蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ゲツセマネの祈り 前篇

海誕企画★2013

そんなプレセアの出で立ちを見て、われ知らずほっとした。こんな艶やかな人が、どうして地響きがするほどの荒々しい行動に出るようなことがあるだろうか。

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 不穏な噂を耳にした。「創師の部屋から、今日日夜な夜な地響きを起こすほどの轟音が聞こえる」と言うのだ。もちろん、その轟音の正体は誰も知らない。だがその音には、耳にした者は誰でも震え上がってしまうほどの迫力があるのだという。いったい中では何が起きているのだろうと、皆怪訝に思っているのだが、当の創師はいつすれ違っても涼しい顔をしていて、普段と異なる様子はまったくない。だからこそ、毎晩のように響く轟音に誰もが疑惑を深めている。鳴り止まぬ不気味なその轟音は、今では「セフィーロ城の七不思議」の一つとして数えられている。ちなみに、残り六つはおそらく誰も知らない。

「なんやの、それ」
 呆気に取られて失笑した。だが、一緒に酒を酌み交わしていたフェリオとアスコット、二人ともが真剣な表情をまったく崩さないので、カルディナは面食らった。
「まさか、王子はんもアスコットも、そんなくだらん噂話、本気で信じとるんとちゃうやろな」
 二人は互いを横目にちらりと見て苦笑いをするだけで、カルディナの問いには答えなかった。それどころか二人とも、カルディナと目を合わせないようにするためなのか、不自然に視線を泳がせている。その態度に、カルディナは「ハッ!」と大袈裟なため息をつき、天を仰いだ。
「あんたら、プレセアともう何年付き合うとるの? プレセアがそないなことするような女やないっちゅうことは、あんたらが一番ようわかっとることやろ。まだ三年の付き合いしかないうちかて、そんなん、朝飯前にわかるわ」
 そう言うと、フェリオとアスコットはまるで師匠に叱られた魔導師見習いのようにしょんぼりと項垂れてしまった。反論を期待していたカルディナとしては肩透かしを喰らった気分で、「お手上げだ」と言わんばかりに天を仰いだ。

 おかしいと思ったのだ。「折り入って話したいことがある」と言ってフェリオとアスコットが二人そろってカルディナの部屋へやってきたのは、とっくに夕食も終わってさあ一杯やろうかと思っていた時分のことだった。今宵、ラファーガはたまたま親衛隊の懇親会に出かけていて部屋にいない。最初にノックの音を聞いたときは、それを知ってカルディナを襲いにきた不届き者かと思ったが、いざ扉を開けてみると、そこに立っていたのはフェリオとアスコットだった。とりあえず招き入れて、椅子を三脚と酒を用意したはいいものの、二人ともなかなか話し出さない。「折り入って話したいことがあったのではなかったのか」と詰め寄っても、何を渋っているのか口を割らない。呆れ果てて「何も用事がないのなら寝る」と言ったところで、ようやくフェリオが慌ててカルディナを呼び止めた。そして彼が口にしたのが、「創師を巡る不穏な噂」の話だったのである。

 あの『柱』を巡る戦いから三年が経ち、今ではプレセアとは気の置けない仲となった。だからこそ断言できる。プレセアは、そんな轟音が立つほどの破壊的な行為をするような女性ではないと。
 プレセアは、同じ女性でありながらカルディナが思わず惚れてしまいそうなほど魅力的な女性だった。圧倒的な強さの中に凛とした美しさがあり、彼女に密かに思いを寄せる者も少なくない。そんなプレセアと「轟音」とは、どう頑張っても結びつかなかった。
 万が一噂が本当だとしたら、プレセアは部屋の中で夜な夜な一人暴れているということになるのだろうが、そんな様子は想像できなかった。だいたい彼女には、そんなことをする理由がないではないか。

「で……でもさ、プレセア」
 明らかに怯え切った声で、アスコットが口を開いた。相変わらず長い前髪に隠れて瞳は見えない。それでも相当緊張していることは、膝の上で握られた拳が震えているのを見れば一目瞭然だった。
「僕も、聞いたんだ」
「聞いた? 何を」
「だから、その……プレセアの部屋から地響きみたいな音が聞こえるのを、さ」
 思わず目をしぱたいた。相手がアスコットでなければ一発殴っていたところだ。だが、アスコットは嘘をつけるような子ではない。そもそもこんな嘘をついたところで、アスコットには何のメリットもないだろう。
「ほんまなんか?」
 アスコットの見えない瞳を覗き込んだ。こくりとアスコットはうなずいた。カルディナは思わずフェリオを見やった。
「だから俺たち、こうして来てるんだ」とフェリオは言った。「カルディナなら、プレセアの部屋で何が起こってるのか確かめられるんじゃないかと思ってさ。俺たちじゃ、なんていうか、ほら、聞きにくくて。それに……」
 一旦言葉を区切り、フェリオは苦虫を噛み潰したような表情を作った。
「カルディナは知らないかもしれないが、プレセアは昔、折檻好きで知られていたんだ。だから……その、あながちあり得ない話じゃないんだよ」
 首を竦めて言うと、フェリオは身震いした。

