蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

失恋プロデュース 前篇

短編

敬老の日を記念した短編です。

こじつけ感が否めませんが、よろしければ、本文は「続きを読む」からどうぞ。





 東京タワーに着くと、いつもどおり、風が先に来て待っていた。ところが外を見つめている彼女の横顔がずいぶんと張り詰めていたので、私はきょとんと首を傾げた。
「どうしたの、風」
 挨拶もせずにその顔を覗き込むようにして言うと、風は驚いたように目を丸くした。それが私だと気づくと、すぐにほっと肩を撫で下ろした。けれど直後、またきゅっと唇を結んだ。え、と思うより早く、風は私にぐっと迫ってきた。
「海さん」
「な……なによ」
「海さん」と風はもう一度言った。「クレフさんのこと、どう思っておいでですの?」
「え?」
 思いがけない言葉に、私は瞠目した。クレフのこと? 何の話?――そういう意味を込めた視線を送ると、風はなぜかため息をついた。そして一歩身を引き、真っすぐに私を見返した。
「やはり、お気づきになっていらっしゃらないのですね」
「お気づきにって、何をよ」
 言い訳をさせてもらえば、このときは本当に、風が何を言っているのかわからなかった。クレフのことと言われたって、どう思っているのかといえば、いつも無理ばかりしている困ったおじいちゃんだと思っている。それを咎めることはしょっちゅうある。というか、訪れるたびに咎めている。セフィーロが今の摂理形態に変わって四年が経つけれど、この間、クレフは一日の休暇も取らずに働いてきた。いい加減休めと、私がどれだけ言っても聞かない。休んでいる、というのがクレフの言い分だった。けれど聞いてみれば、その「休んでいる」というのは、一日に三時間ほどしか取らない睡眠のことだった。人はそれは休んでいるとは言わないのよ、と恫喝しても、何の効き目もなかった。それでも諦めず、セフィーロに行ったときはいつも、口酸っぱく休みを取ることを推奨している。
 もしかして、それが気に入らないということなのかしら。ウミのことをどうにかしてくれないか、フウ。クレフがそんな風に頼んだの? でも、あのクレフがそんな遠回しなことをするとは思えない。

「海さんも、光さんのことを言える立場ではありませんわね」
 不意に風が言った。え、と私は瞬いた。すると風は、おもねるように笑ってこう続けた。
「光さんに負けず劣らず、鈍いということですわ」
「鈍い? 私が?」
「ええ」
 そんなことを言われたことは一度もなかったので、驚いて何も言い返せなくなった。自分が鈍いという自覚は、はっきり言って、まったくない。でも、そういう自覚がない時点で鈍いということになるのかしら。けどそもそも、鈍いってどういうこと? 逆に鋭い人といえば風だけれど、いったい何に対して? そもそも、私が鈍いかどうかということが、クレフと何の関係があるっていうのよ。

 疑問符ばかりが浮かんだ私の手を、風がそっと両手で包み込んだ。
「もう少し、クレフさんのお言葉や態度に気をつけてみてください」と風は言った。「海さんがこれまでお気づきにならなかったことに、気づくことができると思いますわよ」
 その言葉には妙な説得力があって、否定できなかった。かといって肯定することもできず、私はただ、ごくりと唾を呑み込んだのだった。

***

 そんなことがあった夜、私はセフィーロの広いベッドの中で、何度も何度も寝返りを打っていた。羊を千匹まで数えたところで、がばっと起き上がった。
「眠れないわ」
 ちらりと隣のベッドに目を向ければ、光が静かに寝息を立てている。彼女は腕にウサギのような動物を抱いていた。そのウサギも、光と同じように、恍惚とした表情を浮かべて眠っている。
 よく動物と一緒に寝られるものだと思うけれど、そういえば四年前も、光は毎晩モコナを抱いて寝ていた。東京の実家で犬を飼っているというから、きっと慣れているのだろう。
 一人と一匹を起こさないよう、そっとベッドから出る。風は当然フェリオのところへ行っていて、部屋にはいない。薄いガウンを羽織ると、静かに部屋の扉を閉めた。


 深夜、すべてのものが寝静まるこの時間、セフィーロは、昼間の賑やかさが嘘のようにしんとなる。静けさは嫌いではない。一人っ子だからなのか、むしろ騒がしい方が苦手だった。一人には慣れているから、こうして誰もいない廊下をぽつんと歩ていても、特に淋しいとは感じない。それに、頭の中は風に言われたことを考えるので忙しなかった。どんなに考えても答えは出ないのに、気がつくとつい、考えてしまっていた。

 クレフの言葉と態度に気をつけると言ったって、何をどう気をつけろっていうのよ。しかも、そう言われたからと思ってやってきたのに、今日に限ってクレフには全然会えなかった。チゼータからやって来ているという国王夫妻との会合やら、教え子への魔法の修行やらで忙しいらしい。夜になれば時間は空きそうだとプレセアから聞いたけれど、さすがにそこまで待っているつもりはなかった。明日になれば、さすがに会えるだろう。そうしたら、風に言われたことを実行してみようかしら。そんなことを考えながら歩いていると、不意に人の声が耳を掠めた。
「――ですね。本当に」
 立ち止まり、顔を上げた。すると、すぐ近くにある庭の東屋に、ほんのりと明かりが入っていた。
「僕がここまで回復できたのは、セフィーロのおかげです」
 その明かりに照らされ、声の主の顔が浮かび上がる。鳶色の髪が、彼が紅茶に口をつけるとさらりと揺れた。イーグルだった。
「そんなことはない。おまえの意志の力が強いからこそ、成し遂げられたことだ」
 その向かい側に座っていた人が放った声に、鼓動が思わずどくんと大きくなった。彼はちょうど私に斜め後ろを向ける形で座っているので、顔は見えない。けれどその脇から覗く厳つい杖の持ち主は、クレフ以外に考えられなかった。

