蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ユーフォリア

海誕企画★2013

大人向けです。クレフさんは大人バージョンに置き換えてください。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 海が誰かに支えられて部屋へ戻ってくる気配を感じたのは、湯船から上がり、本でも読んで彼女の帰りを待っていようかと、ソファに腰を下ろしたときのことだった。
「ウミ?」
 読みかけだった本を開いた手をはたと止め、思わず目を見開いて部屋の扉を凝視した。その向こう側に近づいてくる気配は、確かに海のものにほかならない。だが、彼女を取り巻く気配はいつもと「何かが違う」。眉間に皺を寄せ、開きかけていた本をパタンと閉じる。それをソファに放り投げ、足早に扉へと向かった。

 そこへたどり着く前に手を翳し、扉を開ける。よもや海の身に何かあったのではと、程よく開かれた扉から慌てて身を乗り出した。するとちょうど部屋の中へ入ってこようとしていたものと正面衝突しそうになり、面食らった。
「あ、導師クレフ」
 私を見上げてそう言ったのは、海ではなかった。
「これは、いったいどういうことだ。カルディナ」
 焦点がまったく合っていない海と、彼女の体を支えているカルディナとを交互に見比べ、「これは」と「いったい」の間で声のトーンを変えた。「どういうことだ」と問いながら、海の身に何が起きているのか、そのときはすでに理解していた。カルディナに支えられてようやく立っていられるほどの海は、完全な千鳥足になっている。俯き加減の瞼は軽く閉じられ、頬にはほんのりと赤みが差している。どう見ても、飲みすぎだった。

「いやあ、ウミが飲みすぎてしもて。一人やったら心配で、ついてきたんですわ」と言って、カルディナは笑った。「言っときますけど、うちが勧めたんとちゃいますよ」
 到底信じられないという意味を込め、カルディナをじっと見た。だが彼女も彼女で相当酔っているらしく、強い視線を向けてもへらへらとした表情は変わらない。これほど酔っている状況で発せられる言葉に嘘はないと、私も経験上知っている。とすれば、やはりカルディナの言うとおり、海は自ら進んでこれほどになるまで飲酒したということなのか。
「……まったく」
 ため息とともに、言葉を吐き出した。

 海は、『異世界』の基準で酒を嗜んでもよいとされる二十歳に、つい二か月ほど前なったばかりだった。これまで酒を口にした回数は、片手で足りるほどしかないはずだ。それなのにこんな状態になるまで飲むとは、いったい何事か。だいたい、周りに大勢人がいたであろうに、なぜ誰も止めなかったのだ。
 今夜は、ほぼひと月ぶりにこちらの世界へやってきた海たちを囲んで、大広間にて盛大な宴会が催されていた。私はやりかけていた仕事があったので、それを片付けるために中座したのだが、そのときの海はまだ素面だったと記憶している。あれからたったの三時間ほどしか経ってしていないというのに、この間、あの大広間ではどのようなことが繰り広げられていたのだろう。想像するも恐ろしく、私はかぶりを振った。

「あれ?」
 そのとき、それまで一言も発していなかった海が、いきなり甘ったるい声を出した。はたと彼女を見やれば、目が合った。目が合うと言っても、海のとろんとしたそれはやはり虚ろで、しっかりと視線が交わっているとは言い難い。それでも海は、何度か瞬きをすると私の顔をそれと認識したようで、突然破顔し、
「クレフ!」
 と言って思い切り抱きついてきた。
 突然のことによろめきながらも、なんとか海の体を支える。酔っているせいなのか、海は驚くほどの力で私に全体重を預けてきた。いつ抱き合っても、これほど海が密着してきたことはなかった。ひょっとして、普段は私に気を遣っていたのだろうか。図らずもそんなことに気づかされて、海に対する愛しさが増す。細いのに、女らしい丸みもある背を、ゆっくりと撫ぜた。

「ほな、うちはこれで失礼しますね」
 私が海を抱き留めたのを見て、カルディナはひらひらと手を振り、その場を去ろうとした。
「ああ。ありがとう、カルディナ」
 礼を言い、カルディナが帰るのを見届ける。ところが、カルディナはなぜか数歩歩いたところで立ち止まり、くるりとこちらを振り返った。何か言伝でもあったのだろうかと、首を傾げる。するとカルディナは、まるでいたずらを思いついた子どものような表情を浮かべ、首を竦めた。
「頑張ってくださいね、導師クレフ」
「え?」
 意味深なカルディナの台詞に、覚えず眉根を顰めた。だがカルディナはそれ以上は何も語らず、くるりと踵を返すと、元来た道をスキップしながら帰っていった。踊り子らしく、ほとんど足音を立てなかった。
「何の話だ」
 そちらに向かって、私は呟いた。しばらくの間カルディナが去った方を見つめていたが、不意に腕の中で海がもぞもぞと動いたので、はっとわれに返り、とりあえず彼女を支えて部屋の中へ入った。


