蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

星に願いを 1. 新しい涙

中編

この『星に願いを』シリーズは、9月2日、クレフさんの日を記念した連作短編集です。
一話完結の物語を、何篇か書きます。それぞれ単独で読めますが(たぶん)、続くおはなしになります。
クレフさんは一貫して大人バージョンに置き換えてください。
ところどころ大人向けです。

それでは、第1話は「続きを読む」からどうぞ。





 海がこちらの世界で暮らすようになって、早いものでもう一年が経とうとしている。それまでもたまの逢瀬はあったが、やはり常に一緒にいるのとは違った。最初に淋しいと思うようになったのは彼女の方かもしれないが、最終的に我慢の限界を超えたのは私の方だった。ともに暮らそうと告げたときの彼女の顔は、おそらく一生忘れることはないだろう。
 そうしてせっかく、何を我慢する必要もない生活が始まったというのに、ここ最近の海はつれない。東京へは月に一度行けば多い方だったのに、このひと月ほどは、毎週のように行っている。そしてついに、彼女が帰ってこなくなって今日が三日目の朝だった。

 一年前までは、三日の空白など短い方だったというのに、当時いかにしてその三日を乗り越えていたのか、今となっては思い出せなかった。東京とセフィーロとの間に、通信手段はない。海がひとたびあちらの世界へ行ってしまえば、こちらへ戻ってくるまでは様子を知ることができない。よもや事件や事故に巻き込まれたのではあるまいなと、気がかりばかりが募っていく。
 もっとも、彼女がこの家に帰りたがらない理由について、まるで思い当たらないというわけではなかった。だがそれを私の口から言うつもりは毛頭なかった。そもそも、それを理由に帰ってこないのだとしたら、それはいささか自尊心を傷つけられることだ。そんなことを考えていると、不意に『異世界』とを繋ぐ『道』が開いた気配を感じた。

 開け放った窓にかかるカーテンが、風を連れて揺れる。目の前の机上に広げていた本が、風でめくれてカタカタと鳴った。羽根ペンが藁半紙の上を転がり、インクが丸い染みを不規則に描く。いつもの昼下がりのセフィーロだ。
 頬杖をついていた腕から顔を離し、ため息をついた。髪を掻き上げ、椅子から立ち上がる。そのまま真っすぐ歩いていくと、いいタイミングで海が近づいてくるのを感じた。彼女が扉の外に立つ。深呼吸をして、ノックをしようと手を上げる。その手が扉に触れる前に、私が扉を開けた。
「きゃっ」
 目の前に突然現れた私を見て、海はあろうことか悲鳴を上げた。相当驚いたようで、一歩身を引くほどだった。
 私がこうして魔法を使わずに扉を開けることは、なるほど確かに珍しい。だがそれにしても、そこまでの反応を示す必要はあるのか。ぴくりとこめかみが動いたが、それはただやり過ごし、努めて笑みを浮かべた。
「おかえり」
「た……ただいま」
 不自然に髪を撫でつける海の視線が泳ぐ。脇をすり抜けて中へ入ろうとする彼女を制するように、私は腕を伸ばした。海がはっと身じろぎする。気づかないふりをしてそのまま手を伸ばし、彼女が両手いっぱいに抱えた荷物を持ってやった。ほっとした様子で海が中へ入る。扉を閉め、私も後に続く。ソファに座った海は、ふうと息をついた。彼女に背を向け、私は手にした荷物を寝室へと運んだ。背中に突き刺さるほどの視線を感じる。荷物を置いて間髪容れずに振り向くと、予想していなかったのか、海は動転したように頬を染めた。

 じっと彼女の表情を見つめる。さあ、今日こそ話してくれるのか。そういう意味を込めた視線を送った。海が視線を外す。もじもじと膝の上で指を絡ませるさまに、体中の血が騒ぐ。ぐっと抑え込み、私は厨へと向かった。急かす必要はないのだ。自らに言い聞かせるように、海が気に入っている茶葉を取り出し、三日ぶりに紅茶を淹れた。


「楽しかったか、トウキョウは」
 ローテーブルにティーカップを置きながら、私は言った。「ええ」とぎこちなく海が答える。いつもは隣に座るのだが、あえて向かい側に足を向けた。海の喉元がこくりと動く。緊張している。
 盆を置き、二つ並んだ一人掛けのソファの一方に腰を下ろす。向かい側の海が座っているのは二人掛けだ。いつものように、海は左側に寄っていた。
「クレフ」
 紅茶に手もつけず、やおら海は顔を上げた。ソーサーを持ち上げたところだった私は、一旦手を止め、カップを元に戻して海を見返した。なんだ、と目だけで問う。鼓動が速い。だがおそらく、海の方が私の何倍も速いだろう。
「あのね」
 膝の上でぎゅっと手を握り、海が言う。
「あの、ね……」
 視線が落ちる。頬が紅い。今すぐにその横へ飛んでいって、抱きしめてやりたいと思う。いや、だめだ。無理やりその衝動には目を瞑る。私が口にするのは簡単だ。しかしそれでは意味がないのだ。

