蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

魔法の言葉 前篇

海誕企画★2013

二人が喧嘩をしたと聞くのは、何もこれが初めてではない。だが、今回は多少やっかいかもしれない。

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 プレセアは、その部屋に入ってもう何度目か知れないため息をついた。あるいはこのため息を聞いて、目の前でつんとそっぽを向いている少女が気を鎮めてくれはしないかと期待したが、言うまでもなく徒(むだ)だった。少女は窓の傍にある二人掛けのソファに体を投げ、足と腕を組んで外をひたすらに見つめたまま、微動だにしない。その組まれた足と腕が、明らかにこちらを拒絶していた。
「ウミ」
「だって、クレフが悪いのよ。突然怒鳴り出すんだもの」
 プレセアが口を開くと同時に、少女の真っ青な髪が揺れた。ちらりと覗く頬は紅潮している。プレセアは海の声の迫力に思わず身を引き、彼女と向かい合って腰掛けていた椅子に背をぐっと押しつけた。


「どうしよう、プレセア! 海ちゃんとクレフが、喧嘩しちゃったみたいなんだ!」
 光が今にも泣きそうな顔をして、片や比較的落ち着いた表情の風とともにプレセアのもとへやってきたのは、つい半刻ほど前のことだった。聞けば、中庭で怒鳴り合う声がしたので行ってみると、クレフと海が、周囲がドン引きするほどの言い争いをしていて、見兼ねた光たちが止めに入ろうとした瞬間、二人は同時に「もういい(わ)!」と言って、互いに背を向けて別離してしまったのだという。その後の海は、異世界から来たときに彼女が親友二人と過ごすためにと宛がわれた部屋に閉じこもったきり、出てくることも光たちを招き入れることもしてくれない。クレフはクレフで、光と風が話しかけようにも「忙しい」の一点張りで取り合ってさえくれない。万事休すの状態で、光たちはプレセアに泣きついてきたのだった。

 ――やれやれ。それがプレセアの受けた第一印象だった。二人が喧嘩をしたと聞くのは、何もこれが初めてではない。だが、今回は多少やっかいかもしれない。プレセアは思わず天を仰いだ。何しろ、クレフは先週からずっと機嫌が悪い。そしてその不機嫌さが何に起因しているのか、プレセアはおぼろげながらに気づいていた。だからこそ、これは一筋縄ではいかないかもしれないと感じていたのだ。

 正直気は進まなかったが、今では妹のように思っている少女二人に頼りにされた以上、それを無下に断るわけにもいかなかった。まず先に海のところへ向かってみたのだが、それでもプレセアは、途中までは諦め半分な気持ちでいた。何しろ、光や風のことでさえ受け入れてくれないという海が、まさか自分を部屋の中へ招き入れてくれるとはとても思えなかったのだ。
 だが、そんなプレセアの後ろ向きな予想は意外にもあっさりと打ち砕かれた。極力下手に出ようとしたことが功を奏したのか、あるいはたまたま機嫌が好くなる途上だったのか、ともかく海は、プレセアが部屋の中へ入ることは承諾してくれたのである。これはひょっとしたら上手くいくかもしれない。それはプレセアが初めて希望の光を見出した瞬間だった。しかし希望の光が燈ったのは、無情にも、その一瞬だけだった。


 強張った横顔を向け続ける海を前に、プレセアはため息をつくしかなかった。今となっては、どうして彼女が自分を部屋の中に招き入れてくれたのかもわからなかった。少なくとも、怒りが収まったわけではないことは確かなようだった。海の口をついて出る言葉は「一方的に怒鳴り出したクレフが悪い、自分に非は何もない」という趣旨のことばかりで、その気持ちが簡単には変わらないだろうことは、容易に察しがついた。

「とにかく、ウミ。一人で閉じこもっていては、ヒカルやフウも心配するわ。落ち着いたら、ちゃんと外に出て二人に声を掛けてあげて」
 それだけを言うのにも、ずいぶんと神経をすり減らした。慎重に選んだ言葉だったのだから、海から何らかの反応があるのではないかと期待して、言い終わった後もプレセアはしばらく向かい合った椅子に座ったままじっと海を見ていたが、彼女が口を開くことはついぞなかった。諦めて立ち上がり、その部屋を後にした。プレセアが出ていくまで、海はちらりともこちらを見なかった。


