蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

星に願いを 4. 願いごとひとつ

中編

エスタルは不服そうに眉間に皺を寄せた。そんな顔をすると、海にそっくりだった。

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『稲妻招来(サンダス)!』
 かわいらしい声にはおよそ似つかわしくないような、力強い魔法が紡がれる。刹那、少女の持つ杖が稲妻を呼び、それは私が創り出した幻影の魔物を、見事なまでに木端微塵にした。見た目年齢からはあまりにもかけ離れている少女の横顔の凛々しさに、思わず舌を巻いた。
「また強くなったな、エスタル」
 崖下に降り立ち、私はほほ笑んだ。すると少女はぱっと花を咲かせるように笑み、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「お父さま!」
 全力でぶつかってくるエスタルを、しっかりと抱き留める。肩でそろえられた薄紫色の髪が頬をくすぐった。そうして屈託なく笑っていると、ようやく十歳の子なのだと感じられる。まだまだ子どもなのだ。訳もなくほっとした。

 魔法力の強さは、必ずしも遺伝するものではない。しかしエスタルは、まったく誰に似たのか、物心ついたときから自然と魔法を使えるような子であった。使い方を誤って魔法が暴走するようなことになってはいけないと、修行をつけてやるようになってから、もう四年の歳月が流れた。今となっては、エスタルは、見習いの魔導師の中ではもっとも強いと言えるまでに成長していた。

「でも、まだまだお父さまにはほど遠いわ」
 ぱっと私から離れたエスタルは、不満げに口を尖らせた。
「ねえ、お父さま。またあのときみたいに、魔法を見せてくださらない?」
 エスタルの言う「あのとき」とは、修行を始めた四年前に一度だけ魔法を見せたときのことを指している。当時私が放ったような魔法を使えるようになりたくて毎日修行に勤しんでいるのだと、エスタルは、ことあるごとに言った。
 これがほかの者の頼みだったら、一網打尽にしているところだ。しかし、娘の言葉というのはどうにも無下にできない。簡単には首を横に振れない自分がいる。だが、願いごとの中にも聞いてやれるものとやれないものとがある。エスタルの肩に手を置き、心を鬼にして、私はその瞳をじっと見据えた。
「いつも言っているだろう。必要のないときにむやみに魔法を使えば、その魔法はそのまま自分に跳ね返ってくると」
 エスタルは不服そうに眉間に皺を寄せた。そんな顔をすると、海にそっくりだった。
「はあい」と答え、エスタルは私の腕の中から出て行った。そして海辺へと駆け寄り、「フューラ!」と叫んだ。しばらくすると一際大きな水しぶきがあがり、フューラがぬっと顔を出した。
 伸ばされたエスタルの手に、フューラが頬を摺り寄せる。主人に似たのか、フューラもエスタルの頼み事には弱いようで、呼ばれると、どこにいても必ず顔を出した。

 フューラの背に乗ったエスタルが、こちらを向く。
「お父さま」
 呼ばれて近寄れば、エスタルが満面の笑みを浮かべた。
「あのね。ひとつお願いがあるの」
「願い?」
「もしもわたしが、今よりもっともっと強い魔法を使えるようになったら――」
 声を潜めてエスタルが身を屈める。寄せた耳元に囁かれた言葉に、私は目を剥いた。
「約束ね、お父さま!」
 こちらが首を縦に振るのも確かめずに、エスタルはフューラを伴い、海へと一気に潜っていった。

 波の音が耳を掠める。不規則に揺れるそれを瞳に映しながら呆けていることに気づいたのは、いくらか時間が経ってからのことだった。
「……エスタル」
 思わず頭を抱え、唸った。まったく、あのずうずうしさというかなんというか、恐れを知らないところは、間違いなく海譲りだ。いったいどうしたらそんな「お願い」を思いつくというのだ。しかも、「もっともっと強い魔法を使えるようになったら」とは、明日起きるかもしれないことではないか。
 かなえてやれないことはない。しかしこればかりはどうしようもない。悩み事がまた増えた。われ知らずため息が出たが、想像していたより、それはさほど重くなかった。

***

 もう少し遊んでいたいと口を尖らせるエスタルを強引に引き連れて家へ戻ると、もうすっかり日暮れの時間になっていた。
「おかえりなさい。遅かったのね」
 香ばしい香りとともに、海の声が出迎えた。エスタルが私の手を離れ、海の元へと駆け寄っていく。
「もしかして、今夜はシチュー?」
「そうよ」と海は言った。「もうすぐできるから、手を洗っていらっしゃい」
「やった!」
 飛び上がらんばかりに喜んで、エスタルが洗面所へ駆けていく。その後姿を見送り、ソファにそのまま身を投げた。そうすると、ついため息が出た。
「どうしたの」と海の声がした。「何かあった?」
「いや」と私はかぶりを振った。
 何でもない、と続けるつもりだったのだが、何でもなくはなかったので、それきり口ごもった。海が不思議そうに首を傾げる。そのときちょうどエスタルが戻ってきて、早くも食卓にちょこんと座った。

