蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

魔法の言葉 後篇

海誕企画★2013

――もう、どっちでもいいから早く何か言って! 叫びたいのをプレセアは必至で抑えた。

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 イーグルの言う「朝の刻」がもう数分先にまで迫ってきても、プレセアはまだ半信半疑だった。それはその場に集ったほかの皆も同様のようで、草むらの陰に潜んで「そのとき」を待ちながら、誰もが怪訝そうな色を浮かべていた。

 前の晩、「二人を説得してきます」と涼しい顔で言い放ち中庭を去っていったイーグルは、それからものの半刻と経たないうちに、やはり涼しい顔をして戻ってきた。あまりにも早かったので、誰もが「やはり失敗したのだな」と一度は落胆した。ところが、戻ってくるなりイーグルが「万事手はずどおりです」との第一声を放ったので、それはもう度肝を抜かれた。
「いったいどうやったの? 『手はずどおり』って、あの二人は仲直りできたの?」
 そのとき、プレセアの目にはイーグルが菩薩に見えていた。しかし、拝むような気持ちで身を乗り出したプレセアに対して、イーグルはポーカーフェイスを崩さなかった。彼はたった一言、「明日の朝になればわかります」とだけ言った。プレセアは思わずカルディナと顔を見合わせたが、お互い頭上にクエスチョンマークを浮かべるばかりだった。問い詰めたいのは山々だったが、イーグルはどう見てもそれ以上口を割りそうにはなかったので、皆諦めて、昨夜はやきもきしながらそれぞれ眠れない夜を過ごした(と、プレセアは思っている)。そして今に至る、というわけである。

「ここで何が起きるというのでしょうか」
 風が顎に手を当てて思案顔をした。
「俺もさっぱりだ。イーグルは、朝の刻になったら中庭の様子を見られるところに隠れているようにとしか言わなかったし」
 フェリオが首を竦める。昨夜クレフと海の説得に当たりながらも見事に玉砕した面々は今、一人残らず、イーグルに言われたとおり中庭の様子を窺うことができる草むらに隠れていた。そもそもなぜ隠れなければならないのか、これからここで何が起きるというのか、プレセアにわかることはひとつもなかった。ただ、昨夜のイーグルの、あの自信に満ちた表情を思い返すにつけ、彼はクレフと海が仲直りするきっかけを提供することに成功したのだと思う。それもまた腑に落ちなかった。あれだけの数の人間が乗り込んでいってびくともしなかった二人を、イーグルはどのようにして説得したというのだろう。

「おそろいですね、皆さん」
 そのとき、当のイーグルの声が背後から掛かってきた。
「イーグル!」
「しっ! 静かに」
 身を乗り出した光を、イーグルが鋭く制する。困惑しつつも、光は言われたとおり大人しく身を引いた。その様子は、まるで主人に叱られた精獣のようでさえあった。

「ほんま、これから何があんねん」
「まあ、見ててくださいよ」
 カルディナの問いかけに対しても、イーグルはあくまで涼しい顔を変えない。プレセアは眉間に寄る皺を取り払うことができないまま、それでもイーグルの視線が向いた中庭の方をしぶしぶながら見やった。
 イーグルの言葉には、有無を言わせず彼の言ったとおりにさせるような力があるから不思議だった。クレフにもそういうところがある。『心』の強い人間の言葉というのは、普通の人が発するそれよりも力強い気がする。

 誰もいない中庭に、穏やかな風が吹く。朝露に濡れた草木と中央にある噴水が、太陽の光を反射してダイヤモンドのように輝いている。
 そんな庭に、ふと入り込んでくる人影があった。
「――あ」
 誰かが思わず声を漏らした。小さい声だったので、その声が今中庭に入ってきた少女に聞こえている心配はないだろうが、プレセアは一瞬ひやりとした。気づかれたら終わりだと直感していた。だが、彼女はちらりともこちらを見なかった。
 やがて少女は、きょろきょろとあたりを見回すと、プレセアたちには斜め後ろを向ける形で、噴水の縁にためらいがちに腰を下ろした。風が吹くと、その長い青髪が揺れる。そう、現れたのは海だった。
「海ちゃん、一人で何してるんだろう」
 光が隣のランティスに囁く。ランティスは答えず、ただ困ったように眉尻を下げるだけだった。そういえば、こういう場面にランティスがいるということは珍しいことだった。彼は色恋沙汰にはめっぽう興味を示さない。皆で集っていても、そういう話題になれば一人うたた寝をしていることさえあった。そんなランティスがここにいるということは、やはり彼も、クレフの恋路ばかりはさすがに気になるのだろうか。

