蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

片想い戦争 後篇

海誕企画★2013

ごくりと誰かが唾を呑んだ。わかる、わかるわ。海は心の中で頷いた。

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「――と、いうわけなの」
 ようやくすべてを話し終えると、マラソンを完走した後のような気持ちが残った。海はふうと息をついた。大したことを説明したわけではないのに――もちろん、クレフ本人にとってみれば大したことなのだろうけれど――、なんだかすっかり疲れていた。
「それは、大変ですわね」
「クレフ、前よりもっと小さくなっちゃったのか?」
 風と光が交互に言った。風の言い方は、どう考えても「大変だ」と本気で思っているようには聞こえなかった。けれどそこに突っ込みを入れることはせず、海は曖昧な苦笑いをして光の問いを肯定した。
「しっかし、そんな『法玉』なんちゅうもんがあったとはなぁ」とカルディナが伸びをしながら言った。「もっとぎょーさん採れるとこないんかな」
「さあな」と肩を竦めてフェリオがそれに答えた。「俺も、『法玉』というものがあるというのは知ってたが、この目で見たことは未だにないんだ」
 二人のほかにも、今中庭にはランティス、アスコット、そしてイーグルが集っている。これだけ大勢を前に「あの出来事」を説明したから疲れ切っているのだと、海はわかっていた。

 「クレフの体が以前よりも小さくなってしまった」。起こった出来事自体は至ってシンプルなもの(と海は思っている)だけれど、どうしてそうなったのかということを説明するのは骨が折れることだった。何しろ、どうして海が『法玉』に対して「クレフが小さくなること」を願ってしまったのかということを説明しなければならないのだ。そのことに気づいたとき、海は密かに冷や汗をかいた。
 本音を言うのは簡単だ。けれど本音なんて、口が裂けても言えなかった。クレフに黄色い歓声を上げる城の女性たちに嫉妬した、なんて。
 ごまかしごまかしなんとか説明し終えたけれど、海は今、押し寄せてくる強い疲労を全身でことごとく感じていた。


「それで今、導師クレフはどうしてるの?」
 アスコットの声でわれに返る。慌てて顔を上げ、動揺を悟られないよう、おもねるような笑みを浮かべた。
「自分の部屋に戻るって言うから、その場で別れたわ。連れていくからって言ったんだけど、『一人でいい』って言うから。今ごろ、体を元に戻そうとして頑張ってるんじゃないかしら」
「そうですね」とイーグルが言った。「導師クレフほどの魔法力があれば、魔法でご自身の体の大きさを元に戻すことなど、朝飯前でしょうし」
 まあ、幼い導師クレフを見たかったような気もしますけど。そう続けた彼の笑顔が黒く見えるのは、きっと気のせいではないと思う。海は覚えず引き攣った笑みを浮かべた。
「いや」
 そのとき、不意にランティスが口を開いた。皆の視線が一気にそちらへ集中する。
「俺の記憶が正しければ、確かあの『法玉』は――」
「ふざけるな! だから必要ないと言っているだろうが!」
 ところがランティスの言葉は、突然どこからともなく轟いてきた怒声によって遮られた。誰もがぎょっとして声がした方を振り返った。すると、城の方からこちらへ向かって歩いてくる二つの人影があった。

「しかし導師クレフ、そのお体ではいくらなんでも」
「私を年寄り扱いするな! この杖は、重さなどないも等しいのだ。おまえとて知っているだろう、プレセア」
「いえ、そうことではなくて……」
 近づいてくるのはプレセアと、そして年端も行かぬ男の子――もとい、クレフだった。クレフはどうやら(当たり前だが)ご機嫌ななめらしい。その後ろを、プレセアが身を屈め、宥めるようにしながらついて歩く。やがて皆が集っている中庭までやってくると、クレフは歩みを止め、皆を不機嫌そうに見回した。

「グ……導師?」
 素っ頓狂な声を上げたのはカルディナだった。彼女は思わずといったように立ち上がり、やってきた男の子をまじまじと見つめた。彼女の声に込められた気持ちを理解しなかった者は、その場にはいなかった。誰もが同じ気持ちで、呆気に取られてクレフのことを見ているようだった。

