が経っていたとは、正直思わなかったがな」

 玉座を下り、彼が一歩一歩近づいてくる。距離が縮まるごとに、彼の姿が滲んでいった。どんなに瞬きをしても徒(むだ)だった。次から次へと涙が溢れ、視界をぼやけさせた。止めどなく流れるそれを、どう頑張っても抑えられなかった。その中でもどうにかして、彼の顔を確かめようとした。目の前まで彼がやってくる。刹那、視界からついに彼の顔が消えた。
 ああ、と悲鳴を上げそうになった。背中に彼の腕が廻され、頬に柔らかい髪が触れた。信じられない温もりがそこにあった。覚えている。この匂いも、温度も。
「すまなかった」
 耳元すぐ近くで、彼は言った。
「ずいぶん待たせてしまったな」
 ウミは一度ゆっくりと瞬きをした。一際粒の大きな涙が落ちて、彼の肩に染みを作った。震える腕を持ち上げ、ウミは彼の背を抱き返した。
 ずっとこうしたかった。三年も経ってようやく認められた。クレフのことを忘れた日など一日もなかったし、彼のことを想わずに眠る日もなければ、彼のことを思い出さずに目を覚ます日もなかった。叶うことならこうしてもう一度抱き合いたいと、毎晩流れ星を探しては、密かに祈っていた。

「クレフ」とその名を呼んだつもりだったのに、声にならなかった。それからウミは、クレフの服がぐっしょりと濡れそぼるまで泣いた。ようやく気持ちが落ち着いてくるころには、泣き疲れて空腹を覚えるほどだった。
 クレフの腕が緩められ、ウミもそっと腕を解いた。それでも手はまだ彼の体に触れていた。もう二度と離したくなかった。顔を上げると、クレフが破顔した。
「ひどい顔だな」
「……ばか」
 思わず胸板を叩くと、クレフが声に出して笑った。ウミも微笑み返した。ひどい顔になっても、嬉しいものは嬉しいのだから仕方がない。もう、気持ちを偽るのはこりごりだった。

 クレフが片方の腕でウミの腰を抱き、周囲の人々を見回した。そこでウミは、今この場にはたくさんの人がいるのだということを思い出した。羞恥心が顔を覗かせたけれど、クレフがあまりにも堂々としているので、恥ずかしがるタイミングを失った。
「精霊たちに、ひとつ約束を交わされてきてな」
 人々の方を見たまま、クレフは言った。ウミに対して語る口調だった。
「自然界との共存を図るために、私が人間界の長とならなければならなくなった」
「え?」
 ウミは目を見開いてクレフを見上げた。斜め下から見る彼は、ため息が出そうなほど整った顔立ちをしていた。そのクレフがこちらに視線を落とす。どぎまぎしたことを感づかれないよう、私は慌てて顔を逸らした。ところが、その行動がかえってどぎまぎしたことを示してしまう結果になった。しまった、と思ったけれど遅かった。案の定、クレフが頭上でくすりと笑った。ウミが言い訳をするより先に、しかしクレフは言葉を続けた。
「頷かないわけにはいかなかった。ほかにセフィーロを護る道はなかったからな」

 そのときウミは、不意に思い出した。
「今回、王家をひとつに絞ることにした」
 確かに聞いた、父の言葉だ。彼が絞ると言ったのは、たしか――
「導師クレフと国王として、セフィーロを統一することにしたのよ」
 助け舟を出したのは母だった。ウミははっと息を呑み、それから思い出したようにクレフを見上げた。彼はばつが悪そうに微笑んだ。
「おまえに、もう一つだけ隠していたことがある」と彼は言った。「私のほんとうの名は、クレフ・ラ・ヴェリテ・ラメール。遠縁ではなく、本家王族の末裔だ。私の両親は、19年前の戦で命を落とした――いや、自ら死を選んだ、本家最後の国王と女王だった」

 驚きすぎて言葉もなかった。よほど気の抜けた顔をしていたのか、クレフが「そのような顔をするな」と苦笑した。そんなこと言われたって、とウミは内心思った。どういう顔をしていいのかわからず、取りあえず曖昧に笑った。
「驚くなっていう方が無理よ」とウミは言った。「つまりあなたは、導師クレフでありながら、同時にラメール家の王子様だったっていうことなの?」
「『導師』は、本来の身分を偽るために名乗っていたものだ」とクレフは言った。「生まれたときから、私はその存在を隠されていたのだ。国王はおそらく、本家がそう遠くない将来存亡の危機に陥ることをわかっていたのだろう。以前にも述べたことがあるが、そうなれば、本家の人間だというだけで危険が及ぶ可能性がある。だから私は、どの王国にも仕えない『導師』という立場を取らされることとなったのだ」
 そのうちすっかり、『導師』が板についてしまったがな。そう言って、クレフは笑った。

