蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

熱帯夜

海誕企画★2013

その場に突っ立ったまま、硬直した。俺はいったい、この目で今何を見たのだろう。

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「なに、ウミが?」
 黒馬の毛並みを整えていた手を止めて、ランティスは振り返った。同じように別の精獣の毛づくろいをしてやっている光が、手を止めないまま「うん」とうなずく。
「今夜は私たちの部屋で休むって。東京タワーで会ったときに言ってたんだ。だから私も、今夜は海ちゃんと同じ部屋で休もうと思うんだ。海ちゃん一人にしちゃったら、可哀想だもん。いいかな、ランティス」
「それは、構わないが……」
 ブルッと黒馬が鼻を鳴らしたので、言葉途中に一旦馬に視線を移し、止めていた手を再度動かし始めた。

 ランティスの精獣であるその馬は、ランティスの『心』を力の源としている。そのため、自然界で生きる精獣たちのようにこうして毛並みを整えてやる必要は、本来はない。しかしこの黒馬は、何がいいのか、こういうことを定期的にやってほしがった。
 その「定期的」な日が、今日はたまたま光たちがやってくる日に当たっていたので、正直気が進まなかった。ただでさえ、多くても週に一度しか会えない光との時間を、自らの精獣の世話をすることに充てたくはなかった。だが当の光はまったく気にする風でもなく、むしろ「私も精獣の毛づくろいしてあげたい!」と瞳を輝かせた。そのため今はこうして、二人並んで精獣の世話をしているというわけである。

 常春の日差しをたっぷりと受けたセフィーロ城の中庭は、毛並みを整えてやるのには最高の環境だった。艶を増した黒馬の毛流れを確認すると、腰に挿した魔法剣を取り出し、精獣を戻界させた。
 小さく息をつき、改めて光の方を向く。
「珍しいな。ウミはいつも、導師クレフのところで過ごしていただろうに」

 少女たちは最初こそ、セフィーロへ来たときには一つ屋根の下で寝泊まりしていたものだった。ところがいくらもしないうちに、まずは風がフェリオとともに過ごすようになった。それからだいぶ時間を置いて、ようやく一年ほど前から、海はクレフと夜を明かすようになった。そうなれば、光も自然とランティスと過ごすようになる。以来今日まで、三人がセフィーロへやってくるときは一度として、光がランティスとともに夜を過ごさない日はなかった。

 夜を過ごすといっても、何をするわけでもない。ただ二人でとりとめもない話をして、寄り添い合って眠るだけだ。現状に何の不満もない。海や風は、それぞれの想い人と過ごすようになってから格段に女性らしさを増したが、光は今でも、出逢ったときの14歳の少女の面影を多分に残している。彼女のその純真さを自らの欲望で穢したくなくて、光とは未だに、口づけを交わすに留まっていた。その口づけにしても、これまでに交わした回数は両手で足りるほどしかないはずだった。

 それが、今日は事情が異なるのだという。海がクレフとは別に過ごしたいと言うのには、何か理由があるのだろうか。今まで一度もなかったことだけに、違和感を覚えた。あれこれと思いを巡らせていたランティスの方を見て、光がその純朴な瞳に曖昧な色を浮かべた。
「私も、気になったんだ。ひょっとして海ちゃん、クレフとけんかでもしたのかなって。でも、違うみたいなんだ」
 その可能性はランティスも考慮に入れていた。しかし早々に否定された。となると、ほかに考えられるもっともらしい理由は、今のところなかった。
「……そうか」
 光に毛づくろいをされている精獣は、本当に気持ちがいいようで、恍惚とした表情を浮かべている。それを見て、ランティスもまた目を細めた。自分ではこうはいかない。光はやはり、根っから生き物に好かれる『心』の持ち主なのだろう。
 しかし、その光が毛づくろいをしながら何でもないように放った一言に、ランティスは度肝を抜かれた。
「クレフがね、全然眠らせてくれないんだって。海ちゃん、東京でも毎日忙しくてあんまり眠れないこともあるみたいだし、今日はよっぽど疲れてるんじゃないかな」

