蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

星に願いを 2. 幾千の星

中編

髪の色は私と同じだった。その広い額をそっと撫でる。するとぱちっと目を覚ました。真っ青な瞳。

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 この短気な(とこの際自分でも認めてやる)私をどれだけ待たせるつもりなのか。足を組み、そろえた人差し指と中指とで目の前のテーブルをトントンと叩きながら、もうどれほどの時間が流れたのかわからない。あまりにも叩きすぎて、指先の感覚がなくなってきたところだ。もう一方の手では頬杖をついているが、こちらもこちらで、手とこめかみが今にも引っ付いてしまいそうだった。

「導師、そんなに焦らなくてもだいじょうぶですよ」
 その台詞を今日、いったい何度聞いただろう。
「焦ってなどいない」
 そしてその答えも今日、いったい何度口にしただろう。
 ふう、とため息が聞こえる。ちらりと片目を開けると、向かいの椅子に座っているフェリオが、「やれやれ」とでも言いたげな横顔を向けてきた。
 肩書が「王」に変わってもう数年が経ち、その横顔にもずいぶんと風格が備わってきた。とはいえ、未だフェリオは私に対しては敬語を使う。そんなフェリオが、急に自分のはるか先を歩いている男であるかのように見えた。もっとも、見えただけではなくて、ある一面を取り出せば実際にそうなのだが。

 つとフェリオがこちらを向いた。
「ご心配なさらずとも、フウも、カルディナもついています。きっと安産でしょう」
 そう言って、彼はまた横顔を向けた。その視線の先を追いかける。離れたところに大きな扉があり、それはこれ見よがしに私の前に立ちはだかっている。悔しいか、と聞かれた気がした。悔しいに決まっているだろう、と答えた。
 その扉の前で、小さな男の子が一人で遊んでいる。この国の王子、プレミオだった。父親と瓜二つのプレミオを見ていると、フェリオの幼いころのことを思い出す。そうは言っても、子は父親と違って勉強熱心なのだった。そこは間違いなく、プレミオにその瞳の色を供した母親の遺伝子だろう。

 それにしても、とプレミオの向こうに聳えている扉をにらみつける。あの奥で、いったい海はどれほど大変な思いをしているだろう。想像しただけで、いても立ってもいられなくなる。
「あの部屋を男子禁制にしたのは誰だ」
 吐き捨てるように言い、ため息をついた。
「あなたですよ」と間髪容れずにフェリオが笑いながら言った。そのとおりだった。
 風は一児の、カルディナに至っては二児の母だ。二人とも出産の心得は多分にあり、フェリオの言うとおり、心配せずとも海は無事だろう。しかしそういう問題ではなかった。彼女が大変なときにそばにいてやれないということは、たとえば彼女と長い期間会えないということよりも辛いことのように感じた。

 またため息をついた。すると、扉の前でひとり遊んでいたプレミオが、きょとんと首を傾げ、こちらへ近寄ってきた。
「導師さま、だいじょうぶですか? さっきから、ため息ばかりついて」
「だいじょうぶだ」と私は答えた。ぶっきらぼうな言い方に、したつもりはないが、なっていた。
「どこか具合でも悪いのですか?」
 プレミオが真剣なまなざしを向けてくる。それでも私は、扉の向こうのことが気になって仕方がない。
「おいで」
 見かねたフェリオがプレミオを呼んだ。ハイ、と素直に答えて、プレミオは父親のもとへ向かう。抱き上げたプレミオを、フェリオは膝に座らせた。
「導師クレフはな、今、とても大変なんだ」
「たいへん?」
「子どもが生まれるんだよ」
「子ども? 導師さまの?」
「そうだ。導師クレフとウミの子どもだ。今、母上と一緒に、ウミがあの扉の向こうで頑張ってる。それを導師は、ここで待っておられるんだ」
「ウミおねえさん、頑張ってる」とプレミオはフェリオの言葉を繰り返した。ああ、とフェリオは目を細めてうなずいた。
「おまえ、導師クレフの子どもと仲良くできるか?」
「できます!」とプレミオは大きく首を縦に振った。「ぼく、導師さまの子どもに、お勉強教えてあげます」
 かつてあれだけ腕白だったフェリオの子どもによるそれとは思えない台詞に、私もフェリオも一瞬言葉を失った。それからフェリオは破顔し、私は苦笑した。きょとんとしたプレミオの頭を、フェリオがくしゃくしゃっと撫でた。
「そうだな。たくさん教えてやれ」
 ハイ、とプレミオがうなずいた、そのときだった。耳を劈くような泣き声が、辺り一帯に響き渡った。

