蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

星に願いを 3. こっちを向いて

中編

こんなことを考えているから、海から「親ばかだ」と言われるのだ。わかっていても、やめられるわけがなかった。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 それは、次回の各国使者との会合についての打ち合わせをしていたときに起きた。フェリオの執務室にて、彼と風と私の三人で顔を突き詰めて話し合っていると、ふと扉の外に気配を感じた。
「どうされました、導師」
 話を中断して顔を上げた私を、フェリオが訝しがった。彼に視線を戻し、私は言った。
「来客のようだが」
「え?」
 フェリオが首を傾げたそのとき、扉が二度ノックされた。そして扉の外から、幼い声が聞こえてきた。
「父上。プレミオです」
 フェリオと風は、思わずといったように顔を見合わせた。すみません、と私に断りを入れ、風が走り歩きで扉へ向かう。開かれたその向こうに、フェリオの幼いころと瓜二つの少年が立っていた。前回会ったときから、また背を伸ばしただろうか。子どもの成長とは実に速い。もう母親の胸元ほどの背丈がある少年の姿に、私は目を細めた。

「どうしたの、プレミオ。お父様は今、クレフさんと大切なお話をなさっている最中ですよ」
「わかっています。でも、どうしても父上とお話がしたいんです」
「だめだ」と、私の斜向かいに座ったままフェリオはぴしゃりと言った。「仕事の邪魔をしてはならないと、いつも言っているだろう。家に帰ったら、話はいくらでも聞いてやる」
 プレミオはしゅんと項垂れた。フェリオを振りかぶった風が、「そんな言い方をしなくても」とでも言いたげな視線を向ける。しかしフェリオは腕を組み、その視線を跳ね返した。まったく、王としての威厳に溢れているのはいいが、それを息子に向けて示す必要もあるまいに。
「私は構わない」
 見かねて言った。するとフェリオはぎょっとしたように目を丸くした。
「しかし、導師」
「いいではないか、フェリオ」と私はほほ笑んだ。「プレミオがここまで言うのだ。何か大切な話なのかもしれない」
 腕を組んだまま、フェリオはじっと考え込んだ。「あなた」と風が呼んでも顔を上げない。プレミオは固唾を呑んで父親の返事を待っている。やがてようやく顔を上げたフェリオは、これ見よがしなため息をつきながら、
「五分だけだぞ」
 と言った。
「ありがとうございます」
 満面の笑みを浮かべ、プレミオは深々と頭を下げた。そして真っすぐに私を見据え、ほほ笑んだ。プレミオは本当にフェリオと瓜二つだが、その瞳の周りだけは、すっかり母親のそれを受け継いでいた。

「それで? 話とはなんだ」
 プレミオを向かいに座らせ、フェリオはけんもほろろに言った。そんな父を、プレミオがじっと見上げる。その迷いのない瞳に、私は思わず見惚れた。まだ十歳になったばかりだというのに、その瞳は早くも強い意志を感じさせる。
「父上に、教えていただきたいことがあります」とプレミオは言った。
「なんだ」
「好きな子を振り向かせるには、どうしたらいいですか」
 一瞬、なんともいえない沈黙が部屋を漂った。おいおい、と私は内心思った。そのアドバイスをフェリオに求めるのか。フェリオと風の様子を誰よりも間近で見ているプレミオなら、返ってくる答えくらい、簡単に予想できるだろうに。
「おまえ、教えてほしいことってそれか」
 呆気に取られてフェリオは言った。はい、と答えるプレミオは、あくまでも真面目だ。

 大人三人、何とはなしに顔を見合わせる。そしてまったく同じタイミングで吹き出した。
「笑いごとではありません! ぼくは真剣なんです」
 憮然としてプレミオは言った。しかしそんな表情も大人たちの笑いを深めるだけだということに、おそらくプレミオは気づいていない。笑い続けていると、涙が滲んでくるほどだった。ようやく収まるころには、腹筋が痙攣していた。
「気を悪くしないで、プレミオ」と風が言った。「お父様もクレフさんも、あなたがあんまりかわいいことを言うものだから、嬉しくなってしまったのよ」
 実に如才ないフォローだ。彼女の言うことはまったく正しくないが、そういうことにしておけば角が立たない。プレミオも、納得せざるを得ないだろう。事実、口を尖らせてこそいたが、プレミオはまんざらでもなさそうで、静かに顔を逸らしただけだった。