 耳を疑うとはこのことだ。われ知らず、切れかけた電球のような瞬きを数度繰り返す。そして思わず、食い入るように光の横顔を見つめた。彼女は今、さりげなくとんでもないことを言わなかっただろうか。
 そんなランティスの気持ちなどいざ知らず、光は淡々と話し続ける。
「クレフが眠らせてくれないなんて、意外だよね。仕事の手伝いでもしてるのかなって思ったけど、クレフが海ちゃんにそんなことさせるわけないじゃないか。どうしてって聞いても、教えてくれないんだ。でも、そんなこと聞くと心配になるし、気になっちゃって。何度も聞いたんだけど、海ちゃんいつも顔を真っ赤にしちゃって――」
「ヒカル」
 意図したよりもだいぶ大きな声になってしまった。光が手を止め、その紅の双眸をまん丸くしてこちらを見上げる。慌てて「いや」と顔の前で手を振った。何に対して「いや」なのか、われながら、わかるようでわからなかった。
「ヒカル。ウミが言いたかったことは……」
 場を持たせなければと口を開いたはいいものの、中途半端なところで何も言えなくなってしまった。こんなことになるのなら、そもそも口など開かなければよかった。
「なに? ランティス」
 きょとんと光が首を傾げる。同じことは二度と言えなかった。そもそも一度目も、正確には言ってはいないのだが、ランティスの中では言ってしまったも同然だった。
「いや」とランティスは言った。「なんでもない」
「え?」
 光がますます首の傾きを大きくする。とにかく恥ずかしくて、ふいと顔を逸らした。

***

 時が経つのは速いもので、気づけばもう、光たちと出逢ってから五年の歳月が流れた。改めて思い返すと、あっという間に過ぎた五年間だったように思う。その一方で、実に濃密な五年間でもあった。さまざまなことが、以前とは比べ物にならないほど大きく変わった。

 中庭にあるこの東屋から外の景色を眺めるのを、もう長いこと気に入っている。蛍に彩られた『精霊の森』がすぐ近くにある。そのまま視線を上に向ければ、満点の星が空いっぱいに広がり、セフィーロを淡く照らしていることがわかる。時折吹く風は柔らかく、とても穏やかな夜だ。
 今となっては当たり前のように過ごしているが、このような穏やかさ、五年前にはもう二度と見られないのだろうと絶望していた。しかし今日日吹き降ろす風のしなやかさといい、かつてエメロード姫の『祈り』に守護されていた時代のセフィーロの夜よりも、穏やかさを増したように感じられる。

 他国との交流という、それまでにはなかったものが生まれ、セフィーロは、この五年間でめまぐるしく変化した。諸国を旅してきたランティスでさえ驚くような変化がいくつもあった。どんどん新しい土地が創造されていくことや、人々がそれぞれの『意志』によって、それまでのセフィーロにはなかった仕事や遊びを創り出していることもそうだ。しかし何よりもランティスを驚かせたのは、かれこれ一年ほど前、クレフが突然、その体を成長させたことだった。

 当時のことは、今でも鮮明に覚えている。それまでは少年の姿をしたクレフのことしか知らなかったから、最初、朝食の席に現れた背の高い彼を見たときは、一瞬誰かわからなかった。彼があの杖を携えていなければ、「誰だ」と尋ねていたかもしれない(結局は、彼が杖を持っていたにもかかわらず、「誰だ」と尋ねてしまったのだが)。とにかくそれほどの衝撃だった。
 ランティスのみならず、誰もが飛び出さんばかりに目を大きく見開いていた。突然どうしたのだろうと困惑を隠せなかったのだが、その答えを教えてくれたのは、誰よりも顔を紅く染めて必死に顔を上げまいとしていた、海その人だった。
 二人が想い合っていることを知らない者はいなかった。しかし二人がようやく恋仲になったのは、その一年前からのことだ。ずっと親友の恋路を応援していた光が、「海ちゃん、本当によかった……」と涙ぐんでいたことが、強く印象に残っている。


