蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

純潔のプリマヴェーラ 3

中編

そうではない。そうではないのだ。イーグルは「恋などしていない」。

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 穏やかな風が吹くセフィーロ城の回廊を、ランティスは足早に進んでいる。彼の周りに漂うオーラに、すれ違う人々が思わず身を引いても、ランティスは気にも留めない。怒り、とはまた違う。憤り、と言うべきか。とにかく、心の中で燻ぶっているあまりよろしくない感情に身を任せ、ランティスはどかどかと、必要以上に足音を立てながら回廊を歩き続けた。
 やがて、進む道の先に、質素な装飾の施された扉が見えてくる。ランティスはほとんど早歩きのように進み、その扉を一直線に目指した。そしてノックもせず、そのままの勢いで扉を開け放つと、無遠慮に中に入った。

「あれ」と部屋の主が言った。「ランティスじゃありませんか。どうしたんです、そんなに怖い顔をして」
 暢気な声で出迎えた彼に、ランティスは軽く殺意さえ覚えそうになった。浅くない付き合いだからわかる。そうやって、車椅子の上で首だけを捻りこちらを見た男が浮かべている笑顔が、作り物の笑顔であるということが。
「イーグル」
 努めてそうしようと思ったわけではない。あくまでも自然と、声色にどす黒さが混じった。ランティスは、彼にしては珍しく乱暴に扉を閉めると、つかつかとイーグルのもとへ歩み寄った。
「そんなに眉間に皺を寄せていると、今にヒカルが怖がって逃げていきますよ」
 こちらの意図を知っているであろうに、どうやらイーグルは白を切り通すつもりらしい。ランティスははあ、と大きく息をつき、中庭へと続く緩い階段の一番上にどかっと腰を下ろした。そうして斜め後ろへ首を傾ければ、車椅子に乗ったイーグルを見ることができる。彼は庭の方を向き、降り注ぐ太陽の光を存分に浴びながら、膝の上で何か機械いじりをしていた。

「ああ、これですか?」
 ランティスの視線を感じたのか、イーグルがちらりとこちらを見て口を開いた。
「ウミにあげようと思って、イヤリングを作っているんですよ。ほら、どうです。彼女に似合いそうでしょう?」
 にっこりと無邪気に――と、ほかの人にならば見えるだろう笑みを浮かべて、イーグルは膝の上に置いていたものをつまんで持ち上げてみせた。それは小さな蒼い宝玉のついた、確かにイヤリングだった。
「もう片方も、そろそろできあがるところなんです」とイーグルは言った。「たしか、次にウミたちが来るのは、明後日でしたよね? そのときまでに完成させたいので、もう忙しくて忙しくて」
 笑って、イーグルはまた手元に視線を落とした。指先を器用に動かしてイヤリングを作るさまは、まるで創師さながらだった。もともと手先が器用なことは知っていたが、こんなことまでできるとは、ランティスは知らなかった。ほんの少し前までは、イーグルがそうして女のためにアクセサリーを作るなどということは想像さえできなかったのに。恋というのはここまで人を変えるものなのか――

 そこまで考えて、ランティスは慌ててかぶりを振った。そうではない。そうではないのだ。イーグルは「恋などしていない」。危うく悪友のペースに巻き込まれそうになった自分自身を、心の中で叱咤した。顔を上げ、イーグルをにらみつけた。
「何を企んでいる」
 今度はわざと、声色を低くした。
「何のことです?」
 ところが、イーグルはまるで意に介さないように言った。
「企んでいるなんて、人聞きの悪い」
「とぼけるな。ウミと交際するなど、本意ではないのだろう」
 鋭い声で言うと、イーグルがようやく、動かし続けていた手をぴたりと止めた。ゆっくりと顔が上がる。しかしぶつかった瞳の奥には動揺らしい動揺は見当たらず、ランティスは、眉間の皺を深くした。
 大統領の息子ということで幼い頃から英才教育を受けてきたためなのか、イーグルは本心を隠すのがほんとうにうまい。魔法を使えばその心を読むことは容易いが、無二の親友であるイーグルに対してそんなことをするのは、さすがに気が引けた。

 そうしてランティスが思案していると、イーグルがくすりと笑って、「ほら、また皺が深くなった」と言った。
「まったく。あなたは導師クレフのことになると、決まってむきになりますね」
 思いがけないことを言われて、ランティスはぐっと言葉に詰まった。反論しようと身を乗り出すも、イーグルの言葉を否定できない自分自身を心の中に見つけ、何も言い返せなくなる。その態度が目の前の悪友を楽しませるだけになるとわかっていても、ランティスは、ふいと顔を逸らす以外にどうすることもできなかった。
 案の定、くすくすと楽しそうに笑うイーグルの声が背中に掛かった。
「ほんとうは、誰にも言わないつもりだったんですが」とイーグルは言った。「導師クレフに対するその気持ちに免じて、あなたにだけは、ほんとうのことをお話します。ただし、他言無用ですよ」
 ランティスはちらりと目だけでイーグルを振りかぶった。いつの間にかイーグルは、視線を下に落としてアクセサリー作りを再開している。ずいぶんと手慣れているようで、動かす手に迷いはなかった。
「あなたがにらんでいるとおり、これは僕とウミの二人で仕組んだ、『偽装交際』です。当然のことながら、ウミにも僕にも、お互いに対して恋愛感情はありません」

