蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ファザー・イン・ブルー 後篇

海誕企画★2013

だが、と私は思い直すのだ。たとえ彼女の両親に「娘は渡さぬ」と言われても、それで「はいそうですか」と諦められるほど、海に対する気持ちは、中途半端なものではなかった。

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 促されるまま、男と並んでベンチに腰を下ろす。深く腰を沈めたとしても、そのベンチの高さならば余裕で地面に足はつくのだが、あくまでも浅く腰掛けることにした。男が、肩幅に広げた足に両肘を置いて、前かがみの姿勢になっているからだった。
 視線を上げることなく、ごく自然に視界に入る範囲で男を見やる。身に着けているものは、たしか「スーツ」と呼ばれる、こちらの世界の仕事着だ。こげ茶色の靴はさほど新しいものではないが、丹念に手入れされていることがわかる。育ちがいいことは明らかだった。筋肉質の手にあって、薬指に光る指輪が繊細な輝きを放っている。焼けた肌は、人として今がもっとも成熟している時期であることを示しているようでもあった。

「申し訳ない、突然呼び止めてしまって。驚いただろう」
 男が眉尻を下げて口火を切った。私は彼の横顔を見、あえて何も言わず、次の言葉を待った。
「自分でも驚いているんだ、どうして君を呼び止めたりしたのか」と男は自嘲気味に笑って言った。「ただ、ずっと、誰でもいいから話を聞いてほしいと思っていたのかもしれない」
 人前に出ることを生業としている男なのだろうと思った。自分も少なからずそちら側の人間であるから、よくわかる。人前に出るときは、極力自分自身の『心』を抑えなければならない。強く感情を揺さぶられるようなことがあったとしても、それを決して表には出さないようにと常に心がけている。だからこそ、ふとした瞬間に肩の力が抜け、どうしようもなく心を持て余してしまうことがあるのだ。そして今、まさにこの男はそういう状態にあるのだろうと思った。

「娘に――ああ、娘がいるんだが――彼女に言われたんだよ。『会わせたい人がいる』と」
 視線を落とした男は、問わず語りに話し出した。私は特に相槌を打たず、ただ黙ってうなずいた。男は私の方を見なかったが、私がそういうしぐさをしたことには気づいたはずだった。
「喜ぶべきことだとはわかっているんだ。娘も年ごろだ。親の目から見ても出来すぎた娘だし、そういう人がいても、何らおかしいことはない。ただ」
 一度言葉を区切り、男は息をついた。
「頭ではわかっていても、どうにも心がついていかないんだ。もっとも、会わせたいとは言っても、相手の男と今すぐにでも結婚したいというわけではないというから、娘がすぐにいなくなってしまうことはない。それでも……なんだか、娘が遠くへ行ってしまったような気がしてね。つまるところ、嫉妬しているんだ。私よりも年若いであろう、相手の男に。
 まったく、こんな自分がほとほと厭になるよ。娘は、その人のことを話すとき、本当に嬉しそうな顔をするんだ。彼女の幸せを、親である私が誰よりも喜んでやらなければならないのに、私は手放しに喜ぶことができずにいる」
 男の横顔に影が差す。照り付ける日差しとは対照的に、感傷的な影だった。

 男の気持ちがわかる、と断言することはできない。私にはもちろん子どもなどいないし、娘を持った父親の立場になったことなどない。だが、近い立場なら経験していると言えなくもないと思った。一から育て上げた教え子が、自身の手を離れて一人前の魔導師や剣士となって巣立っていくときはいつも、「親というのはすべからくこういう気持ちになるものなのだろうか」と、密かに感傷に浸るのだった。
 一度男を見上げた。この男は、心から自分の娘を愛しているのだろう。そう思うと、自然と口元が緩んだ。
「無理に喜ぶこともないだろう」
「え?」
 大きく見開いた目でこちらを向いた男の視線は受けず、椅子から立ち上がると、そばに聳えている楢木のもとへ向かった。そっと幹に手を添えると、茂る若葉を揺らした風が、私の前髪も掻き上げた。
「愛する者を手放したくないと思うのは、当然のことだ。何も恥ずべきことではない」
 男が腰掛けたベンチの向かい側に時計がある。その時計をちらりと見ると、男が「10分でいい」と言ったときからすでに8分が経っていた。海に時計の読み方を教えてもらっていてよかったと思った。

