蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

最高の魔法 前篇

海誕企画★2013

でも、そもそもクレフとの関係は、きっと「普通」という言葉では括ることができない。クレフはだいたい、存在から始まって、そのすべてが「普通」ではないのだ。

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 思わず抱えていたマグカップを落としそうになった。それほどに、あくまでもさりげなく放たれたクレフの一言は衝撃的だった。ぽかんと口を開けて見上げていると、クレフが「なんという顔をするのだ」と破顔した。その言葉を聞いてようやくわれに返る。それでもまだ、混乱した頭を完全に落ち着かせることはできなかった。
「え、だって……どうして? どうして急に、『出かけよう』なんて」
「たまにはいいだろう。ろくにどこへも連れて行ってやれていなかったからな」
 ほら、と言ったクレフに手を引かれる。慌ててマグカップをテーブルに置くと、もつれながらも、腰掛けていた椅子から立ち上がった。クレフに引かれるがまま、彼の後をついていく。体はこんなに小さいくせに、クレフは意外と力持ちだ。今も、相当な力で海をぐいぐいと引っ張っているのに、涼しい顔色はまったく変わらない。むしろ楽しんでいるかのような余裕さえ窺える。

「でも」と海は口を開いた。「どこへ行っても人垣ができてしまうから出かけたくないって、あなた、言ってたじゃない」
 ほとんど訴えるように言った。けれどそれに対するクレフの返答は、海の度肝を抜いて余りあるものだった。
「変装すればいいと言ったのは、おまえではないか」
 さも当然とばかりに言い置き、クレフはバルコニーへと続く窓に向かって杖を傾けた。そうして開け放たれた窓から外へ出ると、そこではすでにグリフォンが待ち構えていた。「さあ」とクレフが、ごく自然な動きでもって海をグリフォンの上へ乗り込ませる。ほとんどされるがままになってしまったのは、クレフの発言が想像だにしていないものだったからだ。
「やだ、聞いてたの?!」
 それはそれは愉快そうに笑ったクレフが、素っ頓狂な声を上げた海の前に軽々と乗ってくる。間髪容れずグリフォンが羽ばたいたので、海は思わずよろけ、小さな悲鳴を上げた。

***

 そんなことになる数時間前、海は風と、二人きりの茶会を中庭で開いていた。
 二人きりになるというのは珍しいことだった。セフィーロに来ると、海にも風にもそれぞれ一緒に過ごしたい人がいるから、いつもその人との時間を大切にする。だが今日は、その「それぞれが一緒に過ごしたい人」が二人そろって来賓と会食中だという。光は光で、イーグルの招待で、ランティスとともにオートザムへと旅立っていった。ではお互いの想い人が帰ってくるまでの間、久々に二人でお茶でもしようかということになったのだった。

「前からお聞きしたいと思っていたんですけれど、海さんはクレフさんとご一緒のとき、どのようにして過ごされているんですの?」
 東京で言うところの「紅茶」に似た飲み物を手に噴水の縁に腰掛けると、風が何の前触れもなくそう切り出した。そういう類の話になるだろうとは思っていたが、まさか開口一番、単刀直入にそんなことを聞かれるとは思っていなかったので、口に含んだ紅茶を危うく吹きこぼしそうになった。
「ど……どんな風にって」とぎこちなく言う。「普通よ、普通」
「普通、とおっしゃいますと?」
「だから」と海は思わず身を乗り出した。「クレフが精獣の世話をしにいくのについていったりとか、薬湯にする薬草を一緒に摘みに行ったりとかよ」
「お二人で、街へお出かけにはならないんですか?」
 きょとんとした風に問われて、一瞬答えに詰まった。「うーん」と顎に手を当て、どう答えたものかと思案する。
「出かけるといったら、『精霊の森』くらいね。街へは行かないわ」
「それはもったいないですわ」と風は言った。「街には海さんがお気に召すようなお店がたくさん並んでいますのよ。クレフさんなら誰よりも街に詳しいでしょうから、ご一緒に行かれたら宜しいのに」
 街が楽しそうだなとは、実は海も前々から思っていた。風はたまにフェリオに連れられて出かけているようなのだけれど、彼女が街で買ってくる土産品が、どれも海の目を惹くものばかりなのだ。だから、街にまったく興味がないわけではない。それでも、自らクレフに「街へ行ってみたい」とねだったことは、これまで一度もなかった。