 その答えは、決して寝耳に水だったというわけではない。むろ、十中八九そうであろうと思っていた答えと言ってもよかった。それでもその答えを聞いた瞬間、ランティスは激しい眩暈を覚えて力なくかぶりを振った。悪い夢でも見ているかのようだった。思わず頭を抱え、唸る。カチャカチャとイーグルがイヤリングを作り続ける音が、耳にうるさい。
「正気なのか」
 ようやっと口にすることができた言葉は、それだった。
「ええ」とイーグルはこともなげに頷いた。「こうでもしなければ、あの二人はいつまで経ってもすれ違ったままでしょうから」
「イーグル、気は確かか」
 ランティスは思わず声を荒げた。
「導師クレフがこんな茶番に乗ってくるわけがないということは、おまえだってわかっているだろう。現に、先週異世界の少女たちがやってきたときの導師の落ち込みようを、見ただろうが」
「ああ。そういえば、そんなこともありましたね。あのときの導師クレフは、確かに気落ちしていたな」
 のほほんと言うイーグルを前に、ランティスは途方に暮れた。


 イーグルとは、長くない付き合いを続けてきたつもりだ。今では誰よりもお互いの事をよく知っている仲だと思っているが、それでもランティスはときどき、イーグルの真意を測りかねることがある。今もまた然りだ。
 イーグルは、一見のんびり屋に見えるが――実際、病気が治った後でも暇があればよく寝ているし――、実際は恐ろしいほど頭の切れる男だ。一度言ったことは決して曲げないところは父親譲りで、加えて、意味のない行動はとらないという点もよく似ている。今回の一件――イーグルの言葉を借りれば「偽装交際」か――も、何か理由があってやっていることなのだろうが、それにしても、イーグルが何を思ってこんなことをしているのか、ランティスには皆目見当がつかなかった。

「ほかに方法はないのか」
 ランティスは庭へ視線を放り投げ、頭を抱えた。イーグルの言うとおり、明後日には異世界から海たちがやってくることになっている。そのときに、またあの意気消沈したクレフを見ることになるのかと思うと、気がめいった。

 ランティスにとって、幼いころよりの師であるクレフが気落ちしているところを見るのは耐えられないことだった。それをランティスは、今回の一件で痛感した。先の二度に渡る『柱』を巡る戦いの最中でさえ、ただ一人、決して弱音を吐くことのなかったクレフが、たった一人の少女が自分の手元を離れてほかの男のもとへ行ってしまったというだけで、まるで持てる魔法力のすべてを削がれてしまったかのような顔を見せるのだ。その状態が二週間前、イーグルと海がそろって「自分たちは付き合うことになった」と皆の前で宣言してから続いている。そして先週、異世界の少女たちがこちらの世界へやってきたときのクレフの落ち込み様といったら、生半可なものではなかった。

 イーグルの気持ちがわからないわけではない。確かに、誰がどう見ても相思相愛のクレフと海は、いつまで経ってもお互いの気持ちを打ち明けないまま、もう三年の月日を無益に過ごしている。750年近く生きているクレフにとって、三年という年月は大したものではないのかもしれないが、周囲の人間にとってこの三年は、ただやきもきさせられるだけの時間だった。その状況を鑑みれば、誰でも救いの手を差し伸べたくなるだろう。
 大方イーグルと海は、自分たちが付き合うことにしたと言えばクレフも焦って、海を取られたくないと本心を打ち明けるに違いないとでも考えたのだろう。たとえばこれが彼以外の人物を標的としていたならば、ランティスだって、状況次第では二人の企みに手を貸してやってもいいと思わないわけでもない。だが、相手がクレフなら話は別だった。クレフが、彼らの浅はかな思惑どおりに動いてくれるわけがなかった。それは、それこそ短くないクレフとの付き合いの中で、ランティスはよくわかっている。――自分自身の幸せはそっちのけで、周りの人間の幸せばかり考える人。それが『導師クレフ』だった。

「取り返しのつかないことになるぞ」
 イーグルに背を向けたまま、ランティスは言った。
「それは、どうでしょう」
「イーグル――」
「さ、できた」
 振り返り様に言葉を続けようとしたランティスを、イーグルが遮った。両手でイヤリングをつまみ上げ、こちらへ向ける。太陽の光を反射して、真っ青な宝玉がきらきらと輝いた。
「綺麗でしょう。きっとウミに似合いますよ」
 ね? と同意を求められても、ランティスは言葉を返すことができなかった。代わりに、肩を上下させてひとつため息をついた。いつも楽しみだった異世界の少女たちの来訪がこれほど恐ろしいと思ったことは、過去には一度としてなかった。




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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