 木の幹に手を添えたまま、男を真っすぐに見た。
「そなたの娘が連れてきた男に、言ってやれ。『娘は渡さぬ』と。それで引き下がるようなら、その男の想いはそれまでということだ。そのような男であれば、大事な娘を預ける必要はない。たとえ娘に嫌われようとも、そなたが『この男はふさわしくない』と思ったならば、逃げずに向き合うことだ。誰かの『幸せ』を『願う』ことは、簡単なことではない。たとえそれが、己の子であったとしても」
 男が瞬きもせずじっとこちらを見ている。男のその表情に、われ知らず目を細めた。
 男に向かって言った言葉は、自分自身に向けた言葉でもあった。今夜、私は海の両親に会うことになっている。彼女の両親もまた、この男と同じように、複雑な思いで私のことを待っているのかもしれない。そしてほかでもない私自身が、「娘は渡さぬ」と言われるかもしれない。

 その可能性は高かった。まず第一に、私は異世界の人間である。その事実を海はまだ両親に告げていないというが、このまま交流を続けていくのであれば、いつまでも隠しておいていいことではない。こちらの世界の者にしてみれば、私は得体の知れぬ存在だ。そんな男と愛娘が交際するということを、海の両親が好く思わないとしても、何らおかしいことはない。それに、海は一人娘だと聞いている。手塩にかけて育てた娘を手放したくないと両親が思うのは、私が妨げられることではない。
 だが、と私は思い直すのだ。たとえ彼女の両親に「娘は渡さぬ」と言われても、それで「はいそうですか」と諦められるほど、海に対する気持ちは、中途半端なものではなかった。
 では、仮に自分がそう言われたとしたら、何と答えるだろうか。ぽつりと浮かんだ言葉があった。それはわれながら、海に対する想いを表現するのにこれ以上ない言葉だと感心する言葉だった。

 やがて男が、一度ゆっくりと瞬きをして表情を緩めた。そのころには、先ほどまで差していた影は見当たらなくなっていた。
「不思議な人だな、君は」と男は静かに言った。「君の言葉は、『力』を持っているような気がする。君に『恥ずかしくないことだ』と言われると、自信が湧いてくるようだ」
 私は黙って首を竦めた。どのような返事もふさわしくないような気がした。
 脇に置いていた鞄を手に、男は吹っ切れたように立ち上がった。そして徐に時計を見ると、「いけない!」と慌てた様子で額を叩いた。
「今夜、その人を交えて家族で食事をすることになっているんだ。親が遅刻するわけにはいかないからね、会社に戻って一仕事片付けてから行かなければ」
 すぐそこが私の会社なんだ、と男が私の斜め後ろを指さした。そちらを見ると、セフィーロ城よりも高いのではないかと思えるほど背の高いビルが毅然と聳えていた。夕陽を反射したガラス張りが眩しくて、私は目を細めた。

「突然呼び止めてすまなかったね。本当にありがとう。話を聞いてもらったおかげで、ずいぶん楽になったよ。娘が連れてくる人も、君のような人だったらいいんだが」
 思いがけないことを言われて、私は破顔した。男はそう言うが、実際に私のような人間を娘が連れてきたら、怪訝に思うに決まっている。そのことを指摘しようかとも思ったのだが、破顔した私を見て男もまた楽しそうに笑ったので、心の中に留めておくことにした。
 おざなりな挨拶をして、男と別れた。ふと見やった時計が、海と待ち合わせていた時刻から5分を過ぎたところを差していたので、慌てて公園を後にした。

***

 東京タワーは、遠目に見ると繊細で美しいが、間近で見ると迫力がある。日が落ちると、明かりが入った東京タワーはそこに浮かび上がるかのように幻想的な雰囲気を醸し出す。その雰囲気に迫力が加わると、胸がすく思いがする。そのタワーの前に、駆け足で向かった。
 ひっきりなしに出入りする人々の中にあって、正門前できょろきょろと忙しなく辺りを見回している娘の姿が目を引いた。空色の髪が、彼女が視線を動かすたびにさらりと揺れる。強い風に煽られるためか、彼女は片方の手で髪を押さえていた。