「あとは、導師クレフね……」
 海の部屋の扉にもたれ掛かり、呟くように言った。語尾はほとんどため息に近かった。
 海との会話も相当刺激的だったが、これからクレフのところにも出向かなければならないのかと思うと、それまで以上に気がめいった。自分ごときに、あの一度言い出したら聞かない頑固者を言いくるめられるはずがない。そのことがわかりすぎるほどわかっていたから、気も足も、まったくと言っていいほど進まなかった。やはり行くのはよそうか――少しでも緩めたら気持ちは逃げ腰になるのだが、そのたびに、光のあの子犬のような瞳が脳裏に浮かぶ。光は正直な子だから、気持ちをそのまま表情に乗せるようなところがある。そして、そんな光だからこそ、心底落胆したときの表情は見るに堪えないものがあった。彼女の気落ちした顔は、できることなら目にしたくない。

「仕方ないわ」
 プレセアは自らを奮い立たせるようにして、扉から体を起こした。目指すはもちろん、そう遠くないところにあるクレフの自室だ。十中八九、クレフはそこにいるだろうと踏んでいた。というより、クレフは海と喧嘩したときはいつも決まって自室に籠もるのだ。
 どうか、クレフの機嫌が多少は好くなっていますように。誰にともなくそんなことを祈りながら、プレセアは穏やかな日差しの温もり溢れる回廊を進んだ。

***

「それで、ものの見事に撃沈した、っちゅうわけやな」
 カルディナの言葉に頭を殴られたかのように、プレセアはテーブルに突っ伏すとため息をついた。
「それは仕方ないよ」とアスコットが言った。「導師の心を覆すことができるような人間がいたら、一度でいいからお目に掛かってみたいね」
「確かに」とフェリオが頷いた。「少なくとも、俺たち弟子の立場の人間じゃ無理だよな」
 二人が自分を慰めようとしてくれているのは痛いほどわかる。けれどプレセアは、このショックからは当分立ち直れそうになかった。


 クレフは海と同じく、部屋の中までは確かに招き入れてくれた。だがいったいどういう因果なのか、そこから先の展開も海のときとまったく同じだった。「知ったことか。私は事実を事実のまま述べたまでだ」。その一言でクレフは、プレセアの血の滲むような努力のすべてをばっさりと切り捨てたのだった。
 そう言われてしまえば、プレセアはそれこそ万事休すだった。「まだ何か用事があるのか」とでも言いたげな視線を向けてきたクレフを前に、プレセアがそれ以上言い募ることができるはずもなかった。思わず「申し訳ありませんでした」と謝罪の言葉を残し、逃げるようにして彼の部屋を出た。どうして私が謝らなければならないのだろう、とふと思ったのは、クレフの部屋を出てからだった。しかし、そんなことを言っても後の祭りだった。

 さて、光たちにどう説明したものか――と考えを纏めようとしていた矢先、「プレセア!」と、他でもないその光の声に呼び止められた。ぎょっとしてそちらに目を向けると、ランティスあたりが魔法で出したのだろう、大きめの丸テーブルを囲んで、見慣れた顔が庭に集っていた。気づいたときには、プレセアはその集団に向けて「降参」の意味で両手を上げていた。もう、正直にすべてを言うしかない。そう腹を括った瞬間だった。
 そうしてすべてを起こったままに話し終えてたプレセアは今、カルディナに背を撫でられながらテーブルに突っ伏している。

「どうしましょう。このままでは海さん、クレフさんとすれ違ったまま東京へ帰ることになってしまいますわ」と風が言った。
「そんなの絶対だめだよ! 明日までに、どうにかして二人を仲直りさせなくちゃ!」
 テーブルを叩き、光がガタンと立ち上がる。しかしそんな切羽詰まった光に対して、風はどこか現状を楽しんでいるように見えるのは、気のせいだろうか。

