蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

夜が明けるまで

海誕企画★2013

若干大人向けです。クレフさんは大人バージョンに置き換えてください。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 夕焼け色に染まり始めた空に目を細めながら、自室へと向かう。これほど早く帰路に就けるのは、今日日めったにないことだった。
 常ならば、始まると優に深夜まではかかるファーレンの皇族との会食が、思いの外早く解散となった。「思いの外」と言いながら、それがアスカの気遣い故であることはもちろん承知している。会食で、クレフはいつもチャンアンに捕まってしまう。そのチャンアンを、アスカがさりげなく制してくれたのだった。
 帰り際、こちらに向かってこっそりとウインクをしてくれたアスカに対して、心の中で「ありがとう」と言った。その声がアスカにも届くようにと、心底願いながら。

 せっかく時間ができたので、後回しにしていた仕事を片付けに向かおうかとも考えた。しかし、アスカがチャンアンをそれとなく諭してくれたのは、クレフが仕事をする時間を持てるようにするためではない。彼女の配意に報いるためにも、今日は自室へ戻るのが懸命な選択だろう。実際、普段は本当に寝るためだけに自室へ戻っているようなもので、特にここ数日は、ろくに海と話をする時間も取れていなかった。たまには家族三人、水入らずの時をのんびりと過ごしても、罰は当たるまい。
 遅くなると踏んでいたので、海には出がけ、「先に寝ているように」と告げて出てきた。こんなに早く帰ったら、彼女は驚くかもしれない。だがきっと、すぐに笑顔を向けてくれるだろう。ようやく見えてきた自室の扉を前に、密かにほほ笑んだ。

 扉の前までやってきて杖を翳しかけ、しかしふとその手を止めた。扉の内側に、海以外の者の気配を感じたからだ。その気配には覚えがあった。そしてなるほど、と納得する。きっとこれまでも、クレフが家を空けている時間、海はそうして二人の親友とともに過ごしていたのだろう。
 ひょっとしたら、ずいぶんと淋しい思いをさせてしまっていたのかもしれない。申し訳なさから苦笑し、杖を傾けた。


 中へ入ると、椅子に腰掛けた三人の娘たちが仲良く額を突き合わせている様子が目に飛び込んできた。
「あ、クレフ! おかえり、早かったんだね」
 まず声を掛けてくれたのは光だった。窓から差し込む夕陽を受け、彼女の瞳はいつも以上に燃えるような色をたたえている。
「おかえりなさい、クレフさん。お邪魔しております」
 何年経っても、風のその礼儀正しさは変わらない。王女としての風格が漂ってきた彼女に向かって、「いや、構わない」とかぶりを振った。
「どうしたの、クレフ。ずいぶん早かったのね」
 だが、それまではクレフに背を向けていた海がそう言ってこちらを振り返った瞬間、思わずその場で立ち止まった。そしてつい、
「何をしている」
 と言ってしまった。
 え? と、今度は海が目を丸くする番だった。そして呆れたように眉尻を下げ、苦笑した。
「何って……見てのとおりよ。おっぱいあげてるの」
「先ほどまで、ぐずって大変だったんですよ」と風が言った。
「そうなんだよ」と光がうなずく。「スバル、お腹すかせてたみたいで。海ちゃんがおっぱいあげたら、すぐ泣きやんだんだ」
 ね、と娘たちはほほ笑んだ。その中で海は、左の乳房をためらう様子もなくあらわにし、抱いた赤子がそこにしゃぶりつくのを、目を細めて眺めている。

 急に海が知らない女性のように見えて、しばらくその場から動くことができなかった。彼女はこれほどまでに母親然としていただろうか。ついこの間までは、ぐずっていたのは海の方だったような気がする。それがいつの間にか、そうして赤子を手に抱いている姿がすっかり板についている。
 子どもができて、海が急に大人になったのか、はたまた大人になる過程を自分が知らなかっただけなのか。どちらにせよ、クレフにとって大きな衝撃だったことは確かだった。
「どうしたの? クレフ」
 黙り込んだクレフを怪訝に思ったのだろう、海がきょとんと首を傾げてこちらを見やる。以前は真っ直ぐに下ろされていた髪も、今は耳の横で緩くひとつに束ねられている。彼女の顔が、遠い昔に見た自身の母親の面影と重なって見えて、内心どきりとした。

