蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

最高の魔法 後篇

海誕企画★2013

思わずぱっと片手で口元を押さえた。「クレフ」の名前をはっきりと口に出してしまったことに気づいたからだ。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 初めて歩く街は、至るところに「魔法の国」らしい特徴があった。その中でももっとも海の目を惹いたのは、立ち並ぶ店の前では必ず飛んでいる妖精たちだった。クレフ曰く、「それぞれの店には守護精霊がいて、店が繁盛すればするほど精霊が主からもらえる褒美も豪勢なものになるから、精霊たちは客を自分たちの店に引き入れようと必死」なのだという。つまるところ、妖精が売り子をしているようなものだ。
 物珍しくて、とある店の前で立ち止まり、その店の妖精をまじまじと眺めていた。すると妖精がすかさず海めがけて飛んできて、「うちの店に寄っていけ」とでも言わんばかりに目を輝かせてアピールしてきた。
「え、いや、あの」
 思わずたじろいだ。妖精の迫力は気圧されるほどのもので、有無を言わせない雰囲気があった。そのまま引っ張って行かれてしまいそうにさえなる。どうしよう、とあたふたしていると、不意にクレフがすっと出てきて、妖精に向かって何かを囁いた。すると妖精はこくりとうなずき、あっさり海たちから去っていった。

「すごいわ」
 呆気に取られて思わず呟くと、クレフがきょとんとしてこちらを見上げてきた。
「だって、クレ――じゃなくて」
 覚えず「クレフ」と言いそうになり、咳払いをする。
「『あなたが』言うと、あんなにあっさりいなくなっちゃうんだもの。私の言うことなんか全然聞いてくれそうになかったのに。すごいわ」
「長い付き合いだからな」
 せんないことだ、と言わんばかりのクレフだったが、目を細めて妖精を見つめる横顔がとても穏やかで、海もまた、自然と笑顔になる。そんな風に心を通わせ、妖精たちがクレフの言うことを聞いてくれるのは、普段クレフが彼らに惜しみなく愛情を注いでいるからに他ならないのだろう。

「ねえ。あそこは何のお店なの?」
 目についた店の看板を指差して尋ねた。海が指差した方向を見やったクレフは、一目見ただけでそれが何の店だかわかったようだった。彼の説明を聞きながら、海は並んで歩き出した。

***

 それからあちこちの店の前で立ち止まり、そのたびに、クレフはいろいろと説明してくれた。「クレフは誰よりも街に詳しいだろう」と言った風の言葉は、あながち誇張ではなかった。ここの店は古い本の品ぞろえがいいとか、あちらの店の服飾師の腕は一流でフェリオの礼服は彼に頼むことが多いとか、とにかくクレフは、何を聞いても「わからない」と言うことがない。そのどれもが初めて聞く話ばかりで、興味深かった。
 そんな話に耳を傾けていると、あっという間にあたりが薄暗くなってきて、複雑に入り組んだ道の街燈に火が入り始めた。ぱっと明るくなった辺りを見回して、ずいぶんと長い時間街を歩いていたことに気づく。そばにあった街燈を見上げると、その街燈がこちらへ向かってぺこりと頭を下げるような動作をしたので、海も咄嗟にお辞儀を返した。

「ここだ」
「えっ?」
 突然言われて、何のことかわからず首を傾げた。すると、少し先にいたクレフはとある店の前で立ち止まり、その店を見上げていた。
 店の看板に座っていた妖精が、クレフを見つけて嬉しそうに寄っていく。その妖精とクレフがなにやら会話を交わしているところを横目に見ながら、海も歩み寄った。クレフの隣に立ち、首をもたげて看板を見た。そこには店の名前を記していると思われる文字が書いてあるが、当然ながら海には読めない。中を覗こうにも、その店は、外からは中がまったく見えないようになっていた。

 ぱっと見た第一印象は「怪しい」だった。何だか扉の隙間から冷気が漏れ出ているような気がして、思わず身震いをしてしまう。
「ここ、何のお店なの?」
 するとクレフは、とんでもないことを聞かれたとでも言うように目を丸くして、こちらを見上げてきた。
「何の店? 何の店……そうだな、括りとしては、喫茶店だろうな」
 考えた挙句にクレフが紡いだのは、どこか煮え切らない答えだった。
 とにかく、行こう。そう言ってクレフは、すかさず一歩踏み出した。それを受け、妖精が扉の方へすっと近寄る。妖精がくるりとその場で一回転すると、扉がひとりでに開かれて来客を知らせるベルを鳴らした。

