蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

片想い戦争 前篇

海誕企画★2013

海誕企画作品です。改題しています。クレフさんは大人バージョンに置き換えてください。

本文は「続きを読む」からどうぞ。




 セフィーロ城は、果たして何十階の構造になっているのか、とにかくスカイツリー並みの高さを誇っている。けれどだからといって、中に階段やエレベーターのようなものがあるわけではない。ではどのようにして階を移動するのかといえば、実は歩いているうちに気づけば下の階にいたり、逆にいつの間にか最上階にたどり着いていたりということがよくある。つまり、城全体が巨大な螺旋階段であるかのように、一階から最上階まですべてが繋がっているのだった。それなら城の内部は傾いていてもおかしくないのだけれど、当然そんなことはない。このあたりの仕組みはよくわからないけれど、さすが魔法の国だとは思う。

 すべて繋がっているとはいえ、城内は、その人の位によって住まう階層が決められている。上に行けば行くほど位の高い人の暮らす場所になる。海たちはいわばVIP待遇で、普段寝泊まりしているのは城の最上階だった。そこにはクレフやフェリオ、それにプレセアやランティスも部屋を持っている。国の中枢を担うような人は皆、最上階に住んでいた。

 上層階に住む人が下層階に行くのは簡単だけれど、下層階に住む人が上層階に行くのは、相応の理由がなければ難しい。だから、異なる階層に住まう人たちが交流するには、上層階の人間が下へ行くのが手っ取り早い。それでも、やはり位が高い人間は忙しいことが多くて、じゅうぶんな交流を図ることは難しいらしかった。クレフが「ほんとうは、私ももっと下へ足を運ぶべきなのだが」と申し訳なさそうに眉尻を下げて言うのを、海は耳にしたことがあった。そのときは、「それはそのとおりだ」と思ったのだけれど、程なくして、海はその考えを180度転換することになる。

***

 その日、海は初めて城の下層階へ行くことになった。最上階にいれば大抵の用事は済ますことができるので、海はこれまで城のほかの階には足を運んだことがなかった。だからとりわけわくわくしていた。気分は幼稚園の遠足前さながらだった。
「楽しみね、カルディナの踊り」
 隣を歩くアスコットを見上げてにっこりとほほ笑む。アスコットは、「えっ」と必要以上に驚いたような声を上げた。海がきょとんと首を傾げると、慌ててぶんぶんとかぶりを振った。
「そっ、そうだね」としどろもどろに言ったアスコットは、気を取り直すようにして笑った。「ウミは、カルディナの踊りは見たことがないんだっけ?」
「そうなの」と海は頷いた。「だから、『城の下層階で踊りを披露するから見に来て』って誘われたときは、嬉しかったわ」
 カルディナは、今でこそセフィーロに留まっているけれど、かつては踊り子として世界各地を転々としていた経歴を持っている。踊りだけで生活を切り盛りしていたのだから、相当の腕前なのだろう。そのカルディナの踊りを見られる機会を逃す手はなかった。


「あそこだよ」
 やがてアスコットが、進む先に見えてきた広場らしきところを指差して言った。その広場は周囲を色とりどりの木々に囲まれていて、あの最上階にある中庭によく似ていた。異なっているのは、最上階の中庭にはある噴水が、この広場にはないことくらいだろうか。
 驚いたことに、すでにびっくりするくらい大勢の人が集まっていた。広場への入り口に人垣が出来ていて、何やら異様な熱気に包まれている。
「カルディナって、こんなに人気があるの?」
 海は呆気に取られて言った。
「そうみたいだね。僕も知らなかったよ」とアスコットが言った。「それにしても、すごい人だね。しかも、女の人ばっかり」
 人混みからやや離れたところで立ち止まり、二人は唖然としてその光景を見つめていた。改めて見ると、確かにアスコットの言うとおり、その人垣は女性でばかり構成されていた。

 不意に海は、その人垣に妙な違和感を覚えた。気のせいか、踊り子を待つ雰囲気ではないように見えるのだ。すぐにはその違和感の正体がつかめなかった。わけもなく、胸の奥がざらざらとした。
 そうして眺めていると、急に人垣が黄色い歓声に包まれた。
「なっ、なに?!」
 思わず耳を両手で塞ぐ。そうして気づいた。やはりこの人垣は、女性の踊り子を待つ人垣ではない。喩えて言うならば――そう、ジャニーズの公演を今か今かと待ち侘びるファンの人垣に似ている。
「いらしたわ!」
「まあ、ほんとうに青年の姿をなさっているのね」
「あの噂はほんとうだったのね。それにしても、なんて凛々しいのかしら」
「もっと頻繁に、こちらにも来てくださればいいのに」
「それは無理よ。あの方は、今のセフィーロでは最高権力者でしょう。お忙しいに決まってるわ。なんと言っても、このセフィーロで最高位の魔導師なんですもの」

