蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

アジュール・プロポーズ

短々編

以前拍手に掲載していたものです。掲載時から若干の加筆修正を加えています。クレフさんは大人バージョンに置き換えてください。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 クレフの部屋で、見慣れないものを見つけた。テーブルの上にあったそれは、窓から射し込む太陽の光を反射して、瑠璃色の海のように輝いていた。そっと手に取る。クレフの部屋にはあまりにも似つかわしくないそれを、私はいろいろな角度からまじまじと眺めた。
「――ああ、その件はまた後で。明日同時刻に会うと伝えてくれ」
 そのとき、扉が開いてこの部屋の主であるクレフの声が聞こえてきた。一旦顔を上げ、そちらを見る。まだこちらに背を向けているクレフは、外へ向かって、私にはわからないようなむつかしい言葉を次から次へと並べている。まったく、どこまで忙しいひとなのかしら。セフィーロが新たな摂理形態のもと再スタートを切ってからもう三年が経つというのに、彼は未だに、朝から晩まで働きづめになっている。少しは休んだらと皆が言うのに、彼はそのたびに「ああ、そうだな」と適当な返事をするだけで、ほとんど休みを取ろうとしない。それでも辛そうなそぶりは見せないから、純粋に動くことが好きなのだろう。「仕事人間」とはクレフのためにあるような言葉だ。相変わらずの姿に、私はくすりと笑った。

「待たせたな、ウミ。すまなかった、退屈していただろう」
 ほとんど強制的に会話を中断して、クレフが部屋の中へ入ってくる。扉が閉ざされたときの音はいつもより大きく、しかもやや乱暴だったけれど、それを指摘することはせず、
「だいじょうぶよ、今来たところだもの」と私は答えた。「それより、お仕事はもういいの? まだ途中だったんじゃない?」
「構わない。特に急ぎの用件でもないからな。それに」
 言って、クレフは迷うことなく真っすぐ私の方へ向かってくる。そして私にたじろぐ暇も与えず、自然な流れで隣に腰を下ろした。
「おまえが来ているというのに、仕事など手につくわけがあるまい」
 そしてクレフは、私の腰を引き寄せて啄むような口づけをした。
「……ばか」
 赤くなった顔を隠すように、ふいと視線を逸らして俯いた。まったく、このひとはいつもそうだ。言われる方が落ち着かなくなるような恥ずかしい台詞を、いとも簡単に口にする。一週間ぶりに会って早々にこんなことをされる、私の身にもなってほしい。口ではつれないことを言うけれど、そのすべては照れ隠しだった。私はまだ、こういう積極的な愛情表現に対する免疫ができていない。

「喉が渇いたろう」
 徐に言い、クレフは立ち上がった。
「チゼータの姫君から、美味しい茶葉をいただいたのだ。一休みしよう」
 そう言ったクレフはほんとうに嬉しそうで、私まで思わず笑顔になった。給湯室へ向かおうとしたクレフをそのまま見送るつもりだったのだけれど、途中でふと気づき、彼を呼び止めた。
「ねえ、クレフ」
 クレフが立ち止まり、きょとんとしてこちらを振り返る。私は手にしていたものを軽く掲げて問うた。
「これ、どうしたの?」
 それは、どこからどう見てもマニキュアだった。

 セフィーロにマニキュアなどあるとは思っていなかったので、まずそれが存在するということに驚いた。ちょうどこれから暑くなる東京でも映えそうな、綺麗なアジュール色をしている。そんなマニキュアをどうしてクレフが持っているのか、不思議でならなかった。
「ああ、そうだった」
 ほほ笑んで言うと、クレフはくるりと踵を返して私の方へ戻ってきた。そして再び隣に座ると、私の手からマニキュアをそっと取り上げた。
「おまえに似合いそうな色だと思ってな。手に入れておいたのだ」
「えっ?」
「チゼータでは、女性はこういうものを使うのが普通らしい。先日、姉姫がセフィーロへいくつか持ってきてくれていたのだが、その中にこれがあってな。姉姫の好物のブイテック三つと、交換していただいたのだ」
 クレフはタトラのことを「姉姫」、タータのことを「妹姫」と呼ぶ。なるほど、と私は思った。確かにチゼータならば、マニキュアもありそうな気がする。けれどクレフがこれを自ら買って(というか、物々交換して)くれたということは、驚き以外の何物でもなかった。

 私は想像力を働かせ、その場面を思い起こした。タトラがマニキュアを持ってきたのは、おおかたカルディナやプレセアのためだろう。女性ばかりが覗き込んでいる中に、クレフひとりがいる。そして彼が、無数並んだマニキュアの中から真剣にひとつを選び出す。それは想像するにとても不思議な光景だったけれど、クレフならばそこにいてもおかしくないなと思った。そして何より、私のためにマニキュアを選んでくれたというのが嬉しかった。