 風が邪魔だと思えるほどに、海の一挙手一投足から目が離せない。流れる水のような青い髪が、そよ風に揺れて儚げに輝く。やがてその髪を耳にかけながら、海は顔を上げた。吹っ切るような笑みを浮かべていた。
「ごめんなさい、なんでもないわ」
 心に吹く風の向きが、その瞬間、南から北へと変わった。この娘、私のことを散々「短気だ」とけなしていたくせに、もう忘れたのか。心の奥でふつふつと気持ちが沸騰する。そんな私の気持ちなどつゆほどにも知らぬであろう海は、暢気に紅茶をすすり、「おいしい」とまで感想を漏らした。

「ちょっと、光と風のところに行ってくるわ」
 挙句の果てに、紅茶を飲み終わると、そう言って明るい笑顔とともに立ち上がった。
「お土産を買ってきたの。生ものだから、早めに渡さなくちゃいけないし」
 すぐ戻ってくるから。そう言って、脇に置いていた鞄を手に、海が私に背を向ける。当然その背中を見送るつもりなどなかった。海が扉に手を掛けたところでちょうど追いつき、強引に腕を引いた。
「えっ?」
 海が目を丸くする。気にせず私はそのまま海を引っ張り、ソファへと戻っていく。
「ちょ……ちょっと、クレフ?」
 どさっと海の手から鞄が落ちる音がした。構ってなどいられない。二人掛けのソファの前まで行くと、そこに海を放り投げた。もちろん優しく、だが海が抵抗できない程度の力で。

 悲鳴を上げ、海が体を起こそうとする。させじとすぐさまソファに乗り、海の両手首をつかむとそのまま押さえ込むような口づけをした。びくっと海の肩が震える。喉で声がくぐもる。強引に舌を絡め、海の足を自らのそれで押さえつける。片手で両手を拘束し、空いた方の手でブラウスのボタンを外す。首筋に舌を這わせながら、思いついて強く噛んだ。考えるより先に行動することも大切だと教えてくれたのは、海だった。
「ちょっと、クレフ」
 喘ぎ声に混じって海が抗議の言葉を紡ぐ。無視してブラウスをたくし上げ、何度聞いても名前を覚えられない、不思議な形をした異世界の下着を取り払う。
「お願い、やめて」
 彼女が本気で言っているのかそうでないのか、私はとっくにわかっていた。だがやめるつもりなど毛頭なかった。断る、と心の中で言って、スカートの中へと手を伸ばす。こちらも名前を思い出せない、やはり異世界の下着に手が掛かる。
「クレフ、ちょっと待って。ねえ、お願い」
 このままここで抱くのもいいかと思い始めていた。知り尽くした彼女の叢の奥に手が伸びた、そのときだった。
「お腹に赤ちゃんがいるの!」
 私は手を止めた。

 海が肩で息をする音が、風に乗って部屋の中を巡回し、やがて外へと流れ出ていく。顔を上げると、海の潤んだ瞳がそこにあった。私は手をのけ、ふうっと長く息をついた。
「あ……あの」と海が今にも泣きそうな声で言う。そんな声を出したいのはこちらだ、という言葉をすんでのことろで飲み込み、私はほほ笑んだ。
「ようやく言ってくれたな」
「え?」
 海が目を丸くする。胸を肌蹴させたその恰好はさすがに目に毒で、腕を引いて体を起こすと、外したばかりの下着とブラウスのボタンを留めた。
「知ってたの?」
 恐る恐る、といったように海が訊く。最後のボタンを留めると、私は潤んだその瞳を見返し、苦笑した。
「おまえのことだぞ。わからないわけがあるまい」
 すると海は、堪えていたものを吐き出すようにみるみる目に涙を溜め、そしてそのまま私の胸元にぶつかってきた。勢いで体が揺れる。細い体をしっかりと抱き留め、背中を撫でた。
「なぜもっと早くに言わなかったのだ」と私は彼女の髪に口づけを落としながら言った。「不安でしょうがなかった私の身にもなってみろ」
 まさか父親は私ではないのではないか、とまで考えたこともあった。こればかりは、墓場まで持っていくつもりだが。
「ごめんなさい……だって、言い出せなくて……」
 しゃくりあげながら海が言う。心配ない、という意味を込めて、私は彼女の背をさすり続けた。

 それから海は、涙を交えて問わず語りにすべてを語った。体の変調を感じ始めたのはひと月ほど前だったこと。東京へ戻って検査を受けたら、妊娠していることが判明したこと。打ち明けようとずっと思っていたが、怖くて言い出せなかったこと。
 海が言い終えると、私は彼女の体をはがし、正面から目を合わせた。蒼いはずの目が、すっかり赤くなっている。
「怖いことなど何もない」と私は言った。「不安な思いは、決してさせない。私がおまえを守ると誓おう。おまえと、おまえのお腹にいる、私たちの子を」
 瞬きをした海の瞳から、一筋の新しい涙がこぼれ落ちる。それを拭い、私は確かめるようにほほ笑んだ。
「うん」と海はうなずいた。「ありがとう、クレフ」
 海がもう一度抱きついてくる。750を四年も過ぎてから父親になる人間など、おそらく前代未聞だろう。だが、これ以上に嬉しいことなど、果たしてこの世に存在するだろうか。海に出逢えたことを、心から感謝した。

 腕の中で、海がそっと私を見上げる。目を合わせ、私たちは口づけを交わした。彼女の中にしっかりと新しい命が息づいているのを、確かに感じ取った。
 その命がこの世に生を受けるまで、あと、七か月。




『星に願いを』 1. 新しい涙 完




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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