蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

純潔のプリマヴェーラ 6

中編

それは初めて聞いた、そしてずっと聞きたかったクレフの「本心」、彼の「わがまま」だった。

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 持つべきものは友だと、イーグルは、ランティスと知り合って初めて思うようになった。それまでも、親しい人間は何人もいた。ただ、心の底から信頼し合えるような「親友」は一人もいなかった。
 イーグルにとって、ランティスはほかの誰とも違っていた。彼は、イーグルが「大統領の息子」だから接しているのではなかった。ただのひとりの人間としてイーグルのことを見ていた。イーグルが内面を見せられるのは、ランティスだけだった。まさに無二の親友だった。そして、その親友が魔法の達人だということは、なんともありがたいことだった。

「あ、このあたりで止めてもらえますか、ランティス」
 訝しげにこちらを見つめてくる視線を感じたが、イーグルは気づかないふりを決め込んだ。やがて、諦めたようにこれ見よがしなため息をついたランティスは、魔法剣をこちらへ向けてすっと翳した。すると、宙に浮いていたイーグルの体は車椅子ごと、すぐ脇にあったセフィーロ城の天辺にある天門の中へと吸い込まれるように移動していき、入り口付近で止まった。遅れてランティスも、彼の精獣である黒馬に跨ったまま天門の中へ入ってくる。見慣れた彼の精獣は、イーグルの隣へやってくると一瞬で姿を消し、空いたスペースにランティスが軽やかにトンと降り立った。

「完璧ですよ、ランティス」とイーグルは拍手をしながら言った。「さすが、導師クレフの一番弟子なだけありますね」
「俺が一番弟子のわけがないだろう。あの人が何年生きていると思っている」
 ランティスは吐き捨てるように言った。
「知ってますよ」とイーグルは言った。「冗談に決まってるじゃないですか」
 くすくすと笑みがこぼれる。「付き合っていられない」とばかりにかぶりを振るランティスをよそに、イーグルはひざ掛けをめくると、そこに忍ばせていたものを取り出した。まずは大きなゴーグルを頭に掛ける。そして次に、5センチ四方、厚さ1センチほどの小さな黒い物体を手に取った。損傷がないのを確かめ、その物体の左側面にあるボタンを押す。すると物体の表面が両脇にスライドし、中から細い針金でできたアンテナが現れた。右側面のダイヤルを回して周波数を合わせる。雑音の中に耳を澄ませ、目的の声が聞こえてこないか、イーグルは意識を集中させた。

「何をしている」
「しっ」
 イーグルは鋭くランティスを遮った。ぴくり、と彼の手が震えるのが横目に映った。
「少し静かにしていてください」
 目を閉じて、聞こえてくる音だけに集中する。細かくダイヤルを回しながら、雑音と人の声とを聞き分けていく。
『――レフ、――ね……』
 ようやく狙っていた声が途切れ途切れながらも聞こえたとき、イーグルははっと目を開けた。そしてダイヤルを回す手運びをますます慎重にする。
『――ミ、……して……に』
『……なさい。私、あなたに謝らなきゃいけないことがあるの』
 声がもっともクリアになったところで、イーグルはダイヤルを回す手を止めた。口元に、自然と笑みが浮かんだ。

「イーグル」
 ふいに聞こえた声に、イーグルは顔を上げた。
「おまえ、まさか」
 そこには顔面蒼白したランティスがいた。ぴくぴくと目の下が引き攣っている。イーグルは、「これですか?」とこともなげに膝の上の黒い物体を指差し、「集音機ですよ」と説明した。オートザム随一のメカニックであるザズの特製だ、製品力は折り紙付きである。
 どんどん顔色を悪くしていくランティスをよそに、イーグルは、頭に掛けていたゴーグルを目元まで下ろした。やはりザズ特製のそのゴーグルにも脇にダイヤルがついていて、それを回すとズームイン、ズームアウトが自由自在にできる仕掛けになっている。焦点を合わせながら、ここへ移動してくる間にランティスに聞いた、クレフの気配が感じられるという『精霊の森』に目を向ける。極限までズームインして森の隅々を注視していると、やがて切り立った崖の手前に佇むクレフと海の姿を捉えた。