 クレフに続いて海もその店の中に足を踏み入れた、そのときだった。薄暗い店内で、突然爆音とともに閃光が轟いた。
「きゃあああ!」
 突然のことに悲鳴を上げ、その場でくずおれるとクレフにしがみついた。ただでさえ、入る前から何やらおどろおどろしいと思っていた店だ。爆音と閃光に歓迎されたら、誰だって驚くに決まっている。海はぎゅっと目を閉じ、これだけは決して離すまいと、クレフの腕にこれでもかと強く絡みついた。

「ウミ」
 しばらくして、ぽんぽんと肩を優しく叩かれ、恐る恐る目を開けた。
「だいじょうぶだ、なんでもない」
 ところが、海にとっては何もだいじょうぶではなかった。クレフの優しい笑顔が、ぎょっとするほど近くにあったのだった。ほとんど息遣いさえ聞こえそうな今の二人の距離に、またしても悲鳴を上げそうになった。
 突然速くなった鼓動を持て余して、忙しなく視線を動かした。とりあえずぱっとクレフから離れると、慌てて立ち上がり、顔を上げた。そして飛び込んできた光景に、われ知らず大きく目を見開いた。
「え?」
 そこは確かにクレフの言うとおり、「括りとしては喫茶店」だった。
 向かって右側にはカウンターがあり、その奥の、びっしりと飲み物が並んだスツールがまずは目を引いた。外から見るよりずいぶんと広い店内には、椅子とテーブルがいくつも無造作に置かれている。それぞれに人が腰を落ち着けて、語り合っていた。明かりが落とされて薄暗い店内には、窓らしい窓はひとつもない。店を照らすのはカウンター周りの明かりと、それぞれのテーブルに置かれた小さな蝋燭だけだった。

 先ほどの爆発は夢だったのだろうか、と海が小首を傾げるほど、店内の雰囲気は落ち着いていた。変わっていることと言えば、各々のテーブルで、人々が小さな蝋燭に向かって何やら手を翳したり指を差したりしていることくらいだろうか。
 カウンターの方へ目を向けると、その中でドリンクを作っている一人の女性がいた。日本人形のような漆黒の長いストレートヘアが、強烈なインパクトを与えた。彼女は身に着けているものも真っ黒で、まるで小さいころに絵本で見た「魔女」そのものだった。
 その女性が、つとこちらを見やる。ぶつかった瞳の色も漆黒で、海は同じ女性でありながらどきりとした。肌の白さと口紅の朱色が、本来の色よりも一層鮮やかに見えた。

「いらっしゃい」
 見た目どおりの印象を与える声で、女性が言った。海がようやくわれに返ったのは、隣に立っていたクレフがすっと一歩、カウンターの方へ向かって歩み寄ったときだった。
「ウィンカービールをふたつ。それと、どこか空席はあるか」
「ビッ、ビール?」
 海が素っ頓狂な声を上げると、クレフが驚いた顔をして振り返った。カウンターに手を伸ばしかけていたクレフに慌てて詰め寄ると、海はその細い肩をぐっとつかんだ。
「だめよ、ビールなんて。私もクレフも、まだ未成年じゃな――あっ」
 思わずぱっと片手で口元を押さえた。「クレフ」の名前をはっきりと口に出してしまったことに気づいたからだ。すかさずクレフと、そしてカウンターの内側にいる女性を横目に見る。今のを彼女が聞いていないはずはない。だが女性は顔色ひとつ変えず、ジョッキを二つ目の前に並べると、慣れた手つきで飲み物を作り始めた。

「いつもの席、空いてるわよ」
 口角をきゅっと引き上げて、女性が言った。その発言には、どちらかというと海よりもクレフの方が驚いていた。はっとして女性を見上げたクレフは、しばらくその横顔をじっと見ていた。やがてふっと口元を緩めると、自身の肩をつかんでいた海の手を剥がし、カウンターの上に数枚の金貨を並べた。どうやらそれが、セフィーロのお金のようだった。
「ウミ。一つ言わせてもらうが、私は未成年ではない。それから」と言って、クレフはちらりと一瞬海を見た。「ここでは私の名を呼んでも構わん」
「え?」
「もう気づかれているからな」
 クレフの視線の先を追いかけるように、カウンターの内側に目を向ける。眉のところで切り揃えられた女性の前髪が、さらりと揺れる。そのきれいな線を描く頤(おとがい)を見ていると、つい今しがた、彼女が「いつもの席、空いてるわよ」と言ったことを思い出した。