 無事会えた安堵と嬉しさとで表情を緩めると、不安げに視線を動かしていた娘と目が合った。
「クレフ」
 娘はぱっと顔色を輝かせると、大手を振ってこちらへ足早に向かってきた。
「すまないウミ、待たせたな」
「そんなことないわ」と海はかぶりを振った。「でも、ちょっと心配しちゃった。クレフが約束に遅れることなんて、めったにないから」
 眉尻を下げた海と並んで、緩い坂道を下っていく。時折吹く風は、冷たくはないがやはり強い。こんな中、5分とはいえ海を待たせてしまったことを、申し訳なく思った。

 歩いていると、すれ違う人々がちらちらと視線を向けてくることに、いくらも経たぬうちに気づいた。海と歩くといつもそうだ。昔から彼女は人目を惹く容姿をしていたが、年齢を重ねるにつれ、その美しさには磨きが掛かっていくようである。誰もが振り返るような海のことが何とも言えず誇らしくて、私は含み笑った。
「なに、クレフ。どうかした?」
 私が笑ったのに気づいて、海がきょとんと首を傾げる。「いや」とかぶりを振り、後ろで手を組んだ。
「そういえば」
 ふと思い立って、私は言った。
「面白い男に会ったぞ」
「面白い男?」
「ああ」と私はうなずいた。「その男と話し込んでいたために、遅くなってしまったのだ。実に興味深い話を聞かせてもらった」
「どんな人だったの、その人」
「それがな――」
「海ちゃん!」
 いざ話し出そうとした私の言葉は、ややハスキーな女性の声で遮られた。海と二人、思わず立ち止まり、声がした方を見やる。すると、二人の進行方向左手にある一軒家の前で手を振っている、一人の女性の姿があった。

「ママ!」
 海が笑顔で手を振り返す。ちらりと私を見上げてから、海は歩き出した。その後をついていくと、一軒家がよく見えてくる。家だと思ったそれはレストランのようで、周囲にはセンスのいい装飾が施されていた。
「早かったのね、ママ。待った?」
「いいえ、今来たところよ。海ちゃんの姿が見えたから、ここで待っていたの」
 そう言って、女性がちらりとこちらを見た。その視線の先を追いかけてきた海と目が合う。海はほんのりと頬を染め、はにかんだ。
「ママ。こちら、前にお話したクレフよ」
「初めまして」
 私は胸に片手を当てて軽く頭を下げた。
「初めまして、海の母です」
 頭を下げ返してくれた海の母親は、「まあ」と声を上げた。
「とてもハンサムな方ね。海ちゃん、どうやって捕まえたの?」
「いやだわ、ママったら」
 母親に小突かれ、海がますます顔を赤らめる。二人を見比べ、よく似ていると思った。海の端正な顔立ちは、母親譲りなのだろう。
 一目見ただけで、母娘の間の絆がいかに深いものであるかわかった。海が「親は何よりも大切にしたい」という趣旨の発言を常にするのもうなずける。目を細めて、私は母娘のやり取りを見ていた。

「立ち話というわけにもいかないわね。中に入りましょうか」
 母親を先頭に、海、私の順で一軒家レストランの門をくぐった。かつては位の高い人間が住まっていた屋敷なのか、そのレストランは、古いながらも趣のある建物だった。
「ママ、パパは? まだお仕事?」
 海が先を歩く母親に声を掛けた。
「いいえ、いらしてるわよ。中で待ってるわ」と母親は言った。「そうそう。パパがね、今日、不思議な人に会ったと言ってたわよ」
「不思議な人?」
 そうなの、と母親が言うのと同時に、レストランの扉が開かれた。執事のような恰好をした男が、三人を出迎える。海たちは顔なじみなのか、親しげにその男と言葉を交わしていた。