 やってきたクレフは、海と別れたときと変わらず三歳ほどの外見をしていた。額にあのサークレットをつけていないので、髪がすとんと下りている。身に着けている服も、あの荘厳な装飾が施された法衣ではなく、薄い水色の一枚布でできた、ワンピースのような服だった。裾が風に靡くと、その奥から白いふんわりとしたパンツが覗く。足首できゅっと絞られたそのパンツは、映画などでよく見る、昔の西洋の王族が身に着けていたそれを、海の脳裏に思い起こさせた。

 そんな恰好をしたクレフを見て、皆が思うところは同じだった。
 ――か、かわいい……!
 ごくりと誰かが唾を呑んだ。わかる、わかるわ。海は心の中で頷いた。

 ただでさえ大きいと思っていたクレフの瞳は、体の大きさが小さくなったことによってますますその大きさを主張するようになっていた。両目だけで、顔の半分はあろうかというほどの大きさがある。くっきりとした二重で、目の下には大きな涙袋があった。肌は触りたくなるほどのベビースキンで、ぽてっとした唇がみずみずしい。少なくとも海は、こんなにかわいい子どもを見たことはなかった。

 向けられる人々の視線をどう感じたのか、クレフがうんざりしたようにため息をついた。
「おまえたち、ウミに話は聞いたのだな」
 「ウミに」と言うところで、クレフはわざとらしく語気を強めた。どきっとして、海は思わず背筋をぴんと伸ばした。その海を、幼いクレフがきっとにらみつける。
「まったく、どうしてあんなことを願ったりしたのだ」
 相当機嫌が悪いことは、その発せられるオーラからだけでもわかる。普段なら、それほど不機嫌なクレフに強い口調で窘められては、すっかり縮こまってしまうところだ。けれど幼い子どもの姿をしているせいか、今のクレフにはまったくと言っていいほど迫力がない。思わず笑ってしまった。そうすると、クレフが「ウミ!」と地団駄を踏んだ。
「少しは反省したらどうなんだ。私がどれだけ不自由をしているか、わかっているのか」
「だって」と海は言った。「全然怖くないんだもの」
「誰のせいでこうなったと思っている!」とクレフが叫んだ。
「ねえ」と構わず海は言った。「クレフって、小さいころ絶対女の子に間違えられてたでしょ」
「人の話を聞け!」
「一度でいいから、女の子の服着て見せてよ」
「ふざけるな! おまえの願いは二度とかなえてやらん!」
「あら、では私の願いでしたらかなえていただけるんですの?」
 突然会話に入ってきたのは風だった。クレフはぎょっと目を見開いて彼女を見、そして絶望の淵に追いやられたとでも言うかのようにため息をついた。
「フウ」と呼ぶ声は、力なかった。
 ほほほ、と風がいつもの調子で笑う。肩で息をついたクレフは、現実逃避するかのようにかぶりを振った。

「それにしても」とイーグルが口を開いた。「いつまでそのお姿でいるつもりなんですか? あなたほどの力があれば、魔法で元の姿に戻ることだってできるでしょう」
 イーグルは、一言では言い表せられない表情をしていた。笑っているのか泣いているのか、喜んでいるのか哀しんでいるのか、よくわからない。しいて言うならば、爆笑したいのを自分の足の小指を踏みつけることによってどうにか堪えている、そんな表情に見えた。

 クレフはまたため息をつき、遠くを見るように顔を上げた。
「私だって、できるものならそうしている。だが、あの『法玉』がかなえた『願い』は、魔法では元に戻すことができんのだ」
「えっ」と海は思わず立ち上がって言った。「そうなの?」
 立ち上がると、顎が二重になるほど見下ろさないとクレフと目を合わせることができなかった。
「じゃあ、これからクレフ、ずっとその姿でいるってこと?」
「縁起でもないことを言うな」
 クレフはばっさりと海を切り捨てた。海はがっかりしたような嬉しいような複雑な思いでそれを聞いた。またあの大きいクレフに戻ってしまったら、恋敵の心配をしなくてはならない。そう思うとうんざりした。その一方で、このまま三歳児の姿を留め続けるというのも、なんだか淋しい気がした。わがままな話だと自分でも思う。けれどそれが、今の海の正直な気持ちだった。