「行きたがらないのよ、クレフ」と海は言った。「あのひと、人混みが苦手なの」
「そうなんですか?」
 思わず苦笑いがこぼれた。本当にうんざりした様子で「人の集まるところは好かぬ」と言ったクレフの様子を、思い出したからだ。
「クレフって、意外と有名人でしょ? めったに街へは下りないから、たまに行くと、歩けないほどの人に埋もれちゃって、大変なんですって。まあ、あの体っていうこともあるんだろうし、わからないでもないわよね」
 肩を竦めて眉尻を下げた。クレフは確かに威厳たっぷりの人物ではあるが、見た目年齢が十歳前後でしかないことは紛れもない事実だ。そんな彼が人混みに埋もれている姿を想像するのは容易いことで、また、その様子を想像すると、おかしくてついくすりと笑ってしまうのだった。

「海さんは、それでよろしいのですか?」
「え?」
 ところが、意外にも冴えない顔をした風に問われて、海は目を丸くした。
「せっかくクレフさんとお付き合いなさってるんですもの、一緒に街をお歩きになってみたいとは、思われませんの?」
 すぐには返事をすることができなかった。海は風から視線を外すと、手にした紅茶に映り込んだ自分自身を見下ろした。
 べつに出かけたりなんかしなくていい。そう言ったら嘘になるかもしれない。確かに普通の恋人同士だったら、一緒に街を見て歩いたりもするだろう。クレフと手を繋いで街を歩く様子を想像すると、そういうのも悪くないな、と思う。
 でも、そもそもクレフとの関係は、きっと「普通」という言葉では括ることができない。クレフはだいたい、存在から始まって、そのすべてが「普通」ではないのだ。それに、海にとって「街へ出かける」ということは、「いやだ」と言うクレフを無理やり連れ出してまでやりたいと思うほどのことではなかった。

「いいのよ」と海は言った。「私、クレフがやりたくないことを、無理してまでやってほしいとは思わないもの。それでなくても、クレフっていつも無理してるでしょう? 私の前では、無理してほしくないのよ」
「……海さん」
「まあでも、あれだけの魔法力があるんだし、変装でもして一緒に歩いてくれたらいいなぁとは思うけどね」
 今度頼んでみるわ、とおどけて海が言うと、風もまたほほ笑んで、「そうなさったらいいと思います」と言ったのだった。

***

 あのやり取りを、まさかクレフが聞いていたなんて。

 せっかく初めて訪れた街だというのに、海は楽しむよりも緊張している度合の方が強くて、ぎくしゃくしていた。すべての原因は、隣を歩く少年――もとい、クレフにあった。いつも構えている杖は当然なく、引きずるような長さのあるローブも羽織っていない。タートルネックの首元から、王様の着る服のように足首の部分がふわりと広がったパンツまで、薄い青色で統一された服をまとっているだけだった。その上に、華美過ぎない装飾が施された白いベストを羽織っている。先の尖ったブーツの色も白だった。そんなクレフの恰好は、まるで西洋のおとぎ話に出てくる王子様さながらだった。セフィーロだからいいけれど、これがもし東京だったらと思うと、クレフの装いはかなり異質だった。

 ローブを脱ぎ捨てただけだ、と彼は言うが、そのローブがいかにあの威厳を醸し出すのに大きな役割を担っていたのか、いまさらのように思い知った。広く見えていた肩幅は、あのローブのせいだったようだ。薄い衣一枚になった今のクレフは、年齢どおりの肩幅しかない。額で圧倒的な存在感を放っていたサークレットも外され、きっちりまとめられていた髪はすとんと降りている。――それだけだった。何か身に着けているものを「変えた」のではなく、身に着けているものを「減らした」だけだったのに、それは彼にとっては完璧な「変装」だった。その隣を歩くということに、海はとんでもない違和感と緊張感を抱いていた。