「いや」と軽くかぶりを振り、海の方へ歩み寄る。彼女が腰掛けた椅子の背もたれに手を掛け、身を屈める。一瞬海がたじろいだのは見ないふりをして、彼女の唇に、触れるだけの口づけを落とした。「あら」と風が口元に手をやったのに気づいたが、それを見咎めることもしなかった。
 顔を赤らめた海が、抱いたスバルに視線を落とす。スバルは、母親の乳房をその小さな手で懸命に自身の方へ引き寄せるようにして、空腹を満たしていた。

「それにしましても」と風が目を細めながら口を開いた。「本当によくクレフさんに似ていらっしゃいますわね」
 そう言われるのは初めてではない。だが何度言われても照れくさかった。おもねるように笑い、風を見やった。
「そうだろうか」
「そうだよ」と光が何度も首を縦に振った。「髪は綺麗な薄紫だし、目だってクレフと同じ色だもん」
「あら、私だって目は蒼よ」
 軽く唇を尖らせて海が身を乗り出す。その様子に、自然と笑みがこぼれる。こうして、かれこれ十年越しの付き合いを続けている親友たちとやりとりをしていれば、海は少女の頃の片鱗を見せる。そんな彼女の方が、クレフにはまだ馴染み深い。
「着替えてくる」
 その海の頭にぽんと手を置き、クレフは隣の寝室へと向かった。

「相変わらず、お熱いですわね」
 ぽそっと風が呟いたのが、扉越しに聞こえてくる。
「そ……そんなことないわよ」
 照れを隠して赤らんだ海の顔が、目に浮かぶ。クレフは一人、含み笑った。

***

 カラン、とグラスの中で氷が音を立てる。その音に誘われるように、読んでいた書物から顔を上げ、サイドテーブルに置いたグラスを手に取った。口に含むと強いアルコールが喉を焼く。だがそれも一瞬のことで、すぐにじんわりと体が温まっていく。その感覚が、得も言われず好きだった。海が『異世界』から持ってきた「ブランデー」というこの酒が、クレフはなかなか気に入っている。
 ぱちぱちと燃える暖炉の火を見つめていると、自然と穏やかな気分になる。腰掛けた、三人は優に座れるソファの肘掛けに頬杖をつき、揺らぐ炎をぼんやりと目で追う。前回こんな風に何も考えない時間を過ごしたのはいつのことだったか、すぐには思い出せなかった。

 寝室の引き戸がゆっくりと開けられる音で、われに返った。奥から現れた海が、音を立てないように注意しながら引き戸を閉める。横顔に浮かんだ優しい笑みに、クレフもまた自然と笑顔になる。
「眠ったのか」
 声を落として聞くと、海がこちらを振り返って「ええ」とうなずいた。
「珍しく、今夜はすぐ眠ってくれたの。パパがいて、安心したのかもしれないわ」
 そんな台詞もすっかり様になっている。クレフは膝に置いていた本を閉じてサイドテーブルに置くと、海が隣に腰掛けるのを受け止めた。
「驚いた」
「え?」
 頭を肩に預けてこようとしていた海が、動きを途中で止めてこちらを見上げようとする。しかしクレフはそうさせず、海の頭の後ろに手を差し入れると、そのまま引き寄せて自身の左肩にもたれ掛けさせた。
「いつの間にか、すっかり母親の顔をしている」
「クレフ……」
「まだまだ娘だと思っていたのだが……おまえも成長したのだな」
 腕の中で、海がくすくすと笑った。
「当たり前じゃない。スバルが生まれて、もう六か月よ?」
 そんなになるか、とクレフは海の髪を梳きながらひとりごちた。半年も経ったという気がしない。この半年の間、果たして何日、こうしてスバルが寝付く時間に部屋にいられたことがあっただろう。だいたい、スバルが寝静まったころに帰宅し、スバルが目覚める前に出て行く生活だった。あるいは父親の顔を判別できないようになってしまうのではないかと心配だったが、幸いスバルは、クレフを見ると笑顔で抱きついてこようとしてくれる。