「あの『法玉』の効果は、24時間で切れる。即ち明日の昼過ぎになれば、私の体は自動的に元に戻る」
「では、逆に言えば、それまではそのお姿でいるしかない、ということですね?」
「……そういうことだ」
 イーグルの問いかけに、クレフは彼から視線を外して肩を落とした。明らかに認めたくなさそうな口ぶりだった。

 海は図らずも嬉しくなってしまって、口元が緩むのを抑えられなかった。明日の昼過ぎまでは、クレフはこの姿でいる。それまでの間ならば、あの黄色い歓声がクレフに向けられることはない。きっとクレフは、こんな姿は他の誰にも見られたくないだろうから、この城の最上階からは動かないだろう。あの黄色い歓声を上げていた女性たちは決して見ることのできないクレフを、私はこれから堪能できる。優越感を禁じ得ず、海は心の中でガッツポーズをした。

「ところで、導師」と今度はフェリオが口を開いた。「その杖は、今のお体にはさすがに大きすぎるのではありませんか」
 苦笑い交じりのフェリオの言葉に、皆が「そういえば」と思った。クレフの杖は、二メートルはあろうかというほど巨大だ。それを今は80センチほどの背丈しかないクレフが手にしているのは、あまりにも不釣り合いだった。そんな大きいものを手にしていたら、歩くのにもバランスを取れなくて大変だろうに。こんなときでも、クレフが杖を手放すことはできないのだろうか。

「そうなのよ。私もそう言ったのだけれど、導師が『だいじょうぶだ』とおっしゃって、聞いてくださらなくて」
 プレセアが眉尻を下げて言った。なるほど、それで先ほどもめていたのか。
「当たり前だ」とクレフは吐き捨てるように言った。「この杖は、私の手にある限りは重さなどほとんどない。余計な心配はせずともよい」
「でも、『ほとんどない』っていうことは『ちょっとはある』っていうことでしょ?」
 海が言うと、クレフがぎょっとしたような目を向けてきた。
「ほとんどない、と言ったらほとんどないのだ」
 そして乱暴な口調で言った。
「そんなこと言ったって、やっぱり危険よ」と海は食い下がった。「どうせ24時間で元の体に戻るんでしょ? その間くらいは、杖を持たなくてもいいんじゃないかしら」
「だから私を年寄り扱いするなと言っているだろう!」とクレフがキレた。「だいじょうぶだと言ったらだいじょうぶなのだ!」
「年寄りじゃなくて、子ども扱いしてるのよ」
「いい加減にしないか、ウミ! 人をからかって何が楽しい」
「からかってるんじゃないわ。私は純粋に、あなたのことを心配してるの」
「それが余計なお世話だと言っているのがわからんの――」
 言葉途中に、クレフがよろけた。皆が一斉に駆け寄った。
「クレフ!」「導師!」「導師クレフ!」
 言わんこっちゃない、と海は胸中で毒づいた。クレフはきっと、海をあの杖の先で殴ろうと思ったのだろう。手にした杖をぶん、と振るった瞬間、しかしクレフは勢いのつけ方がいまいちわからなかったのか、海が心配したとおり、見事にバランスを崩してその場に杖ごと顔から崩れ落ちた。それはまるで、「こてっ」という効果音が聞こえてきそうな倒れ方だった。

「……」
「……」

 誰もが一瞬、呆気に取られてその場に立ち尽くした。クレフが声にならない呻き声を上げながら体を起こす。パンパンと腕をはたきながら、向けられた視線に気づいたのか、ふと顔を上げた。
「なんだ、おまえたち」
 その瞬間、誰もがふいと顔を逸らした。それ以上クレフを見ていたら、吹き出してしまいそうだったからだ。
 転んだときにぶつけたのだろう、鼻の天辺が赤くなっていて、それはただでさえ幼いクレフをますます幼く見せていた。

「とにかく、そういうわけだ――」
 クレフが言いかけた、そのときだった。ついに堪えきれなくなった誰かが、「ぷっ」と吹き出した。
 絶句したクレフが、「信じられない」と言うかのように大きく目を見開き、その吹き出した人を見つめた。海もまた、その声がした先を何気なく見やった。そして――あるいはクレフ以上に驚いたかもしれなかった。
 ほんのりと紅い顔をして気まずそうに視線を逸らしたのはなんと、あのランティスだったのだ。
「……ランティス」
 まるで信頼していた親友に裏切られたとでも言うかのように、クレフが泣きそうな顔をして途方に暮れた声を出した。
 刹那、その場に集っていた人々は、ついに一斉に吹き出した。