「え?」
 人垣から聞こえた言葉の数々に、海は耳を疑った。
 ――セフィーロ最高位の、魔導師?
 そう呼ばれる人を、よく知っている。
 ――ほんとうに青年の姿をなさっている?
 そういえば、その人はついこの間まで少年の姿をしていた。

 海は全身から血の気が引いていくのを感じた。
「あっ、ウミ――」
 背後からアスコットの声が聞こえたけれど、それどころではなかった。海は人垣に向かって突進するように駆け出した。
「ちょっと、ちょっとどいて!」
 人垣を強引に掻き分け、前へと進んでいく。舌打ちや小さな悲鳴が聞こえたけれど、そのどれもに対して、海は聞こえなかったふりをした。
 やがて、急に視界がぱっと開ける。出たところは広場だった。そしてその広場の中央で、カルディナとプレセア、そしてクレフが何やら打ち合わせをしていた。その光景は、厭でも海の目に飛び込んできた。
 迂闊だった、と海は己の浅はかさを呪った。恋敵ができるなんて、想像さえしてもみなかったけれど、今の今まで気づかなかっただけで、よく考えてみたら当たり前だ。ある日突然大きくなったクレフは確かに、認めるのも嫌だけれど、かっこいい。海自身、大人になった彼を見て、初めて自分の恋心を自覚したのだ。

 打ち合わせをしていたカルディナが、ふと海の存在に気づいて快活に笑い、大手を振ってきた。その行動を受けたクレフも、こちらへ視線を向けた。
「ウミ」
 そう言ってクレフが穏やかにほほ笑むと、海の背後で黄色い歓声とため息、そしてバタバタと何人かが倒れる音がした。
 倒れたいのは私の方よ、と海は心の中で悪態をついた。わなわなと震える唇をきゅっと噛み締めるので精いっぱいで、クレフに笑い返すことさえできなかった。その様子を見て、クレフが不審そうに眉根を潜める。そうしてクレフが表情を変えるたびに、海の背後では人が倒れる音がする。頼むから、能面を付けてちょうだい。そう叫びたいのを堪えるのに必死だった。

***

 カルディナの踊りは、こんな言い方をするとちょっと失礼かもしれないけれど、意外なほど繊細で煌びやかだった。魅了される、という言葉がふさわしく、見ている人は誰もが皆、幸せそうな顔をしていた。満足気に帰っていく人々を見て、誰よりもカルディナ本人が嬉しそうな顔をしていた。
 確かにカルディナの踊りは素敵だった。それでも海は、その踊りの半分も楽しめなかった。心ここにあらずという状態であったことを、自覚していた。
 人気のなくなった広場で、海は一人、簡単に登れそうな木を見つけるとそこに登り、枝に腰を下ろして閑散とした広場をぼんやりと眺めていた。ぶらぶらと足を揺らせば、木の葉が一枚地面に落ちていく。それをぼんやりと目だけで追いかけながら、釈然としない己の心を持て余していた。

 せっかく一緒に来てくれたのに、一人で帰らせたアスコットには、申し訳ないことをした。帰り際、「ちょっと寄りたいところがある」と言った海を、アスコットは心配そうに見ていた。当然寄りたいところなどなかった。ただ、とにかく人から離れていたかった。一人になる時間が欲しかっただけだった。

 思いがけない壁に直面していた。彼のことを恋愛対象として見る私は特殊で、誰もクレフのことをそんな目では見ていないのだと思い込んでいた。でも、どうしてそんな風に思い込んでしまったんだろう。はっきり言って不自然だ。私でさえこの気持ちを自覚したのだから、大人になったクレフを見て、恋心を抱く人がほかに何人もいてもおかしくない。