 立ち上がった勢いで、椅子が後ろに転げた。
「生まれたようですね」
 さすがのフェリオも立ち上がる。彼とプレミオをちらりと見て、私は扉へ向かって駆け出した。タイミングを同じくして、扉が開く。覚えず急ブレーキをかけた。
 大きくゆったりとした卵型のベッドが、扉の向こうから現れる。ゆっくりとこちらへ向かってくるそのベッドの両脇に、カルディナと風が立っていた。二人とも、額に汗を光らせている。風は私と目が合うと、ベッドを離れて足早に近寄ってきた。
「おめでとうございます、クレフさん」と風は言った。「ウミさんもお子さんも、よく頑張りました。母子ともに健康ですわ」
 言葉が出ないという感覚を、このとき初めて味わった。曖昧にうなずき、ベッドへ近寄ってもいいのか、という問いかけを、目だけでする。よく汲み取った風がうなずく。扉を出たところで動きを止めたベッドへ、私は満を持して駆け寄った。

「クレフ」
 汗にまみれた海が、そこに横たわっていた。そしてその腕に、彼女は生まれたての赤子を抱いていた。
「女の子よ」
 海と一度目を合わせ、そっと手を伸ばす。腕が震えた。止めようと思ってもできなかった。
 力を籠めたら破れてしまいそうな頬に触れる。私の手よりもずっと温度が高い。そのそばに、私の指先ほどの大きさしかない手があった。軽く握られているその掌に、指先を触れさせる。すると赤子は、私の指を握り返した。小さな小さな刺激。この場で叫び出したいほどの衝動が、胸の奥から湧き上がってきた。
「別嬪さんやね」
 カルディナが言ったが、私は答えられなかった。なぜかエメロードが生まれたときのことを思い出した。彼女もあのとき、こうして純白の絹織物に包まれていた。しかし今ここにいるのはエメロードではなく、私の子どもだった。私と海の子どもだった。

 髪の色は私と同じだった。その広い額をそっと撫でる。するとぱちっと目を覚ました。真っ青な瞳。そこにセフィーロの空が映り込んでいる。わが子との対面の瞬間だった。そしてそのとき、私はその子の瞳の奥に、確かに星の輝きを見た。
「エスタル」
 海が部屋から出てきてから、私は初めて口を開いた。
「え?」と海が聞き返す。私はそっとわが子を抱き上げ、間近にその瞳をもう一度見つめた。不可思議そうな色を宿してはいるが、星の輝きが消えることはない。
「セフィーロの言葉で、『星』という意味だ」と私は海を見て言った。「どうだろう」
 海は汗ばんだ瞳を見開いた。同時に、腕の中から笑い声がした。
「エスタル」と海は私の言った言葉を繰り返した。「すてき。いい名前だわ」
 自分もそう思う、とでも言うかのように、わが子は高い声で笑った。その額に口づけを落とし、そっと赤子をベッドに戻す。それから今度は海の手を握り、そこに口づけた。
「ありがとう」と私は言った。「ありがとう、ウミ」
 ううん、と海はかぶりを振った。エスタルと同じ色の瞳が、涙をたたえて輝いた。
「お礼を言うのは私の方よ。見守っていてくれて、それからすてきな名前を授けてくれて、ありがとう、クレフ」
 ヒュー、とカルディナが口笛を吹いた。
「相変わらず、お熱いことで」
「導師さま、子ども、生まれたの?」
 続けて今度はプレミオの声がした。そうよ、と答えたのは海だった。
「エスタルっていうの。見たい?」
「見たい!」とプレミオは答えた。「よろしいのですか?」と風が遠慮がちに言う。「当たり前じゃない」と言って、海が私に、いいわよね? と目だけで問う。もちろんだ、と私はうなずいた。

 フェリオに抱かれて、プレミオがやってくる。私の隣から身を乗り出すようにしてエスタルを覗き込んだプレミオは、興味深そうに目を輝かせ、そして太陽のようにほほ笑んだ。
「かわいいね」
「ありがとう」と海は言った。「いっぱい遊んであげてね」
「うん!」とプレミオはうなずいた。その後ろからフェリオが、「おめでとうございます、導師」と言った。
 私は片方の手で海の手を握ったまま、もう一方の手をエスタルの額に添えた。どちらも決して代わりの効かない温もりだった。子の父になったのだと、このときようやく実感したような気がした。
「皆、ありがとう」
 この場に集ったすべての人に感謝を。そんな私の気持ちが伝わったのか、エスタルが嬉しそうに笑った。真っ青な瞳の奥で、幾千の星が、太陽の光にかすむことなく瞬いていた。




『星に願いを』 2. 幾千の星 完




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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