「明日は雪ね」
 その女性が、二つのジョッキを海とクレフの前に差し出した。銀製のジョッキの中身は白い泡で覆われている。一瞬鼻を掠めた香りが甘かったので、驚いた。ビールというから、てっきり苦いものだとばかり思っていたのに。それがクレフの注文した「ウィンカービール」なのだとしたら、セフィーロのビールは甘いのだろうか。
「なに?」
 ジョッキを受け取りながら、クレフがきょとんとする。
「あなたが女の子を連れてくるなんて」
 女性の言葉に、クレフは今度は目を丸くした。しかしすぐに苦笑いをすると、
「放っておけ」
 と言って、二つのジョッキを手にさっさとカウンターを離れた。海は何度か女性とクレフを交互に見てから、慌ててクレフの後を追った。


 クレフがついた席は、カウンターの一番近くにある奥まったテーブル席だった。
 他のテーブルはほぼ満席だったので、そこだけ空いていたのは奇跡に近い。海に奥の席へ座るように言うと、クレフはジョッキをテーブルに置き、自分もまた向かい合った席に腰を下ろした。
「ここが、クレフの『いつもの席』なの?」
 声を潜めて、海は訊いた。
「ああ」とクレフはうなずいた。「店じまいした後しか来ないがな」
 クレフが一方のジョッキをこちらへ差し出す。それを手にして、また驚いた。ジョッキが温かかったのだ。
 海はまじまじとジョッキの中身を見下ろした。泡のせいで中身は見えない。覚えず眉間に皺が寄る。泡が立っていて、「ビール」という名前なのに匂いは甘く、おまけに温かい。そもそも「ウィンカービール」という、怪しさ満点の名前からしてどうなのか。正直言って、気が進まなかった。

 そんな海の様子に、クレフがくすりと笑みをこぼした。
「心配するな。毒など入っていない」
「ど……毒って」
「いいから、飲んでみろ」
 涼しい顔をして、クレフがジョッキを口に運ぶ。それを見て、海は意を決してごくりと一口口に含んだ。どんな味がしても驚くまい。そう覚悟を決めていたのだが――
「あら?」
 こくりとそれを飲み込んだ海は、口からジョッキを一度離し、ぱちくりと瞬きをした。
「おいしいわ」
 どうやら「ビール」というのは名ばかりで、アルコールは入っていないようだった。匂いどおりの甘みが口いっぱいに広がると、温かさも相まって、体の隅々まで沁み渡っていくように感じる。炭酸のピリッとした刺激が特徴的だった。スパークリングエッグノック、とでも言えばいいだろうか。とにかく、想像していたより、その飲み物は格段においしかった。

「そうだろう」とクレフは嬉しそうに言った。「レオーナの作るウィンカービールは、絶品でな」
「レオーナって、あのオーナーっぽい女の人?」
 ちらりとカウンターに目を向ける。薄い笑みを絶やすことなく、彼女は動き続けている。
「昔のよしみだ。ああ見えて、彼女は凄腕の魔導師だ」
「そうなの」と海は言った。「でもどうして、いつもは店じまいした後にしか来ないの?」
「ああ、それは――」
 クレフがその後に紡いだ言葉は、何かが弾ける音と光とで遮られた。それはちょうど、この店に入ってきたときに海を驚かせた光に似ていた。当時のものほどの迫力はなく、光はすぐに消え去った。だが光が消えると、今度はどっと沸いた歓声が、海の耳を劈いた。
「なっ、なに?」
 特に興奮気味なのは、店の中央辺りにあるテーブルで向かい合っていた二人の男性だった。彼らに向かって拍手をしている人もいる。海は訳がわからず、瞬きを繰り返してその光景を見つめた。

「まあまあ、といったところだな」
「え?」
 意外な感想が聞こえてきた方を見やると、クレフが目を細めて、はしゃぐ人々を見ていた。やがて、椅子に横向きに座ったままこちらに顔を向ける。その瞳には優しさが溢れていて、海はどきりとした。
「本来私は、この店に来てはならないことになっている」
「え、そうなの?」
「ここは、魔導師見習いが集う店なのだ」
「魔導師見習い?」
「そうだ。魔導師を志すものは、まずとある『魔法』を必ず習得しなければならないのだが、その『魔法』を練習できるところとして、レオーナはこの店を解放しているのだ。ここはあくまで、その『魔法』を習得するための店だから、本来、見習いでなくなった魔導師は、この店に入ることができない。私がいつも店じまいした後にやってくるのは、そういう理由からだ。レオーナのこれは、ときどき無性に飲みたくなるからな」
 そう言ってクレフがウィンカービールを飲むのを、海はまじまじと見ていた。
「へえ……そうなの」