 疑いの余地はなかった。クレフはこの国で一番強い魔導師で、人垣の女性も言っていたとおり、『柱』なき今のセフィーロでは最高権力者だ。けれどそれをひけらかすようなところはまったくなく、人に対しては、こちらがどぎまぎしてしまうほど優しい。自分よりも周りの人の幸せを優先するような性格で、人望は厚く、先を見る力もあり、冷静沈着で、思慮深い。おまけにかっこいいときたら――
「モテないわけ、ないわよね」
 はあ、と思わずため息が漏れた。

 クレフは、「自分はもっと下層階へ足を運ぶべきなのだ」と言っていた。海だって、当時は彼の意見に同意した。けれど今は、金輪際そんなことはしてほしくないと思った。ほとんど行くことができていない段階でこれなのだ、今以上に交流を図られては、海にとっていいことはひとつもない。恋敵が一人、また一人と増えていくだけだ。そんなことを考えていたから、急に名前を呼ばれて、海は心底驚いた。
「ウミ?」
「えっ」
 慌ててきょろきょろと辺りを見回すと、腰掛けていた木のふもとにやってきてこちらを見上げる人の姿が目に映った。
「何をしているのだ、そんなところで」
「クッ、クレフ――っ?!」
 驚きすぎたせいか、一気に噴き出てきた汗で手が滑った。しまった、と思った瞬間には、海は大きく体のバランスを崩していた。
「ウミ!」
 珍しく、余裕を失って叫ぶクレフの声がする。その声を聞きながら、海の体は重力に引き寄せられ、真っ逆さまに地面へと吸い込まれていく。
 ――落ちる!
 観念して、目を瞑った。

 ドスン、と鈍い音がした。体が止まったのが自分でもわかる。それでも海は、しばらくの間目を開けることができなかった。自分の状態を確かめるのが怖かった。
「女の子は腰を大事にしなければなりませんわ」
 いつか風に言われた言葉が脳裏を過った。腰を打っていたらどうしよう。ああ、それよりも頭を打っていたら。これ以上のばかにはなりたくないのに。

 けれど、なぜかどこも痛みを覚えていないことに気づくまでに、そう長い時間はかからなかった。恐る恐る目を開ける。と同時に、すぐ傍で何かが動いた。
「まったく。おてんばが過ぎるぞ、ウミ」
 何気なく上を向いた海は、驚きのあまり悲鳴を上げることすらできなかった。びっくりするほど至近距離にクレフの顔があった。慌てて状態を確かめると、海はクレフの上にすっかり馬乗りになっていた。落ちた海を彼が受け止めてくれたのだと、厭でもわかった。

「――!」
 声にならない声を上げて、海は弾かれたようにクレフから離れ、立ち上がった。それを確かめたクレフが、「やれやれ」と苦笑いしながら立ち上がる。ローブについた草を払った彼が立ち上がると、やはり海よりも背が高かった。
「クレフ、あの」
 とにかく、謝らなければ。そうだ、あとはお礼も言わなければ。そう思って口を開いた海だったけれど、ふとクレフがはたいたローブから何かが落ちたのを見止め、中途半端に言いよどんだ。

 それは、水晶のような小さく丸い宝玉だった。チェーンがついていて、ネックレスのようになっている。はて、クレフはいつもそんなものを持っていただろうか。自分の方にそれが落ちたこともあり、海は屈んでそれを拾った。
「クレフ、これ何?」
 ん、とクレフが何気なくこちらを見る。そして「ああ」と目を細めた。
「『法玉』だ。持った者の『願い』を何でもひとつだけかなえると言われている。セフィーロでも珍重されている宝玉で、数百年に一度、採れるか採れないかの代物だ」
「ふうん」と海は言った。「これ、クレフが採ったの?」
 『法玉』を掲げ、天窓から差し込む光に翳す。その宝玉は、太陽の光を反射してきれいな七色に光った。
「いや、先ほどこの下層階に住まう者の一人が私にくれたのだ」とクレフは言った。
「え?」
 海は目を見開いて彼を見返した。自分の心がさっと凍りつくのが、厭でもわかった。だがクレフはこともなげにほほ笑んだまま、ずれた額のサークレットを直している。
 その瞬間、海は自身のこめかみがぷちっと音を立てて切れるのを感じた。