 屋根の端にぶら下がっているキャンドルの明かりは、夜を邪魔しない程度のものだった。その程よい明かりが東屋の中を、そしてクレフの薄紫色の髪を静かに照らす。漂ってくる儚い雰囲気から、なぜか目が離せなくなる。けれどそのままそこに突っ立っているわけにもいかなくて、咄嗟にそばの柱に身を隠した。
「変わりましたね、セフィーロは」
 イーグルが静かに言った。ああ、とクレフはうなずいた。
「ほんの四年ほど前は、想像もできなかったことだ」
 さもない言葉だけれど、そこにはクレフが抱えているありったけの慈しみが込められていた。本当にセフィーロを愛しているのだと、改めて思う。クレフにとってセフィーロは、もはやわが子のようなものなのだろう。
「あなたはもう、749年も生きているんですよね」
「そうだな」とクレフはしみじみ言った。
「生きることが辛くなったことはありませんか」
 私が息を呑むのと同時に、東屋が沈黙に包まれた。ティーカップを手にしたクレフがどんな表情をしているのか、ここからはわからない。向かい合ったイーグルは、穏やかだけれど隙のない笑顔を浮かべている。

「もちろん、あった」
 やがてクレフは、とても静かに言った。
「生きることが辛くなったことも、哀しくなったことも、当然ある。それが生きるということだ」
「誰よりも長く生きているあなたにそう言われると、救われた気持ちになります」
「なんだそれは」とクレフは苦笑した。
「でも」とイーグルは紅茶を一口すすってから言った。「生きていることは楽しい、素晴らしいことだと思ったことも、あったんですよね」
「無論だ」とクレフは即答した。「今がそうだ。日々変わっていくセフィーロを見られることは、何よりも嬉しい」
「では、それより前に嬉しかったことは?」
 そうだな、と、イーグルの問いにクレフが思案する。けれど彼が答えを紡ぐ前に、イーグルは畳みかけるように言った。
「たとえば、恋に溺れたこととか」
 えええええっ、と私は口をパクパクさせた。なんてこと聞いてるのよ、イーグル! 今すぐ駆け出していって二人の会話を遮りたいところだった。クレフが誰かを好きになるなんて、そんなこと――
 あるわけないじゃない、と思いかけて、留まった。クレフだって人間だ。誰かを好きになることがあったって、あの見た目は問題だけれど、まあ、おかしくない。

 どう答えるつもりなのよ? 私は柱の陰からそっと身を乗り出し、息をつめた。風が東屋の中を吹いていく。キャンドルが揺れ、クレフの頬を照らす角度が変わると、影の濃淡も変わった。
「さあ」
 やがてクレフは、どこかいたずらっぽい声色で口を開いた。
「どうかな」
 どくん、と鼓動が大きく波打った。
「それじゃあ答えになっていませんよ」とイーグルは笑った。

 それから二人は、冗談めかしながら夜の挨拶を交わし、それぞれ帰路に就いた。気づかれたらどうしようと気が気じゃなかったけれど、幸い二人とも、私にはあっさり背を向けて別々の路へと進んだ。それでも足音が聞こえなくなるまではと、息を止めて待っていた。やがて、耳に届くものが遠くの海鳴りだけになると、ようやくふうっと長く息を吐いた。膝に力が入らなかった。その場にぺたりと座り込み、柱に寄り掛かった。
 何だったのよ、今の会話。あの二人、いつの間にあんなアダルトな――と私には聞こえた――話をするようになったわけ?
「恋に溺れる、だなんて」
 言葉にすると羞恥が増した。思わず頬を押さえると、掌よりも熱かった。誰が見ているわけでもないのに俯いた。鼓動が耳の奥でどくどくと鳴っている。今血圧を測ったら、高血圧で即病院行きになりそうだと思った。

 クレフが恋に溺れる。そんなところはもちろん想像したこともなかった。色恋沙汰にはめっきり縁遠い人だと思っていたし、なにしろあの見た目(大事なことだから二度言う)だ。
 でもよく考えたら、749年も生きてきて一度も恋をしたことがないということの方がおかしい。東京の人は、20年そこそこで結婚までしてしまうのだ。単純に、十年に一度恋をするとしても、クレフは75人の人を好きになっていたっておかしくない。
 クレフが誰かと恋をする。女の人を好きになって、告白する。キスをして、そして――
「だめだめ、だめよ」
 私は思いっきりかぶりを振った。
「そんなのだめ。あり得ないわ」
 だって、あのクレフがそんなことになるなんて。相手の女性はショタコンだとしか思えないじゃない。
「何がだめなのだ」
 そんな声が聞こえたのは、あまりにも突然のことだった。反射的に肩を震わせて顔を上げると、すぐ目の前に、信じられない人が立っていた。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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