「そうだな。そうと決まれば、俺たち全員で協力して二人を仲直りさせるしかないな」
「そうだね」とフェリオの言葉にアスコットが大きく頷いた。「みんなで説得すれば、ウミも導師も、その気になってくれるよ」
「そないに上手くいくとは思えへんけどな……」
 呟かれたカルディナの言葉が聞こえていないはずはないのに、フェリオとアスコットはきれいに無視した。
「俺は断る」
 逆にそう言ったランティスの声は聞こえていたようで、二人は両脇からしっかりと、静かにその場を去ろうとしていたランティスを制止した。

 かくして、「二人を仲直りさせよう大作戦」は決行された。女性は女性同士がいいだろうということで、海の説得には光、風に加えていまいち乗り気でないカルディナが当たることになった。対するクレフの方は、フェリオとアスコット、そしてその二人に無理やり引き連れられる形でランティスが試みるということで、一同は一応の納得をみた。なぜかいつになく団結した人々(ランティスを除く)は、意気揚々として旅立っていったのだった。

***

 しかしほどなくして、一人残らず全員が、プレセアと同じように憔悴しきった顔を浮かべて中庭に戻ってくることになった。
「言うたやろ? そないに簡単やったら、プレセアがとっくに二人を仲直りさせてるわ」
 すっかり眉尻を下げてカルディナがそう言うころには、すでにあたりはとっぷりと闇に包まれていた。再びテーブルに集まり腰を下ろした人々は、あの出立前の元気はどこへやら、そろいもそろってすっかり気力を削がれたような顔を浮かべていた。口が裂けても言えないが、あの、海のツンとした態度とクレフの冷めた視線を浴びたときの衝撃を味わった仲間が増えたという事実は、プレセアを多少なりとも元気づけるものであった。

「困りましたわ。もう、思いつく手立ても特にありませんし……」
 風の言葉に、今度ばかりは光も返す言葉がないのか、黙ったまま俯いた。そうして、人々の間に重苦しい沈黙が流れた。

 クレフと仲直りすることができないまま、海は『異世界』へ帰っていくしかないのだろうか。しかしそんなことは、想像するのも憚られた。一週間もあの不機嫌なクレフに付き合わなければならないのかと思うと、生きた心地がしなかった。どうにかして、海にはクレフと仲直りしてから『異世界』へ帰ってほしい。いや、いっそのこと仲直りできるまでは『異世界』へ帰らないでほしい。だが『異世界』には『異世界』での生活を持つ彼女に、そんなことを頼めるわけもない。やはり風の言うとおり、もはや手立てはないのか――

 そう諦めかけたときだった。カラカラと、車が引かれるような音が近づいてきた。
「皆さん、お困りのようですね」
 現状でそれほど爽やかな声を出されてもカチンと来ないのは、彼くらいのものかもしれない。そんなことを考えながら、プレセアは声がした方を振り返った。案の定、声のとおり穏やかな表情を浮かべた青年が、車椅子に乗ったままこちらへ向かってきていた。
「イーグル!」
 まるで天の助けがやってきたとでも言うように、光が色めき立った声を上げた。その声を受けた青年が、ますます目を細めて笑みを深くする。そして集まった人々を見渡すと、こくりとひとつ頷いた。
「大丈夫ですよ、ヒカル。二人はきっと、仲直りできます」
「え?」
 同時に複数の人が声を上げた。プレセアは探るようにしてイーグルの表情を見た。その顔は嘘を言っているようには見えない。それでも俄かには信じがたいことだった。これほど大勢の人が、これほど長い時間をかけても二人を仲直りさせることはできなかったというのに、イーグルは何の根拠があって、まるで朝飯前であるかのように言うのだろう。彼には何か妙案があるのだろうか。ここに集った誰も思いつかないような、妙案が。

「すべて、僕に任せてください。明日、ヒカルたちが『異世界』へ戻るまでには、万事解決していると約束しましょう」
 テーブルを囲んでいた人々は思わず互いの顔を見合わせた。イーグルがどんな神がかり的な技を持っているのか、皆目見当がつかなかった。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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