 中も普通の家と変わらぬ造りをしたレストランの回廊を、男に案内されて進む。やがて一番奥の扉の前で、三人を先導していた男が立ち止まった。
「こちらで、旦那様がお待ちでございます」
「ありがとう」
 男が扉を開けるのを待ちながら、母親がちらりと海と私の方を振り返った。
「パパ、今日は一筋縄じゃいかないかもしれないわよ」
「え、何のこと?」
 ぱちくりと瞬きをした海に、母親はいたずらに笑って首を竦めた。そんな顔をすると、本当に海とそっくりだった。
「その人に会って、パパ、言われたんですって。『無理に喜ぶことはない』って」
「え?」
 今度声を上げたのは、海ではなく私だった。海がはっとこちらを振り向く。そのとき、扉が大きく開け放たれた。
「旦那様、お連れ様がお見えでございます」
 男が押さえた扉の内側へ、まず母親が、そして海が入っていく。しかし私は、扉の前まで進んだところで思わず足を止めてしまった。

 部屋の中央に、四人が掛けたとしてもまだ余裕があるほどの大きさのテーブルが置かれている。部屋は応接間さながらで、壁際にはソファや暖炉が並んでいた。角部屋らしく、窓がぐるりと張り巡らされている。そしてその窓際で、後ろに手を組んだ男が一人、こちらに背を向けて立っていた。
 ――まさか。
「パパ、お待たせ」
 海が言うと、男はゆっくりとこちらを振り返った。彼はまず海を見て目を細め、そして次に、その後ろで立ち尽くしている私を見た。視線がぶつかった瞬間の男の表情をたとえる言葉は、いったい何が適当だろうか。
「どうかしました? パパ」
 母親が首を傾げて言った。
「クレフも」と海も同じような表情で言う。「そんなところで突っ立ってないで、中に入ったら?」
 私はゆっくりと視線を動かし、海を見た。
「ウミ」
 ん、と海が瞬きをする。
「おまえは、母親似なのだな」
「え?」
 狐につままれたような顔をして、海が目を見開いた。私は改めて、窓際に立った男――海の父と視線を交わらせた。どこからどう見ても、彼はあの公園で出逢った男に違いなかった。
 どうして気づかなかったのだろう。心の中で天を仰いだ。確かに海は母親によく似ているが、そのほっそりとした頤(おとがい)は、この父親にそっくりではないか。

 男と私は、ほぼ同時に吹き出した。
「まさか、君が娘の『会わせたい人』だったとはな」
 父親が言った。当然何のことかわからない海と母親は、「えっ」と素っ頓狂な声を上げた。
「ど、どういう意味なの、パパ。クレフのこと、知ってるの?」
 海の問いには答えず、父親は席に着いた。彼の隣に母親が、その向かいに、困惑と焦りを表情に乗せたままの海が、そして海の隣、つまり父親の正面に私が腰を下ろした。

 真っすぐに海の父親を見る。彼も私を見返す。もう、彼が一言目に何を言うかはわかっていた。それを推奨したのはほかでもない、私自身なのだから。
「娘は渡さん」
 案の定、彼はそう言った。
「ちょっ、ちょっと、パパ! いきなり何言って――」
「ウミ」
 耳まで真っ赤にして勢いよく立ち上がった海を、私は優しく制した。
 そして再び父親と目を合わせる。彼が予想どおりにその言葉を口にしてくれたことが、図らずも嬉しかった。
 対する答えも、もちろん決まっている。ふっと口元で笑い、背筋を伸ばした。




ファザー・イン・ブルー 完





セバスチャンさんの「『おとずれ』の続き、もしくはクレフ視点」、そしてヨポさんの「クレフたちが東京へ行く話」という二つのリクエストを合体させていただきました。
一応、海ちゃんのお誕生日企画なので、クレ海中心に書かせてもらいました。フェリオとランティス、イーグルがどのように過ごしたのかは、機会があれば、番外編という形で書こうかなと思ってます。
最後クレフが海ちゃんのお父さんに何と答えたのかは、皆さんのご想像にお任せします。
セバスチャンさん、ヨポさん、素敵なリクエストをありがとうございました^^

2013.03.23 up / 2013.09.07 revised




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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