「おまえたち! いい加減にせんか!」
 クレフがたまりかねて怒鳴っても、多勢に無勢だった。しかも、そんな小さい体から発せられる声には迫力などあったものじゃない。誰もがお腹を抱えながら、その場で笑い転げた。
「海さん、どうやらとっても素敵なお願いごとだったようですわね」
 風に耳打ちされ、海は目尻に浮かぶ涙を拭いながら、何度も頷いた。

 小さくなったクレフを見られたことは、思った以上に嬉しいことだった。750年近く生きていると言っても、クレフにだって0歳のときもあれば3歳のときもあっただろう。けれど海には、そんな昔のクレフのことを知るすべはない。それでも、こうして幼くなったクレフを見られたことで、彼の過去の片鱗に触れることができたような気がしていた。
 当時はクレフにも、父があり母があったのだろう。いつか、クレフの子ども時代のことを知りたい。今度『法玉』を手にする機会があったらそれを願ってみようかと、海は思った。


「まったく」とクレフがうんざりしたように言った。「付き合ってられん」
 さっさと踵を返し、彼は一人歩き出そうとする。
「『法玉』の効果が切れるまで、私は自室に籠もらせてもらう。どのような面会も一切謝絶だ。フェリオ、ランティス、あとのことは頼む」
 ちょこまかと歩きながら、クレフが中庭をゆっくり去っていく。フェリオだけは「畏まりました」と頭を下げたけれど、ほかは皆、まだくすくすと笑い続けていた。
 面会謝絶とは言っても、きっとクレフは、私が行けば渋々ながらも出迎えてくれるだろう。海は根拠もなくそう確信していた。密かに企んでいることがあった。あれだけ可愛い顔をしているのだ、どうにかして女の子の恰好をさせたかった。

「ほんとうに面白いことを願いましたね、ウミ」
 車椅子のまま近づいてきて、イーグルが言った。
「なかなかよかったでしょ」と海は鼻高々に言った。「われながらよくやったと思うわ」
「ええ」と頷いたイーグルだったけれど、その後「ただ……」と言葉を濁した。顎に手を当てて含み笑いをしながら、彼は去っていくクレフの後姿に目を細めている。その表情が気になって、海はイーグルを覗き込んだ。
「ただ?」
 ちらり、とイーグルがこちらを見上げる。
「もしかしたら、敵を増やすことになってしまったかもしれません」と彼は言った。
「え?」
「普通に考えたら、あんなにかわらしい人を、男性が放っておくわけがないと思いませんか?」
「は?」
 海はすぐにはイーグルの言っていることの意味がわからなくて、何度か瞬きをした。イーグルの絶対的な笑顔は崩れない。海は言われるまま、クレフの顔を思い浮かべた。

 確かに、今のクレフはかわいかった。女の子の服を着せてやろうと海が意気込むほどに。小さくなったクレフは、大きくてつぶらな瞳が、まるで女の子みたいで――
 そこまで考えて、海ははっとした。
「え?」
 縋るようにイーグルに目を向けたが、彼は無情にもにやりと笑った。
「えええ~~~っ!!!」
 海の絶叫が、中庭に轟いた。
 まさか、性の隔たりを越えた恋敵が出現することになるなんて。恋の路は、一筋縄じゃいかないのね。海はがっくりと項垂れた。それでも諦めないと誓うには、相当の覚悟が必要だった。
「こんなことじゃ負けないんだから!」
 腕まくりをして、海は言った。まだ見ぬ恋敵に宣戦布告をするつもりで、半泣きになりながら空をにらんだ。




片想い戦争 完





咲月雫乃香さんからのリクエストで、「爽やかな恋愛かつギャグの楽しい系」でした。
「いっそクレフを幼児化させて、海と遊ばせるというのでもOK」ということでしたので、そのまま使わせていただきました(笑)
咲月雫乃香さん、素敵なリクエストありがとうございました^^

2013.02.17 up / 2013.08.25 revised




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