蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

純潔のプリマヴェーラ 2

中編

――「好き」。たった二文字なのに、どうしても言えない。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 海は噴水の縁に腰掛け、大きなバスケットを膝に抱えたままぼんやりと足をふらつかせていた。深く腰を下ろすと、地面に足がつかなかった。ゆらゆらと不規則に揺らすと、その足の動きに合わせて地面に影ができる。その影を追いかけ続けて、もう小一時間ほどが経とうとしていた。
 「中庭」という名を持っていながらにして、この庭はびっくりするほど広い。時には他国の人々も集まって会談ができるほどの空間が、まずセフィーロ城の目の前にあり、そしてそこから細い道を通ると、茂る木々を隔てたちょうど裏側にまたひとつ庭がある。まるで二間続きのスイートルームのようだった。そして海は今、その奥まった方にある庭にいた。ここには噴水はひとつしかない。あまり目立たないのか、城の目の前にある方の庭に比べて、こちら側にまでやってくる人はほとんどいなかった。

 ぼんやりと足元の影を見ながら、海は何度目か知れないため息をついた。
 自分自身が素直でないことも、それが人の目にはかわいく映らないこともよくわかっている。両親だけは、そんな海の性格を熟知しているから、裏の裏を読んで、たとえ言わなくても本心を理解してくれるのだけれど、当然、ほかの人にそんな芸当は期待できない。おかげで、自分自身の意図したことが、本心とはまったく異なって他人に伝わってしまうことも少なくなかった。特に、とある人に対しては、その傾向が顕著だった。

 「海さん、照れ隠しをされているのはわかりますけれど、もう少し、ご自分の心に正直になられてはいかがですか?」
 珍しく風にそんな説教くさいことを言われたのは、つい一週間ほど前のことだった。前回セフィーロを訪れたその帰り、東京へ着いて、一人だけ帰る方向が違う光と別れてすぐに言われた。そして気づいた。風は、はっきり口にこそしないものの、海の密かな恋心に気づいている。そして、いつまでも煮え切らない海に痺れを切らしてそう言ったのだと。
 口をすっぱくしてそんなことを言ってくれた親友のためにもと、今日こそは自分の気持ちを打ち明けようと決めていた。いつの間にか芽生えていた恋心に気づいてから、もう三年の月日が流れてしまった。この間に風はフェリオと、そして光はランティスと、それぞれ着実に愛を育んでいた。それなのに海だけは、恋心に気づいたところで時間が止まってしまっていた。

 絶好の機会だと思った。ちょうど二週間後にはバレンタインを控えている。セフィーロにはもちろん、東京にあるような習慣は存在しないけれど、去年もその前の年も、海たちはバレンタインをセフィーロの人々とともに楽しんだ。海だって例外なく、恋の相手にチョコレートをあげた。ただし、「義理チョコ」という名目で。
 びくびくすることはない。いつもと同じようにやればいい。「義理」を「本命」に変えるだけだ。わかっているのに、それは気が遠くなるほど難しいことだった。できる気がしなかった。


 海は腕に抱えたバスケットの蓋をそっと開けた。中には試作品のフォンダンショコラが入っている。初めて作ったお菓子だったので、まずは味見をしてもらおうと、真っ先に訪れたのはイーグルのところだった。
 イーグルが目を覚ましてから気づいたことだが、彼は意外と味にうるさい。何を作ってきても誰もが「おいしい」という感想しかくれない中で、イーグルだけは、「ここをこうしたらもっと美味しくなるのではないか」という類のアドバイスをくれた。その調子だから、海はお菓子を作るときはイーグルの意見を結構参考にしていた。自分で食べない分、他人の感想は貴重だった。そしてイーグルの指摘は、いつも舌を巻くほど正確だった。
「学生のころから、ジェオの失敗作をさんざん食べさせられてきましたからね」
 そう言って、イーグルはよく笑った。ジェオの趣味がケーキ作りだと知ったのは、つい最近のことだ。