「苦労をかけるな」
 自嘲気味に言うと、海がそっと顔を上げ、上目遣いにこちらを見つめてきた。ほとんど反射的に、その額に唇を寄せる。すると海が恥ずかしそうにはにかんだ。
「そんなことないわ。私、とっても幸せよ」
 さらりと肩から落ちた海の髪が、暖炉の炎に照らされて儚く光った。
「おまえは、いい母親だ」
 その髪は、すくうとまるで流れる水のように指の間を滑っていく。
「やだ」と海は肩を竦めた。「クレフにそんなこと言われると、照れくさいわ」
 思わず笑みがこぼれる。目を細め、すくい上げた髪に口づける。
「だが……」
 手にしていた髪が完全に滑り落ちたところで、海をぐいと引き寄せた。一瞬のことに驚いて「えっ」と漏れたその声ごと、ピンク色の唇を塞ぐ。逃がさないよう、頭を押さえたまま腰を引き深く口づけると、堪え切れなくなった海の口の端から喘ぎ声が漏れた。

 肩で息をする海を解放し、至近距離で見つめる。こちらを見上げるその潤んだ瞳がどれだけ理性を狂わせるのか、この娘は未だ知らない。
「私の前では、母親になるな」とクレフは言った。「おまえはいつだって、『ウミ』なのだ」
 答えを聞く前に、紅く染まって潤った唇を再び塞ぐ。もっと、もっとと求めているうちに海の体が沈み、ついにソファに倒れ込むと、彼女は逃げ場を失った。ガウンの紐に手を掛けると、海の肩がぴくりと震える。肌蹴た首筋は少女の頃と変わらず艶めかしく、吸い寄せられるように唇を這わせると、海が背中をしならせた。
「や……クレフ、スバルが起きちゃ……う……」
「だいじょうぶだ」
「そんな……っ、何、で……」
「私がいれば、安心して起きないのだろう?」
 ん? と僅かに顔を上げれば、海が大きく目を見開いた。その瞼に口づけ、海のガウンをぱさりと床に落とした。
 授乳をして張った乳房は、吸い付くように手に馴染む。堪らず上がった海の嬌声に耳を傾けながら、そんな彼女の声を聞くのも久しぶりで、いつも以上に己が昂っていることに気づく。

 自分自身の子どもに嫉妬しているなど、どうして言葉にできようか。どうやら思っていた以上に、クレフ自身、独占欲が強いらしい。海が母親の顔になっているところを見て、こんな風に鳴かせたくなるとは。
 うっすらと紅く染まった海の肌からは、甘い香りが立ち上ってくる。その香りは、クレフの心を否が応でも駆り立てていく。
 休息を、とせっかくアスカが会食を中座させてくれたのに、これではきっと、今夜はまったく休息になりそうもない。それでも、こういう疲労ならば願ったりかなったりだ。

 「愛している」と口にするのは簡単だ。だが、言葉だけではじゅうぶんに伝わらないことも、伝えられないこともある。今夜はとことん、愛のやり取りをしよう。どちらかが疲れ果てて眠るまで、あるいは、この夜が明けるまで。




夜が明けるまで 完





余宵の酔いさんからのリクエストで、「赤ちゃんネタ・未来のクレ海」でした。リクエストの一部をコピペさせていただきますと、
『クレフさん似の我が子を腕に授乳中のすっかりママな海ちゃん→クレフさん現場初目撃・最初は穏やかでありつつも軽い嫉妬&ムラムラ→海ちゃん子供を寝かしつけた後、張って痛い胸を搾ろうとした所で捕獲&連行』
ということだったので、本当はキャラ崩壊したクレフが嫉妬しまくる話を書こうと思っていたんですが、書いてみたら意外とまともな話に(?)なりました。
この後二人がどのようにして朝を迎えたのかは、皆さまのご想像にお任せします。
余宵の酔いさん、素敵なリクエストをありがとうございました^

2013.03.05 up / 2013.08.31 revised




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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