「ありがとう、クレフ。大切に使うわね」
 そう言って、クレフからマニキュアを受け取ろうと手を伸ばしたのだけれど、私の手にマニキュアが渡ることはなかった。クレフが、そのマニキュアをしっかりとつかんで離そうとしなかったからだ。私が首を傾げると、クレフはゆるくかぶりを振った。
「そちらではない」と彼は言った。
「え?」
「もう一方の手を」
 マニキュアを持っていない方の手を差し出しながら、クレフは言った。クエスチョンマークが頭の上に浮かんだけれど、取りあえずは言われるがまま、右手を引っ込めて代わりに左手を出す。そうしてみて、私はさらに困惑した。わざわざ掌を上に向けて差し出したのに、クレフはご丁寧にその手を裏返したのだった。そして軽く私の手を握ると、もう一方の手で器用にマニキュアの蓋を開け、テーブルの上に置いて刷毛を持ち上げた。そこでようやくクレフが何をしようとしているのか悟った私は、途端に顔が熱くなるのを感じて、手を引こうとした。
「ク……クレフ! あの――」
「動くな。手元がぶれる」
 クレフは私の手をじっと見つめたままぴしゃりと言った。そう言われてしまえば動かないようにするしかなく、私は諦めて大人しくした。

 心臓の音がクレフにまで聞こえてしまわないか、それだけが心配だった。速くて深い鼓動が耳にうるさい。クレフの手の動きを、一瞬も逃さないように追いかける。彼はそっと、私の左手の薬指にマニキュアを塗った。
 男の人にマニキュアを塗られるなんて、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。しかもクレフは、ご丁寧に二度塗りまでした。初めてそんなことをするとは思えないほど、手つきには迷いがなく、塗り方も綺麗だった。クレフはもともと手先が器用だ。こういう細かい作業は、きっと朝飯前なのだろう。そういう問題ではない気もするけれど。

 爪の裏まできっちり塗ると、クレフは顔を上げ、満足そうに頷いた。
「思ったとおりだ」と彼は私の手を軽く持ち上げて言った。「おまえのために誂えたような色だな」
 マニキュアは、見たとおりの発色をした。太陽の光が当たると、そこだけがまるで海の深いところであるかのように見える。角度が変われば色味も変わる。厭らしくない程度のラメが入っていて、指を動かすときらめいた。
「綺麗……」
 われ知らず口元が綻んだ。私はクレフを真っすぐに見て、ほほ笑んだ。
「ありがとう、クレフ。とても気に入ったわ」
 クレフもまた、私の答えを聞いて嬉しそうに笑った。
 ところが、その後クレフが取った行動に、私は思わず「えっ」と声を上げた。
「どうして仕舞うの? まだ左手の薬指にしか塗ってないじゃない」
 身を乗り出して、私は言った。私の手をそっと解放したクレフは、なぜかマニキュアに蓋をしてしまったのだった。私の手元は、左手の薬指だけにマニキュアが塗られているという不可思議な状態になった。しかもそのマニキュアの色は綺麗なアジュールだったので、余計に目立った。

 クレフが私を見返す。彼はなぜかほほ笑んでいた。
「それでいい」とクレフは言った。「その指にだけ、塗っておけ」
「そんな」と私は困惑して言った。「どうして? 一本だけなんておかしいわ。それにこの色、すごく目立つもの」
「だからこそだ」
「え?」
 首を傾げた私の左手に、クレフが触れた。それだけで鼓動が高鳴る。思わずクレフから視線を外すと、彼が優しく私の手を持ち上げ、軽く握った。
「この色が目に入るたびに、おまえは私のことを思い出すだろう」
 それは思いがけない言葉だった。私ははっと顔を上げた。クレフは私の手元を見ていて、彼と視線は交わらなかった。長い睫毛が、頬にうっすらと影を作っている。美しい男(ひと)だと思った。そうして視線を落としたまま、彼は言った。
「離れている間、私だけがおまえのことを思い出すのでは、癪だからな」

 それは、私とこういう関係になってからクレフが初めて見せた、ほんとうに控えめで些細な独占欲。
「クレフ……」
 目の奥が熱くなった。ずっと、私ばかり淋しくて、私ばかり好きなんだろうと思っていた。クレフは私がいなくてもきっと生きていける。それでも私とこうして一緒にいてくれるのは、私の気持ちに付き合ってくれているだけなのだ。そう思うことさえあった。でも、そうではなかった。クレフだって淋しいし、クレフだって私のことを想ってくれている。

 もしかしたら、今までで一番嬉しい瞬間かもしれなかった。クレフの手を少しだけ強く握り返す。クレフが顔を上げて私を見る。視線が交わると、私はほほ笑んだ。
「ばかね」と私は言った。「こんなことされたら、恋しくて、夜も眠れなくなっちゃうじゃない」
 クレフが微かに目を見開く。探るように私の瞳の奥を見つめていた彼は、やがて表情を緩めると、握った手をそのまま引き寄せて私を抱きしめた。薄紫色の猫毛が頬をくすぐる。私も彼の背中にそっと腕を廻した。すぐ目の前に、あのアジュール色の爪が見えた。それはまるで、クレフの瞳のように美麗な輝きを放っていた。

 クレフの腕が緩む。至近距離で見つめ合い、私たちはどちらともなく笑った。互いの額がぶつかる。私はそっと目を閉じた。
「予約されちゃったわ」と私は言った。「この指は、空けておかないとね」
 左手の薬指。はたしてクレフは、その指の持つ意味を知っていてそこにマニキュアを塗ったのか、それともたまたまその指を選んだのか。

 ねえ、クレフ。このマニキュアは、あなたからのプロポーズだと思ってもいい?




アジュール・プロポーズ 完





これは、実際に「AZURE」という名前の色のマニキュアを買ったので、そのときに思いつきました。
ほんとうに、見る角度によって色合いが変わるマニキュアなんですよ。夏の間は大活躍でした。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.08.20 up




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都内某所にひっそりと生息。
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