「クレフがね、全然眠らせてくれないんだって――」
 昼間、光が何気なく発した言葉が脳裏を過る。抑えようと思っても、気づけば心がざわめいた。こんなことは経験がない。自己嫌悪に陥りそうだった。
 光は気づいていないようだったが――そもそもそれがあり得ないと思うが――、暗喩的なその言葉に海が込めた意味は、ひとつしかない。たとえば緊張していてとか、それこそ光が言ったように、多忙故に寝不足だとか、何であれ、海の方に眠れない理由があるのだとしたら、彼女は「眠れない」という言葉を使うはずだ。ところが海は、「『クレフが』眠らせてくれない」と言ったのだという。
 教え子にさえ仕事を手伝わせようとしないクレフがよりにもよって海にさせるなど、そんな無粋なことをするわけがない。想い合った男女が一つ屋根の下にいて、男が女を眠らせないとしたら、その理由は、火を見るより明らかだ。

 驚くようなことではない。海も立派な大人なのだし、そういうことになっても何もおかしいことはない。フェリオと風に至っては、もう何年も前からそういう間柄だ。しかしクレフと海の関係には、そういう艶めかしい男女の交わりというものを当てはめることはしてこなかった。清潔さというかなんというか、男女であるということを抜きにして、二人の間には流れる水のような絆が見えていた。ところが現実は、まさかクレフは海を眠らせないほどだとは。

 己が狼狽していることを認めざるを得なかった。姿のせいもあったのだろうが、かつてのクレフは、女っ気からはもっとも縁遠いところにいるような人だった。クレフが誰か女を愛し、交わるなどということは、想像しようとしたことさえなかった。クレフが彼自身の体を変化させたときでさえ、彼を自分と同じ「男」として見ることはなかった。見た目の問題ではない。もう長い付き合いの中で、ランティスにとってクレフは、師である以上に父親も同然だった。
 そうなのだ――この狼狽した気持ちはその、クレフを父親のように慕うところに起因しているに違いない。自分の父親が「男」であるということは、誰にとってもあまり想像したくないことだろう。子にとって父はいつまでもヨセフで、母はいつまでも聖母マリアだ。

 われ知らずため息をついた。情けない。これではまるで、親離れできていない子どものようではないか。そもそもクレフは師であり、父親ではない。彼に対してこんな気持ちを抱くような理由は、どこにもない。自らの思考を振り切るように、ランティスは立ち上がった。
 東屋を後にし、回廊を一人進む。夜もすっかり更けて、自分の歩く足音だけが木霊する。
 ひとところにはいないが、今同じ世界の下に光がいると思うと、それだけで心がほんのりと温かくなるのを感じた。今夜は早めに床に入り、明日の朝は、朝食の席で光を待っていられるようにしよう。そんなことを考えているうちに、自室の前にたどり着く。扉を開けるために魔法剣を腰から取り出そうとしてふと、人の気配が近くに迫ってくるのを感じた。

 驚いたのはその直後だった。何気なく視線を回廊の奥の方へ向けると、少し先の曲がり角の向こう側から、蒼い髪の娘が姿を現したのである。
 ほっそりとした頤(おとがい)に、すらりとした四肢。凛としていながら繊細な、あの独特の気配を見紛うはずもない。海だった。
 白い寝間着に身を包んだ海は、角を曲がるとランティスに背を向けて回廊を進んでいった。こちらの存在には気づいていないようだった。中途半端に口を開けたまま、ランティスは海の背中を目だけで追いかけた。海が歩くたびに、さらさらと髪が揺れる。月明かりを受けて輝く髪は、一本一本が繊細だった。

 やがて海は、とある部屋の前で立ち止まった。扉を見上げる彼女の頬は、気のせいか赤らみ、思いつめているようにも見える。それからしばらくの間、扉をノックしようと手を伸ばしかけるも途中で思い留まり引っ込める、という動作を、海は何度も繰り返した。それはさすがのランティスでも見ていてもどかしいと感じた。
 海が誰の部屋の前に立っているのか、当然最初からわかっていた。「さっさと入ったらどうだ」という言葉が喉から出かかる。放っておけばいいのだが、今動いたりしたら音で気づかれてしまうかもしれないと思うと、出ることも引くこともできないのだった。