 部屋の扉が閉じられた途端、海は私から離れてソファに身を投げた。あっと言う間もないほどの早業に、思わず目を剥いた。あれほどの千鳥足だった彼女が、何に躓くこともなくソファにたどり着くことができたのは、奇跡に近いのではないか。
 もっとも、海がセフィーロに来たときには必ずこの部屋で夜を過ごすようになって、もう三年が経つ。三年前から部屋のつくりはほとんど変わっていないから、どこに何が置いてあるのか、体がすでに覚えているのだろう。嬉しいような呆れたような心持で、ふっと息をつくと、私は海のもとへ歩み寄った。

「ウミ。休むならばベッドで休め」
 言いながら、片手を海の額に、もう一方を彼女の手首に当てて体調を診る。アルコールのせいで脈は速く、体温も上昇しているが、どうやら深刻な中毒症状を起こしているわけではないようだ。しかし呼びかけに対する答えは曖昧で、何を言っても「うーん」と唸るばかりだった。体を起こす気配は一向に見られない。
「やれやれ」
 仕方ないとばかりの台詞にも、頬は緩んでいる。海の膝と首の下に腕を差し入れ、彼女を抱きかかえて立ち上がった。無意識のうちなのか、朦朧としているくせに、そうして抱きかかえられると海は私の首の後ろに腕を回してきた。思いがけず嬉しくて、小さくほほ笑みながら寝室へ足を向けた。

 海は、ちゃんと食事を摂っているのか心配になるほど軽い。ずっと抱えていてもまったく苦にならないほどの重さしかなく、この華奢な体でかつてはあの巨大な魔神を駆っていたのかと思うと、いつも私の口からはため息が漏れる。
 その華奢な体も、最近では女性らしい丸みを一層帯びるようになった。出逢ったときは年端もいかぬ少女であったのに、いつの間にか成熟した大人の色香を湛えるようになっている。そんな彼女に日々、密かに惑わされてばかりだ。

 寝室へ入ると、海を抱えたまま軽く指を動かした。その動きに合わせてベッドサイドに入ったほのかな明かりを頼りに、二人が寝てもまだ余裕のある大きなベッドに、そっと海の体を横たえる。ふと耳を掠めた彼女の吐息がアルコールを含んで湿っていて、われ知らずどくんと鼓動が大きくなるのを感じた。
「ん、クレフ……」
 横たえた彼女から離れようとした私を、ところが首に回った海の腕が許さなかった。
「ウミ?」
 中途半端に身を屈めたまま引き寄せられ、咄嗟に枕元に手をついて体を支えた。困惑して海の顔を覗き込むと、とろんとした目で私を見つめた彼女が、うっとりとほほ笑んだ。
「ね、クレフ」
 うん、と私は喉の奥で返事をする。
「キスして」
 瞬間、自らの耳を疑った。
 何度か瞬きをして海を見やる。それほど私が驚いたのは、海とこういう関係になり三年の月日が経ってなお、未だかつて彼女からそのようなことをねだられたことがなかったからだ。だからあるいは聞き間違ったのかとも思った。しかし、私の後ろに回した手をしっかりと組んで目を潤ませる海は、確かに「それ」を求めているようである。

 嬉しくないと言ったら嘘になる。だが一方で困惑も隠せず、私は戸惑いながらも身を屈めると、とりあえず海の求めに応じて彼女の唇に触れるだけの口づけを落とした。ふわりと香った果実酒の甘い香りが鼻を掠める。その匂いだけで、私まで陶酔してしまいそうになる。
 彼女の求めにはきちんと応じたはずだった。だが、確かに触れ合った唇を離しても、海は私の首から手を除けようとしない。それどころか、不服そうに唇を尖らせて、
「足りない」
 と言った。
「なんだって?」
 私はいよいよ狼狽した。この娘は何を言うのか。
「足りないの。もっとして。もっと……いつもみたいに深いヤツ、して」

 愛しい娘に至近距離でこんなことを言われてよく耐えられるものだと、われながら感心する。だが、今の海は平時の海ではなく酒に酔っているのだと必死で言い聞かせ、なんとか理性を保っていた。そう、普段の彼女は、決してこんなことは言わない。確かにもう何度となく肌を合わせているのに、未だ海は、いつもまるで初めて抱き合うかのような恥じらいを見せる。それが私の知っている「ウミ」の姿だった。そんな状態からは、今の彼女はあまりにもかけ離れていた。

「してくれないのね」
 不意に海の声のトーンが落ちて、私はぴくりと眉を動かした。今にも泣き出しそうな顔をして、海は私から視線を逸らした。
「クレフは、私に会えなくて、淋しくなかったの?」
 思いがけないことを言われ、目を丸くして海を見つめた。上気した頬は、彼女にまだ酔いが回っていることを示しているが、口調は意外としっかりしている。
「私は、一か月もクレフに会えなくて、淋しかったわ」と海はきっぱり言った。「それなのに、今日の晩餐会だって、あっという間にいなくなっちゃうじゃない。みんなは『そんなことない』って言ってくれるけど、私、思っちゃうのよ。クレフは、私なんていなくても、本当はだいじょうぶなんじゃないかって」