 もともとは異世界の料理である「シチュー」が、エスタルの大好物だった。よほど嬉しいのだろう、瞳がきらきらと輝いている。自然と笑顔になり、私も食卓へと向かった。向かい合って座る。ちょうどできあがったシチューが運ばれてきて、ポニーテールをさらりと揺らした海が、エスタルの隣に座った。
「いただきます」
 夕食のときは、その日あったことを話し合うのが恒例だった。海は今日は光たちと会ったという。風の息子のプレミオは、相変わらずエスタルのことを諦めきれていないらしい。
「エスタルはやらん」
 性懲りもない男め。私は憮然として言った。海が呆れたように笑った。
「心配しなくてもだいじょうぶよ、お父さま」とエスタルは涼しい顔をして言った。「わたし、プレミオには興味ないから」
 全然お父さまに似てないもの。そう続けられた言葉に、頬が緩んだ。

「エスタルは今日、また魔法の修行をしていたの?」
 海の問いかけを、エスタルはシチューを咀嚼してから肯定した。
「今日はまた、新しい攻撃魔法を教えてもらったの。でも、お父さまみたいな魔法は、まだまだ使えないわ」
「当たり前じゃない」と海は笑った。「クレフはセフィーロで最高位の魔導師なのよ。そう簡単には越えられないわ」
「でも、いつか絶対に、お父さまにも認めてもらえるような魔導師になるの。そうなったら、ひとつお願いごとをかなえてくださる約束なのよ」
 ね、と笑うエスタルに、ぎくっと頬が引き攣った。約束? と海がきょとんとして言う。そうなの、とエスタルは言った。
「どんな約束をしたの?」
 海が私とエスタルとを見比べながら問うた。
「それは秘密」とエスタルは肩を竦めて笑った。海が頭上にクエスチョンマークをいくつも浮かべる。私はごまかすように笑うしかなかった。

***

 ベッドサイドの明かりを頼りに本を読んでいると、海が寝室へやってきた。
「よく眠っていたわ、エスタル」
 顔を上げ、そうか、とほほ笑んだ。風呂上がりの清潔な香りが、ガウンを羽織った海から漂ってくる。彼女は鏡台の前に腰を下ろすと、まだわずかな湿り気を残している髪を丁寧に梳かした。そうして海が髪を下ろしているところを見るのは、今となっては夜の間くらいのものだった。
「それにしても」と鏡を見ながら海は口を開いた。「エスタルと、いったいどんな約束をしたの?」
 やはりそれを聞いてくるか。うん、と曖昧な返事をして、取りあえず、読んでいた本をサイドテーブルに置いた。
「そんなに難しいお願いごと?」
「いや、難しくはない」と答えてから、「いや、難しいのか?」と思わず言い直した。
「どっちなのよ」と海は苦笑した。よくわからないというのが本音だった。
 櫛を通す海の横顔を見つめる。ほっそりとした頤(おとがい)のラインが、エスタルのそれと重なる。大抵の者は、エスタルは私の方によく似ていると言うが、私は絶対に海に似ていると思う。

「弟が欲しいそうだ」
 呟くように言うと、海の手がぴたりと止まった。
「え?」
 大きく見開いた目で、海は私を見返した。覚えず苦笑いがこぼれた。その海の反応は、私がエスタルに願いごとを告げられたときとまったく同じだった。
「かわいい弟が欲しい。そう言われたよ」
 海の頬がさっと赤らむ。それを隠すように私に横顔を向け、海は再び手を動かし始めた。もうとっくに、髪は梳かし終えているだろうに。
「私も驚いた。まさかそんなことを言われるとは思わなかったからな」
 正直、言われた瞬間は、拒絶反応が先に立った。しかし冷静になって考えてみれば、何も断らなければならないようなことではないと気づいた。そもそも海が、最初から、子どもは二人以上欲しいと言っていた。自分が一人っ子だったから、というのがその理由だった。

「それは確かに、難しいかもしれないわね」
 鏡台の明かりを消し、海は言った。
「弟になる保証はないもの。妹かもしれないじゃない」
 横向きにベッドに寝転び、海ははにかんだ。それもそうだ。妹になるか弟になるか、それは生まれてみなければわからない。
「やはり断った方がいいだろうか」
 海の髪をすくい、それを耳に掛けながら問うた。ううん、と海は小さくかぶりを振った。
「せっかくだもの。かなえてあげましょうよ、その願いごと」
 その言葉は意外なような、それでいて、海らしいような。しかしどちらだとしても、私が首を横に振る理由はなかった。
 サイドテーブルの明かりを落とす。射し込む月明かりが、ほんのりとシーツの影を浮かび上がらせる。背中に廻ってきた腕に素直に応じ、そっと体を落とした。

 十か月後、一足先に晴れて一人前の魔導師となっていたエスタルに、待望の弟ができた。そうすると今度は「かわいい妹も欲しい」と言い出して、私はまた頭を抱えることになったとか、ならないとか。




星に願いを 4. 願いごとひとつ 完





『星に願いを』シリーズはこれにて完結です。
玖音さんはじめ、二人の子どもの話が見たいというリクエストをいくつかいただいていましたので、クレフの日を機会に、連作短編集という形で書きました。
セフィーロで暮らし始めたら、海ちゃんの体年齢は24歳くらいで止まっていればいいと思います。子作りエンドレス?!w
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.09.09 up




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2013.09.10    編集

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都内某所にひっそりと生息。
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