 クレフの細い手には、ジョッキが不釣合いなほど大きく見える。そのとき、海ははたと思い当たった。
「え、でも、じゃあ今日は? 今、普通にこうしているじゃない」
 この店に入ることができないというのなら、今日だって、本当は入ってきてはいけなかったのではないか。そう思うと、何だかいけないことをしているような気になって落ち着かなかった。思わず身を縮めようとすると、クレフはいたずらな笑みを浮かべて言った。
「今日は、特別だ。まあ、いざとなったらおまえが魔導師見習いだということにすればいい」
「……そう」
 今度は違う意味で落ち着かなくなった。このひとは、どうしてこういうことをさらっと言ってしまえるのだろう。「特別」という言葉が、どうにも照れくさい。クレフから視線を外すと、両手でジョッキを持ってビールを飲んだ。
 クレフにも、そんな「魔導師見習い」としてこの店に通った時代があったのだろうか。そう思うと、これまであまり知ることのなかったクレフの過去に触れることができたような気がして、少しくすぐったかった。そして何より、そんな普段は自分一人でしか来ない店にクレフが海を連れてきてくれたということが、何よりも嬉しかった。

「ねえ」
 海はジョッキを置いて口を開いた。
「その『必ず習得する魔法』って、どんな魔法なの?」
 本当にウィンカービールが好きなのだろう、早くもジョッキを空にしてしまったクレフが、目をしぱたく。そしてしばしの間真っすぐに海を見つめると、呆れたように笑った。
「取るに足らない魔法だ。誰でもすぐにできるようになるが、最初は難しい。そんな魔法だ」
「その魔法、見てみたいわ」
「見せるような、大した魔法ではない」
「いいのよ、大した魔法じゃなくても。クレフがその魔法を使うところが、見てみたいの」
 ね、お願い。そう畳みかけてわずかに身を乗り出す。面食らったように目を丸くしたクレフだったが、やがて誰もこちらを見ていないことを確認するかのようにそっと周囲を窺うと、ジョッキを脇に避け、テーブルの隅にあった蝋燭を二人の間に置いた。

「一度だけだぞ」
「ええ」
 こくりとうなずいた瞬間、それは起きた。クレフが蝋燭に手を翳したかと思うと、蝋燭の炎が細い紐のように長く伸び、空中に何か文字のようなものを描いた。最後までいきつくと、炎の紐は蝋燭に繋がった。空中に浮かぶ文字はセフィーロの文字のようで海には読めないが、それはまるで、飴細工のように鮮やかだった。
「わあ」と海が言った瞬間、クレフがさっと炎を手で払う仕草をした。すると風に吹かれるように炎はぱっと消え、そして一時の間を置いて、蝋燭の炎が何事もなかったかのように再び燈った。

「セフィーロの文字で、『ウミ』と描いた」
「え?」
 思いがけないクレフの言葉に、蝋燭の炎を見つめていた海は、目を丸くして彼を見上げた。けれどそのとき、クレフはすでに椅子から立ち上がり、空になったジョッキを手に席を離れようとしているところだった。
「そろそろ行くぞ。遅くなると、ヒカルやフウが心配するだろう」
「ちょ……ちょっと、そんな」
 慌てて立ち上がり、海はまだ三分の一ほど残っていたウィンカービールをぐいと飲み干した。空になったジョッキを片手に、テーブルを離れる。クレフはもうカウンターにたどり着いていて、自身のジョッキを差し出しながら、レオーナと何か話していた。

「邪魔をしたな」
 海がようやくカウンターに着くと、クレフはそう言って、さっさと扉の方へ向かって歩き出してしまった。クレフがそうしていたように、海はカウンターに空になったジョッキを出し、「ごちそうさまでした」とレオーナに向かって頭を下げた。間近で見るレオーナは遠目で見るよりずっときれいで、漆黒の瞳は思わず吸い込まれてしまいそうなほどだった。