 どれだけ時間が経っただろうか。結局海がノックをすることができずにいるうちに、扉がひとりでに開かれるのが見えた。海が大きく目を見開く。顔色は、遠目に見てもはっきりそれとわかるほど紅い。彼女の表情が淡い白熱灯の光に照らされると同時に、扉の内側から、端正な顔立ちの男性が姿を現した。
 覚えず目を奪われる。彼はいつもの重厚なローブではなく、薄いラベンダー色のガウンを羽織っていた。常に額に戴いているサークレットもなく、そのせいで、いつもはさほど気にならないピアスの輝きが眩しい。それほど軽装なそのひとを、少なくともランティスは一度も見たことがなかった。
「ウミ」
 驚くでもなく淡々と、彼は訪ねてきた娘の名を呼んだ。まるで、そうして娘がやってくることをあらかじめ予想していたかのようだった。呼ばれた娘はといえば、視線をあちらこちらに彷徨わせて、手の動きもぎこちない。持て余したのだろう感情が、その体の周りを舞っていた。
「その……ごめんなさい、こんな時間に」と海は遠慮がちに口を開いた。「あっ、あのね、その……やっぱり、せっかく来たんだしクレフと一緒にいたらって、光に言われたものだか――」
 突然、海の言葉が中途半端なところで途切れた。

 そこから先は、まるで演劇のワンシーンを見ているかのようだった。クレフが海の腕をぐいとつかみ、そのまま自らの方へ引き寄せる。突然のことに驚き息を呑んだ海の唇を、クレフのそれが塞ぐ。口づけたまま、クレフが海の腰に腕を巻き付ける。そしてくるりと反転すると、彼女の体を部屋の中へと招き、後ろ手に扉を閉める。
 パタン、という静かな音を最後に、回廊は再び静寂に包まれた。


 その場に突っ立ったまま、硬直した。俺はいったい、この目で今何を見たのだろう。これは夢の中なのだろうか。俺は白昼夢でも見ているのか?
「ランティス?」
 しかし突如背後から聞こえてきた声が、残念ながらこれは現実だと告げていた。無意識のうちに『剣士』としての感覚が先だち、寸分の無駄もない動きで振り返る。するとそんなランティスの様子に、むしろその場に立っていた娘の方が驚いたようだった。大きな紅い瞳は、はっきりとした動揺を映している。彼女が誰であるかを確かめて、ランティスは心底ほっとした。
「……ヒカル」
 大袈裟に胸を撫で下ろし、息をつく。そうしてみてようやく、己の鼓動が速くなっていることに気づいた。

「遅くにごめん。海ちゃんが、やっぱりクレフのところに行くって言うから、私もランティスのところに行こうと思って来たんだけど……迷惑だったか?」
 普段とは違うランティスの様子に気づいたのだろう、光が不安げに眉尻を下げる。歓迎こそすれ、迷惑なわけがない。そういう意味を込めてかぶりを振ったのだが、意図したことを言葉にして声に乗せることはできなかった。挙句の果てに、その直後、ますます訝しがった表情の光に、
「どうしたんだ、ランティス? なんだか顔が紅いけど」
 と言われ、どうすることもできなかった。

 先ほどのクレフは、ランティスの知らないクレフだった。彼は完全に「男」だった。何がそう思わせるのかはわからないが、確かに彼ならば海を眠らせないだろうと納得できた。知りたかったような、知りたくなかったような……。
「ヒカル」
 後頭部を向けながら口を開いた。顔が紅いことを指摘されるなど、一度でじゅうぶんだった。
「明日の朝食は、おまえ一人で行け」
「え?」
 突然何を言い出すのかと、光は明らかに困惑している風だった。だがランティスはそれ以上は何も言わず、黙って魔法剣を取り出すと、自らの部屋の扉を開けた。
 朝食の席には、当分行けそうにない。クレフの顔を見て視線を逸らしてしまわない自信が、まったくなかった。

 いつの間にかどっと汗をかいていた。鼓動は速く、体に空気がまとわりつくようである。まるで熱帯夜だと、ランティスは思った。




熱帯夜 完





あさみさん、ノンタンさんからのリクエストで「第三者視点のクレ海」、ランティス視点です。
セフィーロにキリスト教なんてあるの? という突っ込みはなしということで^^;
最後、海ちゃんにキスしたクレフは、当然ランティスが見ていることを知っていてそういうことをした、確信犯です。
あさみさん、ノンタンさん、素敵なリクエストをありがとうございました^^

2013.04.03 up / 2013.08.31 revised




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
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