蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

失恋プロデュース 後篇

短編

クレフも、誰かを好きになったことがあるんだ。当たり前だと一度は思ったはずなのに、その事実は私を打ちのめした。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





「きゃああ!」
 思わず悲鳴を上げると、背後で鳥が羽ばたいた。続けて目の前の人は、梅干しのように顔をすぼめ、
「なんという声を出すのだ、ウミ」
 と毒づいた。まるで人を幽霊のように。そう続けた彼の言葉は、あながち否定できるものではない。だって、足音もなく近づいてくるなんて、ほとんど幽霊じゃないの。それも、つい今しがた考えていた人なのよ。

「ところで」と彼――クレフは気を取り直して言った。「何がだめなのだ」
 うわ、痛いとこ突かれた。そんなの言えるわけないじゃない。導師様なんだから、そのくらい察してよ。自分のごまかす能力が低いことを棚に上げて、ついそんなことを考えてしまう。けれど当のクレフは涼しい顔で、私の答えを待っている。っていうか、いつもより視線が近いんですけど。
「ね……眠れなくて」
 苦し紛れに、私は言った。
「羊を千匹まで数えたんだけど、それだけの数の羊がいるところを想像したら、ますます眠れなくなっちゃいそうだから、それはだめだわって思ったのよ」
 っていうか、なんで部屋に戻ったはずのあなたがここにいるの。その疑問は、とてもじゃないが口に出すことはできなかった。もしかしたらこのひと、最初から、私がここにいたことを知ってたんじゃないのかしら。そんな恐ろしい、けれどあり得なくはない可能性が、心の中に浮かんだからだ。

「そういうことにしておこうか」
 私に向けて如才なく手を差し出し、クレフは言った。
「とても納得はできないがな」
 差し出された手を取るのに、なぜかとてもドキドキした。そっと手を重ねると、クレフが力強く引く。その力があると、いとも簡単に立ち上がることができた。けれど問題は、立ち上がった後だった。歩き出してからも、クレフは私の手を離してくれなかったのだ。
「あ……あの、クレフ」
「溺れたことはないぞ」
 私を遮って、クレフは唐突に言った。思わず「えっ、そうなの?」と言ってしまったのは、おそらく私の人生最大の失態だった。変わらない速度で歩きながら、クレフがちらりと私を見る。そしてしたり顔でほほ笑んだ。しまった――とこめかみを汗が伝った。これじゃあ、話を盗み聞きしていたことを認めてしまってるようなものじゃない。
 クレフの視線が離れる。でも手は離れなかった。汗が滲んできたから、できれば離してほしいんだけど。その願いは空気に溶けて消えた。
「溺れたことはないが、色恋にまったく無縁だったというわけでもない」
 前を向いたまま、クレフは言った。その言葉は、私の胸にずっしりと重く響いた。
「そう、なの」
 答えた声色がずいぶんと暗かったので、私自身驚いた。けれどいまさら撤回もできず、それきり黙り込んだ。

 クレフも、誰かを好きになったことがあるんだ。当たり前だと一度は思ったはずなのに、その事実は私を打ちのめした。どうしてそんな風に感じるのか、自分のことなのに全然わからない。風にあんなことを言われたからだろうか。もっとクレフの言うことを注意深く聞けと言われたから、こんなにも、彼の一言一言が胸に響くのだろうか。
 答えが出ないままに、それでも私は吹っ切るようにほほ笑み、顔を上げた。
「そうよね。もう749年も生きてるんだものね」
 クレフは答えなかった。

 これまでだってこれからだって、クレフも一人の人間だ。話し方や考え方はともかく、彼は基本的に、身も心も若い。これから恋をすることがあったって、おかしくない。『導師』は『柱』ではないのだから、誰かを好きになることに、何も問題はない。
 それなのに。
 頭ではわかっていることだった。それなのに、心は無視できないほどざわめき立った。どうしたの、私。しっかりしなさいよ。自分自身にそう言い聞かせるのに夢中で、クレフの手を強く握り返していたことに気づかなかった。
「ウミ」
 突然呼ばれて、私はわれに返った。なに、と見下ろせば、クレフはまだ前を向いたままだった。
「私には、今、密かに想いを寄せている者がいる」
「えっ?」
 それはもう、驚いた。「今」って、まさかの現在進行形? "love"はing形にはならないのに?
「しかし、彼女はどうやら色恋沙汰には疎いようでな」とクレフは言った。「それとなくほのめかしてはいるのだが、一向に私の気持ちに気づく気配がない」
 心臓が、音楽を奏でるように脈打つ速度をころころと変える。落ち着くのよ、私。この言葉を、この短時間のうちにいったい何度自分に言い聞かせただろう。でもだいじょうぶ。平常心よ、平常心。
「それは、大変ね」
 平常心を意識しすぎたせいか、けんもほろろな言い方になった。そもそも平常心ってどういう状態を言うんだったかしら。頭の中で、いくつもの感情が首都高のように入り乱れていた。
「そこで、ものは相談なんだが」とクレフは言った。「私はどうすべきだろう」
「え?」
「この気持ちに気づいてもらうには、どうすべきだと思う?」
 クレフは顔を上げた。真っ青な双眸が、私を射抜く。心臓の中で、シンバルが鳴った。