「ウミ?」
 殺気立つものを感じたのか、クレフが動きを止めてこちらを見る。目が合ったとき、クレフは明らかに頬を引き攣らせた。自分がどんな顔をしているのか、そのクレフの表情の変化を見ただけで、海は知った。きっととんでもない不細工顔をしているのだろう。けれどそんなことはどうでもよかった。今海にとって大切なのは、「下層階に住む人のうちの一人がクレフにこの『法玉』をあげた」という事実だけだった。
 手にした『法玉』は、ネックレスに加工されている。それだけで、その『法玉』をクレフに渡したのが女性であることはわかった。その女性は、クレフのことを思い、大切に大切に、珍重されている『法玉』をネックレスに加工したのだろう。

 海の脳裏には、あのとき広場の手前で黄色い歓声を上げていた女性たちの姿が浮かんでいた。
「そう、そうなのね」
 海はまるで呪文を唱えるように言った。
「あなたを慕っている人たちが、あなたにあげたものなのね」
「ウミ? どうした、どこか気分でも――」
 差し出された手を振り払い、海はクレフをにらみつけた。突然の行動に、クレフが困惑の色を浮かべる。そのクレフに対して、海は手にした『法玉』をぐいと突き出した。
「これ、私がもらうわ」
「何だって?」
「私がもらって、私が願い事をかなえるの」

 そのとき突然、手にした『法玉』が発熱し、色を真紅に変えた。それを見たクレフが顔を強張らせたので、海は悟った。口角を引き上げてにやりと笑う。クレフより優位に立ったと感じる瞬間など、海にはほとんど経験がなかったが、それが今現実に起きている。覚えず武者震いした。
「わかったわ。この宝玉が真っ赤になったときに願い事を唱えれば、それはかなうのね」
「ウミ、待て。おまえいったい何を」
「あなたはこれを落としたわ。それを私が拾ったの。ということは、これはもう私のものなのよ」
「やめるんだウミ、落ち着け」
 むちゃくちゃな理屈を述べる海に向かって、クレフが顔面蒼白して迫ってくる。何か宜しくないことを願おうとしていることを、おぼろげながらに気づいているのかもしれなかった。
 けれど、海の心はもう決まっていた。いつにない興奮を感じていた。手にした『法玉』を掲げ、海は心に浮かぶ言葉をそのまま声に乗せた。
「クレフなんて、ちっちゃくなっちゃえばいいのよ!!」

 ウミ、とクレフが叫んだ気がしたけれど、一足遅かったようだった。海が叫び終えた瞬間、『法玉』が目を開けていられないほどの光を放った。あまりの眩しさに、海は咄嗟に顔を背け、腕で瞼を覆った。


 やがて海は、確かに握っていたはずの『法玉』の感触が不意に手から消えたのを感じた。うっすらと目を開ける。するとやはり、突き上げた手には何も握られていなかった。辺りを照らした真っ赤な光も消えている。けれど、消えたのはそれらだけではなかった。目の前に立っていたはずのクレフもまた、姿を消していた。そこには彼愛用の杖と、彼がつい今しがたまで身に着けていた法衣が落ちているだけだった。

「ク……クレフ?」
 途端に心細くなって、海は忙しなく辺りを見回した。ひょっとして、興奮するあまり、「クレフがいなくなればいい」などということを自分は願ってしまったのではなかっただろうか。正直言って、自分が何を口走ったかよく覚えていなかった。確かに「小さくなればいい」ということを願ったと思うけれど、確信を持って「そうだ」と言い切れない自分がいた。
 不安が心を席巻していく。どうしよう、誰に相談したらいいのかしら。ここはやっぱりプレセア?――そう考えてその場を離れようとしたとき、背後でもぞもぞと何かが動く気配がした。海はびくっと立ち止まり、恐る恐る振り返った。

 思わず悲鳴を上げそうになった。クレフが身に着けていた法衣が、まるで獣のように動いていたからだ。けれどよく見るとそれは、法衣が動いているのではなく、その中にいる「何か」が動いているのだった。
 抜き足差し足で近づき、身を屈める。そっと法衣の端を持ってめくろうとしたそのとき、中から何かが飛び出してきた。
「きゃっ!」
 まるでもぐらたたきのもぐらのように突然出てきたそれに、海は飛び上がって尻餅をついた。

 その出てきたものが何であるのか知ったときの驚きは、何にも代えがたいものであった。
 出てきたのは薄紫色の髪をした、三歳くらいの男の子だった。その子は顔にかかっていた前髪をいら立たし気に払うと、怒りの籠もった目でこちらを見上げてきた。
「え?」
 その小さな額には大きすぎるサークレットが、唖然とした海の目の前で、かくんとずり落ちた。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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