 ようやく、カルディナが「頑張って」と言った意味を知った。海はおそらく、今夜の宴席で私が去った後、延々と愚痴をこぼしたのだ。誰が止めるのも聞かず喋り続け、煽るように酒を飲み、その結果、今こうして泥酔している。そういうことに違いなかった。

 何と言っていいかわからず、中途半端な笑みを浮かべて海を見つめた。俯いた彼女とは視線は交わらない。今にも泣き出しそうな影の落ちた海が、どうしようもなく愛おしい。中腰になっていた自身の体をベッドに下ろすと、首に回された海の腕を引き上げ、彼女の上半身を起こして抱きしめた。
「そんなはず、ないだろう」
 アルコールが回っている海の体は、普段より火照っていて熱い。その熱が、服を通して肌に伝わり、私の体までも熱くしていく。
「このひと月、どれほどおまえにこうして触れたかったか」
 海と想いを通じ合わせてから、ひと月も会わないことなどこれまでになかった。ひと月などすぐに過ぎると高を括っていたのだが、いざ経験してみると、それは私にとっては地獄にも等しい長さだった。

 皆で囲んだ宴席を早めに切り上げたのは、残っていた仕事を片付けなければならないという名目上の理由があってのことだった。だがそれ以上に、あのまま海を間近で見続けていたら、いつか箍が外れて周囲を気にすることなく彼女を求めてしまいそうで、そんな自分自身がから恐ろしかった。
「私なんていなくても、だいじょうぶなんじゃないか」。海の口からそんな言葉がこぼれたことで、思いがけず、二つのことを知った。一つは、彼女をそれほどまでに不安に思わせてしまっていたのだということ。そしてもう一つは、彼女がそれだけ不安に思うほど、私が自分自身の心に潜む欲望をひた隠すことに成功していたのだということ。

「ほんとう?」
 海がそう言ったのをきっかけに、彼女を抱きしめていた腕の力を少し緩めた。そうすると、首の後ろに回っていた海の腕も自然と離れていく。間近でようやく視線を交わらせた海は、しかしまだ酔っているようだった。潤んだ瞳はサファイアを思い起こさせた。桜色に染まった頬を包み、私は精いっぱいほほ笑んだ。
「私が嘘をついたことがあるか?」
 海は一瞬その瞳を大きくしたが、すぐにとろんと目尻を下げた。そして今度は私の腰に腕を巻き付け、またとんでもないことを口にした。
「じゃあ、今夜はいっぱい、してくれる?」

 無邪気に問う海を前に、激しい眩暈を覚える。あろうことか、思わず頭を抱えた私の腕を海が引き、自らの女性らしい膨らみへと導いたので、文字どおり飛び上がらんばかりに驚いた。
「ウミ、おまえ何を――」
「お願い、クレフ」と海が上目遣いに私を見る。「私、今夜はたくさん、クレフを感じたいの」
 たらり、と汗がこめかみを伝うのを感じた。

 わからなくなる。普段の恥じらった彼女が本当の海なのか、それとも今のように、こちらがたじろいでしまうほど積極的な彼女こそが本当の海なのか。
 内心密かに葛藤した。明らかに泥酔している女性を抱くことは、ともすれば強姦に等しいのではないか。いやしかし、これは海自身が望んでいることなのだから、強姦には当たるまい。そもそも、私と海はすでにそのような関係にあるのだ、強姦などと言われるようなことはないだろう。いやいや、しかしそういう問題ではないのではないか――

「ね、クレフ」
 だが結局、そう言ってこちらを見上げてくれる海を前に、「拒む」などという選択肢は最初から存在しなかったのかもしれないとも思う。
 本当は、こちらだって我慢の限界はとうに超えていたのだ。望みどおり、今夜はひと月分堪能させてもらう。海の体をベッドに沈めると、まず初めに、彼女がしきりに求めていた深い口づけを齎した。

***

 静かな寝息を立てる海の頬は、ようやく赤みが引いてきている。だが体の熱はまだ引いていない。そこにアルコール以外の原因があることを、もちろん私はわかっている。
 海は、酔った方が素直になっていい。そのことを、今夜初めて知らされた。明日の朝目覚めた彼女は、自分が何を言ったのか、どんなことをしたのか覚えていないだろう。さて、どのようにして伝えようか。そんなことを考えると、自然と喉の奥から笑いが起こる。
「おやすみ」
 とりあえず、今は休息を。腕の中に抱いた海の額に、そっと口づけを落とした。




ユーフォリア 完





唯野クレ海好きさんからのリクエストで、「透明感漂うような年齢制限物」でした。透明感漂っていますでしょうか……。
リクエストの中に、「クレフが変な薬を盛る」という見逃せない文言がありまして。まあ、さすがにクレフは媚薬を盛ったりはしないだろうなと思ったので、海ちゃんを泥酔させてみました。
翌朝編ということで、『エンドレス・ユーフォリア』に続きます。
唯野クレ海好きさん、素敵なリクエストありがとうございました^^

2013.03.29 up / 2013.09.07 revised




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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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