「あっ!」
 突然、プレセアが思わずびくんと肩を揺らすほどの素っ頓狂な声がその場に響いた。
「ばか、アスコット! 見つかるだろ!」
 最初に声を上げたのはアスコットだった。彼は声を上げただけではなく、草むらから思わず、といったように体を起こしていた。そのアスコットをフェリオが慌てて引き下ろす。誰もが冷や汗をかいた。何しろ、見慣れた厳つい杖が中庭に入ってくるのが見えたからだ。その人の姿を見たが故にアスコットが驚いたのは言うまでもない。だが、相手は何しろこの世界で最高位の魔導師だ。たとえ海はごまかせても、今の一言があの人の耳に届いていれば、こちらの存在に気づかれてしまう可能性は大いにあった。そうなれば、すべての努力が水の泡と化してしまう。プレセアはようやく、これからここで何が起きるのかわかり始めていた。
 息を潜めて、皆草むらに身を隠した。誰かがごくりと唾を呑む音が聞こえた。

「ウミ」
 やがて彼が、あの独特の低い声で噴水の縁に腰掛けていた少女の名を呼んだ。草むらに集った人々はそろってゆっくりと顔を上げた。すると、名前を呼ばれてはっと髪を揺らした海の横顔が見えた。彼女の頬は紅潮している。そして視線が向かう先では、困ったような哀しんだような、怒ったような泣いているような、複雑な表情をしたクレフが、海からやや離れたところで佇んでいた。
「クレフ……」
 海が戸惑いがちに言い、噴水の縁から降りる。それを見て、クレフが彼女のもとへ歩み寄る。二人はもどかしい距離を空けて立ち止まると、何も言わないまましばしの間見つめ合い、そしてどちらともなく気まずそうに顔を逸らした。

 そこからは、誰も何も言わない時間が流れた。プレセアは、自分はただの傍観者であり当事者ではないのに、なぜか当事者以上に緊張していた。心拍数がどんどん上がっていく。完全に、自分で自分を持て余していた。
 ――もう、どっちでもいいから早く何か言って!
 叫びたいのをプレセアは必至で抑えた。今ならば、先ほど思わず体を起こしてしまったアスコットの気持ちが痛いほどよくわかる。プレセアだって、今すぐ走っていって二人を見つめ合わせたい。この沈黙は、どんな拷問を受けるよりも辛かった。

 そして、もうだめだ、これ以上は耐えられないと思った、そのときだった。
「すまなかった」
 俯き、海の方を見ないままクレフが言った。
 もうどれほどになるかわからないほど長くクレフの傍にいるが、今のようなクレフの声を聞いたのは初めてのことだった。それはすっかり『導師』としての威厳を削ぎ落した、はっきり言ってしまえば頼りない声だった。
「私こそ、ごめんなさい」
 海が頬を赤らめ、はにかんだ。心なしかその瞳が潤んでいる。それを聞いて初めてクレフは顔を上げ、真っすぐに海を見上げた。ようやくクレフの顔にも笑みが浮かぶ。それはまだぎこちない笑みだったけれど、彼から放たれるオーラに、昨日感じたようなあのとげとげしさはまったくなかった。
「もう、帰るのだな」
「うん……」
 クレフに言われて、海は突然現実に引き戻されたかのように表情を曇らせ、俯いた。その横顔は、プレセアでさえどきりとするほど可愛らしかった。その顔を見ただけで、彼女がどれほどクレフに対して恋い焦がれているのかわかる。どうしてあの二人が喧嘩なんかしたのか、今となっては首を傾げたくなるほど、二人を包む空気は甘く、爽やかだった。

 やがてクレフはふっとほほ笑み、杖を持たない方の手を徐に海の方へ伸ばした。そしてそのまま、体の前で組まれていた海の手を片方握った。壊れやすい宝玉を扱うかのような、優しさに溢れた握り方だった。
 海が弾かれたように顔を上げる。その海に向かって、クレフはぎこちなさの完全に消えた笑顔を向けた。
「少し、付き合え」
 何に、とは言わなかったが、海が驚いたのは一瞬だけで、彼女は素直に頷いた。そして二人は手を繋いだまま、仲良く『精霊の森』の方へと歩き出した。

 誰もが呆然とその様子を見ていた。二人が仲直りしたことは明白だった。だが、いったい何がどうして昨日のあの散々な状況からこれほどまでに変化したのだろう。まるで、剣を創る材料を見せられた直後に完成したものを目の前に突き付けられたような気分だった。製造工程がまったくわからない。狐につままれたような思いで、プレセアはクレフと海の後ろ姿が去っていくのを見ていた。
「さ、これで一件落着ですね」
 そんなプレセアをわれに返らせたのは、イーグルの朗らかな声だった。
「イーグル、すごいよ! いったいどうやったんだ? 私たちがどれだけやってもだめだったのに」と、 光が目をらんらんと輝かせてイーグルの車椅子に飛びついた。
「まさかおまえ、魔法で二人の心を操ったんじゃないだろうな?」
 その後からドヤ顔のフェリオが放った言葉に、一同はどっと大きな笑いに包まれた。そもそも魔法を使えないイーグルが、魔法で二人の心を操るなどということができるはずはない。イーグルも眉尻を下げて「違いますよ」と苦笑した。