「それにしても」とフェリオが目尻を拭いながら言った。「父にアドバイスを求めようとしている時点でだめだぞ、おまえ。好きな子へのアプローチなんてな、自分で考えなきゃ意味がないんだ」
 それは、クレフが想像していたよりも割と真面目な答えだった。
「それはわかってます」とプレミオは言った。「でも、自分でやってもうまくいかなかったんです。だから、これからどうすればいいのか、父上に教えてもらいたいんです」
「うまくいかなかったって、どううまくいかなかったんだ」
 プレミオは膝の上で拳を握った。心なしか染まった頬は、ずいぶんと大人びて見えた。
「自分の父親みたいな人じゃないといやだって言われました」とプレミオは言った。
 おや、と私は思った。どこかで聞いたことのあるような台詞だ。ほかでもない、娘のエスタルがいつも言うことではないか。「わたし、おとうさまみたいな人がいい」。まだ五歳だというのに、いつのころからか、エスタルはそう言うようになった。嬉しいことを言ってくれる。どんなに疲れていても、帰宅してエスタルの笑顔を見ると、何もかもが吹っ飛ぶのだった。

「そんなにいい人なのか、その子の父親」
「はい」
 フェリオの問いに、プレミオは即答した。
「だから、そんなの無理だよって、思わず言っちゃったんです。君のお父さんみたいな人なんているわけないじゃないかって。そしたらその子、怒っちゃって。『プレミオなんか大っ嫌い』って、言われました」
「手厳しいなあ」とフェリオは言った。「そこまで言われたなら、もうその子の父親に直談判するしかないんじゃないか。『娘さんのことが好きです。どうしたらあなたのようになれるか、教えてください』ってな」
 十歳の子にそれを強いるのは、さすがに重いのではないか。そう思ったのだが、そこはさすがフェリオの息子と言うべきか、プレミオはまったく臆する気配を見せず、「そうでしょうか」と真剣に悩んでいる様子で言った。
「そうさ」とフェリオはうなずいた。「まずは素直になることだ。素直に、自分に足りないところを認めることだな。そうしたからこそ、俺もフウと一緒になれたんだから」
 な、と言って、フェリオが風を抱き寄せる。さっと赤らんだ風の頬に、一瞬の口づけ。子どもの目の前で――とつい思ってしまうが、私も人のことは言えないので、黙っておく。

「導師クレフ」
 突然プレミオが私を呼んだ。いつになく強いまなざしが、私を見つめる。そしてそのまなざしのまま、プレミオは、信じられないことを口にした。
「どうしたらあなたのようになれるか、教えてください」
 その瞬間に執務室が冷え込んだことは、言うまでもない。
「……は?」
 意図せずして声が引き攣った。視界の隅で、フェリオと風があたふたしている。だが私の目はプレミオだけに向けられていた。あどけない少年の瞳は、恐れというものをまるで知らない。
「あなたのように強くなるには、ぼくはどうしたらいいですか」
「ちょちょちょ、ちょっと待てプレミオ」
 慌ててフェリオがプレミオの肩をつかんだ。
「まさか、おまえの好きな子って――」
「エスタルです」とプレミオはきっぱり言った。「ぼく、エスタルが好きです」
 パリンと音を立てて、私の血管が一本切れた。立ち上がり、手にした杖で容赦なくプレミオの頭を叩いた。
「愚か者め」
 痛い、と頭を抱えるプレミオを見下ろし、吐き捨てるように言った。
「娘はやらん!」
 呼び止める声には耳も貸さず、さっさとフェリオの執務室を後にした。

