蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

アペタイト

海誕企画★2013

クレフさんは大人バージョンに置き換えてください。糖度高めです。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 プレセアに呼び止められたのは、セフィーロに着いて光、風と別れた直後のことだった。
「ウミ。これから導師クレフのところへ行くんでしょう? ついでにこれ、持っていってくれないかしら」
 疑問形ではあったが、プレセアは、海がこれからクレフのところへ行くということを確信しているようだった。そのことにどぎまぎする海に向かってプレセアが差し出したのは、東京で言うところのサンドイッチやフルーツ、それにティーポットなどが載ったお盆だった。

「もう、ウミからもなんとか言ってくれない? このところ、以前にも増して食事に頓着しなくなってるのよ、あのひと。いくら最高位の魔導師だからって、最低限の食事くらいちゃんと摂らないと、倒れちゃうわ」
 憤慨するプレセアの鼻息は荒い。心底苛立っていることが、その表情から見て取れる。相手がクレフでなければ、折檻に取り掛かっていてもおかしくないだろうと思った。
 断る理由などなく――そもそも、プレセアの剣幕に逆らうことなどできるはずもなく――、ほとんど押し付けられるような形になりながらも、大人しくお盆を受け取った。
「わかったわ、プレセア。ちゃんと食べるように、言っておくわね」
「頼んだわよ、ウミ。あなたの言うことなら、導師クレフも聞いてくれるかもしれないから」
 そう言って、プレセアは如才なくウインクをした。気恥ずかしくて、赤らんだ顔を隠すように俯いた。

 クレフはどんな人かと聞いたときに、「食べることに頓着しない人」と答える人は少なくない。それほど、クレフの食事に対する執着心の薄さは群を抜いていた。魔法の修行にかかずらっていたりすると、一日中何も飲まず食わずでいることもあるという。それを聞いたときは、さすがの海も驚いた。「ちゃんと食べなきゃだめじゃない」と、それこそプレセアもびっくり(なつもり)の剣幕で怒ったこともあったのだが、「わかっている」と笑いながら答えたクレフが本当の意味で「わかっている」とは、とても思えない。

 回廊を歩きながら、手にした盆に視線を落とす。大きな丸いお皿には、色とりどりの食材が本当においしそうに盛り付けられていた。ポットの注ぎ口からは湯気が出ていて、風に乗って漂う甘酸っぱい香りが鼻腔を刺激する。匂いだけで、それがクレフお気に入りの茶葉で淹れられたお茶だとすぐにわかった。
 こんなにおいしそうなものを目の前にして、どうしてクレフは食べたいと思わないのか、さっぱり理解できない。彼には「食欲」というものは存在しないのだろうか。
 確かに、年を重ねると食欲は減退するというが、クレフの場合、実際の年齢はともかく見た目は「年寄り」からはほど遠い。仮に東京へ行ったとしたら、今の彼はどんなに年上に見られても23, 4歳がいいところだ。20代前半の男性といえば、普通に考えたら食べ盛りのはずなのに。
 クレフにそういう「普通」の考え方を当てはめるのは筋違いだということは、言われなくてもわかっている。けれどさすがに、一日中何も食べなくても平気だというのは、いくらなんでもおかしいと言わざるを得ない。

 そんなことを考えているうちに、クレフの部屋の前に着いた。どうしよう、と海は一瞬ためらった。両手は大きな盆で塞がれていて、ノックをすることができない。黙ってそうして立っていればクレフが気づいて扉を開けてくれるだろうとは思ったが、仮にクレフが中にいなかった場合、このまま外で待ちぼうけを喰らうことになってしまう。
「クレフ、いる? クレ――」
 とりあえず名前を呼んでみたが、途中ではたと口を止めた。わずかだが、部屋の扉が開いていることに気づいたのだ。

 珍しいこともあるものだと思った。クレフの部屋の扉が開いていることなんてめったにない。もしかしたら、海がこうしてやってくるのを見越して開けておいてくれたのだろうか。
 許可されてもいないのに、果たしてこのまま中へ入っていいものか、一瞬迷った。しかしまあ、開いている扉から中へ入るのは不法侵入には当たらないだろうと、そんな現実的なことをちらりと考えて、塞がった両手に代わり、背中で扉を押した。
 いつも重たそうだと思って見ていた扉は、意外と小さな力でもじゅうぶんに開いた。ギギギ、という音こそ重たいが、実際に必要な力はさほどでもない。開かれた扉から体を滑り込ませ、部屋の中を見回した。
「クレフ?」
 ぱっと見た限り、そこに彼の姿はなかった。