「それにしましても、ほんとうに素晴らしいですわ、イーグルさん。いったいどんな魔法の言葉をおっしゃったんですの?」
 風が金色の髪を揺らして穏やかに笑う。そういえば、風の笑い方とイーグルの笑い方にはどこか似ているところがあると、プレセアはこのとき初めて思った。
「簡単なことですよ」とイーグルはこともなげに言った。「導師クレフとウミ、二人に向かって同じことを言ったんです。『相手が、今日のことで謝りたいと言っている。もしも仲直りできるなら明日の朝中庭に来てほしい、と言伝を頼まれた』、とね」
「え……それだけ?」
 光がきょとんと目を丸くした。
「それだけですよ」
 イーグルの答えは、単純明快だった。

「なるほどな」
 いまいち納得しきれていない人々の中でたった一人、ランティスだけが腕を組んで頷いていた。
「確かに、それがもっとも効く言葉だったかもしれない」
 そう言ったランティスに、イーグルが「ええ」と頷く。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ!」
 大きな声を出して、カルディナ二人の男性の間に割って入った。
「どーいうこと? うち、全然わからへんねんけど」
 大袈裟な身ぶりで混乱ぶりを露にする、そのカルディナの動きがおかしくて、皆笑った。やがてその皆の視線を受けたイーグルが、目を細めて言った。
「あの二人の喧嘩は、お互いを嫌いになったから起こったものではありません。明らかに、どちらもむきになっているだけのことです。それなら、むきにならなければいいだけのこと。二人とも頑固ですから、どちらかが折れなければ、自分から折れようとは決してしないでしょう。ですがそれは、逆に言えば、どちらかが折れればどちらも折れるということでもあります。それなら、両方に相手が折れていると伝えれば、自ずとどちらも折れるでしょう」
「……なるほど」とカルディナが神妙な面持ちで頷いた。「策士やなぁ、イーグル」
「いえ、それほどでも」
「でもそれって」と光が不安げな声で言った。「クレフと海ちゃん、どっちに対しても嘘ついてることにならないか? だって、昨夜の時点では二人とも、まだ喧嘩してたじゃないか」
「嘘も方便ですよ、ヒカル」
 ふふふ、とイーグルが笑う。確かに、とプレセアは大きく頷いた。

「あっ、ねえ、あれ見て!」
 突然アスコットが素っ頓狂な声を上げて中庭の方を指差した。皆、何事かとそちらを見やる。
「――あ」
「あ」
「あっ」
「え」
「おぉ」
 皆がそれぞれに声を上げた。あの中庭の中央に聳えていた噴水から吹き上げた水が、空中で不規則に形を変えていこうとしているところだった。それが魔法によって引き起こされているのは明らかだった。そして、やがて完成したと思われるその形を見て――セフィーロの人間は皆、引き攣った笑みを浮かべた。
「……ばれてたのか」
「みたいだね」
「そのようね」
「そうみたいやな」
「……」
 え、と首を傾げたのはイーグル、そして光と風の三人だけだった。つまり、セフィーロの言葉を知らない者ばかりということになる。
 空中に描かれたものは一瞬で形を消した。後にはまた、何事もなかったかのような庭の景色が広がった。

「みんな、ありがとう」――それが、空中に浮かんだ水が描き出した文字だった。そんなそぶりはまったく見せていなかったが、クレフは草むらに潜んでいるこちらの存在を知っていたのだ。やはり、気づかれずにクレフの行動を観察するなどという芸当は、きっと一生かかっても誰にもできないのだろう。
 満足感や呆れ、色々な感情が入り混じって、プレセアは肩で息をつきながら笑みをこぼした。とりあえず、不機嫌なクレフにさらにもう一週間付き合わなければならないという最悪の状況は回避されたようだ。何よりもそのことが、プレセアにとっては嬉しかった。
「久しぶりに、創師の仕事に集中できそうだわ」
「え?」
 プレセアの独り言に、イーグルだけが反応した。プレセアはふるふるとかぶりを振って、ただ、ほほ笑んだ。




魔法の言葉 完





匿名希望さんの「イーグルと仲良くなる海ちゃんに嫉妬するクレフ」、そしてヨポさんの「喧嘩をしてしまったクレフと海ちゃんを仲直りさせようと周囲が奮闘するも撃沈し、最後はイーグルが仲直りに成功させる」という二つのリクエストを合体させた作品でした。
『精霊の森』で、クレフが海ちゃんとどう過ごしたのかは、皆さんのご想像にお任せします。
匿名希望さん、ヨポさん、素敵なリクエストありがとうございました^^

2013.02.23 up / 2013.08.25 revised




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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