 「どうしたらいかわからない」と、フェリオの顔に書いてあった。アスコットの言うことは本当だろうが、かといってフェリオ自身、本当にプレセアがそんなことをするような人間だとは信じがたい。だが「七不思議」とまで言われて城内に噂が広まってしまっている以上、『王子』という立場にいる自分は、耳に入ったからにはその情報を聞かなかったことにはできない。藁にもすがる思いで、ここにやってきたのだ――そんなことを訴えてくる表情だった。
「……ほんまなんか」
 今度は自分自身に言い聞かせるように言った。

 ここ数日、プレセアにいつもと変わったところはなかっただろうかと、記憶を掘り起こしてみる。だが思い当たる節は何もなかった。皆と囲む食事の席でも、不自然な様子はなかった。
 プレセアの身に、いったい何が起きているというのだろう。問いかける意味でフェリオとアスコットを見やったが、二人とも首を傾げるだけで、答えを返してはくれなかった。当然だ、とカルディナは自分自身に突っ込みを入れた。その「答え」を知りたくて、今夜二人はこの部屋へやってきたのだから。
 ため息をついて椅子に身を沈めた。続いて思わずこぼれた苦笑いが男二人にも伝染して、三人は、それからしばらくただ低い笑いをこぼし続けていた。

***

 フェリオとアスコットを見送ってから小一時間もしないうちに、カルディナはプレセアの部屋の前に立ち、扉を見上げていた。両手を腰に当ててつんと顎を反り返らせているその姿は、見るものが見れば銅像のように見えなくもないだろうと、われながら思った。
「静かやんけ」
 扉を見上げたまま、カルディナはため息交じりに呟いた。

 地響きなどまったく聞こえない。見上げた扉の内側が静まり返っていることは明らかだった。やはりプレセアは、「そんなこと」をするような人間ではない。アスコットも、そしてほかの「音を聞いた」という人々も、おそらくは、外を闊歩する精獣の声か何かと聞き間違えたのだろう。
「ほんま、人騒がせな話や」
 力なくかぶりを振ってその場を去ろうとした、そのときだった。
「あら、カルディナじゃない。どうしたの」
 背後から突然声を掛けられ、ぎくっとして、踏み出しかけていた足を中途半端に止めた。背中を冷や汗が伝うのを感じながら、恐る恐る振り返る。どうしてそんなにびくびくするのかと思いながら、確かにそこに立っている親友(と、カルディナは思っている)の姿を認めた。
「プ……プレセア」
 そんなにどもる必要もないだろうにと思いながら、引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。

 風呂に入ってきたようで、プレセアは頬をほんのり上気させていた。髪もまだしっぽりと水分を含んでいる。身に着けている衣服は普段の『創師』としてのそれではなく、白い一枚布でできたシルクのワンピースだった。
 そんなプレセアの出で立ちを見て、われ知らずほっとした。こんな艶やかな人が、どうして地響きがするほどの荒々しい行動に出るようなことがあるだろうか。

「なあに、私に用事でもあった?」
 そう言って、プレセアがこちらへ近づいてくる。
「いっ、いや、ほら! 今夜、ラファーガいてへんやろ? 一人で淋しなって、プレセア、何しとるかなあ思って……」
 咄嗟に思いついたにしてはわれながら上手い言い訳だと思った。しかしプレセアを納得させることはできなかったようで、彼女はそばまでやってくると、怪訝そうに眉根を顰めた。ぐっと言葉に詰まると、プレセアが「もしかして」と探るような目を向けてきた。
「私が夜な夜な暴れてるっていう噂の真相を確かめに来たの?」
「え?」とカルディナは思わず身を乗り出した。「そやったら、ほんまなん? あの噂」
「やっぱりそうなのね」
「……あ」
 しまった、と思ったときにはもう遅かった。ははは、とごまかすように苦笑いするので精いっぱいだった。そんなカルディナに向かって、プレセアは呆れたように肩で息をつくのだった。
「そうね」とプレセアは言った。「あなたには、話しておいてもいいかもしれないわ」
「え?」
 瞬きをしたカルディナをよそに、プレセアは一人自室の扉の方へと向かっていく。
「寄っていく? 散らかってるけど」
 扉に鍵を挿しながら、プレセアは振りかぶって言った。その提案を「断る」という選択肢は、カルディナの中にはなかった。




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都内某所にひっそりと生息。
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