 クレフの執務室はとてもシンプルなつくりをしている。部屋をぐるりと囲むように本棚があって、その本棚の前に、部屋の三分の一ほども占領しようかというほど大きな机がある。ほかにある家具といえば、大きなソファと、その向かいの薬湯を淹れるために用意されている調理台くらいのものだ。調理台のそばにある本棚の一部は隠し扉になっていて、その奥がクレフの寝室である。
 とりあえず、ソファの前にあるテーブルに盆を置いた。
「どこか行っちゃったのかしら」
 留守中に部屋の扉を開けておくなんて、不用心だわ。呟いて、今一度辺りを見回したとき、ふとバルコニーに通じる窓が開け放たれていることに気づいた。
レースのカーテンが、風に乗ってゆったりと揺れていた。たっぷりの日差しは、カーテンを通してもじゅうぶんに部屋の中を明るく照らしている。靡くカーテンがまるで「おいで」と言っているように見えて、素直にそちらへ足を向けた。カーテンをめくり、そっと外を覗き見る。そうして目に飛び込んできた光景に、われ知らずどくんと鼓動が大きくなるのを感じた。

 さほど広くはないバルコニーに、ハンモックのような形をした椅子がある。それが魔法で創られたものであるということは、椅子が地面と接着していないのを見てすぐにわかった。そして、それを創ったであろう人が、椅子に足を伸ばしてすっかりリラックスした表情で眠っていた。
 そっとバルコニーに出た。椅子のそばで膝を折り、クレフの顔を覗き込む。そよ風が彼の長い前髪を静かに揺らし、そのたびに、頬には形の違う影ができた。
 いつ見ても思うが、クレフは本当にきれいな顔立ちをしている。普段は彼の真っすぐな瞳と視線がぶつかるだけでどぎまぎしてしまって、こんなに間近で見つめることなどできない。けれど眠っているときならば、思う存分堪能できる。ただ、クレフが海の前で眠っていることなどほとんどなくて、こういう機会は本当に貴重だった。

 穏やかなクレフの寝顔に、自然と口元が緩む。くすりとほほ笑んで、クレフの前髪を撫でた。さらさらの猫毛は、指を通ってするりと簡単に落ちてしまう。
 本を読んでいる途中で眠ってしまったのか、クレフの膝の上には分厚い本が裏返して置かれていた。何の本なのかは、セフィーロの文字を読めない海には当然わからない。
 その本をそっと取り上げ、近くにあった丸テーブルに置いた。
「ゆっくり休んでね」

 クレフに必要なのは、食事よりも休息かもしれない。彼が眠っているところを、思えば海はほとんど見たことがなかった。夜だって、先に眠りに落ちるのはいつも海の方だし、朝は朝で、海が起きるころにはクレフはとっくに起きていて、いつも寝覚めの薬湯を淹れてくれる。
 プレセアに頼まれて持ってきた食事を彼が口にするのは、目を覚ましてからでもいいだろう。幸い、食事はどれも冷めても支障がないものばかりだった。問題はお茶だが、あのポットはたしか保温性に優れているタイプのはずだ。クレフが目を覚ますころもまだ、温度が保たれているだろう。
 それまで、デザートになるブイテックを摘みにでも行こうか。そっと立ち上がり、クレフに背を向けた。

 ところが、部屋の中へ戻ろうと一歩踏み出したとき、海は突然バランスを崩した。
「きゃっ」
 天と地がひっくり返ったのかと思った。視界が反転し、何か強い力に腕を引かれる。咄嗟に目を閉じると、どこかに自分の腰が落ちるのがわかった。そうしてようやく、腕に加わっていた力が解ける。恐る恐る目を開けるのと同時に、左の耳元に掛かる気配を感じた。
「そのまま放っておくとは薄情だな、ウミ」
「ク……クレフ!」
 思わずびくんと体を震わせた。あまりにも近くで聞こえた声に、鼓動までも強く反応する。そうなってようやく、クレフに後ろから抱きかかえられていることに気づいた。
「やだ、起きてたのね?」
「寝顔を見られるのは趣味ではないからな」
 そう言って、クレフは海の腰をくいと引いた。そうやって片手で軽々と人一人を抱えられてしまう強さの中に「男らしさ」を感じて、堪らずどきりとする。
 空いた左手を徐に持ち上げ、クレフは海の耳に髪を掛けた。
「なぜ起こさなかった?」
 ほとんど唇が耳に触れそうな距離で、クレフが囁く。吐息が掛かると、全身に鳥肌が立つのを抑えられなくなる。
「だっ、だって、寝てると思ったんだもの……っ」
 身をよじったのは条件反射だった。