「いましたよ、ランティス」
「気でも狂れたのか?」とランティスがどすの利いた声で言った。「こんなこと、導師クレフに感づかれたらただでは済まないぞ」
「だからこそこうして、絶対にあの人が気づかないような遠くから見ているんじゃありませんか」とイーグルは言った。「それに、いくら導師クレフでも、ウミがつけているあのイヤリングに盗聴器が仕込まれているとは、気づかないでしょう」
 さっと空気が冷える。ランティスが緊張しているのだとわかった。
「俺は、こんなことで導師の咎めを受けるのはご免だ」
 まるで咎められることが決まっているような口調に、イーグルはわれ知らず笑みをこぼした。
「そんな薄情なこと言わないでくださいよ、ランティス。あなただって、二人の恋の行方が気になるでしょう?」
 ぐっとランティスが言葉に詰まる。そのわかりやすい親友の反応に、イーグルは満足げに笑った。結局この男も、自分と同じように、あの不器用な魔導師のことが大好きで仕方ないのだ。
 押し黙ったランティスとともに、イーグルは集音機から聞こえてくる声に耳を澄ませる。さすがにゴーグルの中の映像を見せることは無理だが、集音機が拾ってくる音はランティスにも届いているはずだった。

『……嘘なの』
『嘘?』
『あの、イーグルと付き合うことになった、っていう話。あれは、私とイーグルの二人で考えた、偽装工作だったのよ』
 ゴーグルの中に、クレフの絶句している姿が見える。そんな風に感情を露わにしたクレフを見られることなどめったにないので、イーグルは覚えず身を乗り出し、食い入るように彼を見つめた。そしてそのクレフの向かい側では、耳までを真っ赤に染め上げた海が、さほど大きくないバスケットを大事そうに両手で抱え、俯いていた。
『なぜ、そのようなことを』
 クレフが言った。
『だって』
 海が思わず、というように声を張り上げた。おや、結局またいつもの展開だろうか、とイーグルはわずかに眉間に皺を寄せた。だがここから先は、さすがにいつもとは違った。海はごくりと唾を呑み込むと、一歩引き下がり、力なく項垂れた。
『ごめんなさい』
 いつもは勝気な彼女からは想像もできないほど、その声は、今にも消え入りそうだった。せめて声だけでも録音できる仕様にしてもらえばよかったと、イーグルは心の中で舌打ちをした。
 クレフと海、二人ともが今、想い人にしか見せない表情、聞かせない声をしている。それをこうして目にし、耳にすることができるという至高の優越感に浸りながら、イーグルは今か今かとそのときを待っていた。

 やがて、海が吹っ切るように顔を上げ、はにかんだ。
『あのね。今日、何の日か覚えてる?』
『今日?』
 きょとんと首を傾げたクレフに苦笑しながら、海がバスケットの蓋を開けた。
『んもう。今年で三回目なんだから、いい加減覚えてよね。今日はバレンタインデーなのよ。……はい』
 そう言って、海はかわいくラッピングされた菓子を取り出しクレフに渡した。「バレンタインデー」について、海は特段の説明をしなかったが、一度耳にしたことはどんなことであっても正確に記憶しているクレフが、今日という日の持つ意味を誤解しているはずはなかった。

 イーグルは、二週間前に口にしたあの菓子の味を思い出し、よだれが出てくるのを感じた。海の菓子作りの腕前には定評があり、それはイーグルも認めているところだ。これまで何度となく彼女の作る菓子を口にしてきたが、今海がクレフに渡しているあの菓子は、これまで彼女が作ったものの中でも群を抜いて美味しかった。確か、「フォンダンショコラ」という名前だった。あの菓子がもう自分の口に入ることはないのだと思うと、どうも淋しいところがある。やはり、菓子は皆に作ってきても支障はないとアドバイスするべきだったかもしれない。口の中でチョコレートがとろける感触を思い出して、イーグルは苦笑した。

 差し出された菓子を、クレフが戸惑いながらもそっと受け取る。だが、クレフが菓子を手に取っても、海はなかなか自分の手を離そうとしなかった。
『ウミ?』
 クレフが訝しげに問う。すると、ますます顔を紅く染めた海が、クレフの手を菓子ごとパシッとつかんだ。クレフが身じろぎする。そこに追い打ちをかけるように、海が『クレフ!』と声を裏返らせた。
『な……なんだ』
『こっ、今年のチョコレートは特別なの!』
『特別?』
 こくりと海が頷く。
『あなただけに、作ってきたの。あなただけに食べてほしかったから、だから……』
 はっとクレフが目を瞠った。そして、ゆっくりと遠慮がちに顔を上げた海と視線を交わらせる。そうして二人が見つめ合ったまま、永遠とも取れるほどの時間が流れた。