 今回も海は、二週間後の本番に向けて、先にイーグルにこのフォンダンショコラを試食してもらい、アドバイスをもらった上で本命にあげるものを作ろうと思っていた。告白の練習だってしていた。それなのに――あのざまだ。
 はあ、と漏れるため息は、どんどん重さを増していく。まさか当人がイーグルの部屋にいるとは思わなかったから、気が動転していたということはもちろんある。けれどそれにしたって、あんな態度を取ることはなかった。
「誰がクレフなんかに!」
 自分自身の発言を思い返して、海は押し寄せてくる罪悪感の波に身を沈めるしかなかった。カッと頭に血が上って思わず口走ってしまった直後、はっとして見たクレフの、傷つき羽を折られた鳥のように歪んだ表情が忘れられない。


「こんなところにいたんですか」
 突然声がして、海は小さな悲鳴を上げるとともにびくっと体を震わせた。抱えていたバスケットが、海の体の動きに合わせて震え、中に整然と並べられていたフォンダンショコラが跳ねる。慌ててバスケットを押さえ、海はきょろきょろとあたりを見回した。すると、細い路地の方から機械的な音が聞こえてきて、鳶色の髪を揺らしながら一人の青年が姿を現した。
「そんなに驚かせるつもりはなかったんですが」
 申し訳なさそうに眉尻を下げて苦笑しながら、車椅子がこちらへ近寄ってくる。海はひとつ深呼吸をすると、ふっと口元を緩めてかぶりを振った。
「いいえ、イーグル。ちょっと考え事をしてたから、びっくりしたの」
「考え事とは、導師クレフのことですか?」
 まるで世間話をするかのように自然な口調で言われて、海の鼓動はどくんとひとつ高鳴った。思わずガタン、と音を立てて立ち上がる。噴水で憩っていた鳥たちが驚いて飛び上がり、その羽音が庭に広がった。

 握り締めた拳に、おのずと力が入る。見下げた先のイーグルは、にこやかなポーカーフェイスを崩さない。そのポーカーフェイスを見るたびに、さすが一国を治める大統領の息子だけあるといつも思う。その読めない笑顔を見ているうちに、海は諦めにも似た感情が心の中で次第に大きくなってくるのを感じた。吐き捨てるようなため息をつき、噴水の縁に再び腰を下ろした。今度は先ほどよりも浅く腰掛けた。足が地面につく。脇にバスケットを置くと、海は体の両脇にそっと手をついた。

 つと車椅子が一歩こちらへ近寄ってくる。上目遣いに見ると、こちらを覗き込むようにしているイーグルと目が合った。
「好きなんですね?」とイーグルは静かに言った。疑問符はついていたけれど、確信的な言い方だった。
 確かにとくん、と鼓動が速くなったけれど、それは一瞬のことだった。イーグルにそう言われるだろうことを事前に予測できていたことが大きかった。海はもう、落ち着いて彼の言葉を聞くことができていた。――本人の前でも、こんな風に素直になることができたらいいのに。そんなことを考えながら、海はこくりと頷いた。ふ、とイーグルが息をつくのが聞こえた。
「それならどうして、あんなことを」
 イーグルの言う「あんなこと」が、つい今しがた彼の部屋で海が口走ったあの言葉を指しているということは明白だった。海は答えを返すことができず、きゅっと唇を噛んで俯いた。自分でも、どうしてあんなことを言ってしまったのだろうと心を持て余していたところだった。そしてそれを他人に指摘されたことによって、なんと愚かなことをしてしまったんだろうという後悔は、最高潮に達していた。