 そのとき、私はようやく理解した。どうして今夜眠れなかったのか。どうしてクレフとイーグルが話しているのを聞いてどぎまぎしたのか。どうしてこんなにも、繋がれている手にばかり意識が向くのか。
 あーあ。でも、どうしてこうなってから気づくのかしら。どうしようもなくて、私はおもねるように笑った。
「何がおかしい」とクレフは不機嫌そうに眉根を寄せた。
「だって」と私は言った。「まさか749歳のおじいちゃんから恋の相談を受けるなんて、想像もしてなかったから」
「おじいちゃんは余計だ」
「本当のことじゃない」
「真面目に聞いているのだ、真面目に答えないか」
 そんな台詞、はっきり言って聞きたくないです。どうせなら冗談だと言って。けれど口が裂けてもそんなことは言えなかった。天を仰ぎ、流れ星を探した。けれど見えなくて、もう自棄だった。
「そんなの、決まってるじゃない」と私は言った。「そんなに鈍い人だったら、黙って抱きしめてキスしちゃえばいいのよ」
「なに?」
 さすがにクレフの声が緊張を孕む。あら、700年以上生きていても、そういうことは経験がないのかしら。なんだかおかしくて、私は髪を揺らしながらクレフを見下ろした。
「だいじょうぶよ。あなたは少し強引になったくらいで、ちょうどいいわ」
 思ってもいないことのようで、思ったとおりのことのようで。複雑だった。ただ、見開いていた目を細めてクレフがほほ笑むのを見てしまうと、思わず涙腺が緩んだ。私、自分で自分の失恋をプロデュースしてる。

「さ。思い立ったが吉日よ」
 潤んだ目を見られないように、クレフから顔を逸らして言った。
「今からその人のところに行って、そうしてきちゃいなさいよ」
 繋いでいた手の力をわざと緩めた。お願いだから、早く行って。もう無理。心の叫びをぐっと抑え込み、私はわざと明るい声で続けた。
「今度紹介しなさいよね、その人のこと。うんとからかってやるんだから。からかって、こんなおじいちゃんのどこがいいのか聞いて、それで――」
 せっかくの冷やかしは最後まで言い終えることなく、悲鳴にその姿を変えた。進行方向とは逆へ引く力が唐突に加わって、私は無様にバランスを崩した。「ぎゃっ」とかいう、まったくかわいげのない悲鳴を上げた。小さな手が伸びてきたのが視界の隅に映った気がしたけれど、そのときは、さほどそれを気にしてはいなかった。というより、気にできなかった。

 地面に膝がついたときに、それでもさほどの衝撃を感じなかったのは、たぶん、もともと繋がれていたクレフの手が私の体を支えてくれたからだ。それでもよろめいた私の頬に、先ほど伸びてきていた手が触れた。え、と思った刹那のことだった。その言葉ごと、私の唇は塞がれていた。

 ぎゅううっと、胸を鷲づかみにされたような痛みが走った。貧血のときのように頭がくらくらする。長くて短いその触れ合いがキスだったと気づいたときには、すでにクレフの唇も手も、私から離れていた。
「……ちょっと」
 小憎たらしいほどに綺麗な双眸を懸命ににらみながら、やっとの思いで口を開いた。
「何するのよ」
「何って、おまえ」とクレフは突然破顔した。「そうしろと言ったのはおまえだろう」
 カッと頭に血が上った。気がついたら手を振り上げていた。けれど振り下ろされたそれを、すかさずクレフの手がつかんだ。思いがけないほど力が強い。そのころにはもう、クレフは笑っていなかった。