 海は左耳あたりへの刺激にめっぽう弱い。そのことに気づいたのはもちろん、クレフとこういう関係になってからだが、クレフは海が何も言わなくてもいつの間にかそのことに気づいてしまったようで、いつもさりげなく左耳のあたりを攻めてくる。今もきっと、わざとやっているに違いなかった。
「私がおまえの前で寝ていたことがあったか」
「な、ないわ……っ、ちょっと、クレフ!」
 離して、という意味を込めて腰に巻かれたクレフの腕をぱしぱしと叩くが、その手もまるごと、クレフの左腕によってがっちりと塞がれてしまう。なんとかその腕の中から抜けようと試みるが、そうやって抵抗すればするほどクレフが離すまいとすることを、いい加減学習するべきだと自分でも思う。
 案の定、クレフは無遠慮に海のうなじに唇を寄せてきた。
「やっ……」
 早くなる鼓動と、消えては立つ鳥肌に、頭がおかしくなりそうになる。こらえ切れず漏れ出る自分自身の艶っぽい声が恥ずかしくて、ぎゅっと目を瞑った。

「プレセアに、食事を持っていくよう頼まれたのだろう」
 ちゅ、とわざと音を立てて首の後ろに口づけ、クレフは言った。
「え? どうして」
「そろそろ来るころではないかと思っていたのだ」とクレフはさもないように言った。「しかし、言われるがままのこのことやってくるとは、おまえもまだまだ私のことがわかっていないようだな」
「どういう意味?」
 後ろを振り向こうにも、体勢的に無理がある。できる限り首を斜めにして、海は問うた。

 クレフがくすりと笑うのが聞こえた。ふっと掛かる吐息がくすぐったくて、やはり海はぞくぞくする。
「私にだって、食欲はある。ただ、それが食べ物に向かないというだけだ」
 そう言われて、海の頭上には無数のクエスチョンマークが浮かんだ。食欲=食べ物、という図式以外に、いったい何が考えられるだろう。
「ちょっと待って、クレフ。どういうことか、全然わからないんだけど」
「こういうことだ」
 言い終わらないうちに、クレフが海を横向きに抱きなおした。「えっ」と言う間もなく、クレフの手が頬に触れたかと思うと、そのまま引かれて、彼に言葉ごと唇を奪われた。

 絡み合う舌とひとつになる熱が、海を翻弄する。そうしてクレフに口づけられると、いつも何も考えられなくなってしまう。何がそうさせるのかは海自身もよくわからないが、まるで水の中を揺蕩うようにふわふわとした感覚に、心が丸ごと沈んでいくのだ。あるいはクレフは魔法を使っているのではないかと思うほど、その感覚は、ほかでは決して味わうことのできないものだった。

「わかったか」
 ゆっくりと唇を離すと、至近距離でクレフが言った。
「え……?」
 目を開けると、その中に自分が映り込んでいるのがはっきりとわかるほど近くにあるクレフの瞳に、どきりとした。頬を包んだクレフの手がほんの少し動いただけで、息ができなくなるほどに苦しい。
「私の食欲は、『これ』に向いているのだ」
 そう言って、クレフが啄むような一瞬の口づけを落とす。ようやく彼の言わんとしていることを悟ると、途端に心拍数がそれまでにも増して速くなるのを感じた。
「ばか」
 とても直視できずに、クレフから視線を逸らした。
「普通のご飯も、ちゃんと食べてよね」
 視界の隅で、クレフがにやりと笑ったのが見えた。

 本当は、セフィーロに来ると私もめっきり食欲が減退するのだけれど……
 それは当分の間、秘密にしておこう。




アペタイト 完





Hornさんからのリクエストで、「外へは出ずに部屋の中でイチャイチャする甘々系」でした。
リクエストに沿うことができていますでしょうか。バルコニーには出ちゃいましたけど、一応バルコニーも「部屋」という括り扱いということで^^;
Hornさん、素敵なリクエストをありがとうございました^^

2013.03.24 up / 2013.09.07 revised




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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