***

「かわいそうじゃない、そんなこと言っちゃ」
 眠ったばかりだというエスタルに毛布を掛けながら、海は楽しそうに言った。
「かわいそうなわけがあるか」
 口調に棘が混じっていることくらいは自覚していた。私と同じ色のエスタルの髪をそっと撫で、白い額に口づける。そうすると心なしか、エスタルがほほ笑んだように見えた。
「エスタルはやらん。この子はまだ五歳だぞ。惚れた腫れたなどという話は、百年早い」
「もう」と呆れたように言い、海が私に身を預けてくる。「親ばかなんだから」
「何とでも言え」
 軽い口づけを交わし、エスタルの部屋を後にする。娘が寝静まってからのこの時間が、何とも言えず好きだった。海と二人、まるで恋人だった時代に戻ったかのように、ソファに並んでとりとめもない話をする。ただ、今日の話題はいささか穏やかではなかった。

「でも、プレミオはいい子よ。風に似て頭はいいし。フェリオに似て、剣術もそこそこできるんでしょう。両親のいいところをうまく受け継いでるわ」
 紅茶を二つのティーカップに注ぎながら言う海に、私はこれ見よがしなため息をついた。
「あれはフェリオより手ごわい」
「え?」
「フェリオは、ただ無鉄砲な子どもだった。しかしプレミオは、確かに無鉄砲なところもあるが、常に計算している。賢い無鉄砲さというのは、もっとも厄介なのだ。あれはそのうち、変に化ける」
「そんな言い方しなくたって」
 紅茶を一口飲み、海は苦笑した。
「でも、かわいいじゃない。『あなたのようになるにはどうしたらいいですか』なんて。まんざらでもなかったでしょ、導師様」
「私をからかうのか」
「そんなつもりじゃないわよ」と言いながら、海は明らかに楽しんでいる。
 娘から「おとうさまのような人がいい」と言われるのは、確かに嬉しい。だが娘を好いている男から「あなたのようになりたい」と言われるのは、我慢ならないことだった。しかし今日の様子からして、プレミオは簡単には諦めないだろう。明日からどうやってしのごうか。いっそのこと、私とは真逆に育つように教育しようか。
 こんなことを考えているから、海から「親ばかだ」と言われるのだ。わかっていても、やめられるわけがなかった。娘はまさに、目に入れても痛くないほどかわいいものだった。

「でも」と不意に海が口を開いた。「私もうかうかしていられないわね」
 紅茶を飲みながら、どういう意味だと目で問う。おもねるように笑った海は、ティーカップを置いた私の肩にそっともたれ掛かってきた。
「エスタルに、クレフを取られちゃうかもしれないじゃない」と海は言った。「そうならないように、私も気をつけなくちゃいけないなって思ったのよ」
「……ウミ」
 思わず目を見開いた。条件反射的に、ほっそりとした肩を抱く。まさか海の口からそんな言葉を聞くことになろうとは。嬉しいやら楽しいやらで、思わず笑った。
「なによ」と海が上目遣いに睨んでくる。
「いや」と私はかぶりを振った。「自分の娘に嫉妬しているのか、ウミ」
 頬をかあっと紅くして、海は俯いた。「そんなことないわよ」という言葉には、まったく説得力がない。
「そんな杞憂を」と言い、海の顎をつかんで無理やり上を向かせた。何か言いかけた唇を塞ぐ。深く口づけ、舌を絡めると、海の肩がぴくりと震えた。
「私の気持ちは、伝わっていないのか?」
 海の髪を一房すくい、唇を寄せる。先ほどとは別の意味で頬を染めた海は、首を横に振った。
「伝わってるわ」と言い、海は私の首に腕を廻した。「受け止めきれないくらいよ」
 われ知らず笑みがこぼれた。海の体をぐっと引き寄せ、再び唇を重ねる。娘の前ではしないような甘い口づけが、部屋を包む。
 これかだから、この時間はやめられない。一日の中で唯一、海のことだけを考える時間だった。

 その後、結局私はプレミオにどんなことを教えたのか、あるいは教えなかったのか。それはまた、別の話。




『星に願いを』 3. こっちを向いて 完




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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