 こんな哀しいことが世の中にあるなんて、信じられない。頬を伝うものを、私はもう止められなかった。拳をこれ以上できないほど強く握りしめ、俯いた。地面にぽたりと水が落ちた。
「私にしろなんて、言ってないじゃない」と私は震える声で言った。「好きな子にしなさいって言ったのよ」
 たとえば「本番の練習だ」とか言われたら、私はきっと立ち直れない。
「まだわからないのか」
 ところが、私の腕をそっと解放しながらため息交じりにクレフが言った言葉は、意外なものだった。
「え?」
 思わず顔を上げると、クレフは見たこともないほど憮然とした表情を浮かべていた。
「私は想いを寄せる者を振り向かせる方法を問うたのだぞ」
「……わかってるわよ、そんなこと」
「それに対しておまえが答えたとおりのことをしたまでだ」
「そうよ。だから、どうしてそれを私に――」
 言いかけて、私ははっと息を呑んだ。
「え?」
 ちょ、ちょちょちょっと。どういうこと? 今のクレフの言葉って、まるで私が――
「どこまで鈍いのだ、まったく」
 盛大なため息とともに、クレフは吐き捨てるように言った。そのとき、昼間風に言われた言葉を唐突に思い出した。「光さんに負けず劣らず、鈍いということですわ」。

 脱力するとはこういうことだと思った。私はその場でへなへなと座り込んだ。驚きすぎて乾いた涙の痕で、頬が引き攣る。顔を上げると、クレフは困ったように笑っていた。
「ようやくわかったか」
「『ようやくわかったか』じゃないわよ」と私は言った。「こんな遠回しなやり方、わかるわけないじゃない」
「おまえがそうしろと言ったことだぞ」
「それは、そうだけど」
 実際、それを言われてしまえば元も子もない。けれどあのときは、だって私が相手だなんて思ってもみないから。

「っていうか、それだったら最初から、もっとわかりやすい言葉で言えばいいじゃない」
 そう言いつつも顔を逸らしてしまったのは、この四年間を振り返ると、そういえば随所にそれらしいクレフからのアピールがあったことに、気づいてしまったからだった。
 いつごろからだったかは忘れてしまった。でも、食事の席ではいつもさりげなく隣に座ってきたり、私のことだけせっせと外に誘ったり、内緒だぞ、と言っていろいろなことを教えてくれたりした。心外だけれど、確かに私は鈍いかもしれない。こればっかりは、ちょっと否定できそうもない。

「ウミ」
 とても優しい声が、私の名を呼んだ。さすがに聞こえないふりをするのは厳しかった。顔を上げると、クレフは声のとおりの優しい笑顔を浮かべていた。
「過去はどうすることもできない。文字どおり、『過ぎ去った』ものが過去だ」
 問わず語りにクレフは言った。突然始まった話がどこへ向かおうとしているのかわからず、困惑した。けれどクレフは間違ったことは言っていないので、そうね、と答えた。
「だが、未来は別だ」とクレフは続けた。「過去を差し出すことはできないが、未来は差し出すことができる」
「え?」
 クレフは私の髪を一房すくい、唇を寄せた。
「今日から先、私の命が尽きるその日まで、すべてをおまえにやる」とクレフは言った。「それで手を打て。私のそばにいろ」
 ええっ、と思う私がいた。こんな告白――そもそも告白なのかすら怪しい――ってありなの?「それで手を打て」なんて、まるで借金の返済交渉みたいに。
 でも大半の私は、もう無条件に嬉しかった。たぶん、クレフが言った言葉がどれだけ鬼畜なものであったとしても――たとえば、「ただ働き三年をしたら手を打つ」とか――、首を縦に振っていたと思う。

 実際の私はというと、首を縦にも横にも振らず、クレフをにらんだのだけれど。
「最初から、そう言えばよかったのよ」
 涙を隠しきれない瞳でそんなことを言ったって説得力のせの字もないことくらい、わかっているつもりだった。
 けれどその瞬間にクレフが浮かべた笑顔が、すべてを帳消しにしてくれた。二人の影がそっと重なる。後ろで流れ星が流れたことに、私もクレフも気づかなかった。




失恋プロデュース 完





にこにこさんから、「クレフと誰かが昔の女事情を面白おかしく話しているときに、海ちゃんがたまたまそれを聞いてしまい、クレフを変に意識してしまう」というリクエストをいただいていたので、それをもとに書きました。
いつも海ちゃんが先にクレフへの気持ちを自覚する話ばかり書いているので、たまには逆に、クレフが海ちゃんにアプローチする話が書きたかったんです。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.09.17 up




web拍手 by FC2

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
What's new?
ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
カテゴリー
最新記事
月別アーカイブ
全記事表示
Counter
プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

このブログは作品展示専用です。
いただいたコメントへのお返事は別ブログにて行っております。
どうぞお気軽にコメントお寄せくださいませ^^

 

Copyright ©蒼穹楼. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.