「ウミ」
 不意にクレフが、海の方を見て吹き出した。思わず「えっ」と声を裏返らせると、クレフは腹を抱えて笑い出した。
「手と足が一緒に出ている」
「……!」
 指摘された瞬間、海は反射的に体の動きをぴたりと止めた。恐る恐る自分自身の体を見下ろす。すると確かに、右手と右足が一緒に出ているのだった。クレフの笑い声が羞恥心に拍車を掛け、文字どおり、顔から火が噴き出るのを感じた。
「だっ、誰のせいだと思ってるのよ! このばかクレ――」
「ウミ」
 最後まで言わせず、クレフが海を鋭い声で嗜めた。道行く人が何事かと振り返っていく。そちらに向かって愛想笑いをするでもなく、クレフは海の腕をぐっと引くと、バランスを崩して身を屈めることになった海の耳元に顔を近づけてきた。
「だから、その名前は口にするなと言っただろう。私がここに来ていることは、極秘なのだぞ」
「わ……わかってるわよ」と海はクレフの迫力に気圧されてどもった。「今のは、つい」
 クレフははあ、と息をつき、海の腕を解放した。

 体を起こしてみて、普段よりもずいぶんと鼓動が速くなっていることに気づく。クレフに強く引かれたときの感触が腕に残っていた。あんな強い力が、その小さな体のどこから出るのだろう。
 どこからどう見ても少年にしか見えないのに、クレフはときに、びっくりするほど「大人」の一面を見せる。そんな瞬間、海はどぎまぎして、どこを見たらいいのかわからなくなってしまうのだった。
 そんな海などお構いなしの様子のクレフは、目だけで辺りを注意深く観察していた。先ほどのやりとりで、自分が「導師クレフ」であると気づいた者がいはしないか探しているようだった。そんなことをする必要なんてまったくないのに。今のクレフを見て普段のクレフと同一人物であると指摘できる人がいたら、お目に掛かってみたかった。

 ぼんやりとその後姿を見ていると、突然クレフがぱっとこちらを振り返った。
「どこか行きたいところはあるか」
「えっ」
 急に向けられた笑顔に、思わずどきりとする。咄嗟に浮かぶ答えがなくて、戸惑った。
「行きたいところって言われても……私、この街に来るの初めてなのよ。よくわからないわ」
「それもそうだな」とクレフはうなずいた。「では、私の行きつけの店にでも行くか」
「え」と海は目を丸くした。「クレフの行きつけの店なんてあるの?」
「ああ」とこともなげに言ってから、クレフは苦笑した。「まあ、行きつけと言っても、店が閉まった後に行くことばかりだから、こんな時間に行くのはほとんど初めてに近いがな」
 とりあえず行ってみよう、とクレフが歩き出す。その後ろを、今度は手と足が一緒に出ないように注意しながらついていく。

 少なからず興奮した。クレフに「行きつけの店」などというものがあるとは、想像だにしていなかった。いったいどんな店なんだろう。一瞬、老人クラブのようなところだったらどうしようとの懸念が脳裏を過ったけれど、その考えはすぐに打ち消した。クレフは、実際は相当年のくせに、自分を年寄りとはまるで思っていない節がある。確かに見た目は少年なのだから、「老人」という枠では一概に括ってはいけないかもしれないが、そうは言っても実際の年齢は「超」が付くほどの高齢だ。にもかかわらず、周りが年寄り扱いすると結構不機嫌になる。そんなクレフが、老人クラブのようなところを行きつけにしているはずがない。だいたい、セフィーロに老人クラブがあるということ自体、あまり似つかわしくないように思えた。

 どんなところに連れて行ってくれるんだろう。海は半ばスキップ状態で、クレフの影を踏むように歩いた。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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