「僕が、余計なことを言ったからですね」
 不意にイーグルが言った。
「え?」
 それは思いがけない台詞だった。びっくりして顔を上げると、イーグルが、沈痛な面持ちで俯いていた。
「僕は、少しでもウミが素直に自分の気持ちを言えるようにと、お膳立てをしたつもりだったんです。余計なお世話でしたね。僕があんなことをしなければ、ウミだって、素直になれていたかもしれないのに」
「そんな」と海は慌てて言った。「イーグルは全然悪くないわ。私がいけないのよ。私が……私が、変な意地を張ってしまうから」
 途中から声色が暗くなったのが自分でもわかった。海は膝の上で絡めた両手に視線を落とし、息をついた。
 自分自身の性格がほとほと嫌になる。光のように、思ったことを素直に口にできる純粋さもなければ、風のように、自分の気持ちを態度に表すことができる真っすぐさもない。好きな人の前にいるときに限って、思っていることとはまるで正反対の言葉をつい口にしてしまうのは、なぜなのだろう。
 ――「好き」。たった二文字なのに、どうしても言えない。ほかの人の前では、こんなにも素直にそのことを認められるのに。

「『ばれんたいんでー』に、そのお菓子をあげようと思っていたんですね」
 沈黙を破って、イーグルは言った。
「僕の記憶が正しければ、『ばれんたいんでー』は、女性が男性に愛の告白をする日ですよね。とすれば、あてずっぽうで言った僕の言葉も、あながち間違いというわけではなかったと」
「……そうね」
 海は曖昧にほほ笑んで、肩を竦めてみせた。
「愛の告白とともに、そのチョコレートを渡すつもりではなかったんですか?」
 彼の部屋でイーグルに言われた言葉を思い出す。あのときも、今のように首を縦に振ることができていたら。改めて、クレフの表情が脳裏を過った。誰よりも大切に思っている人に、よりにもよってあんな言葉を掛け、あんな傷ついた顔をさせてしまった。
 視界が滲んだ。自分自身が惨めでどうしようもなくて、海は小刻みに唇を震わせた。

「そうだ」
 パン、と手を叩く音がして、海ははっと顔を上げた。反動で、目尻に滲んでいた涙が弾け飛んだ。海は慌てて両手で頬を拭い、何度か瞬きをして目の前のイーグルを見た。先ほどまでのあの沈痛な面持ちはどこへやら、彼は一転、どこかいたずらな笑みを浮かべていた。
「妙案がありますよ、ウミ」とイーグルは言った。「あなたが素直になれないならば、導師クレフに告白させればいいじゃないですか」
「えっ」
 海は素っ頓狂な声を上げた。途端、火が吹くように顔が熱くなるのを感じた。
「えっ、でも、あの、その……だだだだって、クレフは」
 海は言葉にならない声を上げた。すっかり混乱して、頭の中でお湯を沸かすことができそうなほどだった。イーグルはいとも容易く「クレフに告白させればいい」などと言うけれど、そもそも、クレフが海のことをどう思っているのかは未知数だった。確かに、『魔法騎士』であった三人の中では、クレフと過ごす時間は一番長いという自覚はあった。けれど、クレフの自分に対する態度とほかの人に対する態度との間に明確な違いがあるのかと問われれば、それは自信を持って肯定できるものではなかった。それなのに、「告白させる」なんて。

「だいじょうぶですよ、ウミ。きっと導師クレフも、あなたのことが好きですから」
 さらりとイーグルはとんでもないことを言った。海は何も言い返せなくなった。
 イーグルに真っすぐ見つめられ、海はいつになく胸が高鳴るのを感じた。不思議と、イーグルがそう言うならばそうなのかもしれないという希望が湧いてきた。ほかに頼れるものなどなかった。縋るような気持ちで、海はぱっと噴水から離れると、イーグルの傍でしゃがんで彼の手をぎゅっと握った。
「わ……私」と海は遠慮がちに口を開いた。「どうしたらいいの?」
 突然の海の行動に驚いたようで、イーグルが目を丸くする。だがその目はすぐに細められ、空いた方の手が、海の手にそっと重ねられた。
「ウミ」
 にやり、とイーグルが笑う。
「僕と付き合ってみませんか?」
「え?」
 海はそれ以上できないほど目を見開いてイーグルを見上げた。そよ風が吹いてきて、彼の鳶色の髪を揺らす。優しくも隙のない笑顔が、じっと海の答えを待っていた。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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