「やめてくださいよ、導師クレフ」と不意に玉座の方から声がした。「あなた以外に、この国を一つに束ねられる人はいません。あなただけが、『国王』の称号にふさわしいんです」
 声の主はフェリオだった。彼はいつの間にか隣にフウを従えていた。目が合うと、フウはにっこりと笑んだ。
「言っていることが矛盾しているぞ、フェリオ」とクレフが言った。
「え?」
「たった今、私のことを『導師クレフ』と呼んだだろう」
「あ……」
 視線を泳がせ、フェリオは鼻の頭を掻いた。そうすると、皆が一斉にどっと笑った。

「王女」
 クレフに呼ばれた。顔を上げると、彼の腕が腰から離れていった。クレフは目の前で跪き、ウミの手を取った。
「二度目の正直だ」と彼は言った。「私の隣にいてほしい。今度は、逃げずに」

 三年前、ウミはすべてを捨てて彼と一緒に逃げるはずだった。そのときのことを、今、如実に思い出していた。
 あのときは、クレフと一緒には行けなかった。彼の幸せを奪ったのがほかでもない自分自身だと思っていたからだ。今もその気持ちに変わりはない。私がいなければクレフはもっと違う道を歩んでいたかもしれないと、悔やんでも悔やみきれない気持ちを抱えている。
 ただ、ひとつだけ、三年前と比べて変わったことがあった。もう二度と、クレフを手放したくない。ウミは強くそう思っていた。そうすることで彼が幸せになれないとわかっていても、ほかでもない私自身が、もう彼から離れられない。離れてしまっては、生きていけない。

 それはとても矛盾した気持ちだった。彼とは一緒にはいられない。でも一緒にいたい。ふたつの気持ちの間で、ウミは揺れていた。両方を天秤にかけ、それでも迷った。
「でも」と遠慮がちに口を開いた。するとクレフが、呆れたように笑った。
「まだ気に病んでいるのか、19年前のことを」と彼は言った。「おまえは、そういうところだけはやけに小心者だな」
「な……だっ、だって」
「余計なことは考えるな」ときっぱり言って、クレフがウミの手を強く握った。「過去の私ではなく、今の私が、おまえに、おまえだけに隣にいてほしいと言っているのだ。それに対する答えが聞きたい。今のおまえの答えが」
 クレフの瞳はあまりにも真っすぐで、逸らせなかった。ウミはごくりと唾を呑み込んだ。

 考えようとした。クレフは真剣だから、私も真剣に答えよう。そう思った。ところがそうしようとすると途端に目頭が熱くなって、考えるどころではなくなってしまった。もはや答えはひとつしかない。それは溢れる涙が伝えていた。ウミはクレフの手を握り返した。
「私も」と言うその時点から、ほとんど声になっていなかった。「私も、あなたの隣に、いたい」
 振り絞ってウミが言うなり、クレフは満面の笑みを浮かべた。そんな風に笑う彼を見るのは初めてだった。そして次の瞬間、ウミの体はふわりと浮きあがった。
「きゃっ」
 思わず悲鳴を上げた。クレフがウミを抱き上げていたのだった。咄嗟に彼の肩に手を置いた。普段より、目線の高さが何十センチも上になった。
「ちょ……ちょっと、クレフ!」
 抗議の声を上げたが、クレフはまったく意に介さなかった。ほんとうに嬉しそうに笑っていた。そんな彼の表情を前にすると、なんだかいろいろなことがどうでもよくなってしまって、ウミはその体勢でいることを受け入れた。周囲を見回すと、誰もが同じように笑顔を浮かべていた。目を潤ませたフウの口が、「おめでとうございます」と動いた。胸がじんとした。ウミは何度も瞬きをして微笑んだ。

「ウミ」
 不意に呼ばれた。見下ろそうとして、ウミはふと、彼に初めて名前を呼ばれたことに気づいた。
 ああ、とウミは思う。私たちはこれから、新しい未来を築いていける。二人、手を取り合って。
 そっと視線を下ろした。目が合うと、クレフは笑った。
「愛してる」
 それは極上の言葉。ウミの瞳にはまた涙が浮かんだ。身を屈め、ウミはクレフの首に抱きついた。
「私もよ、クレフ」とウミは答えた。そのとき、まるで二人を祝福するかのように、荘厳な鐘の音が響き渡った。




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2013.08.16    編集

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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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