 その瞳にじっと見つめられ、期せずして鼓動がどくんと高鳴る。その音が聞こえてしまいはしないかと思った矢先、レオーナが不敵に笑った。
「クレフがあの魔法を使うところ、初めて見たわ」と言って、レオーナは海から空のジョッキを取り上げた。「クレフは、あの程度の魔法なら、物心ついたころから使えるようなひとだったから」
「えっ、そうなんですか?」
 身を乗り出すようにして聞き返した。「ええ」とレオーナはうなずいた。
「クレフは『特別』だもの。最初から、魔導師になるために生まれてきたようなひとなのよ。けどほかの人にとっては、あれはできなければ魔導師にはなれないと言われている魔法なの」
 レオーナは一度言葉を区切った。
「『魔法』は、それを使って自分自身の『心』を表す手段でしょう。心にある『想い』を形にするのが『魔法』よね。だから、誰でも最初は練習するの。今、心の中で一番強く想っている人の名前を、筆記具以外のものを使って表すことができるように」
「なるほど」と感心しかけて、海ははたと瞬きをした。「……え?」
 レオーナの手元に吸い込まれていくジョッキをぼんやりと眺めていたけれど、突如目の前に街燈を突きつけられたように、はっと顔を上げた。レオーナは手元に視線を落としたまま、もう海とクレフが使ったジョッキをきれいに洗い上げている。その口角に浮かんだ笑みを見ているうちに、だんだん顔が熱くなってくるのを感じた。――今、この人は何と言ったの?

「ウミ」
 そんなときに突然クレフに呼ばれたので、飛び上がらんばかりに驚いた。
「何をしている。行くぞ」
 とっくに扉を開けていたクレフが、眉間に皺を寄せてこちらを見ている。ほとんど反射的にカウンターから離れると、おぼつかない足取りで扉の方へ向かった。途中で一旦立ち止まり、レオーナの方を振り返った。彼女は早くも次のドリンクを作り始めている。
「ありがとう」
 レオーナから返事はなかったが、海の目には、彼女が一瞬笑ったように見えた。
 クレフのもとへ駆け寄る。彼が如才なく開けておいてくれた扉から外へ出ると、もうすっかり日が暮れていた。夕焼けに染まる空で、一番星がウインクを繰り返していた。


 クレフと並んで、元来た道を戻っていく。宵闇の中で見る妖精たちは一層きれいに輝いている。街全体が淡いパステルカラーの光に照らされているかのようで、美しかった。言葉がこぼれるままに、海は鼻歌を歌った。
「なんだ、ウミ。ずいぶんとごきげんだな」
 呆気に取られたように、クレフは言った。「ちょっとね」と答え、海は鼻歌を歌い続けた。
「そんなに、あの気休めの魔法が見られたことが嬉しかったのか」
「気休めなんかじゃないわよ」
 確かに、『魔導師』を志す人にとっては最低限の魔法かもしれない。けれど、その魔法にクレフが自分の名前を選んでくれたというだけで、海にとっては最高の魔法だった。

「ありがと、クレフ」
 ふふふ、とほほ笑むと、クレフが狐につままれたような顔をした。けれどすぐにふっと表情を緩めると、彼は海に向かって黙って手を差し出してきた。今度は海が驚く番だった。顔の温度が上昇するのを確かに感じながら、差し出されたクレフの手を取る。そうして手を繋いだまま、二人はグリフォンが待つ街の終わりまで、ゆっくりと歩いていった。二つの長い影が、寄り添い合うように重なっていた。




最高の魔法 完





クレ海大陸発見!さんからのリクエストで、「クレフと海の初旅行」でした。まったく行ったことのないところへお忍びという設定をご希望だったので、こんな話にしてみました。旅行というよりはお出かけになってしまいました。。。
ウィンカービールという謎の飲み物の「ウィンカー」ですが、これは「レイアース」の設定資料集にあったセフィーロの果物の中の一つです。見た目は巨大なチェリーなのに、絞ると牛乳のようなジュースが取れる果物だそうです。
クレ海大陸発見!さん、素敵なリクエストをありがとうございました^^

2013.03.21 up / 2013.09.07 revised




web拍手 by FC2

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
What's new?
ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
カテゴリー
最新記事
月別アーカイブ
全記事表示
Counter
プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

このブログは作品展示専用です。
いただいたコメントへのお返事は別ブログにて行っております。
どうぞお気軽にコメントお寄せくださいませ^^

 

Copyright ©蒼穹楼. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.