 何をしてるんですか、導師クレフ。心の中でイーグルは言った。あのイヤリング、スピーカーホンつきにするべきだった。そう後悔しかけた、そのときだった。海がついに口を開いた。
『クレフ、私――』
 せっかく決心したというのに、彼女の言葉は中途半端なところで途切れ、小さな悲鳴に取って代わられた。クレフが、海につかまれていた手をぐいと自らの方へ引いたからだった。身長差があるせいで、海はバランスを崩し、その場でくずおれてしまった。その海の体を、クレフがしっかりと支え止める。そしてそのまま優しく抱きしめた。
『もう、どこへも行くな』
『クレフ……』
『おまえだけは、ほかの誰にも渡せんのだ。ずっと、私の傍にいろ』
 それは初めて聞いた、そしてずっと聞きたかったクレフの「本心」、彼の「わがまま」だった。

 イーグルはふっとほほ笑み、集音機の電源を切るとゴーグルを外した。ふう、と息をついて天を仰ぐ。のどかな晴天が、イーグルを見下ろしている。
 この天門付近では、地上よりも強い風が吹く。その強さが、今のイーグルには心地よい。
「まったく、あの二人の恋のキューピットほど大変なことはありませんでしたよ」
 イーグルは真っ青な空を見上げて目を細めた。カタン、と音がしてそちらを見ると、なだらかな曲線を描いた壁に、ランティスがもたれ掛かろうとしているところだった。何をしたわけでもないのに、その頬には疲労の色が窺える。腕を組んで視線を落とす、その全身から漂ってくるオーラが陰鬱で、イーグルはくすりと笑った。
 どうやらランティスは、クレフに咎められることをまだ恐れているらしい。ランティスがそんな風に余裕を失うのは、ことクレフに関することを話しているときくらいだ。彼にとってクレフは、決して逆らうことのできない唯一の人なのだろう。

 笑い声に反応したのか、ランティスが横目でこちらをにらんできた。
「わかってやっていたのか」
「何のことです?」
 あくまでも笑みを絶やさずに言う。同じ台詞を、クレフに対しても口にしたなと思った。
 しばらくじっとにらみを利かせていたランティスも、やがて諦めたのか大きくため息をついて視線を逸らした。つと外を見やり、そのまま天を仰ぐ。同じ色の瞳に空を映しているランティスの横顔に、しかしイーグルはどこかすがすがしさを認めて、一人含み笑った。そして同じように空を見る。雲ひとつない晴天が、今日もセフィーロを見守っている。
「まあでも」とイーグルは呟くように言った。「娘を嫁に行かせる父親のような気分であることは、間違いありませんね」
 じっと見ていると、空と同じ色の髪を持つ少女の姿が浮かんだ。彼女は笑顔を浮かべてこちらを見ている。イーグルもまた、笑顔を返した。
「今度導師クレフを苦しめることがあったら、僕が黙っていませんよ? ウミ」
 彼女に向かって言った。屈託のない笑顔が一瞬引き攣ったように見えて、イーグルは喉の奥で笑った。

***

 その後イーグルは、自身の読みが甘かったことを思い知らされることとなった。クレフはイヤリングに仕込まれた盗聴器のことも、イーグルとランティスが会話を聞いていたことにも気づいていたのである。二人は、ランティスの恐れていたとおり、クレフにこっぴどく叱られた。ただ、そんな二人に対する「お咎め」が、クレフの杖による一撃だけに留まったのは、不幸中の幸いであったと言えるかもしれない。
 もっとも、その一撃がしばらくの間二人を頭痛で悩ませることになったのは、言うまでもない。




純潔のプリマヴェーラ 完





皆さんからの人気が高いイーグルを中心に書いてみました。クレ海だけど主人公はイーグル、みたいな。
イーグルにとって「娘」はクレフなんです(笑)ちょっとBLっぽく……いえ、そうでもないですが。私はあくまでもノーマルカップリング派ですよ。
イーグルの欲しかった「ご褒美」は、「クレフが自分のわがままを口にしてくれること」だったんです。
タイトルは、イーグルのことを指しています。説明は省きますが、「恋のキューピット」という意味です。

イーグルは、海ちゃんにとっては手ごわい姑になりそうですね(笑)
ここまで読んでくださってありがとうございました^^ Happy Valentine's Day!

2013.02.14 up / 2013.08.18 revised




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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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